5.初めての儀式
魔女の家系じゃないと魔女の力は使えない。
それは魔女の弟子入りが決まったその日に、ミアはレオンから告げられた。そして魔女の力を得るために儀式を行った。
幻術から回避するためだけではない。魔女としての修行をおこなうためにも必要なものであった。
儀式自体はいつでも行うことが可能だが、満月の日に行うことが一番効果的とされている。
ミアの場合は初日のみその場で行い、あとは毎月満月の日の帰る前に儀式を行なっている。
「まずこれが毒消しの薬草。これからいろんな薬草の種類や効能、処理の仕方を覚えていくことになるから」
イガイガした葉っぱのついた、ミアの目にはただの雑草に見える草の束をレオンは取り出した。
「これを天日で乾燥させて細かく刻んだものがこっち」
雑草を机の上に置いて、どこかからかガラス瓶に入った茶葉のようなものを取り出した。小ぶりの片手鍋にその茶葉のようなものをひとつかみ分と水を入れて火にかける。
こぽこぽと沸く音と一緒に青くさい緑の匂いがたつ。野原で寝そべった時にかいだことがある匂いだ。時間とともに薄い黄色だった液体がどんどん緑色に濃くなっていく。
「こんなもんかな」
レオンは鍋を火からおろしてナイフを火にかざす。
「うまくいけばいいけど……」
ぽそっとつぶやかれた言葉をミアは聞き逃さなかった。
「え? うまくいけばって?」
「ん? やったことねーもん。俺、魔女の血筋だしこういう儀式いらなかったから」
「えぇ!? うまくいかなかったらどうするの!?」
そんなもん考えていなかった。
「……ミア、お前の尊敬する魔女様が失敗するとでも思ってんのか?」
「ぉおぉ、思ってません! 思ってませんから弟子キャンセルはしないで! くださいぃ」
レオン相手に話していたのでうっかりしていた。目の前のレオンは憧れの魔女さまだ。魔女さまの不況を買って何もしないうちに破門になっては困る。ミアは深々と135度に腰を折って頭を下げた。
レオンの許しを得て頭を上げたミアが目にしたのは、自身の指にナイフを入れるレオンの姿だった。
「やだレオン何してるの!? 早まっちゃダメぇ!!」
ミアはレオンが自暴自棄になったのかと思った。
尊敬、憧れ、ミアはレオンに躊躇いもなく話してきた。本人に向かって本人のことを言っていたとは露知らずに。なのに今ミアは簡単に疑ってしまったのだ。ミアはレオンを傷付けてしまったのだと思った。
ミアはレオンのナイフを慌てて掴んだ。
掴んだ拍子にミアの手に切り傷をつけて。
「っ……!」
「ド阿呆! 何やってんだよ! ……くそっ」
レオンはミアの手を取り傷口をサラシで圧迫する。ナイフももちろん取り上げた。
「どあほうって、どっちがよう……。ひっ…うぐっ……」
レオンの自傷行為のショックと、ナイフで切れた手の痛みと、レオンが無事だった安心感と、レオンに怒られたことでミアは泣いた。頭の中も顔もぐちゃぐちゃだ。
「うぅ〜っ……レオンが無事で良がっだあぁ〜……」
わんわん泣いていたミアは傷の手当てを受けている間に落ち着きを取り戻した。
「必要なんだよ、俺の血がさ」
手当てしている時は何も言わなかった。ミアが落ち着いたのを見計らってレオンが話をしだした。
「ミアが魔女になるためには、魔女の力を定期的に補充しないといけない。そのために魔女の血が必要なんだ。だからナイフで指先を少し切ろうとしたんだよ」
「わたしが余計なこと言ったから自棄になったわけじゃない?」
「そんなことで自棄になんないって」
「そっか……」
レオンの心を傷つけたわけではない事がわかり少し安心したミアだったが、今度は「わたしのせいで、レオンの体を傷つけちゃう」というモヤモヤが発生した。
定期的に魔女の力を補充しないといけない、とレオンは言った。ということは定期的にレオンに血を出させるということだ。
魔女になりたいなんて言わなければよかった。
レオンはミアの頭を両手で掴んで髪の毛をくしゃくしゃにした。
「わぁっ、ちょっと! 何するの?」
「さて、ミア。あなたはこれから魔女の見習いになるのです。これは決定事項です。あなたは魔女のローブという秘密を知ってしまいました。もう覆せません」
ミアが頭を上げると、レオンはいつの間にか魔女の姿になっていた。
ミアの母よりも少し年上に見える女性の姿に落ち着いた優しい声。
「嬉しかったのですよ。あなたが魔女に憧れをもってくれたことも、なりたいと言ってくれたことも。本当の姿を見ても、変わらないでいてくれたことも」
にこりと微笑みを携えミアと目線を合わせる。
ミアは「魔女さま!」と抱きつきたくなる気持ちをグッと堪えた。今は大切な話をしているところだ。
「今自分のせいでどうたらこうたら考えてるのかもしれないけど、そういうの一切無用です」
「私はすでにあなたの師ですから弟子のあなたに様々なことを教え伝える義務があります。弟子は教えを受け取る権利がありますが、魔女になるための必要事項に関して弟子のあなたに拒否権はありません。そして魔女の力を伝えることは必要なことであり、基本中の基本であり、最も重要なことなのです」
「それともう一つ」
ばさりとローブを脱いでレオンが言った。
「ミアの夢、何年聞いたと思ってんの。応援させてよ」
わかりましたか? と問いかけられたミアはこう答えるしか無かった。
「……はい、魔女さま」
そして初めての儀式は無事に執り行われた。
と思われたが、ミアを家に送り届けた際に、ミアの手に巻かれた包帯を見たミアの父に「何があったのかな? ん? さあレオン、ゆっくり聞かせてもらおうか?」と問い詰められたことはレオンの師匠人生初めてのピンチであった。




