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第四話 ー胎動と旅商人②ー

 途端。スティリアの声に従うようにして、土を掘り返していたイノシシの足元はぬかるみだした。


 イノシシがそれに気付いた時にはもう既に遅い。駆け出そうとするも、足を取られて転んだかと思うと、周囲から伸びた木の根に巻きつかれ、吊し上げられる。


 更に、そこへ追い討ちをかけるように小さな電流が走ったかと思うと、イノシシはやがて痙攣をして動かなくなった。


「ほう…すごいじゃないか」

「えへへ……」


 なぜかドヤァと偉そうに胸を張るテレシアと、照れくさそうに後頭部を撫でるスティリア。しかし。ルエインは疑念の眼差しをテレシアへと向ける。


「見張りの交代はどうしたんだ?」

『…………え!』


一瞬固まる少女と一匹。しかし、テレシアはその小首を傾げた。何を言ってるんだという顔をして、ルエインを見上げると、やがてその口を開く。


『スティアの為の見張りやろ? あんたも休めえ良かったやん! んっはっはっは!』


 心底意外そうに笑い飛ばすテレシアに、ルエインは呆れたように溜め息を吐く。そして、「まあ、いいさ」と一言。おどおどとしていたスティリアの頭に手を乗せた。


「よくやってくれた。助かった」

「──! ふふふ……ありがと、ルエイン!」


仲睦まじく笑う二人。それを下から眺めていたテレシアは、小さく笑った。


 ──そして、ルエインが川の中でイノシシを、肉・皮・骨とナイフで綺麗に切り分けていった。日輪は東の空と直上の中間。


 さすがに疲れたのか、その光景を眺めていたスティリアの膝元で、テレシアは静かに寝息を立てている。


「……よし、これでいい」


 川辺で裏返した毛皮の上に、最後の肉の塊を投げると、どこか満足げにルエインはそう言った。


 綺麗に肉を削ぎ落とされたその肉は、中で赤みや黒ずみを混じらせてはいるものの、陽光を浴びて白く輝いている。


「さて、これらの調理方法は──む?」


 ルエインは小さく反応を見せた。ガラガラと車輪が回る音。馬が土を蹴る音。ガタガタと鳴る何か。


 間違いなく何かが近寄ってきている気配を察知したルエインは、静かに川から上がると、スティリアの元へと駆け寄った。


「敵かもしれない、起きろテレシア」

「えっ⁉︎」


 テレシアの頰を叩きながら、ルエインがそう言うと、スティリアは焦り半分驚き半分と言った表情になる。


『んぁ……魚か?』

「寝ぼけている場合じゃない、早くしろ」


 素っ頓狂な発言をするテレシアを急かすルエイン。テレシアはよろけながらルエインの手に収まると、そのまま刀となった。


 やがて、より一層音が近付いた矢先、ルエインが振り返ると、一同の前に荷馬車が現れた。


「どーうどーう……。おんやぁ? こんなとこに人がいるなんて珍しいっスねえー」


 こちらを確認するなり馬を止めた男。茶髪に緑色の細目。やや年齢を感じさせる少しけた頰と肉付きのバランス。面長であり、青髭が生えている。


 警戒を解く事なく身構えるルエイン達をジッと見つめていた薄緑色の外套を着たその男。頭にくっ付いた虎のような耳をピョコピョコと動かしながら一同を見ていたが、やがてある一点を見つめると「ンァア!?」と変な声を上げる。


「もしかしてそのテントとかって……。あっあっ! 家の中の食べ物、食べちゃったっス?」


 後ろに隠れているスティリアを気にしながら、無言で手にする刃を差し向けたルエイン。

 そこへ、荷馬車から影が飛び降りる。一同はそれぞれ男二人と女一人。


「こいつら盗賊か? それにしてはやけに小綺麗な身なりをしてやがるが……」


 そのうち一人の男がそう言う。巨漢で黒髪黒目。荒いヒゲを生やした筋骨隆々な男で、その背には大剣を担いでいる。上半身がほぼ裸体なほど薄着だが、両の腕には簡素な鉄の盾が張り付いていた。


「なんでもいいさ。そこのお前! その物騒なもんを下ろしな。第一……食料を盗んでおいて反撃しようなんて盗人猛々しいにも程があるよ!」


 緑色の衣服を纏う女がそう言った。派手な装飾の銃口を構えており、こちらが少しでも動けば撃つという確固たる意志を、その視線が物語っていた。


「む……」


 ルエインは自身の背後に隠れるスティリアを気にする。ルエインのみならかわせるだろう。しかし、そうなれば背後にいるスティリアに当たる事は必須だった。


「投降する」

「ルエイン⁉︎」


 ルエインは刀を手放し、両の手を挙げる。ストン、と地面へ刀身が刺さるのと同時に、スティリアは困惑の声でルエインへと呼びかけた。


「殊勝な心がけっスねえ。まあ、動いてたら魔法でイチコロっしたケド」


 御者の男はそう言う。その言葉に合わせて、荷馬車から現れたうちの最後の一人がその物陰から現れた。ルエインが一番警戒の色を送っていた人物。


 白髪に碧色の瞳。しわだらけで年老いた風貌だが、その骨張った見た目にそぐわないほど鋭い目付きと殺意のこもった瞳がルエイン達に突き刺さる。


 黒生地に金の刺繍が施された燕尾服を着崩したまま身に纏っているその老人の胸元では、緑色の宝石が輝いている。


 天宝族ジェンマーだ。腰の細剣を抜く事もなく、ルエイン達へ向かって一歩、一歩と歩み寄ってきた老人は、怒りを露わにして口を開く。


「この国はこんなヤツらばかりだ! 忌々しい!」


 何か因縁があるのか、腹の中で煮えたぎる嫌悪感を隠そうともしない老人。

 そして、老人の言葉に、スティリアは真面目にもルエインの隣へ立ち並び、ピシッと背筋を伸ばした。


「いいか! この古家はこのワシが昔使っていた思い出の場所だ! 拠点がフルース・レグヴェル共和国に移ったからとて見捨てた訳ではない! それを土足で踏みにじったあげく、我々の食料まで奪いお──! って、から……に…………⁈」


 憤り、語り止まない老人の視線は、スティリアの胸元で止まった。

 黒く輝く宝石。老人はその宝石に目を奪われ、覇気もなく数歩。スティリアへと歩み寄っていく。


「さすがにそれ以上近づくならば──!」


 ルエインが言い切るよりも先。老人はスティリアの前で地に膝を突き、涙をすっと一筋流した。


「……ああ、とんだ馬鹿者がおったんだなあ。お前たちのこと、だったか」


 老人はスティリアの手を握り、ポタポタと雫を落としていく。その目には殺意などなく、複雑な喜びの感情が混じっていた。


「ちょ、おやっさん⁉︎」

「レナードさん、何やってるんですか⁈」

「あれあれ、様子がおかしいッスね?」


 一同が慌てふためく。演技ではなかった。老人は心から涙していた事を、スティリア達は理解した。


 そして、変身を解いたテレシアが、その場でグーグーとイビキをかきはじめる。


「幻獣種じゃないっスか⁉︎ これは……ちょっとお話を聞きたいッスね?」


 テレシアを見るなり目の色に輝きが戻ったその御者は、ルエイン達へ馬車に乗れと親指で合図を送った。




 ──程なくして、一同は荷馬車に揺られながら森の街道を走っていた。手入れされていないその林道は、所々に腐った枝が落ちており、ガタガタと揺れる。


よく分からない青銅の像や、宝石の配えられた貴金属の数々。それらが置かれた荷馬車の中に、一同は座っていた。

 恐らく護衛の若い男だけが、御者台に座っている。


「先ほどの非礼をお詫びしよう。ワシはレナードと呼ばれておる。姓は……捨てた。王国との関与もなければお前達を引き渡す事もないと約束しよう」


 まずは先ほど鋭い目つきから一転して、穏やかな表情を浮かべる老人が、そう名乗る。レナードと名乗ったその老人に対し、ルエインはやや警戒の色を見せながらも答えた。


「……俺はルエインでそこの眠り呆けている毛玉がテレシア。そしてこっちが……」

「スティリアです、レナードさん」


 スティリアの紹介に、レナードと名乗った老齢な男は「あなた様が……」と感慨深く呟く。


「よくぞ生きてくれました。黒き宝玉の姫君」


 レナードのその言葉に、スティリアは興味深そうに視線を集中させ、その口を開いた。


「あなたはどうして私たちを助けたの?」

「当然の疑問ですな……」


 言いづらそうにしていたレナードだったが、やがて。ゆっくりとその重い口を開いた。


「ワシがまだ若かった頃の話だ……。ワシには妻がいた」


 物思いに耽るように遠くを見つめながら語り出したレナードは続ける。


「ワシは元々アレクサンドル王国の騎士でな。当時は色々な戦果を上げて国へと貢献しておったさ。しかし……ある時、妻が身籠ってな。ワシは大喜びだったさ」


 当時の情景を思い浮かべてか、微笑を溢しながらレナードは言葉を紡ぐ。


「当時ワシらは子どもに恵まれていなくてなあ……。どう育てていこうか。どんな名前にしようか。そればかり妻と語らいあったのを今でも昨日の事のように覚えている。だが──」


 ここで一転して、レナードの顔色は一気に暗くなった。それは傍目で見ていたルエインも感じ取ったらしく、閉じて聞き入っていた目をすっと開いたほど重い空気だった。


「生まれたのは、忌み子だった……。ショックだったさ。ワシはもちろん、腹を痛めて産んだ妻など、私などより何倍も辛かっただろうなあ……」


 目に涙を浮かべ、すっと一筋目尻からまた雫が垂れ、ポタリと荷馬車の床に落ちる。

それをジッと聞き入っていたスティリアもまた、静かに泣いていた。


「ワシは……初めて剣を捧げていたこの国を恐れたよ。逃げようと思った。妻と二人で、どこか遠くまで」


 レナードはそこで「だが……」と額に青筋を浮かべ、荷台の木床に視線を落とした。


「既に子を授かった事を周知していた皆々をあざむく為、子どもは死産だった。そう触れ回った帰りの事だ……」


 憤りを露わにし、床を殴りつけるレナード。スティリアがその肩をビクリと震え上がらせる。


「ワシが家に帰ると……妻は…………妻は生まれた我が子と共に死んでいた……ッ!」


 やり切れない。そう言わんとするが如く、レナードはギリギリと拳を握りしめた。爪が肉に抉りこみ、血がポタポタと落ちる。


「レナードさん……」


 レナードの仲間の女が、不安げに声を上げた。ルエインもスティリアも、御者も、筋肉質な男も……誰も言葉を発せなかった。


 ガタガタと揺れ動き、沈黙の中ゴトゴトと鳴り続ける馬車。レナードはしばらく無言のまま震えて、固まっていた。しかし、ハッとしたように「失礼」、と溢して張り付けたような笑みを浮かべた。


「それからワシは……王へ捧げた剣を置いた。旅をして、国を渡り……ギルド『フレース・ヴェルグ』に所属した。恥ずかしい話、個人の力では限界があった」


 苦々しげに語るレナードは続ける。


「ワシは報われない人々を助けると決めた。そうして拾ったのが……そこにおる、ビルとキャロルだ」

「うっす!」

「レナードさんはこいつら信用するんですか?」


 御者台から元気よく挨拶したビルと呼ばれた男に対し……まだ納得していない。そんな顔でルエインを指差すキャロル。


「……別に信用しなくても構わない」


 ぶっきらぼうにそう言うルエインだったが、レナードは「よさないか!」とかすれた声でキャロルを一喝した。


「この国で忌み子を助けるなんて並大抵の事じゃない。それも白昼堂々と王国軍を敵に回してまで……。この若者の勇気にワシは彼に敬意を払いたい。ワシにはできなんだ事だ」


 そう豪語するレナードに、キャロルは誰の目が見ても明らかに、落ち込んでしまった。

 しょげているキャロルに、御者台から手を伸ばしたビルが「よーしよし」とその頭を撫でている。


 顔色一つ変えることのないルエインと、ホッと胸を撫で下ろすスティリア。しかし、それを聞いていた商人が「なるほどねえ」と小さく呟いた。


「……レナードさんが信用したいのは分かったッス。解体した肉を分けてくれたんでそれで食料問題も解決したッスよ。それはむしろお釣りが来るぐらいッスからねえ」


 ただ……と、商人は続ける。


「商人は利益と不利益の見極めに関しては馬鹿じゃないッスよ。アンタら庇ってたらオイラ達の不利益が馬鹿にならないッス。次の街まで乗せるのはレナードさんの信用ぶん。国境を越えるの手伝って欲しかったらオイラ達の任務に加わってもらうッスよ」


 つらつらとそう並べ立てるその旅商人の男に、キャロルが「なっ……⁉︎」と声を荒げる。


「マルクさん正気かい⁉︎」


 レナードへの対応から一変して、男勝りになるキャロル。

 マルクと呼ばれた商人はめんどくさそうに「はぁー……」と溜め息を吐く。


「いいッスか? オイラ達が今やろうとしてるのは人様の国の領地ひっくり返すような依頼っスよ。猫の手も借りたいんすから王国騎士相手どって大立ち回りするような人……商人が見逃す訳ないっス」

「……俺たちはまだやるとは言っていない」


 ルエインが静かにそう告げると「あれあれー?」と商人……マルクは返してきた。


「スティリアちゃんかわいいっスよねえ。でも見たところ服とか他になかったっスね? お風呂も入りたいんじゃないっスかー? キミ、路銀にお困りじゃないっスか? 亡命も手を貸すっスよ? ん?」


 マルクは煽るようにそう言う。するとスティリアは恥ずかしげに体の匂いを嗅ぎだす。


 それを見たルエインが「それは……」と力無く言い返そうとした時、白い耳がピクリと動いた。


『あんたの負けや、ルエイン』

「……こういう話は好きだな、お前は」


 ルエインが声のする方へ目を向ければ、テレシアが欠伸あくびをしながら起きた。

 はふっと息を吐き出すと、頭をふるふると振り回すテレシアは、伸びを始める。


「ふふっ。テレシア、おはよう」

『んー、おはようさーん』


 自由気ままに体を伸ばすテレシアが起きたところで、スティリアはテレシアに挨拶をする。

そこで、マルクはビルに「ちょっと任せるッス!」と息巻いて手綱を手放すと、くるりと荷台へ振り向いた。


「テレシアちゃんって言うんすか? 僕、マルクって言うんすよお! 綺麗な毛並みっスね! 今度ステーキ食べないっスか⁉︎」

『……ルエイン、なんやねんこいつ』


 捕って食う勢いで自分に顔を近づけて来る生命体の頰に前脚の肉級を押し付けながら、テレシアはそう言う。


 しかしルエインが「俺が知るはずないだろう」と一蹴すると、テレシアは徐々に御者台から距離を取る。


「て、テレシアちゃーん‼︎」

「ま、マルクさん。着きましたよ……」


 やや引き気味の男、ビルがそう言った。一同が御者台より先に見える景色へと目を向けた。


「あう……げふん。話はここまでっス。人に聞かれたくない事もあるんで。また後で落ち着ける場所で話すっスよ」


 マルクが話す背後。そこには王国ほどでないにしろ、石造りの栄えてる町があった。


「ここが僕らの任務先……オルメラルド領っス」


 その商人は、犬歯をキラリと輝かせて笑った。

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