殺魔武士の異世界殲滅譚 ~斬れ、然らずんば死あるのみ~
――頭が痛い。ぐわんぐわんとする。
まるで突き棒でぶん殴られた鐘楼のように、痛みが脳味噌のそこかしこで反響してやがる。
なんだ、なにがどうなっている――?
「――! ――!」
「――!? ――!」
「――! ――、――!」
やかましいな、クソッタレども。こちとら寝起きだぞ、ちょっとは配慮しろや。
重い瞼をこじ開けるも、薄ぼんやりと霞のかかった視界は当てにならない。
何やら騒がしい周囲の様子を確かめるため、とりあえずは倒れていたらしい自分の周りをまさぐるように腕を伸ばす――後頭部まで行ったところで、べちょり。嫌な感覚が、手を濡らした。
ぬめりとしていて、どこか暖かい。
なんだ、これは――?
「くんくん……なんじゃ、血ィやんけ」
未だボヤけてる視界を染める、真っ赤な色。
顔にめいっぱい近づけた手から香る、濃厚な鉄の香り。
ああ、これは分かる。
これは、嗅ぎ慣れた臭いだ。
散々散々流派の稽古で嗅ぎ慣れ、味わい、見飽きたはずの生命の香り――!
理解した途端、がちんっ! ――その感覚が、俺の寝惚けていた心臓に撃鉄を打ち込んだ!
「しゃオラァッ!! ……あ?」
条件反射的に覚醒した目で、俺は辺り一面を睥睨する。
広がっていたのは、地獄だった。
そこら中辺り一面、どこもかしこも赤、紅、朱。
燃え盛る炎と、地面に溜まる血の小池。そこに点々とうず高く盛り上がる、ピンク色の肉と骨の塊がいくつか。
――うっすらと雑音がかかっていたような叫び声が、今や鮮明に聞こえる。
「――止めてっ! 誰か、助けてぇぇぇーっ! 助けてよぉぉぉーっ!」
声の主は女、それも子供。
誰かに襲われているのか。
それを意識した瞬間、俺は反射的に駆けだした。
「うォッ!?」
だが、慌て過ぎたせいか倒けそうになる――いや、違う。
走ろうとした身体の感覚が、なんだか違う。
歩幅が短い。重心が低い。それだけではない。なんだか視線も低い、大人の腰程度の高さしかないような……ひとまず手頃な武器になりそうだとして拾った角材を持つ腕も、いつもに比べて短いような。
「マジでなにがどうなって――」
「きゃああああっ!?」
「ちっ、ンなこと気にしてる場合じゃねぇだろうが俺よ! こンの馬鹿野郎!」
それらの違和感は、今は置いておくしかない。
兎にも角にも、手と足は五体満足で揃ってる――なら、女子を襲ってる敵をブチ殺すのには何ら問題ない。そう、恐らくはこの窮地を作り出したかもしれない野郎を殺るくらいには。
ああ、まったく気に入らない。暴力と言う奴はまったく気に入らねぇ。
――だけど、暴力を振るうクソ野郎なら逆にブッ殺されても文句は言えないだろう?
道理だ、なにせ殺された連中は全員ものを言えなくなるんだからな。
「はっはァ! ――なだ、ド頭がやけに軽ぃ! 血ィと一緒に余計なもんまで流しちまったかってくらいだ、ええ!?」
駆ける駆ける、悲鳴の聞こえた先へ。
見た所ここはどこかの集落のようだが、ちらりと見える茅葺屋根や木製の農具、肥溜めと言い、現代にしちゃやたらと時代考証ってヤツが古い。今更こんな所が日本に残ってるのか? だとしても、なんだって俺はこんな所に――その疑問が、続く悲鳴に掻き消される。
「嫌ッ、嫌ァァァーッ!」
見えた。
倒れた金髪の女子に馬乗りになった、緑色の小餓鬼。
なんだ、草の汁を全身にでも塗りたくっているのだろうか。
だが、それにしてはやけに緑色が鮮明な気がするが――どうでも良かった。
目の前のろくでなしのチビを仮に小鬼野郎として、だ。
ざっと見た感じは人と同じ身体――だったらそッ首潰せば死ぬはずだ!
「ひとまず死ねや、クソ下衆のドブ煮込み野郎!」」
構えた角材を、掛け声に反応してちらりとこちらを向いた小鬼の驚愕したような顔面、そこへ向けて一息に振り抜く!
めきょりっ! ――潰れた鼻と折れた前歯、凹んだ額、そこから噴き出した血が醜い花を咲かせた。
体重を全部乗せた攻撃だったんだが、思ったよりも勢いが出なかった。
小鬼の身体は軽く二、三回ほど転がるように吹っ飛んだ程度で止まってしまう。
これでは確実に殺せたか分からない。
慌てて駆け寄り、俺は起き上がろうとしない小鬼の、きっと元にも増してひしゃげた見るに堪えない面に、続けて二回角材を叩き込んだ。――脳が潰れれば、吸血鬼なんかでもない限りは起き上がってこないはずだ。
「良しっ、んでさっきの嬢ちゃんは――」
小鬼に乗っかられていた少女は、無事だろうか?
慌ててそちらへと駆け寄ると、さっきは小鬼の身体に隠されていたもう一つの事実に気づいた――気づいてしまった。
少女の胸には既に、鋼色の小さい剣が突き立っていた。
目は焦点を結んでおらず、光を失っており、つまり彼女はとうにこと切れていた。
つい今の今まで助けを求めていたはずの口は、もう動こうとはしない。
「くそっ! ――しゃあない。すまんが頂くぜ、嬢ちゃん。後できちんと墓埋めたるけん、許せ……こん地獄を生き残れたらなぁ」
――助けられなかったことに罪悪感が沸くが、それはそれ、これはこれだ。今はどうやら一刻を争う非常事態。ならば多少の非礼は許して欲しい。
手を合わせ、軽く一礼。
続いて、少女の薄い胸に突き立っていた小剣を一気に引き抜いた。
穴の開いた心臓から少女の生命の残滓が飛び出て、剣を握る手を濡らす。
それをふと眺めて――待て。
さっきは放置した違和感が蘇る。
「――なんじゃあ、この頼りねぇ小っこい手は」
よく見れば、手だけじゃない。腕や足、腰……あらゆる寸法が、記憶にあるものよりもずっと小さい。パンツの中の息子は皮を被っているし、髭だって生えていないぴっちぴちの瑞々しい稚児のような肌になっている。
なんだ、若返りでもしたのか? と思うが、そうでもなさそうだ。
何故なら、先ほど走った際に鬱陶しく視界に入ってきた前髪も、よくよく見れば倒れていた少女と同じ金髪だ。どっちかと言えば赤髪に近いような気もするが……いずれにせよ、馴染み深い黒髪とはほど遠い。
単純に無垢な我が少年期に戻ったってわけでもなさそうだ……本当に、なんなんだ。
――なにがどうなっている?
どうして俺はこんな所にいて、ガキの身体になってるんだ?
「――訳が分かんねぇ……」
だけど、確実なことはただ一つだけ分かっている――この光景が、気に食わない。
「――ぐぎゅあっ!」
「――ぐぎゅるぎゅぁっ! ぎゅあっ! ぎゅあっ!」
「――ぎゅじゅじゅじゅじゅーっ!」
醜い声を上げる、新手の小鬼どもが三匹。
先ほどの奴と似たり寄ったりの、まるでコピペしたような顔つきの奴らがこちらを見ながら両手を上げて叫んでいる。
興奮、歓喜、嘲笑、愚弄――向けられているのはそんな所か。
言葉は通じないまでも、分かる。
奴らの手に握られた武器、この集落に住んでいたと思しき人々の血に濡れた刃を、また濡らす機会がやってきたぞ――そう、叫んでいるのだ。
「うぜぇ」
――ああ、気に食わない。
そこにある命を適当に奪って嗤う目の前の連中が、気に食わない。
なにせ俺は――そうだ、日本人だ。平和と穏健で知られる日本の、端っこに住んでる大和男児だぞ。
戦争も戦って奴も、そういった暴力沙汰がとにかく気に食わない。
腹立たしくて腹立たしくて、仕方がない人間なんだ。
――だけど、衝動が抑えられない。
腸の底から煮えくり返ってくる、このドス黒い感情が、思考とは裏腹に叫ぶのだ。
ああ、こいつらを、この塵芥どもを一匹残らず殺し尽くせと――!
「――キェェェアアアァァァッ!」
叫ぶ。
叫ぶ――ありったけの感情を身体に乗せて。
構えた小剣を顔の横に寄せて、一気呵成に前へと駆ける!
「ぐぎゅ? ――ふごっ」
多勢に無勢、まさかたった一人で三体に立ち向かってくるとは思わなかったのか、狙いに定めた一番近くの小鬼が目を見開く。なんて分かりやすい隙だ。
一秒後、その頭蓋骨が俺の振り下ろした小剣によってめこりと凹んだ。
情けない音を立てて、白目を剥いて膝から崩れ落ちた小鬼その一。
その光景を見た小鬼その二が正気に返るより先に、俺はそいつの喉元へと駆けつけ様に思いっきり小剣の切っ先を突っ込んだ!
「ぎゅ!? ――かひゅっ」
刺して、捻じる。
喉に塞ぎようのない穴が開き、呼吸の出来なくなった小鬼その二。それが酸素を求めてもがき苦しむ様をさておいて、俺は残るその三へと勢いを余すことなく突っ込んだ!
「怖ぇか!? 怖ぇよなァえェ! まーさか理不尽が自分に返ってくるなんざ思っちゃなかったかァ!? ははっ、んな都合の良い現実はねェんだよ! 安心しろや、すーぐお仲間と同じでなんにも分からなくなっちまうからよ!」
俺ってこんなのだったか? ――やたらと饒舌になった舌をブン回して、威嚇しながら迫る。
小鬼その三が持っていたのは槍だが――甘い。
長物は攻撃範囲こそ俺の持っている小剣に勝るが、逆に懐に入られれば取り回しに苦労する。そんなことは俺の周りにいた連中は、皆知っていた。
足元の血まみれの泥を、走りながら蹴り上げる。
奴の顔面目掛けて迫った土くれは、ものの見事に目を潰してくれた。
それでもこちらを近づかせまいと、やたらめったらと槍を振り回してくる小鬼その三。
だが、何も見えないようなその体たらくで、なにが出来ると思ってやがる――!
「トドメじゃあッ!」
動き回る槍の穂先とは真逆に、奴自身はその場に縫い付けられたように動こうとしない。
当たり前だ、足先の確認もままならないのに動き回れるわけがない。
今の小鬼その三は、まるで丸まって動かなくなったハリネズミだ。
つまり、狙いやすい的同然と言うことで――俺はその間隙を狙って、持っていた小剣を奴の眉間へと投擲したのだった。
狙いはやや勝手の違う身体のせいで少々外れたが、問題はなかった。
小剣は小鬼の鼻から脳天まで一気に突き刺さり、そう時間をかけることなく、奴から生命を奪い去った。
ずしゃりと倒れたその身体から小剣を抜いて、血を払う。
「臭っせぇな……」
人の血とは毛色の違う、野性味染みた――まるで生ごみを凝縮したような臭いが鼻につく。
というかこいつらは本当に、人間なのだろうか?
うつ伏せになっていた死体を蹴って仰向けにして、観察する。
外見はほぼ人間だ。だが、不自然に長く伸びた爪と言い、ぎょろりと出目金のように飛び出た目玉と言い、今ひとつ人間とは判断しかねる。
なんなんだ、こいつは。
――こんな生き物、現代日本にゃいなかったはずだ。
分からない、分からない。
混乱が頭の中で加速する。
だが運命の女神さまは生憎と、俺が落ち着くのを待ってはくれない。
「――ぐげるごるごるっ!」
「――ぐじゅるじゅじゅぐっ!」
「――ぐごぼぼぼっ!」
「――げるるっわ、ぐくっ!」
「――ぼぼっ、じゅじゅぐばぁっ!」
……。
辺りに散らばった瓦礫の隙間から、次から次へとゴキブリのように這い出る新たな小鬼ども。
その数は十、二十、いや三十か――ああ、面倒くさい。
たった今倒したばかりの奴らから武器を回収する。剣が二つに、槍が一つ。
どうやら俺はたったこれっぽっちの武器を使って、この場を切り抜け……いや、違うな。
「切り抜ける――逃げるってか? んーな馬鹿なことがあるかよクソッタレが」
戦え――俺はこいつらと戦うべきだ。
そして奴らを、ここを襲った連中を皆殺すべきだ。
なべて等しく地獄に堕とし、罪を贖わせなければ――そうだ、報復だ。
報復せよ! 胸の内側を食い破らんと荒ぶる感情の獣が、高らかに吠える。
「取り囲みやがって――逃がさねぇつもりか? そりゃお前らのこっちゃろうが。逆だ逆、俺がてめェらを逃がさねぇんだ。覚悟しろよ蛆虫野郎ども」
そこら中に散らばってる死体――目の前の奴らに無残に殺されたであろう人々の亡骸を見ていると、どうにも我慢が効かなくなってくる。
為せ、為せ、――復讐を為せ。
戦い、そして復讐を為さねばならぬ。
そんな、死んでいった奴らの声が割れんばかりに木霊する。
頭の裏がちりちりと灼けて、全身に熱い血流が駆け巡る。
――そうだ、殺さなければ。平和って奴は大切だ。だから、それを乱した奴らは殺してやらなければならないよなぁ。
「逃げんなよ。一匹残らず磨り潰してやっからなァ、小鬼ども……」
一歩、踏み出す。
右手に小剣、左手に長槍。
両手に敵の命を奪う必死の刃を握りしめて、狙うは奴ら全員の首と心臓。
二歩、三歩。
歩く、血に塗れた泥の地面を踏みしめる。
「もう十分てめぇらは楽しんだ、そうだろ? ――だったら次はこっちの番だぜ?」
ここにいる連中の屍を積み重ねて、墓石を一つ仕立ててやろう。
生命と言う生命を搾り出して、ここの人々の安寧の礎と成れ。
そして知れ。
知るが良い。
野蛮なお前たちに償いの機会を与えてやる、礼儀正しい日本人の名乗りって奴をな――!
「逃げんじゃねぇぞ。耳が聞こえる奴はかっ穿って聞きやがれ、目ぇ見える奴は目ん玉ひん剥いて見さらせ! 俺は……俺は――!」
――重心を前に傾け、吹き荒さぶ熱風に乗って一気に最高速へ。
両手に握った双つの牙を構えて、向かうは敵陣の真っ只中。
この惨劇をもたらした連中を殺し尽くすべく、俺は夜叉の如く吶喊する――!
「――キエエェェイイアアアァァッッッ!!」
空を染める赤く染まった月の下で、異世界からの復讐者が高らかに産声を上げた。
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――曰く、今は亡き一つの村の惨劇にて。
村人五〇人の内、生存者はただ一人のみであった。
異変を感じ取って救出に来た冒険者を出迎えた、事件当時僅か七歳だったその少年は、数多の魔物の屍の上で独り黙祷を捧げていたという。
その後の彼の行方は、さてはて。
【魔物殺し】、【異血狂い】、【首狩り鬼】……数多の生々しい異名を持つ彼は、今日も我々の与り知らぬどこかで魔物の血に己を濡らし続けているに違いない。