第5話 そして、終わりは始まる……。
「カウロス・レンゲル伯爵令息!! 本日を以て私は、あなたと結んだ婚約を解消させていただきますわ!!」
それは、イーファ嬢と厚切りカツ丼セットを食べた……その日の翌日の事。
レンゲル家のみんなの、朝の支度が整って……そしてレンゲル伯爵が在宅系の仕事をしようとした……まさにその時。
事前の連絡もなしに、いきなり……イーファ嬢が、専属メイドさんと……護衛の男性と一緒に、タウンハウスへと乗り込んで……そして、大事な話があるという、理由で……屋敷内にいる全員を、レンゲル伯爵に無理を言って……執務室に集めさせて……そして、冒頭の台詞をいきなり……イーファ嬢が言い放ったのであった。
「はぁ!?」
いきなりの婚約解消宣言に困惑し……真っ先に、カウロス兄さんが声を出す。
というか、彼だけじゃ……ない。僕にも、レンゲル伯爵にも……ワケが、分からない状況だ。
いや、それ以前に、その台詞…………フェリスお母様が、いなくなる前に教えてくれた……婚約破棄モノ、とかいう小説の台詞ですか!?
「おいおいイーファ嬢」
そして、そんな中で……真っ先にいつもの調子を、取り戻したのは……まさかのカウロス兄さんだった。
「冗談だとしても、言って良い事と悪い事があるんじゃないのかい? あ、もしや俺の気を引きたくて――」
「違いますわ」
そしてそんな、カウロス兄さんの言葉を……イーファ嬢はぶった切る。
「そもそも、レンゲル家に婚約の打診に来た理由は、我が家の家計の事情とかではございません。それに私、こう見えてもバイトをしていますので……自分の食費は自分で稼げます。おかげで家計の問題は、とっくの昔に解決済みですわ」
…………え、えぇえええええええッッッッ!?!? き、貴族の、令嬢……が、ば、バイトぉ!?
「未来の王太子妃様の御付きの、行儀見習いの仕事……というより、ほとんど毒見の訓練とかですが……とにかくそれと並行しながらのバイトなので、最近少々疲れ気味ではありますが……とにかく私の家は大丈夫です」
し、しかも……ぇ? 未来の王太子妃様の行儀見習い!?
ちょ、そ、それって……物凄く、名誉な仕事なのでは!?
「な、ならっ」
まさかの事実が発覚し、狼狽しつつもレンゲル伯爵は声を出す。
「お、お前は……いったい、何の目的で我が家に……ウチのカウロスと婚約をするためにやってきた!?」
「あなたの犯罪の証拠を集めるためです」
イーファ嬢は、真っ直ぐレンゲル伯爵を見つめながら……衝撃の言葉を告げる。
「ところで、記憶力に自信がある方にお聞きしたいのですが……初めて私が、このお屋敷のお茶会に誘われた時、私の護衛の姿を見た者はいらっしゃいますか?」
…………ッッッッ!?!?!?
そして、言われて…………初めて気付いた。
あの日……専属メイドさんの姿は見かけたけど……護衛の男性の姿は、帰る時間まで見かけなかった事に。
「誰かが目立つ行動をしていると、そのそばで誰かが気配を消し、うろついていても……誰も気に留めないってもんさ」
すると、その時だった。
イーファ嬢の護衛の男性が……貴族の前だというのに、なんとフランクな口調で話し出した!?
「今回の場合は、俺の妹と俺の婚約者が頑張ってくれた事で、俺は自由にこの屋敷内をうろつけて……いろんな場所を調べる事ができたってワケさ」
「お兄様。まだそれ明かすの早いですわ」
「…………あ、やば」
「もう遅いですわよ」
そして、次の台詞を聞いた瞬間……僕を始めとする、レンゲル家の関係者は全員……一瞬、耳を疑った。
ぇ? 兄? それに……婚約者? 妹? …………ぇ、ま、さか……!?
「…………我が家は少々、特殊な家系でして」
イーファ嬢、そして彼女の専属メイド――な、なぜか護衛の格好をしたイーファ嬢のお兄さんこと……次期レイクス家の当主の婚約者、だという女性が、頭が痛いかのような動作をする中で…………イーファ嬢は告げる。
「もう少し後に、明かしたかったのですが……確かに我が家は、男爵位の、田舎の領地貴族ですが、それは表向きです」
「実際の我が家の権力は、侯爵や公爵並みなんだけど」
護衛の男性……ではなく、イーファ嬢のお兄さんが……話を続ける。
「それだと大抵の貴族が警戒して、こっちが自由に動けるくらいの隙を見せてくれないからな。だから敢えて、王様から男爵位を……周りが一番、油断してくれるであろう爵位を賜った一族さ。この国でオイタするような連中を、世が荒れないように、極力秘密裏に捕まえる……そんな本当の仕事をこなすためにな」
な、なんだって!?
と、いう事は……イーファ嬢達は……秘密警察的な仕事をしているのですか!?
「この衣装はカモフラージュ用のモノだ。そして、レンゲル伯爵……美人で可愛くて目立つ我が妹と、クールビューティーで目立つ、我が愛しの婚約者という存在がいたおかげで掴んだ、あなたの犯ざ――」
「「恥ずかしいからその紹介はやめなさい」」
イーファ嬢と、その専属メイドが……ツッコミを入れた。
「――とにかく、あなたの犯罪……あなたの運営している会社の粉飾決算に、先代レンゲル伯爵とその奥様……あなたのお兄さんと義理のお姉さんの殺害についての証拠は見つかり、そしてさらに、あなたにはルイス君の専属メイドだったフェリス・ハルヴィンさんを長期に亘り監禁している容疑がある。神妙にお縄につけッ」
そしてそう言って、イーファ嬢のお兄さんは……レンゲル伯爵の、前にある机に……紙の束を叩き付けたッ。
ま、まさかの急展開の、連続で……頭が、追い付かない!?
え、ええと、まずは……なぜか、イーファ嬢のお兄さんは、イーファ嬢の護衛をしてて、でもそれは……レンゲル伯爵の、犯罪を……暴くため?
でもって、イーファ嬢の専属メイドさんは……そんな、イーファ嬢の、お兄さんの……婚約者……ぇ、という事は……イーファ嬢のお兄さんは、貴族令息、だから……イーファ嬢の、専属メイドさんも……どこかの貴族の、令嬢!?
そ、それで……ええっと、レンゲル伯爵はなんらかの犯罪をしてて……でもってその中に……フェリスお母様が、どこかに連れていかれる……その原因になった、あの事件の事に……フェリスお母様の……監禁の、容疑? え、い、いったい……どういう――。
「ふ、ふんしょく、けっさん? え、何だそりゃ!?」
と、僕が……頭の中で、情報の整理をしている……その時だった。
今まで、衝撃の展開が続き……呆然としていたカウロス兄さんがついに復活し、イーファ嬢達へと質問した。
た、確かに……カウロス兄さんどころか、僕も……聞いた事がない言葉だ。
「レンゲル伯爵が運営する会社は、多くの方に期待され、支えられていますの」
するとそんな、カウロス兄さんに……イーファ嬢は説明する。
「そしてその会社は、人が運営する以上……失敗もあります。その点については、その支えてくださっている方々も重々承知ですが……さすがに、その損失を隠すのは……支えてくださっている方々への裏切り行為にして、犯罪なのです」
「そ、んな……」
紙の束……イーファ嬢のお兄さんが、机の上に叩き付けた、それを見て……レンゲル伯爵は狼狽した。
「ま、まさ、か……お茶会の、日に……我が社の事を……ここまで、暴かれていたとは……ッ」
「なお、今あなたが見ている粉飾決算の証拠のコピーは……国王陛下もすでにご覧になっていますので、無駄な抵抗はおやめください」
『『『ッ!?』』』
次の瞬間……信じられない事が起こっていた。
なんと、イーファ嬢の専属メイドさんが……いつの間にか、レンゲル伯爵の専属執事である……ミハイルさんの背後に回っていたのだ。
ミハイルさんの、手には……ナイフ、が握られていた。
そして、それを……イーファ嬢の、専属メイドさんは……驚くべき事に……片手だけで、押さえ込んでいた……!?
い、いつ動いたのか……まるで、分からなかった……ッ!
と、というかミハイルさん……まさかイーファ嬢達を、刺そうとしたの……!?
「それはそうと……犯した罪の時系列に沿って、今度は……カウロス君のご両親である、先代レンゲル伯爵とその奥様の死の真相について語ろうか」
イーファ嬢のお兄さんが……再び、口を開く。
すると、その台詞に……さすがにカウロス兄さんは反応した。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! なんで、俺の両親を殺したのが養父さ……叔父さんにされてるんだよ!?」
すぐに彼はレンゲル伯爵――僕にとっては伯父、そしてカウロス兄さんにとっては……叔父に当たる存在を庇うように……レンゲル伯爵と、イーファ嬢のお兄さんの間に、割り込みながら……言った。
そう、僕とカウロス兄さんは……現在、そのレンゲル伯爵の養子なのだ。
「あぁそうそう、呼び方……父さんで合ってるぞ」
しかし、カウロス兄さんの意見は……イーファ嬢のお兄さんの、予想外の言葉によって……おかしな方向へと、飛んでいった。
「「…………ぇ……?」」
僕と、カウロス兄さんは……思わず呆け。
そして、逆にレンゲル伯爵は……苦虫を噛み潰したような顔をした。
「実はな、お前の母親……お前が叔父さんと呼んでいる男と、不倫していたらしいんだわ」
しかしそんな、事は……気にしないのか。
イーファ嬢のお兄さんの、言葉は……遠慮なく続く。
「この家の事を調べる際、我が国の王侯貴族が遺産相続などで争ったりしないよう作られた調査機関『血統管理局』に……この屋敷で採取された、君達の毛髪とかを送ったんだ。
すると驚いた事に……君と、君が叔父と呼んでいる男の遺伝子が一親等。つまり親子関係だという事が判明した。
となると、約一年前に、この屋敷で起こった殺人事件……ルイス君の専属メイドであった、フェリス・ハルヴィンさんが犯人にされどこかへと連れ去られた、あの事件の見え方も……ガラリと変わる」