第四十八話 ー残滓②ー
『レイチェル。なんで止まらへんかったんや?』
『エネルギーの充填を完了しておりました。あのタイミングでの停止は、わたしの体内にてエネルギーの逆流、暴発による身体の破損を招くと判断した為、そのまま放出致しました』
『そうやないやろッ‼︎ なんで誰の命令もなく攻撃したんやッ‼︎』
「よせッ」
質問の意図を汲めずに、的の外れた回答をしたレイチェルに怒鳴りつけるテレシア。ルエインは熱くなっているテレシアに、制止をかける。
「どの道、助ける方法など思い付かなかった。再生能力を持ち、魔法に対する耐性も持っていた。足止めするのも困難だった、仕方ない」
『せやけど……!』
『……マスターの危機であると、判断しました。敵は、明確な殺意を持っていました』
『……これやぞ。人情ってもんがあらへん。状況判断としておかしいやろ』
淡々と述べるレイチェルに、テレシアは苛立ちを隠そうともしない。尾は荒々しく揺れ動き、石床を叩く。
「ここで仲間割れをしていても仕方ない。レイチェルはレイチェルなりの判断を下した。……本来であれば、俺が討つべきだっただろう。レイチェルを責めるのは門違いだ」
『……なんとも、いけ好かん結末やな』
テレシアはルエインの言葉にそれ以上の追求ができなくなったのか、そっぽを向いた。
「原因はマルクにある。……恐らくこの国の魔獣達も、元は国民なのだろう。帝国兵の姿も見えない事を考えれば、彼らも魔獣にされているかもしれない」
『アイツ、ほんま何考えとんねん……』
苦楽を共にした克つての仲間を思い起こしてか、テレシアはどこか寂しげにそうこぼした。ルエインも同様の気持ちが少しばかりあるようで、螺旋階段の踊り場にある、松明を眺める。
松明は魔力を糧としているのか、この中の誰よりも冷静に、一定の動きでひとりでに燃え続けていた。
「マルクが何を考えているかなど、ここで考えていても分かるはずもない。スティリアとラシルが合流でき次第、奴を追って問い詰めるぞ」
『……せやな。アイツ、次会ったらタコ殴りにしたるわ』
憤りを露わにしたテレシアがそう息巻くと、ルエインはチラリとレイチェルを見る。先ほどテレシアに言われた事を気にしているのか、機兵族の少女は寂しげに虚空を見つめていた。
「レイチェル」
『──! なんでしょうか?』
「お前は……お前を信じていい。誰の命令でもなく、自分の意思を信じろ。今回の事をスティアがどう受け止めるかは分からない。だが……自分で決めた事から目を逸らしたら、後悔しか残らない」
『…………イエス』
コクリと。少女は小さく頷いた。その様子を見たテレシアは、気まずそうに上目遣いをしながらチラチラとレイチェルの横顔を覗き見る。
『あー、その……なんや。すまん、な。ウチ、多分言い過ぎたわ。ごめん』
『ノー。テレシアが謝る理由が見つかりません。謝るのは、私だと思います』
『……んがァー! ええねん! 受け取っとけや⁉︎』
『何をでしょうか?』
『気持ちや、気持ちッ!』
『気持ちとは?』
『疲れてきた。ええねん、ごめんな⁉︎』
『……何を謝っているのですか?』
テレシアは頭を抱えた。チラリとルエインを見るも、助け舟を出す様子はない。その視線は登ってきた階段の方へと向いている。
「……そろそろ登ろうか。マルクの野望が何にせよ、どうせロクな事ではない。もう猶予はないかもしれない」
『えっ。スティアはええんか?』
テレシアがそう言った時。階段の下からカツカツと。石階段を踏み締める音が聞こえてきた。その音が近寄るのと同時に。ヒタヒタという音も近付く。
「待たせちゃったね。行こっか」
「……もう、大丈夫なのか?」
「……わたしの中で、やりたい事……いいえ。やるべき事は、決まったわ。手始めに……マルクさん……いいえ。マルクを、止めるわ。例え、彼の命を奪う事になっても」
「……そうか」
ルエインは相槌を打つと、レイチェルへと視線を移し、再びスティリアを見る。スティリアは、まっすぐに自分を見つめ返す無垢な瞳から目を逸らさず静かに歩み寄ると、少女の頭を撫でた。
「行くわよ、レイチェル」
『……はい、マスター』
どこか間の抜けた顔で。レイチェルは安堵感半分、驚き半分と言った表情のまま、先行くスティリアの後を追った。
「……何があった?」
「別に。あのねーちゃんは……たぶん、強がってないよ。乗り越えたオトコの目ってヤツ、してたぜ」
「……スティアは女だが?」
「ちげーよにーちゃん。あったま固いなー」
「……」
自分より小さな子にそう言われた事で、ルエインはラシルとの会話をやめた。
「そういえば……やるべき事、とはなんだ?」
「……王国の民達は、みんな方々へ散ったらしいわ」
「……王が言い残したのか?」
「ええ」
「……そうか」
それと、とスティリアは続ける。
「スファレに気をつけろ、って……」
「スファレ……?」
「王国の宰相よ。……裏切られたみたい。オーフェンっていう公爵家の家長だけど、どんな魔法を使うか分からないわ」
「……そうか」
ルエインは、一本調子に相槌を打つ。そんな彼の肩に乗るテレシアは、我慢できないと言わんばかりに苛立ちを露わにすると、スティリアを見る。
『あの魔獣、スティアのおとんやったんやな。……どんな人やったんや?』
「お父様とは……あまりお話した事もお会いした事もないわ。わたしは、なんだか避けられてたような気がする。……でも、一度だけお話した事があったの」
『どんな話したんや?』
テレシアが聞き返すと、スティリアは振り返る事なく、
「息災か、とだけ」
『……なんじゃ、ほら』
スティリアの言葉に、テレシアは面を食らったように小さく言葉をこぼした。
「わたしは幽閉されてたから……扉越しの会話だったわ。けれど、あの時確かに感じた。厳しそうな声色だったけれど……掛けてくれた言葉には優しさしかなかったわ。お父様は……わたしを嫌ってないって信じてたから、堪えられたのかも知れない」
『……ほーか』
テレシアが満足げに微笑んだ時。塔全体が揺れ出す。
「──ッ‼︎」
『なんや、地震か⁉︎』
『ノー! 魔力反応が薄れていきます。城全体を支える力を失っています』
『なんやそれ⁉︎ どうなるんや⁉︎』
『しばらくの後、自壊すると警告します。脱出を──』
レイチェルが言い切るよりも早く。スティリアは、手近にあった宝石に駆け寄り、手を付く。
「行って! 早く!」
「スティアッ‼︎」
スティリアが手を付くと同時に。灰色に染まっていた宝石は、その色を取り戻すかのように美しい茶色に染まる。
「わたしは後で行くからッ!」
『ほないな事言うても!』
『一定量の魔力を供給すれば、自壊までの時間が伸びます』
「だってよ! オレが付いてるからさ! にーちゃんらは早く行きなって! いざとなればオレの力で瓦礫くらい防いでやるよ!」
ラシルがそう言うと、ルエインはスティリアを見る。視線が重なると、藍色の髪の少女は静かに頷いた。
「必ず、来い」
「約束、するわ……」
力強い目を見たルエインは、テレシアを見る。
「行くぞ」
『おん』
静かに頷いたテレシアとルエインは、階段を駆け上る。それを見ていたスティリアは、近くにいたレイチェルへと視線を向けた。
「レイチェル、あなたも行って」
『ですがマスター……』
「わたしなら、大丈夫。コツも掴めてきたわ。さあ、早く!」
やや不安げな面持ちのまま、レイチェルはルエインの後を追う。
『レイチェルッ⁉︎ アンタおらんでええんか⁉︎』
『マスターが行け、と……』
「必ず来ると言ったんだ。……信じよう」
『……ほーやな』
ルエインの横顔を見て、テレシアは頷く。駆け上る階段も終わりが見えてくる。天井が近づいてきた頃、テレシアが小さなうめき声を上げる。
「……テレシア?」
『だ、大丈夫や……。なんともない……』
言葉とは裏腹に。テレシアの声色と表情は、苦しげなものだった。ルエインは、少しの沈黙の後、レイチェルへ視線を送る。そして、
『うわっ⁉︎』
「レイチェル」
『はい』
ルエインはテレシアの首根っこを掴むと、そのままレイチェルへ向かって放り投げた。
『何さらすねん⁉︎』
「テレシアを任せる。守ってやってほしい」
『了解しました』
受け止められたテレシアの叫びに答えず、ルエインはレイチェルへそう告げる。レイチェルは二つ返事で承諾した。
『ウチは足手まとい、か……』
「お前を失いたくないだけだ」
『…………ほーか』
テレシアはどこか嬉しげな声で。しかし、寂しげな表情で受け答えた。ルエインには見えていないようで、レイチェルが不思議そうにテレシアを見ている。
「ここが……終点のようだ」
『作った奴はけったいな奴やな……。終わりやと思ったらまだ登らせてくれて、ほんま……」
螺旋階段の先にあったのは更に大回りな階段だった。登り終えた一行は、大扉の前にいる。ルエインの剣を握る手が一層力強くなった。
「この奥に……奴がいる」
『借りたもんは倍にして返したろや』
「……そうだな」
テレシアの言葉に、ルエインは頷いた。ゆっくりと扉を開けば、更に通路の奥にある扉は既に開かれていた。
「……マルク」
『もう、逃さへんぞ……』
ルエイン達を鋭い眼光で見据えている痩せ身の中年男。ギラギラと殺気のこもった視線が、大気をビリビリと震わせていた。
「シンは……いないようだな」
『おったらおったで噛み付いたるわ』
「……強がりを言える程には回復したようだな」
『……まーな』
階段を登り続けた疲労を回復するかの如く。ルエインはゆっくりと奥へと歩を進める。テレシアはレイチェルの手元から飛び降りると、すかさず近くの長机の下へと潜り込んだ。
「いい、気にするな。テレシアも間抜けではない」
『……イエス』
そこは、小さな礼拝堂だった。立ち並ぶ長机と長椅子に、美しいステンドグラスの窓。奥手の透明なガラス窓からは、赤い満月が室内を見下ろしていた。
「マルク……決着をつけよう。今度は逃げ場はないぞ」
ルエインがそう言うと、マルクはフッと笑みをこぼす。
「……鬼ごっこは終わりっス。オイラも……アンタに用があるっスよ」
マルクは、深く帽子をかぶってそう言った。




