第3話 明かされる事実、噛み合わない事実。
『お前の両親が死んだ年のある夜……俺がトイレで目が覚めた後、偶然にもお父様が執務室でこう言ってたのを確かに聞いたぜ』
僕の首を、押さえ付けながら……カウロス兄さんは、告げる。
『お前がお母様と呼んでる人は、調べてみると、子供が出来ない体だとな。
じゃあお前は、いったい誰の子なのか。お前の母親になりうる、お前や、お前の父親の最も近くにいた健康的な女性は誰か……その答えはすぐに見つかった。
お前の父親……かつてお父様から縁切りされて、その身一つで追い出され、いろいろあって……生意気にも男爵位なんざ賜った、お前の父親の最も近くにいた女性は……お前と、お前の母親に仕えていたメイドしかいない。あの、平民女と関係を持ったとしか思えないだろうがよ。
ようは、お前は半分貴族かもしれないが……完璧に貴族な俺とは違って、半分、貴族を籠絡するような、卑しい平民の子供なんだよッ』
その瞬間……僕は、全てを悟った。
なぜ……フェリスさんが、僕を……まるで慈しむような目で見ていたのかを。僕が、どうして……あんなにも、フェリスさんに惹かれたのかを。
ただの、メイドさんじゃなくて……母親、だったからだ……。
そして、なぜ、カウロス兄さんが……僕をイジメるように、なったかも……ようやく……分かった。
カウロス兄さんは、養父さんの影響で……選民、思想を……持ってる。
しかも……その選民の、序列にも拘り……下位の者を、見下すような……そんな貴族だ。だから、僕を下に、見ていた……。
それに、男爵令嬢の……イーファ嬢を、大切にする、気が無いような態度をしたのも……そのため、だ……。
※
「……………………ちょっと、掴んだ情報と違うんじゃありません?」
全てを、今すぐ話せない……イーファ嬢とは違い……僕は、全てを話した。
すると、その直後……そのイーファ嬢は、護衛の男性と……専属メイド、さんに…………何やら耳打ちした。
「いや、そんな馬鹿な」
「キチンと専門機関で調べたので間違いはないハズです」
すると、その二人は……イーファ嬢へと、耳打ちを返す。
いったい、何の話をしているのか……まったく分からない……気になる……。
「…………と、とにかく、ルイス様ッ」
すると、何を思ったのか……イーファ嬢は、ちょっと顔を引きつらせながらも、笑みを作り……僕に、声をかけた。
「ちょっと、こちらに手違いとかあったみたいですが……でもそれはそれとして、ご自分を卑下なさらないでくださいませ」
「……そう、言っても……」
全て、話した時……つい、辛くなって……カウロス兄さんの、事についても……話したからなのか。イーファ嬢は、そう言ってくれる……けれど……。だからと、言って……すぐ、切り替えられるワケが、ない……。
「たとえ、あなたが平民との間に生まれた存在であろうとも。私にとって、あなたとの出会いが奇跡である事に変わりはありませんわ」
「……ぇ……?」
そ、それって……いったいどういう?
「というかそれ以前に。私は身分とか気にしませんわ。それに、何よりあなたは、あの方の……フェリスさんの正統後継者なのです。もっと、自信を持ってくださいませ」
「そ、それって……どういう……?」
イーファ嬢の言葉を聞き、僕は……さらに混乱した。
た、確かに……僕は、身分とか……気にしてない。
気にして、たら……フェリスさんを、好きには、なれなかっただろうし……。
でも、フェリスさんの後継者……?
それに、その事に、自信を持て……?
いったい……どういう事なんだろう?
「先ほども言いましたが、全てを、今すぐお話しする事はできません」
イーファ嬢は、悲しげに……目を細めて俯いた。
「ですが、全てをお話しできる日は……そう遠くないと思います」
でも、すぐに……笑顔でそう、返されて……僕はまた……胸が……切なくなったような……気がした。ダメ、だ。イーファ嬢に……カウロス兄さんの、婚約者に、こんな…………こんな、気持ちを、向けるのは……ッ。
「そうそう、早く食べないと冷めてしまいますわ!」
そしてそんな僕の事を……分かっているのか、いないのか……再び、ハンバーグ定食を、イーファ嬢は……食べ始めた。そして、そんな彼女を見て……僕は、すっかり、毒気が抜けて……僕も、フェリスさんの味とは……何かが違う……そんな、ハンバーグ定食を、口にした。
※
「ルイス様、今夜は私に付き合ってくださり、ありがとうございます」
食後、イーファ嬢はそう言って……僕に、笑いかけた。
僕の胸が、また……切なく、なったけど……でもイーファ嬢が、僕に対して……平民の子である、僕に対して……最初からずっと、変わらない態度でいてくれた事で……少しだけ、安堵も…………していた。
「ぼ、僕もッ、ご一緒できて……嬉しかった、です……」
だけど、僕は……やっぱり、緊張して、しまう……。
イーファ嬢が、とても綺麗で、可愛くて……たくさん食べる、っていう……淑女らしくない、ところもあるけど……それもまた、魅力的に、見えて……それに、僕に、優しい言葉を……かけて、くれて……もう、僕は…………誤魔化せなかった。
僕は、もう……イーファ嬢に、惹かれてるんだって……事を……。
でも、僕は……男爵だった、お父様と……フェリス、お母様との……子供。男爵令嬢である……本当の意味での、貴族で……綺麗で、可愛い、イーファ嬢とは……釣り合わないし……何より、カウロス兄さんの、婚約者……。
絶対に、この気持ちは……隠し、通さなくちゃ……。
「では後は、私の護衛がお送りくださいますので……ちょっとの間、我慢していてくださいね?」
「????」
そして、その台詞を聞いて……僕はまた、困惑した。
我慢? 送り届けるだけなのに……いったい、なぜ、我慢しなきゃ……?
「ああ、そうそう。それと、最初の質問ですけれど」
そして、その困惑に拍車を……かけるかのように…………イーファ嬢は、さらに僕に言った。
「レンゲル家に来たのは必然ですが……あなたと出会えたのは、私にとっては喜ばしい、奇跡的な偶然ですわ」
「ッ!? いったい、それって……」
しかし、それ以上の疑問を……僕は、口にできなかった。
また、しても……意識が、途絶えて…………。
※
そして、僕は……目を覚ますと、自分の……ベッドの上にいた。
それも、パジャマ姿で……もしかして、イーファ嬢との……あの、会食は……夢だったんじゃないか……そう、思ってしまうような……状況だった。
でも、すぐに……僕は、それは違うと…………気付いた。
お腹が、減っていない。
まるで……先ほど、何かを食べた、かのように……。
もしかしてあの後……イーファ嬢の、護衛の男性に……パジャマに、着替えさせられた……?
そう、自覚すると。
ベッドに、ハンバーグ定食のニオイを……残さないように、してくれたのは……分かるけど…………とても、恥ずかしくなった……。
すると、なぜか同時に……頭の中で、イーファ嬢の言葉が甦った。
『たとえ、あなたが平民との間に生まれた存在であろうとも。私にとって、あなたとの出会いが奇跡である事に変わりはありませんわ』
『レンゲル家に来たのは必然ですが……あなたと出会えたのは、私にとっては喜ばしい、奇跡的な偶然ですわ』
まるで……半分だけ、平民な僕という存在を……認められた、かのような、台詞だったからか。僕の中で……その二つの台詞は……とても印象に、残っていて……とても、嬉しくなって……。
そして、それを……イーファ嬢に、言ってもらえて……嬉しくて……その夜、僕は……あまり、眠れなかった。
※
「本当に、ルイス様はロウウェル男爵と、その奥様であるレイナ様の子供という事で間違いはないのでしょうね?」
「手に入れた情報からして、間違いはございません」
私の相棒が、ルイス様を屋敷へと送り届ける中……私はイーファ様に告げた。
「専門機関からのお墨付きもございます。なんなら、鑑定書をお持ちしますが?」
「いいえ、そこまで言うのでしたら本当なのでしょう」
そこでイーファ様は、いつの間にご用意していたのだろうか。チョコレート菓子を頬張りながら溜め息を吐いた……溜め息で、お菓子がその口から噴き出さないとは……相変わらず器用ですね。というか夜中にお菓子とか、太りますよ?
「しかし、それならばなぜ……ルイス様が不義の子だという話が?」
「そこは、イーグルが調べていますが……」
私の相棒は優秀だ。
そしてそんな相棒が、先ほど『ルイス様を送り届けた後で、フェリスさんの実家の方も調べてみる』とか言っていたのを思い出し「詳細が分かるのは……もう少し後かもしれませんね」お嬢様に一応、そう言っておいた。
「なら、今できるのは……屋敷内の探索くらいですわね」
私は首を縦に振り、同意した。
ええ、ホント……全てが終わるまで退屈ですね。