第4話 笑顔、暗い顔、呆けた顔。
「レイクス家についての情報は、本当にこれで全部なんだろうな?」
執務室の机の上に置かれた、我が家が懇意にしている調査機関がまとめた報告書へと視線を向けながら、私は目の前に立つ専属執事ミハイルへと訊ねた。
「左様でございます、旦那様」
ミハイルは淡々と告げた。
「レイクス家は、我が国と友好関係にある隣国との国境付近にある、狭い田舎の、ただの領主貴族です。その領地の特産品も第一次産業関連の物ばかり。特にこれと言って……旦那様が警戒するような〝何か〟は無いように思えますが」
「……そうだな。私の思い過ごしだろう」
ミハイルが淡々と話してくれたおかげだろうか。
私の中で大きくなり始めていた不安が、少しばかり萎んだ。
彼とは少年時代からの付き合いである。
兄弟も同然に育ったと言っても過言ではない。そしてそのおかげで、彼は私が、何を考えているのか大体察してくれる。逆に私の方は、彼があまり表情を変えないため感情が分かりづらいが……なんとか声色で察している。
それはともかく。
そんな彼が言うのだ。
彼は間違った事は絶対言っていない……だろうが、どうもレイクス家の事が気になってしょうがない。
確かに報告書によると、イーファ嬢は噂通り……何度も婚約破棄をされている。その淑女らしからぬ大食いのせいで。
そして一時期、その大食いが原因で領地内の食材の物価が上がるという前代未聞の事件が発生した、らしい。どんだけだよあの令嬢。
でもって、そんな曰く付きの令嬢が、その事実を後から知った、婚約した令息の親に『次は我が領地か』と思われ……敬遠されるのは仕方ない事だ。
貴族は力を持っている。
そして力を持つが故に……その力を、少しでも脅かす可能性がある存在を我が家に招き入れる……そんな自殺行為はしたくないだろう。
我が家を始めとする家を除けば、な。
我が家には、それなりに蓄えがある。
だからたとえ空腹令嬢という淑女らしからぬ令嬢を迎え入れようとも問題ない。
むしろそんな令嬢をも受け入れる、という器の広さが噂として広まれば、我が家の株も上がるというものだ。
おそらくレイクス家は、そんな我が家の力を知り……今回の婚約の話を打診してきたのだろう。
ちなみに、我が国が現在進行形で戦争中であるため、少々景気が低迷し……そのせいで損害が出たりしたが……まだ、すぐに穴埋めできる程度のもの。
というか……目の上のタンコブも同然だった兄上達を排除してまで、この地位に就いたのだ。景気低迷による損害程度で落ち込んだり、レイクス家関連の被害妄想をしているワケにはいかない。
「それでは旦那様、明日の予定ですが――」
だからこそ私は、再び前を向く。
それに、きっともうすぐだ。きっともうすぐ――。
※
イーファ嬢と、会食をしてから……数日が経った。
彼女は、時々……レンゲル家に遊びに来るようになった。
お茶会、だけじゃない。
時々は……レンゲル家を見て回るために。
そして、当然ながら案内は……カウロス兄さんが引き受けた。
婚約者として、当たり前……だけど、僕は……それを見る度に、切なくなった。
先日……イーファ嬢が、僕へと向けていた笑みが。
僕に、良い感情を抱いていないカウロス兄さんへと……今度は向けられている。
それが、とても……辛い。
僕の、初恋の人だったフェリスさんが……実は、僕のお母様だった事を知った、あの時のように…………。
好きだった。
いや……今も、好きだ。
たとえ、母親だったとしても……。
でもそれは、異性としてではなく……母親に対する“好き”だと知って……僕の中で生まれた“好き”を、否定されたような気持ちになって……。
そして、そのフェリスさんが……レンゲル伯爵が主催のパーティーで、殺人事件の犯人として、どこかに連れ去られて……。
そして、今…………また、僕は……新たに、好きになった人を奪われて……。
「ッ!? ……この感じ……」
そして、僕の中で悲しみが膨れ上がり始めた……その時だった。
イーファ嬢が、カウロス兄さんの部屋の近くに初めて来た、その時……急に立ち止まって…………鋭い視線を、周囲へと向けた。
「どうかしましたか、イーファ嬢?」
カウロス兄さんは、紳士的な口調で……本性を隠したまま、イーファ嬢へと話しかけた。
「…………いえ、気のせいですわ」
そう言って……殺気にも似た、威圧感を…………彼女は鎮める。
「それはそうと、カウロス様にはご趣味とかありますの?」
かと思えば、すぐにまた笑みをカウロス兄さんへと向け……話を変えた。
その、表情の切り替えに……遠くから見ていた、僕も……イーファ嬢の、そばにいたカウロス兄さんもギョッとした……けど、カウロス兄さんは、すぐに気持ちを切り替えて……。
「趣味か! そうだなぁ、俺の趣味は――」
でも、反対に僕は……違和感を覚えて、しょうがなかった。
まるで、イーファ嬢は……さっき出した、威圧感を……出し慣れている、ような……そんな、感じがしたんだ……。
※
「こんばんは♪」
そして、その日の……夜の事だった。
気が付くと僕は、大衆食堂【アナトリア】の近くの……公園にいた。
目の前にいる方も……これまた、同じ。
庶民の格好をした、イーファ嬢と……その専属メイドさんと……護衛の男性だ。
夢でも、見ているんじゃないのか。
かつて、起きた事を思い返すような……そんな夢を。
真っ先に……僕はそう思った。
でも、それにしては……夜気の、涼しさや……外出着の、温もりが……とても、夢とは思えなくて…………。
「今夜も、ご一緒に食事でも如何ですか?」
それに、先ほどはカウロス兄さんに見せてた笑みを……イーファ嬢はまた、僕に向けてくれて…………僕はその誘いを、断れなかった。
※
「それで、ですよルイス様」
東亞合衆国、由来の料理『厚切りカツ丼セット』を食べ終えてから……イーファ嬢は、暗い顔をしながら言った。
「カウロス様は食事をしている私に奇異の目を向けながらも、時々、どこか値踏みをするような目も向けてきまして、もう嫌になってしまいますわ。それにカウロス様、出てくる料理や、料理を作ってくださった方や配膳してくださった方へと感謝をするでもなく、出てくるのが当たり前のように振る舞って……いえ、それが貴族の在り方かもしれませんけど……それでも、少しは感謝の念とかはないのでしょうか……というかもう私……彼とうまくやっていけるのか心配になってきましたわ」
最初、イーファ嬢は……カツ丼を口に含み、よく噛み、飲み込んで、恍惚とした……とても色っぽくて、魅力的で、見ている、こちらまで蕩けてしまいそうな笑みを僕に見せていた。
けれど、食べ終えると同時に……こうして、彼女の愚痴は始まった。
そして、その全てに……僕は、イーファ嬢と同じく、カツ丼セットを食べて……食べ終えてから……怒りを覚えた。
イーファ嬢への怒り、ではない。こんなにも、魅力的で……それで、僕にも……平民の子である僕にも……こうして話しかけてくれる、優しい彼女が……隠れて、僕に言って、発散させなきゃいけないような……そんな対応しか、できない兄への怒りだ。
確かに、貴族の結婚に…………愛は、あまりないかも……しれない。
恋愛結婚……できる、貴族の方が……まだまだ、稀……なのかも、しれない。
でも、だからって……。
女性を……僕が、新たに好きになった女性を……こんな気持ちにさせるのはッ。
「…………そこまで言うなら、もう……婚約を、解消したらどうですか?」
「…………ぇ……?」
イーファ嬢が、呆けた顔をした。
すると直後に……僕は、自分がいったい、何を言ったのかを……凄く失礼な事を言った……事を、自覚した……でも彼女への、理不尽な……カウロス兄さんの態度が許せなくて……言葉が、止まらない。
「あなたは…………あなたのような、素敵な方はっ、か、カウロス兄さんのような人と……婚約、すべきじゃない…………と思います」
でも、途中から……凄く、恥ずかしさも覚えて……尻すぼみな、カッコ悪い台詞に…………なってしまった……。
「…………それは」
しかし、イーファ嬢は……そんな僕を、嘲笑したりはしなかった。
「少なくとも、ルイス様は……私を魅力的な女性だと思ってくださっているという事ですの?」
いや、それどころか……真剣な、目を向けられて……それで、思わず、その海のような……碧い瞳に、吸い込まれるような……溺れて、しまうかのような……錯覚を覚えて…………。
「…………は、はぃ……」
返事をしよう、にも……反応が、遅れて。
しかも、これまた……締まらない、気の抜けた声で……。
「…………とても、嬉しいですわ」
しかし、イーファ嬢は……それでも、僕を嘲笑しないで……いてくれた。
「というか、魅力的だなんて……家族以外の、殿方には……初めて…………言われましたわ」
「……ぇ…………?」
でも、その台詞の……後半が、よく聞こえなくて。
僕は、ついつい……失礼にも、聞き返してはいないけど…………聞こえていない事を、敢えて伝える反応を……してしまった。
「…………そうですわ」
しかし……イーファ嬢は、怒らなかった。
いや、それどころか……その顔を……怒っている時とは……何か、違う感じに、少し紅潮させて……僕へと……少し、潤んだ……真っ直ぐな視線を向けて……。
「ルイス様がそうお考えであるならば……あなた様さえ、よろし――」
「「イーファ様」」
しかし、そんな彼女の言葉は……彼女の護衛の男性と……専属メイドさんの声によって遮られた。
「美味しい部分は最後まで取っておく、と言ってませんでしたっけ?」
「イーグルが戻ってきたのです。全てを終わらせてからでも遅くないでしょう」
「…………そう、ですわね」
すると、イーファ嬢は……素直に、そこで会話を切り上げると……また、微笑みを……僕に、見せて……。
「では、代わりに……最後に一つだけ。
あなたの専属メイドであったフェリスさんは〝人類の宝〟です。もっと、誇りを持って…………これからも、前を向いていてくださいませ」
「…………ぇ? そ、それって――」
しかし、何の事か訊こうとした直後。
またしても、僕の意識はいきなり途絶えて――。
※
「…………これは、衝撃の内容ね」
協力者達が作成した報告書に目を通してから……私は次に、私の隣の席で……我が家に伝わる睡眠薬の効果で、スヤスヤと眠っているルイス様に目を向け…………一瞬、私の表情筋が緩んだが、すぐに気を引き締め直した。
「そして、肝心の証拠についても……ちゃんと入手できた。あとは……レンゲル家でのパーティー以降の足取りが掴めない、フェリスさんの居場所だけですわ」
「それでは、イーファ様……予定通りで構いませんか?」
「ええ、構いませんわ」
専属メイドの言葉に、私は頷いた。
「この茶番を……そろそろ終幕にしましょう」
イーファ(以下イ)「さぁ、ここから先は【読者への挑戦状】ですわ!」
レラ(以下レ)「…………って、ええっ!? ここで!?」
フラン(以下フ)「全ッッッッ然ッッッッ分かんねぇぞ!?」
アオバ(以下ア)「……ま、まぁ確かに…………それっぽいヒントも、ある……ような……気もする、けど……?」
クリス(以下ク)「それでも、分かる方は多くないのでは?」
フ「まぁそもそも作者はミステリを書くのは苦手みたいだしなぁ」
レ「今までにもミステリ……というか叙述トリック特化系の作品は書いたっぽいけど」
ア「犯人当てというよりは、物語の全容そのものが〝謎解き〟の対象……とでも言うべき作品だらけですからね」
ク「世のミステリファンの中には……確かに、面白味を感じる方もいらっしゃるかもしれない構成だとは思いますけど」
レ「犯人当てじゃない物語ばかりだったから、犯人当てに比べるとあまり気乗りしない……そんな方もいらっしゃるかもしれないね」
イ「そこはご安心を。今回の物語にはちゃんと犯罪者がいます……が、登場人物が少ないため、すぐに犯人が誰か……ミステリのフーダニットな部分は、ミステリファンであれば絶対分かってしまうでしょう」
フ「フーダニット? 何だったっけそれ?」
ア「犯人当てを目的とする謎解きの事ですよ」
イ「…………コホン。そこで今回は、ハウダニットな部分とホワイダニットな部分を中心とした問題を出します!」
ク「どうやって、そしてなぜそのような犯行をしたか……ですね?」
イ「その通りですわ! というワケで問題!」
1.ルイス様は何者なのか。
2.犯人が犯した罪とはどのようなモノか。
3.犯人の目的とは何か。
4.フェリスさんはどこへ消えたのか。
イ「この四つについて考えていただきたいですわ!」
フ「ちなみに、当てたヤツには景品とか出るのか?」
イ「そうですわねぇ。……作者に、全部当ててくださった方のリクエストのイラストでも描かせましょうかねぇ?」
レ「作者も大変だね(;’∀’)」
ア「ところで、なぜルイス様の正体まで問題に……? いえ、確かに謎ですが」
イ「この物語の世界観の肝……だからですわ。いずれ本編の続編を読む際に……是非、そこのところを忘れないでほしい、という意味合いでこの謎も考えてほしいのです。それと私は……舌も背肉も肝も平等に好きですわ」
ク「いや、聞いてないですよ(;’∀’)」
フ「というか、続編だと!? 作者……考えてくれてて感謝だぜ!」
イ「とにかく読者の皆様! 是非とも挑戦してくださいましね!」