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第五十話 ー確立②ー

「ふふふ……貴方が持っていたんですね。思いがけぬ収穫……待っていた甲斐があったというものです。ちゃーんと、頂きましたよ。ついでに……コレも、ね」

「それは……‼︎」


 既に建物としての形を崩した家屋の上に立つシンが、血に塗れた手で摘んでいたもの。それは、スティリアがルエインに託した指環と……


「ゲフッ……シン、アンタ…………」

「言いっこなしですよ? 利用していたのはお互いに、です」


 ニコリと笑うシンに、マルクは力強く力なく腕を落とした。シンの手に握られていたのはマルクの心臓だった。人間のものとは明らかに違う、銀色の心臓。主人の体を離れてもなお懸命に脈打つその心臓は、シンの舌の先に触れる。その光景に、一同は明らかな嫌悪感を示した。


「頂きましたよ、貴方の核を。骸となった直後に回収するつもりでしたが……よもや生きたまま味わえるとは! うふふ、最高の至福ですよ」

「ホント、最悪の厄日っスねェ⁉︎」


 シンへと向けて伸ばした腕は……その途中からドサリと崩れ落ちる。当の本人であるマルクはもちろん、ルエインやヴァレリ達も驚き、スティリアは思わず口元を手で覆い、息を飲んだ。そして、マルクは落ちた腕が文字通り粉々になり、風にさらわれていく様を見て、動揺を示す。


「は……?」

「時間切れですよ。さようなら、ル・ラルカンダル。あなたの来世に光栄あれ」


 グシャリと。弱々しく脈打つ心臓へと、シンは食らいついた。血が零れ落ちるのも気にせずに、ただひたすらに。貪りつくように口の奥へと掻き込む。滴る血が顎先から何度もポタリポタリと落ちていく中、マルクは自身の胸を押さえ、叫び声すら上げられない程に苦悶の表情を浮かべて吐息を漏らす。


「素晴らしい……! この力、この躍動感……今なら空さえ飛べる気がします! なんと晴れやかな気分でしょうか!」

「クソッタレ……が…………」


 マルクの体が一気に灰色に染まっていく。右腕を除いた首元までが灰に染まり、自身の体が崩れ去っていく最中、マルクは「は、ははっ」と強がるように笑った。


「……アンタが死ぬまで…………あの世で待っててやるっスよ。こっちに来たら、灰も残らない程に……踏み潰してやるっス」

「うふふふ……あの世、だなんて妄想も甚だしい。わたくし以上のロマンチストですねえ。第一、わたくしはもう死にませんので」


 ヘラヘラと笑い捨てたシンに、マルクは「言ってろ」と毒付く。瞬間、ピクリとシンの眉間が動いた。


「王を倒す力を前に、アンタのいけ好かない笑みが崩れる日が楽しみっスよッ」

「……興が削がれました。ご忠告痛み入ります。さようなら」


 初めて。興が冷めたと言わんばかりに、シンの表情から笑顔が消えた。そこにあったのは、冷たい視線と無表情。そんなシンが動くよりも早く、マルクは残っていた右腕を使い、服の中から何かを取ると、


「ルエインさん!」

「ッ!」


 それをルエインへと投げ飛ばした。それと同時に……マルクの腕の影から、シンの腕が伸び、マルクの胸を突き刺した。


「マルクッ‼︎」

「た、はは……おひめ、さん。レイチェルの事……頼んだっス」

「……分かった」


 そして、サッと。一陣の風が吹き抜ける。マルクの頭部は灰となって風に攫われた。ふわりと流されるままに吹き飛ぶ粒子は、シンの周囲を嘲笑うようにして滞留して後に、遥か彼方まで飛んで行く。ルエインやスティリア達がそれぞれ感慨に耽っていると、シンは「やれやれ」と呆れたように呟く。


「蛇足な語りが過ぎる役者にも困ったものです」

「マルク……」


 消え去った男を見ていたルエインは、シンへと視線を移した。その顔は再び貼り付けたような笑みを浮かべている。そんな彼に、一発の弾丸のように差し迫る人物がいた。


「ドラァアアアッ!」

「おや、これはこれは……」


 ヴルムだ。シンは避けようともしないままに、猛るヴルムの剛腕を真っ向から受けて見せる。しかし、マルクの時と同様に、シンの体に触れたはずの攻撃は、いとも容易くすり抜けていった。


「チィッ。んなら、丸焼きにしてやるよッ!」

「無駄ですよ。今のわたくしにそんな攻撃は意味を成しません」


 ヴルムの吹き付けた豪炎の吐息の中、シンは涼しい顔をして立ち尽くしている。まるで、今の自分に敵などいないと言わんばかりに、悠然と己の存在を誇示していた。その最中、ルエインが剣を掲げ、その切っ先をシンへと向けた。


「顕現せよ……エリュシオン」

「ッ‼︎」


 ルエインが一言そう告げると、シンの表情は苦痛に歪む。身が焦げ、反射的に防御姿勢を取ったシンは、するりと影の中へと逃げるように溶け込んでいく。


「なるほど、それがル・ラルカンダルを破った力、という事ですか……。今はまだその時期ではないようです。わたくしの新しいオモチャを差し上げるとしましょう」


 シンは離れた場所から姿を現すと、焦げたスーツの中から、人の頭を鷲掴みにしたままに、ズルリとそれを抜き取ると、全身が出たところで床に投げ捨てた。


『なん、で……どうじ、で……わだじが?」


 それは、スファレだった。体は青白く変色し、胸元にあったはずの宝石は既に失われている。


「見逃すなんて勿体ない……。一つたりとも逃さず集めろとの命令だったのに。そして、皆さま。わたくしもまだ舞台に立っていたいのです。レイリヴルの核を手に入れた暁には……貴方達を始末してあげましょう」

「待ちやがれッ! 逃げんのかァ?」


 ヴルムがそう言うと、シンはニコリと笑う。そして、その「スファレだった者」は、ヴルムの声に反応して、腕を触手のように柔らかくなると、そのままうねりを加えて伸ばし、ヴルムの首へと巻きつけた。


「ガッ……⁉︎」

「安い挑発ですね。わたくしは貴方達に余暇を与えているんですよ。感謝もしていますからね」

「ヴルムッ!」

「チッ……クソッタレがァ‼︎」


 ルエインが触手を断ち切ると、ヴルムは素早く触手を炎で焼き払った。その先にいたシンはといえば、影から影へと移動をすると、クスクスと一同を見て、笑っている。面白い芸でも見たかのように。


「束の間の休息、楽しんでください。それでは、またお会いしましょう。さようなら」

「待ちやがれッ!」


 追い討ちをかけるように炎を吹くが、シンは影に溶け込んで消えた。後に残ったものは、スファレの形をした肉塊のみ。それは心臓のように脈打ちながら、周囲へと肉の根を張り巡らせる。


「うざってェぞ、テメェッ!」

「待ッ──」


 ルエインは気付いた。焼き払われた肉塊が、灰になって後、その粒一つ一つが再生を果たして新しく肉体を形成している事に。そして、それらは新たに一つの生命として触手を伸ばし、スファレ本体への攻撃を防いだ。


「チッ、再生能力……いや、それ以上か。めんどくせェ」

「迂闊に攻撃するな、数が増える」

「条件はなんだ? テメェの攻撃で増えなかったっつー事は、テメェに任せた方が無難っつー事かァ?」

「……切るだけでは無意味だ。恐らく、全て焼き払うしかない」


 ルエインの言葉を、ヴルムは鼻で笑い飛ばすと、呆れたように両の手を挙げて首を振る


「焼き払うのは無意味だったろうが。見てたろ?」

神力しんりょくで焼き払う」

「できんのかァ?」

「やるだけやってみよう。……鍵嵌解錠けんかんかいじょう


 ルエインのその一言に呼応するように。白い粒子が刀の周囲に集まりだし、その一つ一つが触れるたびに赤く……次第に、その色を緋色へと変えていく。


「へえ……いーい炎じゃねえか」

「テレシアが力を貸してくれているようだ。以前は……ここまで完璧にできやしなかった」

「お嬢の力、か……」

「……そういう事だ」


 集まる粒子は次第に大きくなり、やがて巨大な鳥の形を模すと、翼を広げた。


「……綺麗」

「なんだ、あれ……?」


 スティリアはどこか呆けた顔のまま、一筋の涙を流してそう呟いていた。ラシルもまた、どこかワクワクとした表情で、その火の鳥の姿を眺めている。


神塵万衝こうじんばんしょう──」

「ルエイン、来るぞ!」


 ルエインが炎を纏った刀身を構えた時、スファレの体から無数の触手が動きだした事を、いち早く察知したヴァレリがそれを伝える。


朱雀すざくの章」


 ルエインの言葉と振り払った刀身に呼応して、背後に立つ火の鳥はそっと翼を閉じていく。母が子を抱擁ほうようするかの如く優しげでゆっくりとした動きだったが、スファレの触手は触れると同時に凄まじい音を立て、一瞬で蒸発していく。


「熱くねェ炎、か。奇妙なモンもあったもんだ」


 ヴルムが感心するかのようにそう呟いた時、火の鳥は翼からスファレの肉塊へ向かって。まるで吸い込まれるようにしてそこへ収束していく。しかし、


「いかん、ルエイン! 奴の肉体が膨れ上がっておる!」

「……ならば」


 ヴァレリの言葉に、ルエインは刀から溢れた全ての炎を、スファレへ向けて急速に収束させていく。


「顕現せよ……!」


 そして、その一言で炎は固まった。いや、表面が固まったのだ。スファレの肉塊は中で燃えて再生するを繰り返し、無限に消耗していく。


「終わり、だな……」

『ヴァアアアッ⁉︎ アヅイ、イヤダッ‼︎ どうじで、わだじが、こンナ目にィイイイ⁉︎」

「ウルセェ野郎だぜ。くたばるならさっさと逝っちまいなァ!」


 ヴルムが追い打ちをかけるように炎を更に燃え盛る息吹で包み込ませると、スファレの肉体は、完全に燃え尽きていく。再生の力を失ったのか、灰すら残らず全てが燃え切ると、その炎の中で動くものは何もなかった。それを確認し終えると、ルエインは手にしていた刀の先を地へと向ける。そして、それと同時に。炎はまるでそこに存在していなかった、幻のように消え去り、後には陽炎すら残さなかった。


「スファレ……。今まで国に尽くしてきたあなたが、どうして……?」


 スティリアの問いかけに返事はない。以前は栄えていたのであろう商店街も、ルエイン達が旅立ったものの数ヶ月で、荒廃した廃墟の如く。物は散らばり、建物は倒壊し、人の影など見当たらない。誰も彼女の言葉に答えを示さない中、一人だけ頭をゆっくりと掻き乱しながら、スティリアへと歩み寄った。


「理由なんざねェだろ。力に溺れるような奴の考えなんざ大体分からァ。死にたくねェから自分より強い側に付いた。ただそんだけのこったろうがよォ」

「そう、なのかな……」


 それはヴルムだった。ぶっきらぼうながらもスティリアが言葉をこぼした時。ルエインは片膝をつき、体勢を崩した。


「ルエイン⁉︎」

「ハァ、ハァ……問題、ない」


 息も荒く、汗も噴き出すように掻いているルエインに、スティリアその手に握る刀は粒子となってルエインの体へと溶け込んでいった。


「少し、疲れただけだ」

「にーちゃん大丈夫なの? もし敵が残ってたら……」

「そこは心配ご無用ってモンだ」

「左様。二人とは言え、あのような残党に遅れは取らぬよ」

「そもそもいねェよ。オレ様の耳は確かだ。……ま、そりゃいいわ。で、お嬢の事よ。聞かせてもらうぜェ?」

「……ああ」


 ルエインは己が手の内を見つめたかと思うと、拳を強く握り締める。そして、顔を持ちあげるとヴルムへと向き直り、訥々と語り出した。

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