4.魔女の冗談
誰かが森に入ると風が吹き窓がガタガタと揺れ、来客を知らせる。これも森にかけた術によって起こる風である。
来客の知らせがあると、レオンは魔女のローブを纏い、ミアは見習い魔女のローブを纏う。そして客人が魔女の家に到着するまでの間に行うことは、片付けである。
「レオン指大丈夫? あちこちに血が付いてるよ」
机の上にあった薬草を煎じた鍋をレオンから受け取り洗いながらミアが声をかけた。
「んー、切りすぎたかな。舐めとく?」
ほら魔女の血だぞー、と指をミアの前に突き出した。
いつも1滴の血を含む毒消しの薬を飲むだけだ。さっきひと月ぶりにミアが飲んだ直後に、ガタガタと窓が揺れて来客を知らせた。
今もまだじわじわ滲み出るレオンの血に、ミアはふと考えが浮かんだ。
もっとたくさん飲めば、レオンの指を傷つける頻度を減らせるのではないか。
突き出された血の滲み出る指をミアはパクっと咥えた。滲み出る傷部分を舌先でゆっくり舐めると、いつものゾクゾクした悪寒がはしり、その後全身の血液が急激に沸騰したような感覚に陥った。
レオンは冗談を言ったつもりだった。ミアの事だ、「レオンのド阿呆」と言ってプイと横を向くと予想していた。ちなみに「ド阿呆」はレオンが叱ったり怒ったりする時の口癖でありミアも使うようになった。ミアのような女の子が口にするのはどうかと思うが、それはそれでかわいいと感じている。
ミアがレオンの指を咥えて、小さな舌先でチロチロと舐め、頬を紅潮させている。レオンの心を掻き乱しているが、これから依頼人が来るのだ。魔女は自分をコントロールし、動揺してはいけない。
「ド阿呆……本気にすんなよ」
ミアの口からレオンは指を抜いた。少し気まずい空気が漂う。
全身の感覚が過敏になったようなミアも、指を舐められて動揺したレオンも、お互いの顔が見れないまま依頼人を迎えることになった。
依頼人は頬に傷のある体格の良い男。
職場に惚れた女がいるが、アプローチを試みるもまったく靡く気配がない。といっても嫌われている気配もない。一度だけ見たことがある笑顔を、自分に見せて欲しい。クールな彼女が花が咲いたように笑う顔をもう一度。もし見ることが出来れば、この想いに蓋をする。
レオンは惚れ薬を処方した。だが男は受け取りをしぶった。想いを断つための依頼であり、彼女をどうこうするつもりは無いと。
この男が惚れた女の笑う顔を見て諦めることが出来るだろうか。惚れるほどの笑顔ならば更に想いが募るのではないだろうか。想いを叶えるために魔女の元へ訪れる者が多い中、想いを断つためとは殊勝なことを考える人がいたものだとレオンは感心したが、それでは依頼人の為にはならないと判断した。
「残念なことに笑い薬はありません。この薬は使用者の体に2滴振りかけ、振りかけた薬と自分の匂いを意中の相手に嗅がせると惚れ薬としての効果をもちます。しかし、1滴であれば、使用者と相手の緊張をほぐす効果があり自然に笑い合うことが出来ます。くれぐれも用法用量を守ってご使用ください」
嘘は言っていない。緊張をほぐして自然に笑い合い、いい感じの雰囲気になるのだ。
それならばと、男は代金を支払い薬を大事に抱えて帰っていった。
「笑い薬、あったよね?」
依頼人が帰り、ローブを脱いでミアがレオンに問いかけた。笑い薬はキノコの一種に含まれる幻覚作用を利用したものだ。
「あぁ、あるよ」
レオンはあっけらかんと言い放つ。笑い薬はありませんと言ったその口がだ。
「ミア、よく考えてごらん。さっきの男は花が咲いたように笑う顔が見たいって言ったんだよ。笑い薬だとどう笑うと思う?」
「『うひゃひゃひゃ』『ゲラゲラ』もしくは『あひぇひぇひぇー』……かな」
ミアは答えながら笑い薬を売らなかった意味を察した。笑い薬を使用して笑う顔は、男の求める笑顔ではない。
「あれは気分がどうしても沈んでしまった時に使う薬だからな」
「そっか。あれ希釈しても『ニタニタ』にしかならないもんね」
さすがレオンだ、言葉通りに受け取って薬を決めてしまってはいけないんだな、とミアは学習した。その上でミアはこう言った。
「好きな人の笑顔が見れてちゃんと諦められたら良いね」
レオンは首を傾げて答えた。
「は? 諦められるわけないだろ?」
今度はミアが首を傾げた。依頼人は想いを断つためだと言っていたではないか。
「むしろ見たかった笑顔で余計に好きになると思うよ。笑顔見て諦められるならこんな所まで来ないって。あの男も自分で気付いてるか分からないけど神頼みならぬ魔女頼みってやつだ」
さすがレオンだ、言葉通りに依頼を受け取ってしまってはいけないんだな、とミアは反復学習した。そういえばさっきも言葉通りに受け取り行動してしまった事がある。
「レオン、さっきは指舐めてごめん。たくさんレオンの血を飲めば何度もレオンが傷作らなくても良いんじゃないかなって思ったの。もう止まった?」
ミアはシュンとしてレオンを見上げた。
「止まってるよ。ミアは大丈夫? 体調変わりないか?」
いつも摂取するレオンの血は1滴だけだが、いつも儀式の時にミアは震える体をギュッと抱き締めている。それを直接舐めたのだ。なにか異常があってもおかしくはない。冗談とはいえ、無責任な事を言ってしまったとレオンは反省していた。
「あ、うん、大丈夫だよ!……じゃそろそろ帰るね」
「あぁ、お疲れ。気を付けて」
それぞれ1人になると、ミアは全身の血液が沸騰するような感覚を思い出し、レオンは小さな舌が己の指を舐める感覚を思い出し、火照る頬を手で覆うのだった。
「ド阿呆」はコ●ン君の「バー●ー」に近いです。




