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6.魔女とちょびっと残った惚れ薬

 魔女の薬は作り置きもあれば、依頼があってから作るものもある。

 ある程度捌ける見込みがあるものや、作るのに非常に時間がかかるもので長持ちするものは予め作っておく。そうでなくても、途中までの状態で用意しておくという方法もある。

 先日依頼人に売った惚れ薬はある程度捌ける見込みがある。

 これは街へ卸す時には希釈し他の果実の精油を加えてリラックス作用をもつ香水と変化させる。他にも形を変えて販売できる。原液で渡すのは、魔女の家に依頼人がきた時だけだ。



「レオン、これそろそろ使えないよー」


 街へ卸すには使用期限が必要だ。いつまでも安全に確実に効果が得られるわけではない。特に原液でないならなおさら劣化が懸念される。ミアがそろそろ使えないと言ったのは、昨日売った惚れ薬だ。


「新しく作るか。ミアやってみる?」

「え! いいの!? やる!!」


 惚れ薬はまだミアは作ったことがない。正確に言えば、惚れ薬の最終工程を行ったことがない。魔女の力を込める作業をしていないということだ。


 魔女の作る薬は薬効のある動植物や鉱物、目には見えないオーラといわれるような物を組み合わせ、それに魔女の力を込めて出来上がる。

 魔女の力の込め方は主に気持ちを込めることである。どういう理屈かはわからないが、気持ちを込めることで魔女の力が薬の中に組み込まれるのである。ミアが前に怒りにまかせて薬を呷ろうとしたものは、鬱憤を吐き出せるようにする薬だ。






「さぁーて、惚れ薬の力の入れ方はどうすればいいのかな?」


 ミアが魔女の書を開く。代々レオンの家に伝わり改訂を加えている、いわば魔女のレシピ本だ。


【惚れ薬】

 イモリの黒焼き。遠い異国の調味料ショウユを加えると美味。


「……いや待てい!」


 ミアは思わず魔女の書を床に叩きつけようとしてすんでのところで思いとどまった。

 魔女の薬のレシピのはずが、珍味のレシピに成り代わっている。ミアはいまだかつてこのような記載は見たことがない。たまたま過去の魔女の誰かが出来心で書いたに違いない。きっとそうだ。気を取り直してミアは魔女の書に向かった。


【惚れ薬】

 イモリの黒焼き。遠い異国の調味料ショウユを加えると美味。

 朝露に濡れたローズに抽出用液剤を加えてすり潰し――、魔女の力、この場合は恋心を加える。具体的には、愛しい人を思い浮かべてそっと息を吹きかける等。


「い、いとしいひと?」


 レオンはイモリを捕まえに行ってしまった。

 朝露のローズを採るには今日はもう時間が遅い。魔女の力を込める作業はどう頑張っても明日以降だ。今すぐ作るわけではない。


 ミアに恋人はいない。

 ミアの姉は幼馴染と結婚している。兄は学生時代からの恋人と婚約している。姉兄に聞けば、愛しい人がどういうものか教えてくれるだろう。しかし、姉は別に住まいを持っているし、兄も別で一人暮らしをしている。今日家に帰ってからだと姉も兄もいないので尋ねることができない。もちろん夜明け前に家を出るので姉兄には会えない。


「愛しい人って、誰??」


 ミアは頭を抱えてしまった。今すぐここで魔女の力を込めねばならないとすると、ミアには出来ない。それでは魔女失格である。見習いなのでまだ魔女ではないのだが、これが出来ないとなると、魔女見習い卒業は遠のくこと違いない。


「レオンに聞けば他の方法を教えてくれるんだろうけど」


 何故かミアはレオンには聞きたくないと思った。





「今日納品のあと、友達と会ってくるね」

「あぁ、いつもの友達か」

「そう、シノ!」


 シノはミアの兄と同い年の幼馴染である。シノは勤める職場に好きな人がいると聞いたことがある。彼女に聞けば愛しい人を思う気持ちがわかるのではないかと考えたミアは、会いに行こうと考えた。


「そうだな、恋バナして惚れ薬に活かすんだぞー」

「ふえっ!? どどどどうしてそれを!? いや!何の話かなあ!!」


 レオンはくすっと笑う。知られたくなかったのに、すっきりあっさり言い当てられドキドキし始めたミアは、レオンの表情でさらにドキリとした。いつも揶揄う時の意地悪な顔ではなく、優しく細められた目に緩んだ口元。レオンにしては珍しい。


「だってミア、魔女の書を見つめて『恋? 恋か…恋ねぇ…』って難しい顔して呟いていたから」

「べっ、別に恋がわからないってわけじゃないからね!ただちょっと!どうやって込めようかなって思っただけなんだから!」


 レオンはずっと笑っている。ミアのツンツンぶりが微笑ましいということ以外に、笑う理由があった。


 (やっぱミアはまだ恋する相手がいない)


 一番ミアに近い男は自分だという安心感がレオンの頬を緩ませた。


「そうだ、レオン。このちょびっと残った惚れ薬もらっても良い?」


 ピキッとレオンの頬が引き攣った。


 (ミアが、あのミアが惚れ薬を欲するだと? 純粋で言葉通り受け取ってしまう恋も知らないミアが? まさか使いたい相手がいるのか?)


 レオンは西の森に住む魔女である。自分をコントロールすることは、容易いことだ、と自負しているが今回ばかりは少々焦ってしまった。


「ど、どういうことか説明してもらおうか、ミア」


 引き攣った頬が戻らない。ミアは固まったレオンを訝しみながら答えた。


「シノがね、好きな人がいるってずっと言ってたの。いつも一緒にいるんだけど、全然打ち解けられないって言ってたから、依頼人に薬を説明する練習……? 実習? にどうかなって?」


 だめかなぁ? と苦笑いを浮かべるミアに、レオンは少し緊張を解いた。


「良いけど、薄めるし、少しだけだぞ。それと、きちんと話を聞いて適さないと判断したら薬を出すなよ」

「もちろん!」


 ニコニコしてシノ喜ぶかなぁとうれしそうなミアの様子に、嘘では無いと思うがレオンの心配は拭えなかった。




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