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本心の隠し場所

作者: 村崎羯諦

 誰かに見せびらかして引かれるのも嫌だったから、自分の本心は引き出しの奥にしまっておくことにした。引き出しにしまった本心を誰かに見せるなんてことはしない。僕はそう決意しながら、ゆっくりと引き出しの鍵をかけていく。


 他の人からどう思われるのかもわからないのに、自分の考えていることをどうしてそのまま口にできるんだろう。知り合いと話すたび、ネットで転がっている誰かの発言を見るたび、僕はいつも不思議な気持ちになる。口は災いの元なんてことわざがあるように、自分の言葉で誰かを傷つけたり、誰かを不快にさせてしまうことなんてたくさんある。さらに言えば、自分の何気ない一言がどこかで誰かの反感を買ってしまって、みんなが僕のことを嫌いになるってことも十分ありえる。そのリスクを踏まえた上でなぜ、どうしてみんな、自分の思っていることを口にしたがるんだろうか。


 だから僕は、自分の本心を引き出しの奥にしまって、誰も不快にさせない、当たり障りの無い言葉を言うようにした。だけど、それによって何か不都合があるということはなかった。自分の本心を話さなくても日常生活は普通に送れるし、他の人の話を聞きたがる人よりも、自分の話を聞いてもらいたい人の方が多いから、孤独になってしまうということもない。以前よりも一人でいる時間が増えたということもなかったし、自分の本心をどうしても話す必要のある場面なんて、僕の日常生活の中では一度もなかった。


 本心を引き出しにしまったおかげで、思わずこぼれてしまった本音で誰かの反感を買ってしまったり、誰かを傷つけるということは無くなった。自分の気持ちをそのまま口にしたがる人と違って、思いがけない一言で人を傷つけたり、意図的に誰かを貶めることもない。引き出しにしまった本心は、ひょっとしたらそうしたいと思っているのかもしれない。だけど、僕の本心は引き出しの奥にしまったままなので、それが誰かに知られると言うことは決してなかった。


 三上くんの優しいところが好き。本心を隠し始めてからできた彼女は、僕に対してそう言ってくれた。彼女の元彼は無神経な性格で、付き合っていた時には心が傷つくようなひどい言葉を沢山言われていたらしい。自分の本心を話さない僕は、元彼のように彼女を傷つけることはしない。そして、彼女もそんな僕のことを好きになってくれた。だから、引き出しの奥にしまったままの本心を彼女に見せるということはしなかった。そもそも人と一緒にいるのに、自分の本心はいらないということに気がつき始めていたから。


 僕は彼女のことが好きだったし、彼女もまた僕のことを好きでいてくれた。だけど、彼女が好きなのは本心を見せていない僕だったから、彼女の好きという気持ちをどこか不思議に思っていた。好きな人に好かれるというのこと自体は嬉しかったけれど、心のどこかでは、僕のことを何も知らない人がどうして無邪気に好きだと言えるんだろうという冷めた気持ちがあった。だけど、僕はその気持ちを口にしてしまう前に、そのネガティブな本心を引き出しにしまった。僕がそんなことを考えていると知ったら、きっと彼女は傷ついてしまうから。


 僕たちの交際は順調だった。僕が彼女に自分の本心を見せることはなかったけど、彼女は会うたびに打ち解けていき、自分の考えていることとか、自分が好きなものについて僕に進んで話すようになっていった。付き合う前は控えめでおとなしい性格だと思っていた彼女は、本当はよく笑う性格で、色んな場所に出かけたがるアクティブな一面もあった。僕は彼女の知られざる一面に驚いたし、ちょっとだけ嫌だなと思う部分もあったけれど、僕は彼女のことが好きだったから、決して自分の本心を伝えることはせず、そういった本心は引き出しの中へしまうようにしていた。僕は以前と同じように優しく彼女に接するように心がけた。彼女が好きになってくれた時の自分を崩さないように。


 僕は大好きな彼女を傷つけることはなかったし、自分の本心を見せびらかすなんてへまをしない限りは、ずっとこの関係が続いていくと思っていた。だけど、付き合ってしばらくすると、彼女は、僕が何を考えているのかとか、自分に何かして欲しいことはないかということを聞くようになった。僕は何も考えてないし、何かして欲しいこともないよと曖昧な返事で誤魔化し続けた。彼女が聞かせて欲しいという僕の本心が、もし彼女の嫌がるものであったとしたら、彼女を嫌な気持ちにさせてしまう。そんなくだらないことで彼女から嫌われるのは嫌だった。


 だけど、いくら僕が大丈夫と言っても、彼女はしつこく同じことを聞いてきた。そして時々、彼女はすごく傷ついたような表情を浮かべ、僕を見つめてくる。僕は自分から進んで彼女を傷つけたりはしてないし、彼女が好きになってくれた時のままの自分であり続けた。それなのになぜか、彼女は僕に対して少しずつ不満を漏らすようになっていった。


「確かに三上くんは怒らないし、いつだって優しいけど、何を考えているのかがわからない。だから、一緒にいてすごく辛いの」


 ある日彼女は泣きながら、僕にそう訴えてきた。自分の考えなんてそんなに大事なものでもないし、僕が本心を打ち明けることで傷ついたり失望したりする可能性もあるのに、どうして彼女はそんなことを言うんだろう。僕はいつものように、彼女が望むような優しい言葉をかけたけれど、彼女はさらに激しく泣くだけ。三上くんがこれからもずっと本心を話してくれないのなら別れよう。僕の好きな彼女はそう言って、そのまま彼女は立ち去っていった。


 彼女のことは好きだったし、別れるのは嫌だった。僕は少しだけ迷った後で、一度引き出しから自分の本心を取り出してみることにした。鍵を開け、引き出しの中から自分の本心を一人残らず取り出し、机の上に広げてみる。数年ぶりに取り出した自分の本心の中には、ポジティブな気持ちとか素敵なものもあった。だけど、その大半は嫉妬とか嫌悪感とか外に出さないように気を使っていた嫌らしいもので、こうして目の前に置かれているだけで、僕はどうしようもない自己嫌悪と不快感を覚えてしまう。


 僕は机の上に広げたその本心を見下ろしながら、彼女のことを考えた。それから、僕の考えていることを教えて欲しいと言った彼女の言葉を思い出す。そして、その次に思い浮かんだのは、自分の本心を全否定されて嫌われることと、本心を知られないまま嫌われるのと、どちらの方がいいだろうかという考えだった。


 僕は目を瞑り、考えた。結局僕は机の上に広げた本心をもう一度かき集め、再びそれを引き出しの奥へと突っ込んだ。最後に、嫌われたくないために本心は話したくないんだという自分勝手な自分の考えを、誰にもみられないようにそっと引き出しに入れる。


 そして、僕は引き出しを閉め、鍵をかけた。自分の本心が誰にも伝わらないようにするために。

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