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第四十九話 ー我が身を盾に②ー

「動く気配はなし。さすがに死んだっスかね? ……モルバダイトの鍵、吹き飛んでなきゃいいっスけど」


 マルクは頰を掻きながら、鼻を数回鳴らす。


「炭と肉の焦げ付いた臭い。……でも、脂肪の飛散した臭いはしない。という事は……いるんスよね? バレてるっスよ」


 マルクは言いながら周囲を見渡すと、動くものに次々と視線を移していく。確信を持ったものの、正確な位置を掴めていないのか、マルクは翻弄されるように次へ次へと一歩踏み出す毎に、左右への警戒を怠らない。


「……現状のアンタの力でオイラに勝つなんて不可能っス。諦められないっスか?」


 声と埃の落ちる音だけが響く。マルクは……一歩、踏み出した。


「ああッ!」

「クッ……。フッ、ふふふ……そうっスよね。アンタは、オイラと同じで欲深かった、っスね……?」


 スファレが驚き、声を上げる。マルクの脇腹には、血脂を付着させた剣先が煌めいていた。木辺や石レンガの残骸から伸びてきたその剣の持ち主……ルエインは、のし掛かってきていた瓦礫の山を、片手で取っ払う。


「必ず、来ると思っていた。マルク、お前は慎重だが……些か執着心が強い」

「は、ハハッ……。商人だから、当然っスねえッ!」


 その商人は、剣の腹へ目掛けて半獣化させた爪先を振り放つ。しかし、


「遅い」

「ガッ……クッ……ソッタレ、っスね……?」


 マルクの腹部は真横に割かれ、一気に血が吹き出す。飛び散った血が作り出した血痕は、それぞれが生き物のように蠢き、ひるのように動き出す。


「オイラへの攻撃は無駄……いや。それどころか、自分の首を絞めるのと同義っスよ」

「……そのようだ」


 血痕は膨れ上がると肉塊となり、毛が生えてねずみの姿となる。クンクンと周囲のにおいを嗅ぎ回ったその小動物達は、ルエインへ向かって駆け出した。


弐式にしき神楽かぐら


 ルエインは飛びかかってきたねずみ達を数匹全て討ち取る。


「諦めろ。有象無象で埋められる力の差ではないだろう?」

「ったく……。スファレは生かしてやる約束だったんスけど、ね」

「……何を言っている?」


 ルエインが尋ねると、マルクは小さく笑う。その傷口は既に塞がっており、血も止まっていた。


「取引っスよ。スファレはオイラの手足となって国内の情報を、オイラは彼の命を保証したっス。まあ、それ以前にも王国内で色々と動いては貰ってたっスけど」

「この状況で随分と余裕だな。俺が……お前を打ち逃すと思うのか?」


 ルエインが尋ねれば、マルクは「たはっ……」と小さく吐息を漏らし、呆れたように笑う。


「商人が契約を反故にした話っスよ。まったく……アンタはやっぱり、とんでもなく強いっスよッ!」

「──ッ⁉︎」


 ルエインが気付いた時には既に遅かった。マルクは自身の胸骨へと半獣化した腕を突っ込み、血を噴き出させた。……同時に。マルクの体は、爆発的に膨れ上がった。

 白い毛が驚異的な速度で膨れ上がる。植物が暴走し、加速度的に成長するかの如く。室内を埋め尽くしていく様に、ルエインは目前に迫った毛を前に、警戒して後退する。

 やがて、それらは一定の長さでピタリと止まると、その姿を現わす。


「ひいいぃぃいいいッ⁉︎」


 スファレが悲鳴を上げる。マルクの変わった姿で、初めに目に映るのは巨大な山羊の頭。巨大な上半身と、やや小さな下半身。上半身は腕が巨大、下半身も脚部だけは巨大な形となっていた。手は室内の瓦礫を砂利でも粉砕するかのように巨大であり、頭部には角、指先からは巨大なくわを彷彿させる分厚い爪が、優美さすら感じさせるほど美しい黒色で光っている。その臀部からは牛のような黒い尾と、その尾先には花の蕾のようにふっくらと白い毛が揺れている。


『これがオイラの本当の姿っス。……これで、アンタの勝ちは万に一つも無くなったっスよ』

「図体ばかりが巨大な者ならば……これまで幾度となく戦ってきたッ」


 響く声。ルエインは物怖じする素振りも見せず勇敢に剣を振るった。……しかし、


「ッ⁉︎」

『無駄っスよ』


 ルエインの攻撃は幻でも切ったかの如く、するりとマルクの体を突き抜ける。しかし、マルクは素早く動いた訳でもない。ただ悠然と……その腕を振り上げると、鉄槌でも下すかの如く振り下ろした。


「グッ……クッ……」

『これがオイラの能力っス……。この世にあって、この世にない。……世界の位相からズレた存在。 つっても、アンタには分かりづらいっスかね? 噛み砕いて言えば……アンタの攻撃はオイラに及ばず、オイラの攻撃はアンタへ届く。そんだけの話っスよ』


 爪先を剣で押し返しているルエインだったが、その行動はほぼ無意味だった。堪えれば堪えるほどに、床はミシミシと音を上げ、


「クッ……ハッ…………⁉︎」


 ルエインを階下へと押し込んだ。マルクは薄く目を開いた状態のまま、チラリとスファレを見た。


『……彼の抵抗が少なかったから生きられたんスか。アンタ、悪運は強いみたいっスね?』

「ひ、ひぇえ……」

『……傷付くっスねえ。オイラも立派な人間のつもりっスよ?』


 マルクは言いながらにして爪先でスファレを摘まみ上げると、露出した塔の先端から街の様子を伺う。


「な、何を……?」

(……南門はヴァレリさんとヴルムさんのせいで手薄になってるっスね。媒体さえあれば数は増やせるっスけど、材料が手元にない。スファレを使うのは……心情にもとるっスね。ここは大人しく北か……いや、東に退くべきっスね)


 摘み上げた小人を丁寧に。マルクは東の星々が輝く空へ向けて飛び跳ねる。


「ひぃええええッ⁉︎」

『うるさいっスよ。力加減を間違えたらぺしゃんこっス。オイラの気を逸らさないようにしないと……死ぬっスよ?』

「ぐっ……」


 スファレは両の手で自らの口を覆う。マルクは流していた目を落下地点へ向ける。


(東まではまだ手が回ってないみたいっスね。ここで彼らを討ってもいいっスけどスファレを亡命させるのが先っス。このまま一気に皇国まで──)


 マルクが自分がすべき事を心の中で纏めていると、


「逃すと思うか? マルクッ!」

『……そっスね。アンタなら追いかけてくるっス』


 マルクは山羊の巨頭をくるりと振り向かせ、声の主へと視線を送った。ルエインの剣は緋色に染まり、陽炎を立てていた。


『スティリアさん、っスか。無駄な事っス!』


 マルクはルエインの背後で自身に明らかな敵意を向けながら、テレシアやレイチェル、ラシル達と飛び降りてくるスティリアを一瞥していたが、ルエインの剣の構えを見るや否や、警戒態勢に入る。


肆式よんしき神鳥谷ひととのや……神立之舞かんだちのまい


 ルエインがその場で剣を振るうと、巨鳥の形を模した紅蓮の剣圧が飛び進み、マルクの体をすり抜けた。通り過ぎた巨鳥はその身を分裂させ、数多の鳥を生み出す。


『当たらなければそんな攻撃──』

「無意味……だと思うか?」

『……? ッ!』


 マルクは少しの沈黙の後、眼下を見下ろす。それらは、鷹が地上の獲物を狩るようにして。マルクの放っていた魔獣達は、そのほとんどが炎に包まれ、尽く燃え盛っていた。


『初めからそれが狙いで……!』

「下にお前の味方はいない……追い詰めたぞ、マルク」

『見逃してやるっつってんスよッ!』

「──!」


 マルクが自身の爪で首を掻く。噴き出た鮮血は霧の如く宙に停滞し、一気に膨張すると、その姿を変えていく。


「悪足掻きを……」

『オイラの得意技っスからねえッ⁉︎』


 膨張した血は肉を得て骨を形作り、蝙蝠の羽を持った生命へと変化する。ただし、それらは肉体を構成する血が散り散りになっていたせいか、不完全な変体をしていた。毛皮のない、猿にも似た姿に灰色の皮膚を持つ生物。牙と敵意を剥き出しにしたそれらは、主の窮地を悟ってか、瞬く間に牙を剥き出しにしてルエイン達へと襲いかかる。


弐式にしき神楽かぐらッ」

「ヴェントゥス・ランケア……!」

『カエレスエィス・アニマ』


 ルエインは神速の剣撃で、スティリアは風の槍で、レイチェルはいかずちの風をそれぞれ放ち、迫り来る脅威を退ける。一方でラシルは、巨大化しようとしたところを、スティリアに強く抱きしめられる形で阻止された。


「何すんだ⁉︎」

「大きくなると魔法でも制御できなくなるわ。……それに。今巨人の力を使えばわたし達が潰れちゃう」

「……そ、そっか」


 ラシルは歯がゆそうに、つまらなさそうに顎をしゃくれさせて、外見そとみする。……その視線の先に、


「……見て! あれ、シンだッ!」


 黒いスーツを着た男はいた。その頭上には巨大な蝙蝠がおり、その足首を掴んだままにシンは状況を確認した。


「フフフ……さしずめ、窮地に現れた名脇役と言ったところでしょうか?」

『やっと戻ったっスか……』


 ラシルにより発見された事など意にも介さず。マルクの近くに寄ったシンは、掻っ攫うようにしてスファレを抱きかかえた。


「これで、お荷物はいません。心ゆくまま、存分に。……聖帝神獣と呼ばれるその力を以って、決着を付けてください」

『……そうっスね』


 蝙蝠の影に溶け込んで消えたシンの言葉に、マルクは同意の言葉を小さく呟く。そして、ルエインへと振り向くと、離れた位置からその手を振りかぶり、


「グッ……⁉︎」

「ルエイン⁉︎」


 振り下ろした。無防備なままに見えざる攻撃を受けたルエインは、地上まで猛スピードで墜落し、市街を破壊した。

 着陸の衝撃を押し殺し、石畳の上に事もなげに着陸したマルクは、悠然とルエインの落ちた方角を見、鼻を鳴らす。


『……まだ息があるっスね。血のにおいが少ないっス』

「マルクッ!」


 チラリと声の聞こえる方へと振り向いたマルクの視線の先には、スティリアがいた。その表情は険しい怒りに満ちている。


「フルニ・クトゥルスッ!」


 スティリアから放たれた八つの黒い球。それらは意思を持つようにしてマルクへと向かった。


『……ホント、この国は何をするにしても魔法、魔法……。バカの一つ覚えっスね!』

「ッ!」


 スティリアの放った魔法はマルクの爪先一つに弾き飛ばされた。残る七つの黒い球も、マルクの体をすり抜けると、石畳の上で激しい電流を迸らせる。


『無駄なんスよッ! アンタらはここで死に、オイラは王の為に生き続けるッ! 王の側近だったオイラが、アンタらに負ける道理がないッ!」


 再びスティリアを見据えて腕を振りかぶったマルク。スティリアが目を瞑って来たる衝撃に備えた時。


『ガァァアアアッ!』


 ラシルは、吠えた。その身を巨大化させたラシルは、スティリアへの攻撃をその身で肩代わりしたのだ。小さな傷跡から、鮮血が飛ぶ。


『オレはガキだし育ちも良くないから難しい事は分かんねえけどさ……。アンタがやりたくもない事やってんのだけは分かるぜ!』

『……ッ! 不愉快っスね。分かったような気になってる、お子様って奴はァ!』


 マルクはその頭を縮こめると、一気に振り上げた。それに合わせるようにして、ラシルの体が浮く。


『──ッ⁉︎』

『へへっ……捉えたぜ、おっちゃん!』


 ラシルは宙で留まっていた。その手には水面に反射して揺らめいているかのような、マルクの頭部と同じ、山羊の巨大な角があった。


『どりゃああッ‼︎』

『なん……クッ、ソッ‼︎』


 フワリと。マルクの体は浮かび上がると、ラシルの動きに合わせて体勢を崩し、その身は石畳をすり抜けて半身が飲み込まれていく。完全に埋まるのを止めたのは角と爪。しかし、押し殺しきれなかった衝撃は、マルクの角にヒビを入れた。


『……オイタが過ぎるっスよ、小僧』

『ガキだからさ! イタズラが好きなんだよッ』


 爪と角とで石畳を弾き、器用に起き上がったマルクは、そのまま手を振り下ろす。ラシルの額には凄まじい切れ目が入り、血が流れる。


『排除します』

『レイチェル……ッ‼︎ 反抗期っスか、ねェ⁉︎』

『ノー、違います』


 足元へと潜り込んでいたレイチェルは、マルクの爪のみを殴り上げると、その巨体を浮かせた。 マルクは浮き上がると同時にレイチェルを見据え、その手を振り翳す。そこへ、


『ッ⁉︎ 爆発……スティリアさんっスか‼︎』

「あなたの好きには……させないわッ!」


 マルクは爪先で受けた爆風に煽られ、体勢を崩す。しかし仰け反る最中、マルクは床を蹴り飛ばす事で後ろに退き、体勢を整えた。


「なるほど、角や爪は触れられるという事か」

『ルエインさ──ッ‼︎』

「遅い。参式さんしき神威かむい


 爪は、ルエインの剣先にいとも容易く断たれた。三枚の爪が建物を砕き、突き刺さる。


『ハッ……無駄って言ったっスよねェ⁉︎』

「クッ……!」


 マルクの大爪は、瞬く間に再生していく。その爪は迷う事なくルエインへと向かう。ルエインはそれを再び斬り払う。


「何故だ……とは言わない。お前にはお前の理由があるのだろう。だが……俺達にも俺達の戦う理由がある」

『あー、そうっスか。でもね?』

「ッ!」


 マルクは素早く動いていた剣の腹を、何の恐れもなくその爪先で摘んだ。


『ルエインさん、アンタの剣……捉えたっスよ』

「クソッ……!」

『遅いっス』


 無慈悲に、あっさりと。マルクの爪は、ルエインの剣を砕いた。豪奢な装飾の施された剣は、虚しい音を立ててその金属片を石畳の上に散らせる。


『これで……詰みっスね?』

「なっ……⁉︎」


 マルクの剛爪は……躊躇いも無くルエインへと振り下ろされた。その時、


『ぬがぁあああッ‼︎』

「テレ……シア……?」


 巨獣化したテレシアが、ルエインの前に飛び出した。


『ウチの子を……やらせるワケ、ないやろがい……!』

「テレシアッ‼︎」

『……』


 ドサリと地上に落ちたテレシアは、その身を大きく維持するだけの体力を失ったのか、すぼむようにして小さくなっていく。その腹部は鋭利な刃物で切られたようにパックリと割れており、白く美しかった毛は血脂で赤く染まり、ふわふわとしていた毛は細く波打って纏まっていく。

 その様子を、マルクは冷ややかな視線で見下ろしていた。

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