1.見習い神官は語る
既に短編を読んで下さった方は五話からどうぞ
はじめましての方はのぞいて下さって有り難うございます。楽しんでいただけたらいいのですが……。
一部、男の子には痛そうな記述があります。ご注意を。
わたくしはマルル。神聖アルファ帝国の大神殿で神官を務めております。
なんてね。お上品ぶってみましたが、まだ見習いなの。
生まれた時には親がいたはずだけど、物心ついた時にはすでに孤児院にいた可哀そうな娘……。ううん、そうでもないね。
うちの国は信心深い人が多いからさ、神殿が面倒見てくれてる孤児院も結構寄付があって、他所の国に比べたら随分ましな方だったと思う。
普通、孤児院なんて御飯さえ碌に食べられないなんて聞いて、びっくりしたわよ。
子供を何だと思っているのかしらねえ。育てなきゃ国民が減るんだよ。半年で収穫できる野菜じゃないんだからさ。
うちの院長先生なんか「子供は国の宝」が口癖だったよ。
まぁ、その後に「そんな宝を汚れた石ころにするわけにはいきません」って悪戯したり、態度の悪い子には鉄拳制裁が下るんだけどね。
そんな孤児院で育って、一通りの読み書き計算を習い、八歳から神殿に御奉仕の下働きに行ったら、なんか気に入られたようで、翌年には正式な下働きになったのよね。
その一年後には住み込みになって、それからは神殿暮らしで去年神官見習いに出世しました。エッヘン。
え、普通の勤続年数昇進?
その位わかってるわよ。どうせ要領が良いわけでもないし、器量も並みですよ。ほおって置いてよね。
同じ歳の貴族の三男坊も見習いだったし、同じことやってたから、神殿は出自関係なく平等なんだね。
それで仕事内容は今までと大して変わらないけど、神様の教えや儀式についてとかのお勉強の時間が増えたの。チョット面倒くさい。
みんな知ってる事だけど、この国は大神殿の教皇様を頂点にして、その下に実際の政を行う大公を筆頭に貴族がいて、そのまた下に一般庶民がいる。
よくある宗教国家型だよね。でもね、わが国には教皇様の更に上のお方が、いらっしゃる。
それが主神アーク様の御子様である神子様や神子姫様。
男児の時と女児の時があるけれど、代替わりすると四、五歳の幼子の姿で神殿の奥深くのカギのかかった御降臨の間に現れるらしい。
その後は私たちと同じように成長なさるんだけど、ある程度の年齢になると御容姿が変わらなくなるんだとか。
確かに小さい頃に先代の神子姫様のお出ましを見たことあったけど、すごく綺麗なお姉さんだった記憶があるんだよね。御年70越えだったらしいけど……。
で、今代の神子様がご降臨なさったわけだけど、今年十五になる神子様ときたら物語の中の王子様のような麗しい御容姿をお持ちなの。
月の光に輝く滝の様に流れる銀の御髪。端正に整った御容貌に、すべてを見通すような深い英知を窺がわせる碧玉の瞳。スラリとした長身は柳の様にしなやかで、それでいて男らしい。
そう、今代の神子様はクール系?な美少年、いいえ大人びていらっしゃるからもう美男子かな、なんですよー。
その神子様は大きな声では言えませんが、普通人じゃないんですよ。そんなの当り前だって? うん、そうなんだけど、そうじゃなくて……。
その感性が違うというか、神の御子様というのは皆、あんな風なのかしら。
何でこんなことを言うかというと、以前、神殿以外の者に慣れ親しむために御しのびで街への行くことになったの。それに私もお供したんだけど……。
ホラ、私はお使いなんかで、よく街に出てたから案内役を仰せつかったってわけ。もちろん護衛や側付きもちゃんと同行してました。
それで、街の中を歩いてお店なんかを覗いていた時に、ちょっと離れたとこにいた人が草臥れた様子の男とぶつかったのよ。そいつが、よくあるスリってやつだったのよね。
直ぐに護衛が気づいて捕まえた。そしたら、そのおじさん子供が病気で薬代が欲しくてやったなんて言い訳したの。
神子様は何時もの様に淡々と男の話を聞いてらした。
あんまり表情が変わらないのよね。怒ったりするとか聞いたことないもん。薄っすら微笑むくらいで、笑うってこともないらしいよ。平常心てやつなのかな。
私と同い年らしいけど、この落ち着きと気品はどこから来るのかしら?比べる方が可笑しいのは分かっているけど。
そんな風に思いながら、神子様が御下問になるのを眺めてたの。
「そうか、それではお前は子供のために罪を犯したのだな」
「はい、申し訳ありません。どうかお慈悲を……。オレがいなくなったら、アイツの面倒を誰が見るのか……」
私の目には、胡散臭いおじさんが反省している振りしてる様に見えたけど、神子様は無表情のまま頷いた。ええっ、見逃しちゃうの?て思ったら違った。
「わかった。お前の子供は父上の御許に送ろう。だから、お前は安心して罪を償うが良い」
「はっ?」
そこにいた皆の頭がフリーズ?したわよ。はてなマークがふよふよと飛んでる幻が見えたもん。
もう、耳を疑ったわよ。神の御許に返すって、えっ、どういう事よ。私が内心でアワアワしていると、側付きが恐る恐るお言葉の真意を伺ったの。
「ん、そのままの意味だが。この者は子のために罪を犯したのだろう。なれば罪の原因となる物も取り除かなくてはなるまい」
あっさりと口にされた言葉に、私も含めて皆の顔色が悪くなった。
「それは、ですがその子供には罪はないのですから、あんまりなのでは……」
神子様は銀糸様な髪を揺らして、ゆっくりと被りを振った。
「親に罪を犯させたのは子であろう?子がおらねば罪を犯すこともなかったのだ。その罪の穢れは子にも及ぶ。幼き身で既に罪人であれば先の道は暗いであろう。
であれば、子は父上の御許に戻って産まれ直すが良いと思う」
それは、その、神様的には慈悲なのかもしれないけど……。
たぶん、神様から見れば私達なんか畑の作物と一緒で、虫食いの葉っぱなんかむしっちゃえば良いし、枯れかけたものなんか引っこ抜いて、また種をまけば良いって考えるのかもしれないけれど……。
だけど、そうしたら、その子の命は……。
私、思わず口を挟んでしまったの。
「そ、そんなのは駄目です」
「っ、見習いは控えなさい」
先輩神官に咎められたけど黙っていられなかった。
「こ、子供は国の宝なんです。神様が授けてくださった大事な命なんです。返却するくらいなら孤児院に下さい」
「孤児院? 」
神子様は目を瞬いて不思議そうな顔をした。
「親のいない子供を養育する施設の事です。神殿で運営していて国内に幾つかございます。そう言えば、あなたは孤児院の出でしたね」
「はい、私のいた孤児院の院長先生なら、罪だろうと泥だろうと、ちょっとくらい汚れた子だって、ツルツルのピカピカにしてくれますから。
お願いですから、天にお戻しになるのはおやめください。どうか国の宝を減らさないでください」
もう、必死だった。私の説得に、どこかの子の命がかかってるかもしれないんだから此処は引けないって思った。
「ふむ、ツルツルのピカピカ……」
神子様は顎の下に手を当てて暫し考えた後、何だか私の方を見て、ほんの少し笑ったような気がした。
「そうか、ならばそのようにしてみようか。子は孤児院に入れる故、お前は法に則り罪を償うが良い」
鶴の一声で処遇が決まってしまった。最高権力者はすごいよね。
そして私は命を守れて安堵したのと達成感とでぐったりしてしまい、その後神殿に帰るまでの記憶がないの。なんか怖い。
側付きしてる先輩が言うには神子様も機嫌は悪くなかったらしいからホッとしたわ。
だけどひどいのよ、あのおじさんたら子供なんていなかったの。その上、スリだけでなく窃盗の前科も幾つかあったんですって。
どういう事よ。私あんなに勇気振り絞って口出ししたのに……。
でもまあ、神子様が孤児院に興味を持って下さったみたいで、しばらくしたら一番近いうちの所に時々訪問して下さるようになったのよ。
子供たちが遊んでる所や、同行した神官が神様の話を読み聞かせしているのを眺めているらしいよ。
神子様ってば意外と子供好きなのかもしれない。
それで、院長先生は有り難いやら畏れ多いやら言ってたけど喜んでいるみたいだし、子供たちは差し入れのお菓子がもらえるし、変なとこで役に立ったみたいだから、まるっきり無駄じゃなかったのかなと思うのよね。
こんなことがあったから、神様というか神子様のお考えになる事は、私達下々とはちょっと違うんだなって思ったのよね。
その後しばらくは神子様と接することは無かった。
所詮下っ端ですもの私。同期の男子は早々に側付きに入れられていたけどね。
通常、神子様の側付きは最初のうちは幼子でいらっしゃるので年配の女神官が務め、神子つまり男子の場合は御成長あそばしたら同性の者を増やすらしいの。
つまり、神子様と歳が変わらない見習い、しかも女の私なんぞは選考外なのよ。別に仕事ができないわけじゃありませんからね。
私的にもエライ人は緊張するから近寄りたくないのでいいのよ。ええ、あの一件で神子様が苦手になったとかいう訳じゃないですよ。ホントですよ(汗)
だから、その日私が神子様の執務室にいたのは、偶々、書類運びを仰せつかってたからなんです。
神子様にも神殿でのお役目がある。国の政は大公様がなさるから、そっちは不干渉なんだって。でも、大公様は大きな事業は一応お伺いを立てているみたい。
で、神子様がなさるのは国中から寄せられる嘆願書の処理と、法に沿った刑罰の確認と最終決定です。
刑罰の承認はともかく、嘆願書は山ほど届くのよ。それをね、神官が大きな机の上に並べて椅子に座った神子様が一瞥したら、また別の物に変えるわけ。
それを繰り返すんだけど、ほんの一瞬のチラ見で内容を理解して余罪の有無や冤罪、役人の不正、更に子供のお手紙から流行り病の兆候なんかを見つけ出すんだから、やっぱり神子様だよね。
普通の人間じゃないって思う。
神子様は気になったものを御神力で調べれば色々解るらしい。だけど、一応人として生きているのでお役目以外は御力は使わないようにしてるんですって。
そんな不思議な御力をお持ちなのですよ。
私が書類を持って執務室を出たり入ったりしていると、黙って目の前の机の上の書類が並べ替えられていくのを眺めてらした神子様が、一枚の紙を指さした。
「待て……。それは審議し直しだな。余罪がある。二件の婦女暴行ではなく八件だ……。それを苦にして儚くなった者もいる」
ざわめきが起こり、部屋にいた者が眉を顰めたり痛まし気な表情になる。
「それは……、随分罪深い男でしたね」
側付きの神官の一人がそう呟くと目を閉じ手を組んで慰霊の聖句を唱え、他の皆もそれに倣った。
私は神子様が目を伏せて吐息をついているのを眺めて、まつ毛長いなぁなんて思ってた。
どうも昔から重い空気や悲しんでいる人がいる場所が苦手なの。なんだか世の中が冷たく恐ろしい場所に思えて、怖くて逃げ出したくなるんだもの。
だから、ついつい関係ない別の事考えちゃうのよね。
こっそりと暗い雰囲気になった部屋から脱出しようとした私に、なんでか神子様の御声が掛った。
「八人の罪なき女人に乱暴をはたらき悲しませたこの者に、そなたならどんな罰を与える?妻子がいるからその者たちの嘆きの分も加算だな。女人の意見が聞きたい」
「わたしですか?ええと……」
「神子様の仰せだ、意見があれば申し述べなさい」
突然の事にびっくりして口ごもると、年配の司祭が穏やかな声で促す。動揺して目を泳がせた先で見つけた同期の顔を見つめると無言でうなずかれてしまう。
意見とか言われたってどうしよう……。
奥さんと子供がいる男の人で、女の人に乱暴した人……、それも八人ですって。すごく悪い奴じゃないの。
あっ、そうだ。そんな人はおばちゃんが言ってたじゃない。
八百屋のちょっと声の大きいおばちゃんの顔が思い浮かんだ。
「そういう男はもいだらいいと思います」
自信満々に言ったら、皆が一瞬固まった。
「は、はぁあ?」
「ふむ、それで?」 神子様だけが一人無表情のままだ。
「乱暴な男は、オス鹿の角みたいに、もいだら性格も穏やかになって落ち着くらしいです」
「なるほど、そうか」
頷く神子様に神官たちが顔色を悪くして慌てる。
「いや、神子様お待ちください。それは……」
私は焦った顔をした同期の男子に部屋の隅っこに連行されると小声で問い詰められた。
「お前は、何処でそんなろくでもない事聞いてきたんだ」
「ええっ、市場のおばちゃんたちが言ってたもん。女房子供がいるのにフラフラして他所の女に迷惑かける碌でもない亭主はもいでやったらいいって。鹿の角と一緒だって」
「なっ、お前それ真に受けたのかよ。そんな話いつ聞いたんだ?っていうか意味わかって言ってんのか?」
肩をつかまれて揺すられる。
「神殿に来る前だよ。まだ小さかったから詳しいことは知らないよ。だけど、もいだってまた春には生えて来るんでしょ?」
「あのな、鹿の角と一緒にするな。生えるわけがないだろうが。お前馬鹿だろう」
頭を抱えられてしまった。何故?
ちゃんと意見を出したのに、責められて少しムッとして言い返したら、話しているのを聞いていたのだろう他の神官たちも引きつった顔で頷いている。
あら、そうなのか。もう生えないのか。それなら困るかな……。でもおばちゃん達みんな頷いてたし、あんまり必要ないのかも。
「ええと、でもそのままでもいいんじゃないかな。別にソレが無くても困らないんじゃ……」
「「「いいわけないだろう」」」多重音声で言い返されてしまった。
私が思ってたより大事な物らしい。うん、他人から見たらそうでもないけど、自分にとっては大事な物ってあるよね。
心の中で納得して意見を取り下げようと思ったのだけれど、独り無言のまま座っていた神子様がおもむろに口を開いた。
「良いだろう。そなたの意見を採用しよう」
皆がハッと息をのんだ。
「それが女人の本音だろうからな。それで被害にあった者の気が晴れるならそれも良かろう。罪を犯した者もそのような罰で在れば、悔い改めやすくなるのではないか」
「それはそうかもしれませんが。身体を損なうというのは、一生の事になりますので罪人とはいえ今少しのお慈悲をいただけませんか」
側付き筆頭の司祭が嘆願する。
ウーン、さすが司祭様、おじいちゃんたら慈悲深いのね。なんてのん気に考えてたのは私だけで、他の人達はなんか悲痛な表情をしていた。あら、皆さん同情している?
「なに、悔い改めたら元に戻す故心配ない。この者の言う通り、また生やせばいいのであろう?我には可能な事だ」
一転して、ポカンとした顔を見渡して神子様は少し苦笑いしてた。
そう、笑ったのよ。神子様が言ったことより、私はそっちの方がびっくりしちゃったわ。
だってもいだものを生やすっていうのは神子様なら普通にできそうなことだものね。うんうん、御神力ってすごいわ。
結局その男は神子様にもがれ、それに加えて被害者への慰謝料分の強強制労働になったの。
私といえば、「もっと慎みを持て」とかお小言を言われた後、女の先輩神官に色々教えられたら熱が出て寝込みました。皆には知恵熱かって揶揄われたし、もう恥ずかしくて穴掘って埋まりたかった。
確かに慎みが足りませんでした、はい。しばらく神子様の部屋には近づきたくないです。
そんなこんなで二年前に、清純だったばっかりに恥ずかしい発言をしてしまった私ですが、この度、なんと神子様のお側付き(こっちも見習いだけど)に大抜擢されました。 えーっ、偉いこっちゃ。なんで私なの。
私なんぞがお側に侍るなんておこがましいって思うでしょう?
私の大抜擢は春に神子様が学園入学するので、それにお供するためなんです。そう、年頃の女の子がウヨウヨいる所に行くわけで、神子様も一応男子ですし、色々と問題が起こるのではと思うわけですよ。
もちろんあのお方に限って、女の子に不埒な真似なんてなさらないでしょうけど、向こうは放っておくわけがありません。あの御容姿ですもん。
今までだって伴侶を得る神子様はいらっしゃいましたしね。ぶっちゃけ、その座を望むお方もいるんじゃないかと思うわけですよ。
女生徒は貴族の御令嬢がほとんどらしいし、いないわけないですよね。
私だって成長しましたから、男女の愛憎劇や女同士の戦いなんかがあるのもちゃんと知ってますよ。
耳年増?失礼ですよ。
兎に角そのような方たちからの防波堤なんて、私には無理。期待されても困るんです。肉食獣の群れに襲われたら守り切れません。
ああもう、私の危機察知警報が鳴りっぱなしになるのではと、今から憂鬱なんですけど……。
神様、どうか哀れな見習いをお守りください。
男子の皆さんは御不快になったらごめんなさい。神子様が元に戻してくれるので彼は大丈夫ですよ。
読んで下さって有り難うございました。よろしければ続けて次話もお読みください。