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第四十七話 ーヒトと魔獣①ー

 ルエイン達は驚愕していた。過去に賑わっていたであろう王都は見るも無残な程に崩壊しており、市街地は既に獣型の魔獣が破壊衝動に身を任せている。


「これ、なんなんだ……?」

『ウソやろ……外から見たらネズミだらけやったけど……中はゴブリンにサイクロプス、オーガまでおるぞ⁉︎』

「お父様……お父様は⁉︎」


 ラシルも幼いながらに異常な事態であると察し、スティリアは冷静さを保てずに叫び出す。その声に反応して、近くにいたサイクロプスが少数のゴブリンを引き連れてルエイン達に襲いかかる。ルエインは持っていた剣ですぐさまそれらの生物を、一太刀の元に斬り伏せた。


「スティアの父……という事は王か。城へ向かうぞ、テレシア」

『まだ生きとる人らがおるかもしれへん。ウチはアンタらを城まで送ったら一旦街に戻るで。いくらなんでも、これは酷すぎるわ……』


 過去に訪れた時の姿は見る影もない程に、街は凄惨な状態だった。テレシアの言葉にルエインは静かに頷き、「頼む」と短い言葉で相槌を打つ。テレシアはその背にスティリアとラシルを乗せたまま駆け出し、ルエインとレイチェルが魔獣を蹴散らしながら、活路を開く。


『スティア、よう聞きや。魔獣を従えとる時点でたぶん、マルクの仕業や。帝国兵やないけど……期待は、できへんと思う。堪忍やけど、分かって堪えてくれや』

「……うん」


 普段の明るい声色からは想像もできない程に低くくぐもったテレシアの声に、スティリアは短い言葉を返して唇を噛みしめる。石畳を駆け抜け、火の手を掻い潜り、屍を築き上げながら進んでいく一同。

 気付けば噴水広場に到着していた。広場を象徴する噴水は無残に破壊され、以前は美しく半球を描きながら溢れ落ちていた水も、今では激しく水漏れする水道管の如く周囲に水を撒き散らし、石畳の上に侵食していくかのように広がっている。


「城まであと少しだ、残る障害は──!」


 ルエインが言いかけた時。突如として現れた優男は、デートで恋人が来たかのように気さくに笑いかけ、手を挙げた。


「アイツ! この前のヤツ!」

「やあ、皆さま。お揃いのようですね」


 ラシルの言葉に、ニコリと紳士的に笑いかけるシン。


「……そこを退け、シン」

「承りかねます。一応……命令、ですので」


ルエインがその手に持つ剣の切っ先を向けると、「おお、怖いですねえ」と両手を上げておどけて見せた。当然、その笑顔は張り付いたように変わらず、ひとえに煽っているのだという事は、誰の目にも見て取れる。


『ええわ、ルエイン。ここはウチに任せて、スティアとぼん連れて先行き』

「テレシア……」


 毛を逆立て怒りを露わにするテレシアに、ルエインは意外そうに眉をひそめた。

 

『コイツの事は……許されへんわ。殺す事を楽しんどる、あの目はそういう奴や』

「…………無理だけはするな」


 念を押すように、ルエインが一考の後にそう告げれば、テレシアは声色を変える事なく「任せとき」と強気に返す。


「おや、レディ。今宵の舞踏会をわたくしと踊って下さるので? ああ、なんと名誉な事でしょう。その命を犠牲にしてまで道を切り開く貴女あなたの心意気に免じて、ここを通して差し上げましょう」

『……クッソサブいねん。ルエイン、アイツが邪魔しよってもウチが通す! 早よ行かんかいッ!』


 テレシアの声に触発されて。苦い表情を浮かべたルエインは、スティリアとラシルへと視線を向けた。


「……行こう」

「ちっぱいのねーちゃんは?」

ぼん、後でシバくで心配せんでええわ』

「ひぇっ⁉︎」


 ピリピリと殺意と怒気を多分に含んだテレシアの声に、ラシルは縮み上がる。スティリアは胸元で拳を握りしめた後に、レイチェルと視線を交えると、


「レイチェル……テレシアを守って」

『イエス、マスター』


 そう命令を下した。レイチェルはテレシアの近くまで跳躍すると、そのまま隣に立ち並ぶ。


『なんやレイチェル、嬉しそうやん。リベンジマッチってヤツで燃えとんのか?』

『……不明。しかしながら、あの者は、排除して然るべき。わたしは、そう思います』

『……せやな。やったるわい!』


 レイチェルとテレシアが闘志をたぎらせてそう息巻くと、シンはクスッと小さく笑って見せる。


「では……これはわたくしからの誠意です。ごゆるりと楽しんでお過ごし下さい」

「なっ──⁉︎」

『ちょ──待てやッ‼︎』


 ルエイン達がいた塔の月影は、テレシアとレイチェル、シン自身を除き、中に入っていた魔獣ごと影の中へと沈んでいった。


『おい、ルエインらをどこやったんや……?』

「フフフ……そちらのお嬢さんなら分かるでしょう?」


 テレシアが憎悪の目で尋ねれば、シンは人差し指を一本口元に立て、チラリとレイチェルを見る。


『……解析完了。マスター達は……城内にいます』




 ***


 ルエイン達は、城内の天井から地面へと落下した。声を上げさせる暇すらなく落ちた室内は、飾り付けや豪奢な調度品の煌びやかさとは相反して、夜という事を差し引いても薄暗い。唯一の光源は、城下町の燃え盛る炎くらいだった。


「いってェー……」

「ヤツめ……どういう風の吹き回しだ?」


 ラシルのぼやきに続き、ルエインはすぐさま身を起こすと、周囲を見渡す。幸いにして、一緒に消えた魔獣はいなかったようだ。一先ず、とルエインがスティリア達へ視線を向けると、スティリアは地に伏したままの状態で、ある一点を見て固まっていた。


「お父……さま…………?」

「…………そこで、何をしてるんだ? 答えろ、マルク!」


 ルエイン達がいたのは大広間だった。薄暗い室内の最奥部には、来訪者と語らう王が鎮座する玉座。その上に座る老人と……マルクがいた。


「……存外、早いもんっスね。どうやって来たんスか? ……まあ、いいっスけど。ちょうど、オイラの仕事も終わったとこっスよ」

「……ガフッ」

「お父様ッ!」

「ダメだよねーちゃん! アイツ……なんかヤバそうだし!」


 駆け寄ろうとしたスティリアの腰元にしがみつき、ラシルが足を止めさせる。


「マルク。もう一度聞くぞ。……何をしている?」


 白色の宝玉を手にしているマルクにルエインが怒気を多分に含んだ声色で、再度聞くと、マルクは一息つき、宝玉を胸元にしまう。


「…………オイラ達がやってる事は一貫してるっスよ。全ては王の為っス」

「王……レオニールか?」


 ルエインが尋ねれば、マルクは「ふっはは!」と途端に笑い出す。


「まさか。あれは今やオイラの傀儡かいらいでしかないっス。……これでも苦労したんっスよ? 彼はあれでいて、なかなか隙を作らなかったんスから」


 レオニールの事を思い出しているのか。懐かしむようにして、マルクは目を細めて語り出す。


「……いつからなの……?」

「うん?」

「いつから……シンと繋がってたの……?」」


 スティリアの言葉に、マルクはいつにない程に冷めた瞳で面々を見渡すと、小さくため息をつく。


「そんなの……最初からに決まってるじゃないっスか。オイラ達のように王の血に殉じた者は、王の意思に触れた者が誰かは分かるんスよ」

「……それを聞いて、安心した」


 たがの外れた犯罪者のように。冷静に言い放つ男に、ルエインは剣を構えた。


「ハッ……まさか、オイラを斬るつもりっスか? よした方がいいっスよ。オイラの従順な隷属者クークラが死んでしまうっス」

「ぐっ、ぬぁッ……⁉︎」

「お父さま……ッ!」


 スティリアが倒れ込んだ老人……この国の王に駆け寄ろうとすると、マルクはその首を踏みにじる。


「スティリアさん。いい加減、オイラ達の王の意思に抗うのはやめたらどうっスか? その意思に触れたんなら分かるはずっス。この世界の生物は全て王の為に存在している。……もう、気付いてるんじゃないっスか?」

「──!」


 マルクの言葉に、スティアはハッとする。その脳裏に浮かんだのは、夢の中に現れた男の言葉。


「全ての生命は我より生まれ出でしモノ、って……」

「そう、その通りっス。ヒトも、動物も、魔獣も……全ての生命が王から生まれたモノっす。魔獣が何かも知らないんスよね?」


 スティリアの言葉に、マルクはそう語らい、ふっと一息つく。


「魔獣は……ヒトの祖先っスよ。そして魔獣のルーツは魔人族ケイオスに当たり、その全ての祖となるのがオイラ達の王っス。王の血が色濃くなればなる程に、その束縛に縛られ、死すればその身に蓄積された魔力は全て王の元へと運ばれて、糧となる。それが、この世界の仕組みっス」

「……シン同様、聞いてもいない事をベラベラと語り出す。お前達の王とやらは、お喋りな人間が好きなようだな」

「…………」


 ルエインの言葉に、マルクは呆れたように目を閉じた。その瞬間に、


「再度、理解した。……やはり、お前は敵だ」

「味方か敵か、なんてものは……主観でしかないっスよ」


 ルエインはマルクの目前まで移動を果たしていた。しかし、剣は止まっていた。それを止めていたのはマルクの左手。その手は平の内側を除いて白く長い体毛に覆われており、爪は分厚く硬質な黒爪。山羊の蹄を彷彿ほうふつさせるその重厚な爪が、ルエインの剣をいとも容易く止めていたのだ。


「本気を出したら、こうなるからオイラは前に出なかっただけっスよ」

「お前は、獣人族ベスティアの──ッ‼︎」

「にーちゃん横ッ!」

「グッ⁉︎」


 ルエインの言葉半ばでマルクは剣を弾き上げた。ラシルの警告も虚しく、青年の空いた脇腹には回し蹴りが炸裂し、ルエインの体を軽々と吹き飛ばす。ルエインも咄嗟に反撃をしており、吹き飛ばされる直前にサマーソルトでマルクの顔面を蹴り上げていたものの、それは難なく躱され、かぶっていた帽子が吹き飛んだだけだった。


「ルエインッ‼︎」

「問題、ないッ……!」


 くるりと空中で受け身を取って姿勢を戻したルエインは、磨かれた大理石の上を滑りながらも踏み留まる。口の中をきったのか、唇からは血が少量流れた。


「……お察しの通り、オイラは獣人族ベスティアの、祖先っスよ。ただ……不思議な事に、オイラは幻獣種のアルマなんてモノは、知らないんスよ。そして、戦神族ワルキューレの事も。調べても生まれに関してはさっぱりっス。……なんなんスか、アンタら。どっから沸いて出たんスか?」

「……知らん。お前の話に付き合うつもりもない」


 ルエインが再び構えれば、マルクはめんどくさそうに後頭部を掻き乱す。


「それじゃあオイラが困るんスよ。オイラは……王にたて突いた一族の事を調べる為だけに、このヒトの世に放たれてんスから、ね。……おっと。そろそろ、オイラの細胞も馴染んだっスね……王サマ?」

「ぐッ、クッ……ガ、アァアアアッ⁉︎」


 ズルリと。アレキサンドロス王の背中からは、筋組織が溢れ出し、その身を包んでいった。更に巨大な骨、それを更に上回る筋組織ができたかと思えば、皮膚が覆い、白い毛が生え揃う。……遂に、その者は元の面影一つ残す事なく、その姿を変えた。


「うそ……お父、さま……?」

「ヒトが……魔獣になった、のか……⁉︎」


 痩せ衰えた姿とは打って変わり、背丈は伸び、筋骨隆々。生え揃った牙きや爪は獲物を狩る為だけの鋭利さを持ち、その身の興奮を鎮める為か。人狼に爪を立てられた赤い絨毯は易々と引き裂れていく。よだれを垂らしてギラつく視線で面々を見るその目は、まさに野生のそれしかなかった。獲物を見る目、そのものである。

 

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