第四十四話 ー戦線決壊②ー
「うっ……グゥッ…………」
「まだ息があるのならば、レイチェルの居場所を喋ってもらおう」
わずかな呻き声を上げ、虫の息同然なシンの首首筋に、緋色の刃が添えられる。近寄るだけで空間を歪ませて見える程の熱量に、シンの首元は、灰色から黒く変色していく。
「フ、フフフフフ……。この先の遺跡……ドレヴァンがいた場所にいますよ」
「……そうか。あともう一つ……マルクとの関係は、なんだ?」
「フフフ……マルク、という人物を私は知りません」
「とぼけるな! お前が先刻、逃した男の事だッ」
「ああ……フフフ、彼の事ですか」
ルエインはシンの首に刃を触れさせる。肉の焦げ付く音と煙が洞窟に広がるも、ルエインは表情一つ変えない。
「ル・ラルカンダル様は……レイリヴルの最高傑作ですよ」
「ル・ラルカンダル……だと?」
「ヒトとしては凡夫な姿ですが、実際は美しい姿をお持ちでしてね? 私の憧れですよ」
「
そう語るシンは、未だに余裕の笑みを見せていた。ルエインは眉間に皺を寄せて睨みつけた。
「……何がおかしい?」
「……遊びが過ぎたようです。彼が逃げる時間稼ぎも終わりました。後は……」
「──ッ!」
ルエインが刃を引くよりも早く。シンの肉体は、転がった腕まで全てが、その影の中へと沈み込む。
「チッ、何してやがる⁉︎」
「……ヤツは──ッ!」
シンの体は、洞窟の真上から現れた。火傷跡から血管が伸び、切断面同士を結合させると……疲弊するスティリアの真横で着地する。
「王の器……いい具合ですねえ。どれ……」
「やっ……ああぁあああッ⁉︎」
シンがスティリアの頰を舐め上げると同時に。スティリアの左頰には亀裂が走る。左目は真紅よりもなお深い、黒ずんだワインレッドに染まり、悲痛な叫びが窟内を駆け巡る。
「此奴……! 鬼槍術・穿ッ!」
「フフッ…………効きませんね。貴女も分からないお人だ。血鬼族に物理的な攻撃など──」
「効かぬ……知っておるよ」
「──? うぐッ⁉︎」
シンの脳天を的確に捉えた回転槍は、その上頭部を拡散させていた。目までも巻き込まれていたシンは完全に視界を失い……胸元に突き立てられた光の銃剣……ブリューナクの存在に気付いていなかった。
「分からぬはずがなかろう。元はわっちらの同胞じゃ。弱点も当然知っておる」
「助かった……すまない、ヴァレリ」
ヴァレリがシンの体を貫くと同時に、ルエインが瞬時に駆け寄り、スティリアの体を抱きかかえた。
「グブッ……フ、フフフ……なるほど。しかし、貴女はそこまで分かっていて、理解していないのですねぇ?」
「──ッ⁉︎ 抜け、ん……⁉︎」
シンの胸元に刺さったヴァレリの光の槍は、シンの背中から伸びてきた……影という闇そのものできた手に掴まれ、微動だにしなかった。
「私は……生まれ変わっているのですよ。死の恐怖からも解き放たれ、あのグリフォンですら従えられる程、強大な力を持つほどにッ!」
「──! やはり、オヌシじゃったのか。ならば……わっちも手段は選ばぬ」
スゥッと。ヴァレリの手や服が霧となって溢れ出すと、シンの体を包み込んだ。インフィニティが消えた事で視界を取り戻したシンは、その様子に目を見開く。
「……これ、は──ッ⁉︎」
「一族を離れて久しいオヌシもさすがにこれは知っておるじゃろう? 血鬼族同士が争う時代、使われた禁術じゃ」
「相打狙い……正気ですか?」
「オヌシよりはまともじゃ。そして……面妖な術で移動しておったが、光と共には移動できんようじゃな?」
シンは掴んでいた光槍を手放したものの、ヴァレリは更に光の槍を前へと突き出してくる。光の槍は、なおもシンの体を岩床へと縫い止めた。
「グリフォンの無念……受けよ!」
「フフフ……実に愚かしいですね! たかが魔獣如きに体を張るなど──」
「その価値観……オヌシもまた、魔獣と知れッ! 鬼槍術・破蒲」
「うぁっ⁉︎」
ブリューナクの撃鉄が振り下ろされたかと思った次の瞬間。シンを中心として、小規模な爆発が起きる。何も知らなかったラシルは爆風でゴロゴロと洞窟内を転がると、岩に頭をぶつけて気絶した。
「ヴァ……レリッ……⁉︎」
「グッ……クッフフフフ……なんて顔をしておる、スティアよ。早く……体調を戻して、わっちの腕を治してもらわねば……困る、ぞ」
煙が明けた時……ヴァレリの左腕はズタズタになっていた。皮膚は剥がれ、肉が痛々しく外気に曝されていた。更に、白く細長かった指はあらぬ方向に曲がり、爆心地に近かった為か黒く煤けている。
そして、口調こそは強気に振舞っているものの、溢れ出る脂汗と普段は釣り上がっている目が力無く動く様から、それが強がりである事は誰の目にも明らかだった。
その一方で……シンの頭部もまた、爆発で下顎より上にあった全てが消し飛んでいた。喉からは煙を吹いており、力無く膝から崩れ落ちたシンは、そのまま背面から倒れていく。
「コッ……コッ……」
『アイツ、まだ生きとるぞ!」
テレシアが叫ぶ。シンの体は痙攣をしながら、喉だけを動かしていた。呼気が声帯を揺らし、咳のような音を響かせる。
「まだ息があるのか……。ヴルムよ」
「お前さんもやるじゃねェか。……任せろ、皆まで言うんじゃねェ」
ヴルムはヴァレリの肩を引き寄せて退がらせると、口から火を溢れさせる。
「消え失せなァ、|化け物がァ!」
「フュ……フュッ」
ヴルムが火炎弾を吐くと同時に……シンは、その体を影で包み込み、張り巡らせた触手で飛び退いた。火球は岩盤に触れると同時に、行き場をなくして弾け散る。
「チッ、まだ動けんのか……。見た目に似合わずタフな野郎だなァ、オイ」
『グブッ……フ、フフフフ……。ここでの役目は終えました。次に見える時こそ、全身全霊を以って、お相手致しましょう。私も死にたくはないですし』
「逃げんのかァ⁉︎」
ヴルムが啖呵を切るも、シンは「フッフフフフ……」と小さく鼻で笑い飛ばす。
『安い挑発ですね。 それよりも……私の相手をしている場合ですか? どの道、もう止められないでしょうがねぇ。……戦火は勢い付けば、誰にも止められなくなるのですから』
「待ちやがれッ! ……チッ、逃げやがったか」
葉の上を滑り落ちてきた朝露が水面に沈むようにして……シンの姿は岩床に落ちると染み入り消え去った。
『まさか傷を負わされるとは思っていませんでした。……なかなか楽しかったですよ。傷が癒えるまでの暫しの間、この戦いは預けておきます』
「最後まで癪な野郎だァ。チッ、胸糞悪ぃなァ、オイ。……んで?」
姿を見せず、残響として声を残した優男に苛立ちを露わにしていたヴルムだったが、チラリとスティリアとルエインへと視線を向ける。
「お前ら、行けんのか? アイツの話がマジなら……今頃地上では悲惨な状況になってんのは間違いねェ。帝国が……スカーレットの奴が欲しいのは人なんかじゃねェ、土地だ。そこに住んでる人間なんてお構い無しに間引いてくぜェ?」
「わたしは……大丈夫よ。それに……レイチェルを、放ってはおけないわ……」
「スティア……」
自身を支えていたルエインの手を離れ、スティリアは震える脚で立ち上がる。その目は未だに赤いままだったが、亀裂は火傷でできた瘡蓋のように跡こそは残っていたものの、溶接された鉄板のように閉ざされている。
「皇帝陛下は……何を考えられておられるのか」
「それを……確かめに行くぞ。全ての答えが……地上にある。ヤツが真実ウソを付いていないと言うのならば……」
「…………お父、様……」
スティリアはギュッと胸元で拳を握りしめ、祈るように目を閉じた。その様子を見ていたルエインは、静かにため息を吐く。
「急ごう。……戦争に加担する事は承認したが、降伏を諫言するつもりだった。このような事態、俺も本意ではない」
「オレ様も気に食わねえなァ。お上さんが戦士でもねェ奴らを容赦なく討ち取ってるっつぅなら話は別だァ」
『よっしゃ……ほな、スティアをはよウチに乗せや! 先の部屋でみんなが追いつくまで少しでも休んでもらうでな』
「でも……」
スティリアが言い淀むと、テレシアはズイッとその巨体を近寄せ、スティリアを圧倒する。
『もし……火が上がったりしとったら、消す為にスティアの魔法が必要や。分かるやろ?』
「…………うん」
『それに……あの子見てみ』
テレシアが向けた視線を追ったスティリアは、ハッとしてヨロヨロとしながらも歩み寄る。
『気絶しとるで、ラシル支えるんと介抱、頼むわな?』
「うん。……ラシルくん、ごめんね」
「スティア、手を」
「……ありがとう」
頷くと同時に、スティリアはルエインの手を借りてテレシアの背に跨る。直後、ルエインが少年を乗せ、スティリアがそれを手で押さえる。テレシアはそれを確認すると、
『おし、ええ子や。ほな、ウチらは先に行っとるで、アンタらも無理せん程度に付いてき』
「ああ」
そう言い残し、その身を輝かせる事で暗い洞窟の闇を掻き分けて進んでいった。
「……ぐっ、クソッ…………まさか、こちらの防御力を超えてくるとは、な」
「奴は完全に人間ではない……。気休めじゃろうが、全員分のポーションは持っておるぞ」
掴みづらそうにしながら、ヴァレリはまだ無事な右手で胸元から三本の小瓶を取り出す。
「オレ様は必要ねェ。テメェらで飲んでな」
「ふむ……オヌシはそうか。ではルエイン、分け合うぞ」
「俺も一本で問題ない。自分の左手の心配をしておけ」
「ふむ……そうか」
ヴァレリはルエインに一本小瓶を渡すと、自身の左手をチラリと見る。しばらく見つめたかと思うと、ルエインへと視線を戻した。
「……なんだ?」
「気が利かぬのう。この手でどうやって開けろと言うんじゃ?」
「そうか……そうだな」
飲み終えたルエインは、ヴァレリから小瓶を受け取ると、蓋を開けると、ヴァレリの口元へと運ぼうとした。
「これッ! やめんか! 飲むのは一人でもできると言うに!」
「……そうか」
顔を赤く染めたヴァレリは、ルエインから引っ手繰るようにして小瓶をぶん取ると、中身を勢いよく喉の奥へと流し込む。……そして直後に、
「ゲホッ、ヴェッホッ……忘れとったわい。オヌシがあまりにも顔色を変えずに飲むもんじゃから、コレの青臭さを忘れておったわい……」
「いつまでも乳繰りあってんじゃあねェよッ。さっさと行くぜェ」
「別に乳繰りあってなどおらんッ!」
「早く飲め、行くぞ」
「ルエイン、貴様まで……! ぐぬぬぬッ……! 待たんか!」
先行く二人の男を、ヴァレリは歯ぎしりをして睨みつけると、もう一本の瓶の中身をそのまま流し込み、投げ捨てた。
「良いか貴様ら! そもそもわっちはじゃな……!」
「あー、ウゼェウゼェ。唾飛ばして話しかけてくんじゃあねェ、必死かよ」
「なっ……唾じゃと⁉︎ ヴルム、貴様わっちの事をなんじゃと思っておる⁉︎」
「うるせぇババァとしか思ってねェよ」
「貴様……この戦争が終わったら殺す」
ヴルムが「やれるもんならやってみな」と売り言葉に買い言葉。そんな会話をヴァレリと繰り返していく。そして、そのまま一同は暗い洞窟の中を突き進んでいった。
そうして一行は歩き続けた。果てない闇を歩く中、口数も減った一同は、無言のままに目的地へと辿り着く。ランタンのみが照らす先に、別の光の筋が見つかれば、ヴァレリはその表情を輝かせた。
「やっと着いたか……手も戻ったぞ」
「良かったじゃあねェか」
「スティアは……問題なかっただろうか」
「テメェも女々しいなァ? すぐそこだろうが」
口調とは裏腹に、一同の声色はやや安堵感を含んだ軽やかなものとなっている。
「レイチェル、か……」
「んぁ……来よったんか。レイチェルはウチとこの坊とで連れてきたで」
「にーちゃんら遅過ぎー!」
「みんな……」
岩から銀に。明るさは増したものの、生命を感じさせない室内では、スティリア、レイチェル、人型化したテレシアが仮眠していた。ラシルはと言えば、ずっと起きてたようだ。
ルエイン達が入室すれば、各々閉じていた目を開いて反応を見せる。……ただし、レイチェルは変わらず語りもしなかった。目配せする程度で、その視線はスティリアへと戻る。
「全員無事、か……。テレシア、レイチェルは?」
「おん。アイツが言うとった通りや。ドレヴァンのおった迷路跡の所でジッとしとった」
「と、いう事は……」
「マジかもしれへんぞ……。もし、この上の話もほんまなら……マジでエラい事や」
一同の表情は途端に引き締まる。固唾を呑む音に、ラシルは冷や汗を掻く。
「みんなして怖い顔して……どーしたのさ?」
「最悪の結果になった、と言ったところか」
少年の言葉に、ルエインは淡々と返す。その表情は強張ると同時に、スティリアへと向けられた。
「……行きましょう」
「……ああ」
どこか落ち着いた表情で放たれた言葉。しかし、わずかにその瞳が揺れた事には、ルエインしか気付かなかった。
「スティ──」
「行くぜ相棒ォ。これ以上ここでウダウダしてたって仕方ねェ」
「うむ……皇帝陛下の真意の是非を見届けねばならぬ。それに……」
「おん。何にせよあのボンクラ商人だけは取っ捕まえて、色々と吐かせなあかんで」
「なんかよく分かんないけど行くぞー!」
ルエインの声を遮って、各々思うがままに語り出すと同時に、無骨な部屋を去る。氷のような色をした部屋には、必然的にルエインとスティリアが取り残される。
「ルエイン……」
「…………」
先に声をかけたのはスティリアだった。ルエインはその表情を見て、何かを諦めるように目を伏せた。
「行きましょう?」
「……ああ」
ルエインは、背を向けたスティリアの後を追って室外に出る。
(スティア、お前は……辛い時ほど、偽りの笑みを見せてくる。もしも……シンの言った事が真実であるならば……。俺は、レオニールやスカーレットを前に、冷静でいられるだろうか?)
少女のすぐ後ろを歩く青年の表情は、行き場のない怒りに満ちていた。
第四章、完結となります。淡白な描写で済ませるはずの話を掘り下げてしまう事もしばしばある一方で……逆も然り。掘り下げるはずだったお話も淡白に済ませてしまったりと、なんとも物語を書く事の難しさを痛感しております。
また、登場するキャラクター達の心の内を描ききれない私の文才の無さに、歯痒さを感じる事も多々あります。
とは言えども、書き始めた以上、当然完結を目指して頑張りたいと思っております。
閲覧して下さっている方々はもちろん、評価して下さった方々、ブックマークして下さっている方々、励みとなっております。本当にありがとうございます。
プラチベートな時間にちまちまと書かせて頂いていますが、仕事で忙しい身故に……見直す時間があまりない為、誤字や脱字がないかが心配です。
ご指摘等ありましたら、ご遠慮なく申し上げて下さると嬉しい限りです。
さてさて、月日が経つのは早い事で、この小説の執筆を始めてあと少しで早くも三ヶ月です。計算してみれば、原稿用紙に換算して千枚分を超えたと考えると、なんとも感慨深いものがありますね。私はあの頃より成長できているのでしょうか。……漠然とした不安に駆られてくるのでやめておきましょう。
戦闘描写や心理描写の至らなさ、表現力や語彙の少なさに我ながら恥じ入るばかりですが、今後とも当作品をよろしくお願い致します。




