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第四十五話 ー黄昏の空②ー

 その後の一行の足取りは軽やかなものだった。雨上がりでベシャベシャとしていた地面の上はコンディションとしては最悪だったものの、空腹を満たして疲労も回復した一同は、あっという間に渓谷に辿り着く。


「いやはや大したデカさじゃあねェか。後はここを通ってきゃあ、いい訳だよなァ?」

「ええ。地図上はそうね。更に目立たないように行くなら、渓谷の下に竜の寝ぐらって呼ばれてる半洞窟があるみたい」

「墓場じゃねェ、ってあたりがなかなかそそる名前だなァ? 本当に竜がいやがるんなら『挨拶』ぐれェしとかねぇとな?」

『それ……挨拶の意味ちゃうやろ』


 テレシアがそう言うと、ヴルムは意味深に口角を釣り上げて笑う。


「挨拶は挨拶だぜ? ……竜人族ドラグノーマ流の挨拶ってヤツだがなァ?」

「悪い予感しかせんわい」

「なんか頭悪そー!」


 ヴァレリに続き、ラシルがケタケタと笑いながらそう言ったが、ヴルムは無視を決め込んで周囲を見渡した。


『普通でない挨拶、とは?』

「レイチェル、気にしないで……?」

『イエス』


 スティリアもヴルムという存在に少し慣れたようで、あまり深く関与しなかった。そんな中、スティリアの視線はレイチェルの後ろを歩くルエインへと向く。


「ルエイン、どうかしたの?」

「……いや、なんでもない」

「……ほんとに?」


 スティリアがズイッと顔を寄せるも、ルエインは「ああ」と短く言葉を返すだけだった。少女は青年の顔色が声をかける前と後とで、明らかに変わっていた事に引っかかったのか、ジッと青年の顔を伺う。


『キッスか⁉︎ キッスなんか⁉︎』

「て、テレシア⁉︎」


 その様子を見ていたテレシアは嬉々とした表情でそう呟くと、人型に変化へんげする。


「別にそういう訳ではないぞ」

「そうよ、テレシア。わたしはルエインの様子が──」


 スティリアがそう言いかけた時……テレシアは、ルエインとスティリアの後頭部を掴むと、そのまま顔を接触させた。当然、唇同士が重なる。


「ん……んぅううう⁉︎」

「む……」

「まあまあ、固い事言わんと!」


 ケタケタと笑うテレシアが手を離すと、スティリアは顔を真っ赤にしてテレシアに詰め寄る。


「て、テレシア! 何するのよ⁉︎」

「ははーん、聞こえまへんなー? ええもん見してくれてありがとなー!」

「…………」


 動揺するスティリアに対し、ルエインはひどく冷静だった。心を煽るテレシアに対し、スティリアは泣きそうな顔になりながらも、


「ちょっとルエインも──って……ルエイン?」

「ん……ああ、すまない。なんだ?」


 どこか上の空な様子を見せる青年に、テレシアは呆れたようにため息をつく。


「なんやねん辛気しんけくさい顔しよってからに……」

「……すまない」

「本当に何かあったの? ……ねえ、ルエイン?」

「……スティア、実は──」


 ルエインがそう話を切り出そうとした時、


「何をしておる! ヴルムめが穴を見つけたぞー!」

「あっ、と……分かったわ! すぐ行くねー!」


 ヴァレリがそう呼びかけてくる。返事をしたスティリアは、ルエインへと向き直る。


よ行こや。待たせるとうるさい奴もおる事やし』

「えっと、ルエインは……」

「すまない、大丈夫だ。……行こう」


 青年が歩き出してしまうと、少女はどこか不安げに胸元で拳を握る。しかし、当人が話してくれなかった為に、スティリアはややかげりを残した面持ちのまま、後に続いた。


 ヴルムが見つけたのは人一人が通れるほどの小さな穴。そこからすぐに渓谷の対岸が見える回廊のような場所に差し掛かる。岩の柱が数本ばかり立ち並び、複雑な凹凸おうとつを見せるその半洞窟は、アリの巣のように歩きづらそうな高低差がある。


「んだこりゃ……えらく適当に掘られた穴じゃねェか」

「この亀裂ができる前に、その竜が掘った穴だと言い伝えられてるわ。竜の名前は……ダグルザルトよ。鎧のような体と長くて鋭利な鋼のような爪を持つと言われているわ」


 スティリアが転けないように恐る恐る歩を進めていると、ヴルムは呆れたようにその様子を見守りながら、後頭部を掻く。


「ダグルザルト、ねェ……。竜人族ドラグノーマの間ですら聞いた事のねェ名前だぜ。そいつァ、本当に竜なのか?」

「分からないわ。ただ……わたしが読んでいた本には、そう記されていたわ」


 ほお。とヴルムがどうでも良さそうに返事をした時、スティリアが小さく「きゃっ⁉︎」と声を上げて蹴躓けつまずく。


「……あ、ありがとう」

「大丈夫か?」

「え、ええ。大丈夫よ」


 自身の体を支えてくれたルエインに、スティリアはやや気まずげに顔を逸らした。ルエインはその様子を見たものの、「気を付けろ」と小さく声をかけた。


「にしても足場が悪いのう。こんな所で敵に遭遇した日には……と、噂をすれば……か」


 ヴァレリがそう呟いていれば、崖側からは大きな羽音を立てて近寄ってきた巨大な昆虫。


「ペンネミレディ……ね。王国ではよく発見報告される魔獣だわ」

「ふむ。向こうではあまり見ぬが……懐かしいのう。いつかに砂漠で見た虫けらそっくりじゃわい」


 ヴァレリがその見た目に重ね合わせていたのはヲンビルスだろう。巨大なムカデのような体に、巨大な羽を持つその魔獣は、カチカチと歯を鳴らしてルエイン達を複眼で見つめていた。


「どっちにしろ虫けらには違いねェ……燃え尽きなァ!」


 ヴルムが火を吹けば、その昆虫は回避しようと体を捻る。しかし、回避するにはその体は巨大であり、頭から離れた尾に触れたその魔獣の体は、容易く炎上し始める。

 カチカチと素早く牙を重ねたその昆虫は、興奮したかのように凄まじく微細な羽音を立てると同時に、谷底へと落下していく。


「他愛ねェ、先に進むぜー?」

「おっちゃんそれかっけぇよなあ……」

「うるせぇよ、ガキがァ……」


 ラシルの言葉を軽くあしらいながら、ヴルムは先へ先へと進む。スティリアはレイチェルと共に進み、ラシルはテレシアの背に乗りながら進む。ルエインとヴァレリはそれぞれヴルムを見失わない位置まで進んでは一同を待つ。

 それを繰り返しながら、時折現れるペンネミレディという魔獣を退けていく。


「キリがねェ、な。数が増えてきやがった」

「先ほどの羽音……仲間を呼んだのかもしれないな」

「お利口さんなこったァ。谷底の住人の餌を増やしたいなんざ献身的なこってなァ⁉︎」


 ヴルムは、現れる魔獣を次々と燃やしては谷底へとほふっていく。真っ逆さまに落ちていく昆虫達はどれも悔しげに歯を重ねて音を鳴らしていた。


「んだァ? こいつら何をそんなに必死になってやがる?」

「考えていても仕方がない。先に進むぞ」

「ケッ、分かってらァ」


 ルエイン達は先へと進んでいく。日が昇れば魔獣達の動きは更に活発になり、その数は劇的に増す。


「意外となげェじゃねえか……。おいお姫さん。いつになったら着くんだ? 竜の『り』の字もありゃしねェ」

「前にルエインといた時は、その……馬車だったから……」


 スティリアがやや暗い表情でそう言い淀んでいると、ルエインはどこか考えにふけるようにして足を止めた。


「疲労はポーションに加えたスティアの魔法で解消できるが……時間が惜しいのう」

『ほなウチが運ぶでスティアも乗りや。二人までなら乗れるでな』

「えっと……ありがとう」

『気にしやんでー』


 スティリアがテレシアの背に乗ると、一同の進行速度は格段に上がった。巧みに次へ次へと進んでいく中、いつしか虫達も姿を見せなくなっていた。


「この穴を掘った奴ァ、間違いなく竜じゃねェな。頭が悪過ぎらァ」

「オヌシに言われては形無しじゃろうなあ……」

「うるせーババア」

「先ほどの虫のようにぶんぶんやかましいのう、クソジジイ」

「あァん?」

「よさないか」


 声色だけでぶつかり合う二人に、ルエインがそう語りかければ、ヴルムとヴァレリは吐き捨てるようにそれぞれ鼻を鳴らす。


「む……見覚えのある岩壁だな」


 ルエインが、不意にそう呟く。崖側の裂け目の隙間から、遥か遠くに壁の如く聳える赤岩の山脈が覗いていた。スティリアがテレシアの背中から首を伸ばしてそれを確認すると、


「あれは……フィニス山脈ね。王国の東にある山脈だから……もうそろそろ王国に着くはずだわ!」


 ようやくこの渓谷の終着を知らせた。


「ふーむ……その前に、団体さんじゃぞ?」

「あー、ウゼェウゼェ。無視して突っ切るぞ」


 しかし、背後からは羽虫達が大軍を率いて追ってきていた。


「あーん? 行き止まり……じゃ、ねェな」


 ヴルムを先頭とした一同は、走る速度を速めていくと、左上手に風化した梯子はしごと、ぽっかりと空いた空洞を見つける。


「んじゃ、お先に行くぜェー?」

「む……ようやく、かッ」


 ヴルムに続き、ヴァレリも跳躍して飛び乗ると、ルエインやレイチェルも続く。テレシアが跳んだ時、スティリアはその先を見据えてハッとした。


「深淵の導きをッ……アンチ・オプスクリータス!」


 スティリアの声に応じるままにして、ヴルムの先へ光の球が飛ぶ。ヴルムは暗闇の中から突然正面に現れた岩の柱を砕き、先へと進む。羽虫達も数匹程そのまま追いかけてきたが、穴に詰まって羽を降りながら、うぞうぞと蠢いて這い進む。しかし、それは肉厚な肉体が互いに押し合って邪魔をする。虫達は仲間同士の肉体が邪魔になり、身動きが取れなくなってしまう。


「ハッハァ……やっぱり知能は虫並みだなァ?」

「よく言うわい。スティアがおらねば岩の柱に激突しておったクセに……。しかし仲間を呼ぶのは何故じゃ? 勝てぬ相手に捨て身の攻撃までしておるぞ?」

「虫どもの事なんざ知らねえなァ」

「虫だけに無視する、と……クフッ、クフフフフフ……」

「…………オイ、ババア。詰まらねえギャグは二度と口にするんじゃねえ。士気が下がるだろうがァ?」


 ヴルムがそう言うも、ヴァレリは未だに含み笑いを続けていた。その様子に皆一様にして苦笑を浮かべている間に、一同は穴蔵から抜け出す。


「あァん……?」

「これは……どう言う事じゃ?」


 先に外へ出たヴルムとヴァレリがそう呟く。ルエイン達もその視線の先を追って、林に隔たれた手前の空を見る。そこには緋色に照らされた黒雲があった。


「そんな……どうして……?」

「……急ぐぞ、まだ間に合うかもしれない」


 スティリアの戸惑いの声に、ルエインは小さくそう声をかけて先へと駆け出す。他の面々も同じようにして先へと走り出すと、すぐに林は終わりを迎える。


「なんだ……アイツらは……⁉︎」

「どうして……ここまでできるの……?」


 広がる荒野の先……そこにあったのは城壁内部から立ち込める炎と、黒煙。その外壁を駆け回る巨大なネズミにも似た生物。それらに毛は生えておらず、堅牢な牙を突き立てながら、城壁を削っていた。


「チッ……帝国兵じゃあねェな。あの胡散うさんくせェ野郎の手勢か?」

「奴らを蹴散らすぞ……神装真器しんそうしんき


 ルエインはその身を白装束に変えて剣を握りしめる。そして狙いを定めた矢先、ハッと上空を見上げた。


「しつこい奴らじゃ……コイツらまで連れて行けば余計に面倒じゃぞ」


 背後に映る黒雲すら隠す程の大量の羽虫が空を覆っていた。ヴルムは軽くため息を吐き、舌打ちをする。


「めんどくせェが……やるしかねェな。オイ、お姫さんと相棒あいぼォ。あとお嬢とそこの機兵族マキナの嬢ちゃんもだ、先に行っとけ。コイツらはオレ様とババアとで始末しといてやる」

「ヴルム……」

「オヌシも後で始末してやる。覚えとけ」

「ジジイは忘れっぽいからなァ。……何してやがる、さっさと行きやがれッ!」


 ヴルムは怒鳴り声を上げながら火炎を吹いた。空にいた羽虫は一瞬で炎を燃え広がらせながら地上へと落下してきたが、その数は減る事も無ければ、峡谷の時と違って這いずりながらもヴルム達へ向かってきた。


鬼槍術きそうじゅつ穿うがちッ!」


 ヴァレリは腕ごと回転させた槍先で、岩床ごと羽虫の頭を抉り潰すと、ルエイン達へ向き直る。


「構わん! 行け!」

「……すまないッ。行くぞ、テレシア!」

『おん!』


 ルエインとテレシアは駆け出す。後からレイチェルも付いていくと、ヴルムとヴァレリはそれぞれ空と陸とを制圧していく。


「しつけェんだよ、テメェらァッ⁉︎」

「こればかりは同感じゃッ!」


 炎と槍先とがペンネミレディを撃ち落とす。しかし、それも最初だけだった。次第にその炎の射程を見切ったのか、空を飛び交う羽虫達は、攻撃範囲外から酸液を飛ばし始めた。


「クソが……めんどくせ──! オイ、ヴァレリ。なんか来てやがるぜ」

「む……? 羽虫か?」

ちげェ! コイツぁ……下だッ!」

「──! むっ⁉︎」


 ヴルムが大きく後退して見せると、ヴァレリも反射的に大きく退いた。二人がいた場所は突然岩盤から隆起していき、ヒビが入ったかと思えば、岩盤は粉々に粉砕され、その中から巨大な何かが飛び出してきた。


 それは、遥か空中を舞う羽虫達を、口先から伸びたハサミのような牙で挟み込むと、地上へと落下し、土埃を巻き上げた。

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