プロローグ 僕の、初恋の人。
「ルイス様、包丁で食材を切る時、食材を押さえる方の手はですね、こう、猫の手にすると安全ですよッ」
とある国の貴族の、タウンハウスの調理場。
そこで僕は、小さい頃から僕を見守ってくれている、メイドのフェリスさんから料理を教わっていた。
メイドに様付けされるところからして……僕は貴族だ。
名前はルイス・ロウウェル……いや、今はルイス・レンゲル。
両親が魔動車の事故で死んで、そして、おじであるレンゲル伯爵の養子になったから……ルイス・レンゲル。
「そうそう、その手ですッ。よくできましたッ。ニャンニャン♪」
そしてそんな貴族の僕が、どうしてフェリスさんに料理を教わっているかというと……両親を喪って、おじさんの養子になって……両親との思い出を忘れられなくて、おじさんの家に馴染めなくて。
そんな中で、しばらくした頃……フェリスさんに『料理を習わないか』と、訊かれたからだ。
もしかすると、両親を喪って暗くなっていた僕を、元気付けるためにそう言ってくれたのかもしれない。そう思うと、申し訳なくて……それにフェリスさんも、僕の両親の死を悲しんでいるだろうに、こうして元気付けてくれて……僕も、俯いている場合じゃないって、思えて。
だから僕は、フェリスさんの誘いに乗って……こうして、おじさん――養父さんのタウンハウスの調理場を借りて、料理を習っている。
「さぁ、後は盛り付けですね! ルイス様、たとえ量が少なくとも、料理は並べ方次第で大化けしますからね! そこのところを考えて、盛り付けてみましょう!」
最初は、ほんの気まぐれだった。
料理を習った程度で、両親を喪って空いてしまった心の穴は埋まらない……でもフェリスさんの気持ちを無視するワケにはいかないと思って、だから彼女の誘いに乗った……でも、いつの間にか、その気まぐれは…………好きに、変わっていた。
「おっ! ルイス様は天才ですかね!? 実に麗しい盛り付けですよ、このポテトサラダは! 食べるのがもったいないくらいです!」
「ちょ、フェリスさん……褒め過ぎだよぉ」
でもそれは、料理の事だけじゃなくて……僕は…………。
※
「フェリス・ハルヴィン! 副菜を担当したのはお前だな!?」
そんな優しい日々は……ある夜突然終わりを告げた。
レンゲル伯爵主催のパーティーで、その参加者の内の二人が、副菜を食べた後に体調不良を訴えて、そしてそのまま…………亡くなったからだ。
「貴様!! 料理に毒を仕込んだな!! よくも私の家族を……いったいどこの誰の差し金だ!!?」
「は、放してください!!」
フェリスさんは、レンゲル家の使用人達に押さえ付けられながらも弁明した。
「恐れながら、私はそんな恐ろしい事などしていません!! というか、食べ物を粗末にするような真似なんて私は絶対にしません!! 信じてください!!」
「黙れ!! 料理中、副菜に近付けたのはお前だけ!! ならば犯人は、お前以外あり得ないだろう!!? 連れていけ!!」
「ッ!!? は、放してください!! 放して!!」
フェリスさんが、どこかへと連れていかれる。
当時まだ小さかった僕は、まだ世間の事をよく分かっていなかった僕は、反射的に彼女を助けようとしたけれど……それは、レンゲル伯爵の息子……僕の五歳年上の従兄にして、今や兄であるカウロスに阻まれ……できなかった。
そしてその後…………僕は初恋の人と、二度と会えなかった。
※
それから、半年後。
僕は、相変わらずレンゲル家の調理場で……料理を作っていた。
もう、趣味の範疇じゃない。
屋敷の料理人と同じくらいまで、僕の料理の腕は上がった。そしてそんな僕の料理の腕の事を知った養父さんが、時々は料理を担当させてみてはどうかと、料理長に進言してくれたおかげで……今がある。
おかげで、カウロス兄さんからは「貴族の仕事じゃねぇよ」と、何度も言われたけれど……でも、僕は料理をやめようとは思わなかった。
なぜなら、料理だけが。
もう会えなくなってしまったフェリスさんとの……唯一の、繋がりだから。
女々しいと、自覚してる。
でも、同時に……彼女から教わった全てを忘れてしまったら、僕の中のフェリスさんまでいなくなっちゃうんじゃないかと思えて……しょうがないんだ…………。
高取和生さん、タイトルバナーありがとうございました<(_ _)>