第四十六話 ー猛襲する双竜②ー
『クッソタレ……がァ⁉︎』
ヴルムは苦しげにそう叫ぶと、自身の身の上で滞空していた青き怪物を裏拳で殴り飛ばす。飛ばされたもう一体のダグルザルトは、その身を丸めながら、数回地面の上を転がると、その身に付着した肉片を啜り始める。
それと同時に、ヴルムの変身は解けた。力無く膝をついたヴルムの元へ、ヴァレリが駆けつける。
「大事はないか⁉︎」
「ハッ……土手っ腹に穴ァ、開けられて大事ねェように見えんなら……お前は大層幸せな頭をしてやがるぜ。……クソが」
悪態をつくヴルムに、ヴァレリは真剣な表情から一転して、呆れ果てたような顔をする。
「竜鱗を貫きやがるたァ……グゥッ……なかなかやる、じゃあねえか」
「……それだけ無駄口を叩けるならば問題なさそうじゃな」
「うるせェ……」
ヴァレリとヴルムは、依然警戒を解く事なく双竜それぞれに目線を送る。黒い個体は落ちてきたペンネミレディを見つけると、その場で喰らい始めた。青い個体はと言えば、蒸気を発する程に高温なヴルムの血液の影響か、その身を徐々に黒い紫色に変色させていく。
「禍々しい事この上なし、じゃな……」
「竜化したら的がデカくなる……かと言って近接じゃ素早い。全く以って、めんどくせェ奴らの相手を引き受けたもんだぜェ」
「……オヌシが引き受けたんじゃろうが」
ヴァレリが呆れたようにヴルムへ言葉を返すと、「そうだったかァ?」とどうでも良さげに返す。
「……オヌシ、阿呆じゃろう」
「隊長さんに似たのかねェ?」
桃色の髪の毛をガリガリと掻きながら男が言えば、ヴァレリは額にくっきりとした青筋を浮かべた。
「死ね。二度言う、死ね。今ならば殉職扱いにしてやる、それも二回共にじゃ」
「名誉の殉死なんざァ願い下げだねェ。生きてこそじゃあねェか」
「……珍しくまともな事を言うではないか」
「そもそもオレ様は軍人じゃなくて傭兵さんだぜェ? だから死にたくねえ訳だが……それが分かってなかったんなら、やっぱりテメェの頭はとんだハッピーさんだなァ? つうかそもそも二回死ねとか現実的じゃねーよヴァーカ!」
ヴルムは自分のこめかみ付近を人差し指で指を指し、ヴァレリに醜悪な笑みを見せつける。
「よし、理解した。此度の戦の真の敵はオヌシじゃな?」
「やっぱりテメェは底抜けのバカだよ」
「貴様など、先の攻撃でど頭を貫かれておれば良かったのだ」
「敵と味方の区別もつかねーなんざ参った、参った。ババアはついに耄碌し始め──ッつぁア⁉︎ ってェなァオイ⁉︎」
ヴルムが全てを言い切るよりも早く、ヴァレリの槍の石突がヴルムのこめかみにクリーンヒットしていた。
「すまぬな。わざとではない」
「ってェつんだよ‼︎ 二発目も当てといてわざとじゃないは無理があんだろうが! 血鬼族の黒焼きにすんぞバカがッ!」
「やかましいわい! ここは戦場じゃぞ!」
「先に手を挙げておいてよく言えたもんだなぁオイ⁉︎ ったく、口で勝てなくなったババアはすぐにヒスりやが──っダァ⁉︎ クソッタレが!」
「すまぬ、わざとじゃ。あっ、わざとではない」
「遅ェんだよダボがァ⁉︎ 心の声ダダ漏れじゃねェか‼︎ ……って、オイオイ。バカやってる間に奴さんら……準備万端ってヤツらしいぜェ?」
ヴルムとヴァレリが言い合っていると、そこへペンネミレディの死体が投げ込まれた。死体はドロリと体液を垂れ流しており、いつもの如く灰はならない。しかし、二人はさして気にしていない。
「ふむ。バカの相手をしとる場合じゃなさそうじゃ」
「テメェにだけは言われたくねえな」
「鏡と会話しとるのか? やはり阿呆じゃな」
「手鏡なんざ最近の女子の必需品だろう? 自己紹介お疲れ様ってなもんだなァ?」
「わっちゃあ、持っとらんがな」
「若くねえから最近の女子じゃなかったな。オレ様とした事がとんだ失言をしちまったようだ」
「……殺す」
「気が合うな、オレ様もそう思うぜ」
ヴァレリとヴルムが睨み合っていると、その背後に黒く巨大な影が忍び寄る。ダグルザルトが同時に動き出したのだ。しかし、
「ウゼェんだよクソノロマがァ!」
「鬱陶しいぞ阿呆共がッ!」
ヴルムとヴァレリは、互いの背後にいた一対の竜達を、それぞれの技を瞬時に放って吹き飛ばした。
「わっちの動きが見えなかったじゃろ? ジジイは茶でも啜って隠居しておれ」
「テメェこそ、後ろに立ってる奴に気付かねえなんざァ、そろそろ隠居考えたらどうだ? ババア」
「……死ね」
「お前が死ね」
二人の言い合いを他所に、吹き飛ばされた黒色の怪物は気怠そうに起き上がるとノソノソと地面へ潜り、紫色の怪物はゆっくりと慎重に。迎撃を警戒しながら間合いを詰めて、二人へにじり寄ってくる。
そんな二匹のダグルザルトを見送ったヴァレリは、気持ちを切り替えるように、軽く「さて」と呟く。
「話は変わるが奴らは地中でどうやってわっちらの居場所を認識しておるんじゃ?」
「音と匂い……だろうぜ。ウチのジジイが完全に盲目になった時にゃア、それで周りを認識してたっつー話、だからなァ」
ヴルムが冷静にそう返せば、ヴァレリは「ほう」と声を上げ、その口角を釣り上げた。
「それは……良いことを聞いた」
「んなもんちょっと頭使えば分かるだろうが。テメェはやっぱりバカだな」
「うるさいわい。わっちゃあ元々……頭より体を動かす方が好みでのうッ!」
ヴァレリはそう言い残すと地を蹴り、目の前のダグルザルトへ向けて駆け出した。
「チッ……癪な野郎、じゃねえな。嫌な女だがァ……それは同意だなァ!」
それを見届けたヴルムは、口から血を流しながらニヤリと笑うと、重い腰を浮かしてヴァレリの後を追った。
小さな城の如く堅牢かつ巨大な怪物は、近寄る獲物を慎重に牙先を向けて追いかけ、今か今かとヴァレリが来るのを待ち構えている。……そして、ヴァレリが飛び跳ねると同時に、歓喜で両手を上げるかのように、二つの牙を開かせていた。
「クフッ……。頭を使うのは好みではないが……満更、使わぬ訳ではないぞ。既に地中には血を含ませた我が槍の断片が囮の罠を張っておるのじゃからのう!」
ヴァレリの笑みを理解してかしないでか。ダグルザルトは、足元へと顔の向きを落とした。そして、
『グッ……ブッ……⁉︎』
「最強の矛と最強の盾の話が東方にあったが……撃ち合えば搗合えばどちらが勝つのか気になっておったが、なんの事はない。どちらも壊れるんじゃろうなあ?」
紫色の甲殻をした竜が、地下から天へと昇る勢いで飛び出してきた。……しかし、それは黒いダグルザルトの直下だった。
二つの矛と盾はぶつかり合うと同時に、その身に亀裂を走らせる。黒色の個体は牙はもちろん爪が途中でへし折れ、一部が衝撃に堪えかねてか、手の中へと潜り込んでいく。また、紫色の個体も腹部に突き刺さった爪に、悶え苦しんでいた。
「さて」
「さァーて……」
二人の男と女が、怪物へと各々の武器を構える。一人は槍を、一人はその剛腕を口内へ。当然、牙の折れた側へヴルムが、怯えるようにカチカチと牙を鳴らしている怪物の口へ、ヴァレリはその矛先を突っ込み、ニヤリと笑った。
「なァ、ババア。コイツはどこまで耐えられるんだろうなァ?」
「ジワジワと行くのか、偏屈ジジイは性格が悪いのう。わっちは一思いに済ませてやるぞ」
「口内から圧殺とかテメェのが性格歪んでんだろうが。オレ様は調理してやんだよ」
「ほう。ならばわっちも調理してやる。ありがたく食え」
「ハァ? テメェはこんな如何にも寄生虫いますってェ面してる奴を生で喰わせる気かァ? そんなだから婚期逃してんだよ」
「オヌシにだけは言われたくないわい。偏屈極まって誰にも相手して貰えんのじゃろう?」
「ハァ? 死ね」
「年功序列じゃ、先に逝ね」
「レディーファーストだろ? テメェが死ね」
『ガボッ……』
「うるせえッ!」
「五月蠅しッ!」
虫の息になっている怪物を二人は理不尽に怒鳴り、渾身の一撃を放つ。
ヴァレリは刀膨大星で槍先を急激に膨らませて、破裂させて見せた。一方で、ヴルムは吐く暇すら与えぬ程の最大火力で、怪物を内部から燃やし尽くす。その甲殻の隙間からドロリと輝く溶液が溶け出すと、ダグルザルトは一切の動きを止めた。
「ハッハァ……雑魚が笑えるぜ」
「その雑魚に負傷した雑魚がおるらしいの」
「死ねババア」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるわクソジジイ」
二つの骸を前にしてバチバチと視線をぶつけ合う二人。鼻先と鼻先が接触するか否かというところで、
「む?」
「あァん?」
城壁内から凄まじい倒壊音が響き渡る。一様にして二人が視線を向ければ、壁外からでも望める程の高さの塔が途中から真っ二つに折れていた。
「愉快な事をやってるみてェだなァ? あっちの祭に参加させてもらうとしようぜ?」
「……異論、なし。急ぐぞ」
顔は笑い、声には固さを残し。ヴルムとヴァレリは、その背に羽音を聞いてはたと振り返る。
「……何をしとるんじゃ、アレは」
ヴァレリは、背後で地面に纏まって固まり、呆然としているペンネミレディの大群に、警戒を解かぬままにヴルムに語りかける。ヴルムは鼻を鳴らすと、
「……蜂って知ってるかァ? アイツらは軍隊を持つが、女王が死ぬと座して死を待つ以外なんにもできねェ奴らだ。大方……さっきの竜もどきにでも女王をやられて躍起になって仇を取ったものの、種として終わってるからやる事がねえんだろうよ」
「……上に裏切られたわっちらは、新たな女王候補がいて良かったのう?」
「全くだぜ、お前の強かさは軍人より傭兵に向いてる気がしてならねェな」
「根無し草は勘弁被る」
再度口上で争い始めながら進む二人の背後で、一対の紛い物の竜は灰となって消えていく。
……その様子を、遠方からずっと観察していた人物がいた。長い白髪に灰色の肌、黒いスーツを着た真紅の目を持つ優男は、フフフと小さく笑みをこぼす。
「こちらも片付きましたか。どんどん追い詰められていきますねえ。魔獣達のその存在の意味も知らずに殺していくとは……なんとも嘆かわしい事です」
私、悲しくて泣いてしまいます、とハンカチで目を拭うその優男は、薄ら笑いを浮かべたまま心にもない言葉を口にする。
「……さて、そうなるとル・ラルカンダルの持つ真祖の血も……もうすぐ、わたしのモノになるという事ですね。ふふふ……心底、楽しみにしておりますよ。わたしが完全なる魔人族となるその瞬間を……! クッフフ……うふふふふふふ」
歪な笑みを浮かべたシンは、するりと林の影に潜り込む。その様子をジッと見ていた羽虫達は、虚ろなるままにしてそこから動く事はなかった。




