第四十六話 ー猛襲する双竜①ー
それは悠然と。太々しいまでに無警戒に。王者の如く余裕を見せながら、ペンネミレディの肉を、歪に生え揃った牙でくちゃくちゃと音を鳴らしながら噛み切っていた。
「コイツが……例のアレかァ?」
「ダグルザルト……じゃったか。穴を掘ってきたという事は間違いあるまい」
ヴルムの言葉にヴァレリがそう返すと、ヴルムは呆れたようにため息をつく。
「コイツのどこが竜だ? って、お前に聞いたところで……」
「知らぬ」
「……だろうな?」
ヴルムの言葉も尤もだった。その生物は、モグラのような体に、蟹のような黒い甲殻を持つ鈍重な出で立ちであり、長い大爪と大牙とを巧みに操り、もそもそと羽虫に食らいついている。かつてフォルキマノフ帝国へ襲来した竜王……ドラキュナムと比べると、ずんぐりむっくりしており、竜と言うにはあまりにもな野暮ったい風貌をしている。
「あァん? 虫ケラ共が何かしてやがるぜェ?」
「む……奴を狙っておったのか? しかし、あれは……」
空でヴルム達の様子を伺っていたはずの羽虫……ペンネミレディ達は、その大岩程の図体を持つ怪物に目掛けて、一斉に攻撃を始める。対して、その怪物ダグルザルトは、体のどこに牙を突き立てられようが、意にも介さずに食事を続けていた。
「ケッ、ちょうどいい。仲良く一緒に燃え尽きときなァ!」
「ふむ……躱すともせずとは……食い意地もここまで来れば見事なり」
ヴルムの放った炎の波に飲まれたダグルザルトの周囲にいたペンネミレディは、耐えきれずにもがき苦しみ、力無くその怪物の外殻を滑り落ちていった。しかし、一方でダグルザルトは、手にしていた虫の肉が燃えるのを確認すると、苦しむそぶりなど少しも見せずに周囲を見回し、ヴルム達へと視線を留めた。
「──! 彼奴、効いておらぬのか……?」
「いや……効いてるとは思うぜェ。奴の殻も赤くなってらァ」
ヴルムの言葉通り、怪物の甲殻は黒色からやや赤みを帯びていた。しかし、ダメージはないようで、のそりと落としていた腰を浮かせると、四足歩行のままゆっくりと二人の元へと歩み寄る。
「チッ……跳ね返った火でお前が焼けちまう」
「ふむ。此奴は見た目通りに動きが鈍い。直接奴の体に槍を打ち込んだ方が早そうじゃ」
「……相手すんのも馬鹿らしくなる間抜け野郎だぜ。こんなのが竜と呼ばれてるなんざなァ?」
駆け出したヴァレリの先にいたその怪物を見据えたヴルムは哀れむような目と共に、呆れたように後頭部を掻くと、そのまま踵を返した。その時、
「まずはそのど頭を貫いて──⁉︎」
「あァん?」
ヴァレリが槍を突き出そうとした途端に、その怪物は地面に突き立てた爪を支点に、後脚で大きく斜めに跳躍すると、ヴァレリの死角へと一瞬で回った。
「なん──⁉︎」
「オイ、バ──」
焦燥感溢れる表情で、ヴルムが言い切るよりも早く。ダグルザルトの長い牙は、ヴァレリの体を上下二つに切り分けていた。
「グッ……」
「あんの野郎ォ……!」
ヴルムは激しい怒りを露わにしてダグルザルトへと駆け出した。しかし、
「危ないでは、ないかッ!」
ヴァレリはそのまま霧状の腕を復元させると、そのままダグルザルトへと追撃をする。しかし、怪物は攻撃に失敗した事にいち早く察知したようで、ヴァレリの槍は再び虚空を貫くだけに終わり、ダグルザルトはそのままヴァレリの背後へと回り、距離を取ったままに、様子を伺い始めた。
「わっちでなければ死んでおるぞ……何という奴じゃ」
「そういや、効かねえんだったな。お前さんには」
「なんじゃ? 心配したか?」
ヴァレリがそう言うと、ヴルムは「ケッ、ババアは案外くたばらねェなって感心しただけだ」と言葉を返す。
「オヌシに女っ気がない理由が分かるわい」
「そいつァどうも。んで……やっぱ燃やした方が早いんだな?」
「近距離で挑むと意外とすばしっこいからのう。燃やせるかの?」
「任せとけェ。どれだけ固かろうが、オレ様の炎は鉄すら燃やし尽くすッ!」
ヴルムの放った炎は、再びダグルザルトの体を包み込んだ。
『ゴフッ、ゴフッ』
「苦しんでおる、この調子で……うむ。殻も熱した鉄の如く真っ赤になっておるぞ」
炎の中に身を沈めていたダグルザルトは、悶え苦しむようにして暴れまわると、お腹を叩き出した。
「何をやっとるんじゃ……? まあ、良い。そのまま燃え尽きてくれるならば手間も省けよう」
ヴァレリがそう告げた時。ダグルザルトは頭部を大きく仰け反らせると、
「──! ヴルム退がれ!」
「チッ、クソがッ!」
痙攣するかの如く跳ね戻りながら、その怪物は口から溶岩を吐き出した。塊となった緋色の溶岩は、二人がいた場所に落ちると凄まじい音と蒸気を立てると、さながら破裂した生卵のように内部から溶液が飛び散る。しかし、それらはすぐに大気に触れて黒ずみ始めた。
「……熱の類も効かぬようじゃな」
「ケッ、クソッタレがァ。見た目以上にめんどくせェ野郎じゃあねェか」
『ボフッ……』
口から黒煙を噯気を吐くようにして吹き出したダグルザルトは、再びゆっくりとヴルム達へと進み出す。
「かと言って、あの虫達も少々厄介じゃぞ」
「分ぁってらァ」
再び侵攻を開始した怪獣に、ペンネミレディは再度突付き合い、牙を立てる。獲物がわざわざ目の前に現れたと思ったのか、ダグルザルトは足を止めて、再びその場で食事を始める。
「放っといていいんじゃあねェか?」
「うむ……そうじゃな」
ヴルムとヴァレリが踵を返して歩き出した時、
「──! そうは問屋が卸さねえ、ってかァ?」
「……ッ! 欲張りなやつじゃ……!」
一息に跳躍したダグルザルトは、虫の肉を貪りながらもヴァレリ達の前へと立ちはだかった。
「ったく……どうすんだァ?」
「やるしかあるまい。オヌシの力を使って奴を討てんか?」
ヴァレリがそう尋ねると、ヴルムは「カハァ……」とため息交じりに軽く火を吹く。
「辺り一帯を溶岩地帯に変えてもいいならやってやるぜェ?」
「やれやれ……わっちが一肌脱ぐかの」
ヴァレリが手にした槍を動かすと、ダグルザルトはピクリと反応を示して、その動きを止めた。しばらく動きを止めてその獲物の動きを見定めている怪物は、長い虫の体を抱きかかえて、引きちぎって口内を忙しなく動かす。
「何故虫どもに好かれておるかは分からぬが……おいたが過ぎようぞ」
ヴァレリが槍を投げ飛ばすと同時に、ダグルザルトは動いた。グルリと首を回転させながら、寸分の狂いなく伸びた二つの牙がその槍を挟み込もうとした瞬間、
「散れ、百花繚乱」
花の如くふわりと分散した槍を見失ったその凶刃は、虚しく音を響かせながら空ぶった。
「もらったぞ、愚鈍な竜よ!」
ヴァレリの声に応じるように、散らばる結晶が磁力に引き寄せられるかの如くダグルザルトへ向かった。……しかし、
『ブボッ』
「ぬっ⁉︎」
小さく鳴き声を残したその竜は、素早く地面に潜り込んだ。水に飛び込むかの如く鮮やかに回転しながら、ダグルザルトはその姿を土煙の中へと隠した。当然、ヴァレリの放った攻撃は当たる事なく、土埃を突き抜けて地面へと突き刺さった。
「奴さん、意外と知恵が回るみてえだなァ? お前さんがいかに多方面から責められようが地面の下に潜られちゃあ見えやしねェ」
「む……それは向こうとて同じ事じゃろうが」
ヴァレリがムッとした顔でそう返すと、ヴルムは鼻で笑い飛ばす。
「本気でそう思ってんならおめでてェなァ?」
「なんじゃ──む⁉︎」
ヴルムはヴァレリを無視して、その身を炎で包み、変化させた。巨大な体躯を屈ませると、ヴァレリの正面に頭を近付ける。
『……来てるぜ、乗れ。先刻みてえに下から突き上げられりゃあ、テメェも一溜まりもねェぞ』
「わっちに直接攻撃など──むぅっ⁉︎」
『バカかテメェは! 砂埃にテメェの体が吸い取られりゃあ、意味ねェだろうがッ‼︎』
ヴルムは叫ぶと同時にヴァレリの体を手にある槍を咥えると、そのまま背中に投げ飛ばした。ヴァレリが背に乗ると同時に、ヴルムは空高く舞い上がる。
「ぐぬっ……」
『喋んなァ。してアイツぁ……どこ行きやがったァ?』
一息で遥か上空に飛び立ったヴルムは、目を凝らして地上へ向けて視線を落としていたが、見つけられずにいた。
「おるではないか……と、思ったがオヌシは夜目が利かぬのじゃったな」
『この姿なら近けりゃくっきり見えてんだがなァ?』
「よいよい、任せよ。現在、奴は……羽虫が邪魔じゃのう。……む?」
『んだァ? 早くしろ』
ヴルムが急かすように言うとヴァレリは眼下で動く影を凝視する。
「……奴の体の色が青くなっておるな」
『ハァ? んな事ァ、知った事じゃあねェ。オンナって奴ァ、どうしてそんな仕様もねェとこばっか見てんだァ?』
「喧しいわい。……して、どうする? このまま距離を離せば彼奴の相手をせずとも──むっ⁉︎」
ヴァレリがそう言いかけた時……城壁の一部が崩れ落ち、落下したのだ。それを見たヴァレリがはたと下へ視線を向ければ、青い甲殻を持つ怪物は城壁へ向かい、一直線に駆け出した。
「ヴルム、降りよ! 音の聞こえた方角じゃ!」
『んだァ?』
「奴め、城壁へ向かっておる! このまま行けば厄介な事になるぞ!」
『チッ……めんどくせェ野郎だぜ』
低くくぐもった声でそう吐き捨てたヴルムは、一気に急降下を始める。ヴァレリは帽子が飛ばないように頭を押さえながら、槍を消し去って必死にヴルムの背にしがみ付いた。
『ハッハァ、見えたぜェ。このまま捻り潰してやらァ!』
ヴルムが腕を振るうと同時に、怪物は振り返った。目と目が合ったその瞬間に、ダグルザルトは唾液が糸を引く口内を見せつけたかと思うと、
『クッアァ⁉︎』
「ぬお⁉︎」
ヴルムの巨大な体を覆う程の水蒸気を吐き出した。おびただしい量の霧の吐息は、たちまち一帯を覆う濃霧となる。着陸したヴルムは、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
『視界を奪う霧、ねぇ。まあ、オレ様にとっちゃあどっちにしろほとんど変わりねえが、なッ!』
ヴルムはそう言いながら霧の中で翼を振るう。巻き起こった風は霧を吹き飛ばし、ダグルザルトの姿を現した。
『あァん? 体の色、黒いままじゃねェか』
「見間違い、かの?」
『知らねェよ。……つうか降りろ。そろそろこの体維持してると自我が吹っ飛ぶぜ』
「む……」
ヴァレリはヴルムの体から滑り落ちるようにして地面に降り立った。それと同時に、ヴルムは一先ずとその剛腕を振るい、その身からすれば小さな怪物を掴み上げる。
『ハンッ、最初っからこうしてりゃあ楽勝だったかァ? ぶっ潰れちまいなァ‼︎』
「……む? いや、ヴルムよ待つのじゃ!」
ヴァレリが叫び声を上げ、ダグルザルトの甲殻が軋みその身に亀裂を走らせた時……
『グッ……⁉︎ はァ……? んだ、こりゃ……?』
「……ッ‼︎ ヴルムッ‼︎」
ヴルムの体……腹部から背中にかけて、強靭な鱗すら貫いてその身に風穴を作っていた。
血に塗れた青い甲殻の個体が、その身に付着した血を振り払いながら、天を美しく舞っていた。




