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王太子の2番目の婚約者の独白

作者: 水谷 あき




 わたくしは王太子殿下の2番目の婚約者ですの。


 王太子殿下の最初の婚約者様は、初めての顔合わせで一目ぼれして癇癪を起すほどに王太子殿下が頼み込んで婚約者にした王太子殿下と同じお年の侯爵家の儚げなご令嬢でした。王太子殿下の最初の婚約者は王太子殿下がこの上なく愛された初恋の人物であったと、今でも語り継がれております。もちろん、身分も釣り合う子供たちのみが参加を許された茶会で出会ったのでどの子供を選んでもよかったそうです。大人たちは、まさか少し子供らしくない冷めたところのある王太子殿下が一目ぼれするとは思っていなかったそうです。想定していたよりも、婚約者を決める時期が早すぎたと後になってつくづく、もう少しお諫めしていればよかったと王太子殿下の婚約者を決める立場にあられた皆様がおっしゃいます。王太子殿下のそれまでにない激しい恋情による願いは国王陛下と王妃陛下をたいそう困らせたものの、最後にはかわいい我が子の要望を叶えることになったそうです。

 わたくしも同じお茶会に参加しておりましたが、王太子殿下のお姿は皆様へのご挨拶の時のみ拝見いたしました。それ以降は、一目ぼれをされたご令嬢と薔薇園で静かにお話しされていたと、後に伺いました。少し緊張しながらのそのお茶会では友人もできてわたくしにとっても思い出深いものでもあります。


 めでたく王太子殿下の意中のご令嬢を婚約者にできたものの、残念ながら婚約者となった侯爵家のご令嬢は体が弱く、領地に戻って療養をされていたそうです。年に一度だけ、王宮に年始のご挨拶に上がるときのみ王都にいらっしゃるようでした。いたるところで開かれるお茶会に参加されることはなく、王太子殿下の婚約者として夜会でのご挨拶がご公務として唯一のお姿を見ることができる機会であったと伺いました。夜会は社交デビューした紳士淑女の会のため、デビュー前のわたくしはそのお姿を拝見することはございませんでした。ただ、時折噂になっておりましたのは婚約者様の淑女教育がなかなか進んでいない、ということです。

 そのことから、王妃としてのお役目を果たすことができるのかと、婚約者を変えたほうがいいのでないかと、婚約者様の生家とは別の派閥が動き始めておりました。淑女教育の上乗せである王妃教育の遅々とした進捗具合に、婚約者様の侯爵家からも辞退を匂わせる態度も見て取れたとお父様がこぼしておられました。婚約者様のお父様は大きすぎる野心は身を滅ぼすと慎重なご当主様ですもの。

 ただ、国王陛下はそのような動きの中でも、まだ幼いのだからと静観することを選択されたようでした。水面下の動きが落ち着きましたもの。王太子殿下の婚約者が変更になれば、上位貴族家の婚約関係が一度白紙に戻されることもあり、各家が緊張して情報のやり取りが頻繁でしたので。

 その一連の出来事を知らされた王太子殿下は、幼いながらにも、婚約者を批難されて悔しくて、その分、王太子は自分が頑張ればよいのだと誰からも立派だといわれるような王になればよいのだと勉学に剣術にと、更にお励みになられたそうです。

 気候の良い領地で療養をしながら過ごしている愛しい婚約者と顔を合わせるのは彼女が王宮に挨拶に来る年に一度だけ。儚げななげな微笑みを見せる彼女は言葉も多くはない。控えめな婚約者様を元気づけるように、王太子殿下は手紙を細やかに送り、励ましていたそうです。

 儚げに微笑む彼女は守らなくてはいけないと思わせ、それができるのは自分なのだと男心をくすぐったのでしょう。容易に推察できます。


 しかし、10歳になる前に彼女は領地で流行り病をえて、体が弱っていたせいかそのまま戻ることはございませんでした。

 看取ることも、葬儀に参列することも間に合わなかった王太子殿下の嘆きはひどく、沈痛さに声をかけるのも憚られるほどだったと、殿下の侍女の方がこぼしておられました。

 そのような不幸があり、悲しみに明け暮れる中でも王太子殿下の他国の王族を招いての社交デビューが近くに控えておりました。婚約者様の分も補おうと優秀な王太子であることを目指していたため、その存在を確認するために他国からも王族を招待していたため、年単位で調整された日程を取りやめにすることなど国力を示すためのものであるのに、できるはずもございませんでした。

 急遽、デビューのパートナーをこなすための婚約者が選定されました。

 王族に婚約者がいないのはどうしても世間的によろしいはずもございません。残念ながら、準備にはまだ1年以上もあったために婚約者不在は、さすが王族としての自覚を他国に示すにはよろしくはございませんもの。

 初恋の婚約者様を悼む痛々しいまだ幼い王子のパートナーに選ばれましたのは、年齢と身分で決められた政略が多分に絡んだ侯爵家の令嬢、わたくしでございます。現在の公爵家によい年回りのご令嬢はいらっしゃらず、婚約者のいない令嬢の中では身分としては一番高いことになっておりました。そして、大きな派閥としてはそれほど害のないわたくしがどの派閥からも同じ距離を保っているためもあり、大人たちの都合で決められました。

 わたくしは侯爵家の末の娘で婚約者もなく、政略に使う必要もないと可愛がられて育てられておりました。家族からは末娘らしいのんびりとした性格で空気が読めるとの評判でございます。



 自覚しているほどに時流を読むに長けているからこそ、様々な思惑が絡んだ婚約を断れるはずもなく、わたくしは申し訳なさそうな父にそのことを告げられて抱きしめられました。母も同じようにきつく抱きしめて、まるで今生の別れのようだと思ったものでございます。それは間違いではございませんでした。

 もともと高位貴族としての淑女教育は終えておりますが王妃教育はまた別です。10年以上かけて行うものです。せめて、見苦しくない程度マナーと知識が求められ王宮での詰め込み教育が始まりました。前の婚約者様は体が弱いということで、療養しながら領地に教師を派遣して、体調を気遣いながらの教育であったと伺っております。今回は、国の威信がかかっている盛大なお披露目に間に合わせなくてはいけないとのことで、教師陣の重圧はさらに大きくなったと考えられました。

 一度、王宮に上がれば王宮内に王太子の婚約者の部屋を与えられました。家族に会うことが許されず、ひたすら勉強にマナーに優雅に見える仕草を厳しく教え込まれる日々でございました。

 最初の婚約者様の時に体調を伺いながらの思ったように進まない教育の、やきもきした焦りを感じていた教師陣は必死で、時折、面白い形相をされておりました。

 非常に精神的に追い詰められる指導でしたがが、わたくしはできないことは仕方ないと必要と考えられる順番を決めて、こなしておりました。

 ついてくれている侍女たちがわたくしの応えてない態度に腹を立てた教師たちに当たられて泣いていることもございましたが、彼女たちは結婚相手を探しに軽い気持ちで王宮に勤めているものがほとんどですので、教師陣の考え方など理解できるはずもございません。

 ここから抜け出すためには死ぬしかない。

 けれどは死ぬのは嫌だ。

 その単純な思いだけで王太子殿下のお披露目を乗り切りました。

 その後、王太子殿下とはお茶会で見かけて挨拶くらいはいたしますが、婚約者だったご令嬢以外の令嬢の名前を覚える必要はないと言い切っていらっしゃたので早々に必要以上に近づいて火の粉を浴びたくないと判断いたしました。

 思い返せば、婚約者となって初顔合わせの場でも、年下の令嬢を睨みつけて罵詈雑言を並べ立ててくださいました。

「間に合わせでも、お前のような醜い女を妻にするなんてみんな頭がおかしい。いい気になるなよ、絶対にお前なんか好きにならないし、一生愛してるのは彼女だけだ」

 どのような茶番でしょうか。

 悲劇のヒーローごっこは将来は身の毛もよだつ恥ずかしい歴史になるとお兄様が教えてくださいました。男性はややロマンチストに走りがちだということから、気をつけなさいと教えてくださったのです。

「心中、お辛いと思いますが、いきなりそのようにまくしたてられた場合にどうお答えするのがよろしいでしょうか。できる限りの務めは果たしたいと思っております」

 こういった時の切り替えしはさすがに習っておらず、ここまで大人げないのなら、いくら国王陛下、王妃陛下の御前でも子供らしい返答でも許されるだろうと思っての発言でした。

 あまりの自分たちの息子の暴言に泣き出すのではないかとハラハラしていたというお二人は冷静な切り返しにほっとしたと教えてくださいました。誰もが二の足を踏み、ほぼ泣き落としのような最終手段に訴えたと噂の婚約です。真実は、父は遠い目をして教えてくださいませんでしたが。

 とにかく、まとまった婚約をどうにか続けたいというお二人の強い意志は感じ取ることができました。

 とくに幼いころからの婚約で穏やかな愛情を育んでくんできた国王陛下ご夫妻には幼いころから接することが大事だとおっしゃっていました。

 日々、政務に邁進する王太子殿下は、伴侶など必要ないと、飾りだといわんばかりの態度で、公務で隣り合って立っていてもお互いの顔を見ることはございませんでした。会えば礼儀を尽くして挨拶はさせていただくものの、儀礼的になりつつありました。それでも、罵詈雑言を常に並べ立てていたころに比べればはるかに改善された態度でした。

 

 転機が訪れたのは王太子殿下が王立学院に通い始めて1年後、病弱だった男爵令嬢が一年遅れで編入してきたことでございます。わたくしの一つ上の学年で男爵家としては珍しく王太子殿下と同じクラスでした。上級クラスに所属する理由は珍しい光属性の治癒特化であると噂でした。

 治癒特化であっても本人は病弱とは不思議なものだと思った覚えがございます。噂など、好きに作られるものですもの。

 田舎でずっと静養していたと噂のご令嬢は貴族に多い迂遠な会話もなく、率直で素直で純真という言葉がよく似合う淑女ではない平民のような子供だと同じクラスのご令嬢が教えてくださいました。小柄で細身であることからも、表情を隠さないことからも階級を無視したマナーを知らないところも淑女と呼べる要素は皆無であるとのことです。他のご令嬢たちからは娼婦そのものであると認識されていたそうです。

 それでも、物珍しさに、その儚げな様子に王太子殿下を始め、その側近たちが落ちたと噂になりました。

 公衆の目前でも気にせずに、競い合って彼女の愛を乞う姿が滑稽で、哀れですらございました。みっともないからやめてほしいと何度も遠回しに苦言を呈して、国王陛下夫妻にも奏上しておりました。とてもわたくしの手で制御しきれるものではございません。そして、彼女の実家の男爵家はここぞとばかりに寄り親にすり寄って自分の手柄のように誇っていると伝え聞いております。いわく、王太子は昔から儚げな様子の可憐な少女に弱いと。

 確かに、初恋のご令嬢のことを何度も殿下は口にされておりました。その理想に合うような少女をあてがうことができた男爵は鼻高々でしょう。寮生活で狭い世界に閉じこもり視野が狭くなる箱庭での出来事でございます。

 

 そして、まるで舞台劇のように王太子殿下を始めとした側近たちと彼らに庇われた男爵令嬢は学院主催の舞踏会でわたくしに婚約破棄を突き付けました。

 息の合った様子で婚約破棄の理由である、私が男爵令嬢をいじめていたということを説明した口上は、お芝居のようだと笑ってしまいそうでした。よくも噴出さずに言い切れたと褒めてあげてもよいでしょう。

 ただ、

「婚約者を降りるには、死ぬ以外にないと思っておりました」

 思わず、口にしていた。

「長かったですわ、6年間」

 可憐に、麗しくと作った声音ではない低めの声で心の声がこぼれてきます。

「飾りでもよいと言われていた最初の婚約者にできなかった教育をこれでもかと詰め込まれてきましたもの。殿下のご自身で選ばれた今度の婚約者も所詮飾りでいいとろくな教育をされないのでしょうね」

 静かに口にするのは誰に聞かせるでもない言葉です。

「6年間。この時間があれば何ができたでしょう。きっと大好きなおじいさまを看取ることもできたのでしょうね。大好きなお姉さまが隣国に嫁がれるときにご挨拶をできたのでしょうね。お父様が病に倒れた時もその手を握って励ますことができたのでしょうね」

 とても、窮屈で、でも降りるときは死ぬ以外にありませんでした。

 なら、家族を悲しませないために生きる以外に方法を知りませんでした。

 勝手に決めて、勝手に理想を作り上げ、そこに至るまで休憩どころか寝ることすらも許されなかった日々。

「すまなかったな。私の天使と出会うのが遅くなったために、無駄なことをさせた」

 殿下の嘲りを含んだ物言いは、いつものことで、心に響くことなど一つもありません。

「ねえ、わたくしの6年間への時間をそんなに簡単に謝罪一つで済ませようとするの?」

 謝罪に見せかけた殿下の自己顕示がありありと見える態度は前々から嫌いだったことに一つです。

「ご存じかしら、国王陛下夫妻が王太子のあまりの態度の悪さに申し訳ないと仰ってくださるの。臣下として謝罪を受けることはできないから、代わりに花をいただいたわ。何か一つ王太子殿下が婚約者としてふさわしくないことをすることに一本ずつ。お二人とも送ってくださるからこの間、一万本を超えましたのよ。小さな花を選んでくださっているのに」

 その花は日記の中へ詫びの手紙とともに丁寧に保存しております。すぐに、かさばって膨れてしまって保管が大変なほどになりました。

「ですから、もうこれ以上いただく必要はないとお返事いたしましたの」

 それなりに社交もしているはずで、分別がついているはずなのに、繰り返す幼稚で傲慢な態度と行動を殿下らとられることに疲れました。

「幸いなことに王弟殿下がわたくしの身元を引き受けてくださるそうですの」

 そして、王位継承権は彼が受け継ぐことが決まっております。王太子にふさわしくないと国王を始めとした大臣たちの会合にて全会一致で判断されました。箱庭で過ごしていても外からは事情など筒抜けだとどうして気づかないのか不思議でなりません。殿下が愛おしい令嬢に対する態度は真摯ではあるものの、あまりに盲目で危機感を覚えると皆様が仰いました。

「ねえ、あなたは花の香りがすると殿方に評判ですけれど、淑女には吐き気がするほど醜悪な匂いであることをお気づきかしら。それは、魔香であると」

 禁忌の邪道。男性の臓器にしみこみ、嗜好を鈍らせ、多幸感を与える禁断の薬です。

 薬剤をしみこませた布で鼻と口を覆って対策をした近衛騎士が舞踏会の会場に入り込み男爵令嬢を取り抑えております。

「ねえ、ご存じかしら。ご病気で亡くなったといわれている彼女はあなたの期待にいつも怯えて体調を崩していたことを。そして、自ら命を絶ったことを」

 その言葉に、彼は正気でいられるのでしょうか。知らないのは、本人だけであり、いつかは知らせないといけないと陛下が仰っていました。

「ねえ、ご存じ?彼女のわかりやすいハニートラップにかかっていたのはあなた方だけですの」

 残念ながら強い資質を示すことができなかった彼らは、近いうちに家族から切り捨てられるから、様々な災いから身を守る守護を持たされていなかったことを。

 

 

「ねえ、私も、私の家族も、大事な家族を引き離されて、けなされて、とても怒っておりますのよ」



 それは、それはゆっくり、じっくりとこの日のためにわたくしの家族が進めてまいりましたけれど、本当に、どうして自分たちの味方がいないことに気づけなかったのかしら。常識がわからないとこのように淘汰されてしまいますのよ。





END


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[一言] とてもおもしろかったー! グダグダな説明文のような会話文や無駄な会話文もなく、ラストに向けて泣きそうになりながら読みました。 私は主さんの文章がとても好きですし、改行や空白が多いと逆に読み辛…
[良い点] 道理にあった、時勢に沿った、社会になんら恥じる事の無い行動を貫き通し、愚か者に冷静に、論理的に事実を告げる姿勢と理性の美しさ。 その根底で静かに熾火を燃やす、淑女の意地とプライドと、人生を…
[良い点] 面白かったです。 淡々とした語り口から垣間見える憎しみにゾッとしました。特に最後の種明かしのところが。 婚約破棄ものでも、書き方が変わるとこんなに印象がかわるのかと驚きました。
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