3.魔女の力
西の森の奥深くにある魔女の家は、意外と簡単に辿り着ける所にある。
レオンに連れられて魔女の家に行った時は、ヘトヘトになるほど険しく長い道のりだった。無事に魔女の弟子となることが決まり、帰る時はものの5分で森を出た時は狐につままれた気分だった。行きは何だったんだとレオンに問えば、幻覚だという。
魔女のローブしかり、西の森には幻術が施され、魔女以外の者には易々と辿り着かないようにしている。魔女の弟子となったミアは幻術が効かなくなった。というか、効かなくなるように儀式を行った。正直なところ毎日険しい道は勘弁して欲しいと思っていたミアは安堵した。
中等教育が始まるまでは日の出前から日の入りまで、中等教育が始まると学校帰りから日の入りまで、ミアはレオンの元へほぼ毎日修行に通う。もちろん学校が休みの日は日の出前から日の入りまで修行だ。
魔女の修行をしている事は決して他人に言ってはならない。魔女が誰かであるなんてことは人が知ることではない。ミアが魔女の元に通っている事を知っているのはミアの家族だけ。
レオンとしては両親だけにとどめておきたいところだったが、日の出前に家を出て日の入り後にしか帰ってこない妹を不審に思うだろうと、姉兄にもやむなく許可した。ただし他者に漏らせば一切魔女の薬を卸さないという条件をつけた。
薬屋は魔女の薬だけを売っているわけではないが、月の売り上げの半分は魔女の薬であり、それを仕入れられないのは商売上大変な痛手となる。
充分心得ている姉兄はそんな条件無くとも漏らすつもりは毛頭無かった。かわいい妹の夢を応援してやりたかったのだ。
「レオンは兄弟いるの?」
「いないよ」
「じゃあわたしが妹になってあげるね」
レオンは薬の納品に出かけた先の薬屋で、くりくりっとしてぱっちりした目の小さな女の子に心を奪われた。妹がいたらこんなにかわいいのかと、いつの間にかこの薬屋に行くことが楽しみになっていた。
あまりにも妹の存在がかわいくて、「妹が欲しいな」と家でポツリこぼすと、何かいけない事を言ってしまったようで、毎日の修行が厳しくなった。レオンが11歳の時の事で色々とまだ分かっていなかった頃の話である。
「レオンって兄弟いなかったよね?」
切り分けたパンを、きちんと服を身に付けたレオンに渡す。
「妹ならいるけどね」
レオンはパンを受け取りかまどに入れて温める。
「そうだっけ? 妹さんがいるのに裸で寝るなんて……。でも会ったこと無いんだけど、どこにいるの?」
「……はぁ、どこに行ったんだろうな俺のかわいい妹は」
「……修行に行ってるの……よね?」
「そうだろうな」
レオンはジト目でミアを見るがミアは気付かない。ミアはミアでレオンの触れてはいけない話をしてしまったと神妙な顔をしていた。
ミアはかわいい“妹”だった。“かわいい妹”が“かわいい弟子”になった。弟子になる事についてはレオンの中で様々な葛藤があったが、月に一度しか会えない“かわいい妹”と毎日会える事は、人間関係の希薄な魔女の生活の中では悦ばしい事でもあった。いつしか“かわいい妹”は、“かわいい女の子”に変わっていった。
魔女とは孤独な存在である。
ミアは6年の修行生活の中でそう思った。ミアの知る魔女はレオンしかいないので他の魔女も孤独かどうかなんて知らない。
レオンが誰かと一緒にいるところを見た事がない。レオンと話をするのはミアとまれに来る行商人、そして依頼人だけだ。レオンに友人と呼べる存在がいるのか、家族がいるのかよく知らない。先代の魔女はレオンの母で、先先代はレオンの祖母で、そのまた前は曾祖父であること以外、ミアは知らされていないし、聞いたこともなかった。
妹がいると言ったレオンは優しい兄の顔をしていた。どこに行ったのかわからないだなんて、修行とはいえ生き別れとは辛い事を聞いてしまった。
レオンくらいの年齢になれば家族と離れて暮らすこともよくある事だと聞く。しかしミアが修行に通うようになって6年だが、その最初からこの家にはレオン1人だった。
「今夜は満月だから帰る前に」
「うん、わかってる」
月に1度、ミアは魔女の血を摂取する。
魔女は直系の血筋に魔女の力を宿す。ミアのような一般人は魔女の血をもらう事で魔女の力を得る。毎日修行に通うミアにとっては大切な儀式で、魔女の血を摂取しなければ、西の森で何時間もかけて行き帰りしなければならない。
毒消しの薬草を煎じたものに、レオンはナイフで己の指先を小さく切って滲み出る血を1滴加えた。ミアはそれをコクコクと飲み干す。もう何十回と行った儀式であるが、未だに慣れることはない。毎回自分の為にレオンを傷付ける事になって申し訳ない気持ちと、飲んだ後に身体を駆け巡るゾクゾクとした悪寒のようなものにはいくら経っても慣れることが出来なかった。
最近はこにの儀式を受ける度にミアは考える。
魔女として生きていくには永遠にレオンに血を流させなければならないのかと。




