楠本酒店
……この子が死ぬの?……ソレ、嫌だ。
利発そうなハッキリした顔つきの
頬が赤い、健康そのものではないか。
「念の為に、にいちゃん、1回、現場を視てあげたら、どうや? 近くやしな」
鈴子に言われ、反射的に頷いた後、
「近いんですか?」
と、確認する。
「ここから、車で県道を、駅のほうに15分位です」
加藤が、
スマホで地図を見せた。
ホントに近い。意外だった。
県道沿いにある、馴染みの<楠本酒店>から400メートルの距離。
県道から細い路を100メートル程行った山の中に建っている。
「ここ、知っています。確か、この路の先に、突き当たりに1軒ありますよね。誰の家か、知らないけど……多分別荘ですよね」
子どもの時、父と、その別荘を見た記憶が蘇った。
この辺りの、一般的な和風木造の家と違っていた。
洋風の家だったと、それしか覚えていない。
住人に会ったことは無い。
佇まいから別荘だと認識していた。
「そうです。森の中に建っている、古い洋館の下です。……やっぱり、別荘なんですね。何回か挨拶に伺いましたが、不在のようでした」
「じゃあ、良かったら、今からでも」
聖は、男の子を助けたかった。
心がざわついて、じっと座っていられない。
「今からなら、暗くなる前に、真っ暗になる前に、戻って来れる。兄ちゃん、シロは置いて行き」
鈴子は言った。
……真っ暗になる前に
……つまり、子どもに落ちた<死の影>は、まだ薄い、真っ黒では無い、
……助けられると
外で待っていたシロは、男の子を見つけると、嬉しそうに尾を振り、側に行く。
男の子は、怖がらない。
触りに行くから、シロは喜んで舐める。
「こら、シロ、やりすぎ」
慌てて犬を叱る。
「良いんですよ、レイは犬が大好きですから」
加藤は眼を細め、シロの頭を撫でる。
「レイ君って言うんですね」
聖は、その名を頭に刻んだ。
レイは、ランドクルーザーの後部座席に乗り込んだ。
幼児用のシートがちゃんとセットされている。
車の事故の確率は低いと思う。
頑丈な車だ。子どもだけが死ぬ事故を思いつかない。
「コレ、ですね」
10センチ四方。
地面から突き出ているのは5センチほど。
石をくり抜いた造り。
古いモノには違いない。
が、
地蔵、祠、道祖神、
山に残る古くからのモノは、
この山に限っては、今もカタチを変えずに残っている。
一部分しか残っていないのは、保存すべき価値が無いからだ。
何かを祭ったモノではないだろう。
壊して祟りがあるような感じがしない、
中に貯まった泥を指で掻き出す。
深さは15センチ位だった。
地面から引っこ抜けないかと、動かしてみる。
びくともしない。
「この下に、何か土台が埋まっていますね」
「神流さん、どうですか?……何か霊的な感じは?」
加藤が聞く。
「いえ、全然」
正直に答える。
「でも、元々、コレが何だったのか、気になります。村の長老に聞けば分かるかも知れない。県道沿いにあった酒屋の、お婆さんです……今から、一緒に行きます?」
「ご近所ですね。ご迷惑で無ければ、お会いしたいです」
加藤の妻が、微笑んで答えた。
加藤も頷く。
「この上の、洋館に住んでいる人のことも、知っていると思いますよ」
聖は、加藤家の上に建っている洋館が、気になっていた。
今、
加藤家の門扉の前に立っている。
この場所に、恐れるような気配は感じない。
サブロウという人と、若い女と、犬が死んでいた場所だ。
でも、何も感じない。
しかし、上から、降りてくる
不自然な風を感じていた。
微かに生臭い。
清々しい森の臭いとは違う。
霊的なモノなのかは分からない。
だけど、
もしも禍々しい何かが、居るとしたら
それは、この上に居る。
洋館が怪しい、思う。
<楠本酒店>は店を開けていた。
90才近い店主が大抵一人で店番をしている。
子どもの一人を川で亡くしていて、
その子が霊となり、首にくっついている。
聖は子どもの頃から、ソレを視ている。
店主は、聖達を見るなり、
「おや、セイちゃん、……それと、こちらは、確か、加藤さんやな」
と言った。
何故、加藤を知っている?
加藤を見れば、怪訝な顔。
だが、妻は
「あっ、あの時の……去年、サブロウさんの命日に」
と、驚いた様子。
「えっ? この、バーちゃん、だったの?」
聖も驚いた。
「やっぱり、加藤さんやな。ミチルさんの家の下の、新しく建った家や。そうやろ? 表札を見て覚えてたんや」
「ミチル、さん?」
どっかで聞いた名前だと思う。
「バーちゃんの知り合いなんだ」
とにかく、
サブロウの事も、
洋館の主についても、
このバーちゃんに聞けば分かると言うこと。
「立ち話もなんやから、奥へ入って。……ぼうや、靴脱いで、上がり。ジュース飲んでいき」
バーちゃんは、皆を奥の座敷に案内した。




