第四十四話 ー戦線決壊①ー
『キモい事、この上ない奴ちゃな……』
テレシアがそう言えば、嬉々とした表情でシンは笑い声を上げる。
「フフフ……イイですねぇ、あなた。最高の言葉ですッ!」
『……こっちは最悪な気分や』
シンとテレシアが言葉を交わし出すと、マルクは無言のままにその踵を返す。
「待てッ!」
「イヤですねえ……私がいるでしょう?」
「ッ!」
ルエインがマルクの背中を追いかけようとするも、眼前に瞬間移動したシンが立ち塞がった事で、バックステップで距離を取る事を余儀なくさせられる。
「短い付き合いだったっス。アンタ達の分も、オイラは生きるっスよ」
「……神装真器」
バチバチと音を鳴らしながら、ルエインは白装束を身に纏う。剣を顕現させ、握りしめると、暗闇へと消え去って残響を残したマルクではなく、目の前のシンへと向き直る。
それと同時に、テレシアはルエインの肩から降りると、
「人を無視してはいけない。お母さんに習いませんでしたか?」
「……生憎、俺の母は俺の存在そのものを無視したかったらしい」
「おや……それは失敬。お可哀想に」
「心にも無い事を……オヌシは発言の全てが薄っぺらいぞ、シンや」
「厚いのは面の皮だけ、ですねっ」
綺麗にウィンクして見せたシンへ向けて……ヴルムは体を半竜化させると、口から火球を放つ。
「いちいち話が長ェよ」
「それは失礼しました。これは……心ばかりのお詫びです」
火球を前に、ニコリと笑ったシンは、胸元から黒い布を取り出すと、火球の上へ向かって投げ捨てる。畳まれていた布は風の煽りを受けてひらりと大きくなると、火球を包み込み、その姿を消した。その、直後──
「ヌァッ⁉︎」
「──何してやガッ……⁉︎」
「ヴァレリ! ヴルムッ⁉︎」
「ウフフフ……なかなか面白いでしょう?」
「……ッ! サリーナ!」
消えた火の球はヴァレリのコートの内から現れ、ヴルムの背中へと直撃する。スティリアは慌てて無詠唱での回復魔法を使う。一瞬にしてヴァレリの肉を焦がしてできた火傷も、ヴァレリの背で破裂した事でできた傷も、塞がっていく。
シンはその様子をクスクスと余裕の笑みを浮かべながら見ていた。
「ガッ……フゥ、フゥ……クソがァッ‼︎」
「すまぬ、スティアよ……」
「あれどうなってんのー⁉︎ ずりぃよー!」
息を吹き返したヴルムとヴァレリがそれぞれ苛立ちと謝意を述べ、ラシルがそう叫ぶ。シンはフフフと笑いながら口元に人差し指を立て、少年へ向けて「ヒミツです」とウィンクをする。
『瞬間移動……? 何にしても条件があるはずや』
「ああ。一番怪しいのは……あの布、か」
「……おや? この布切れが気になりますか?」
シンはゆったりと歩み寄ると、床に広がった黒布を拾い上げ、ルエイン達の目の前へと投げ捨てる。
「何の変哲もない布ですよ。種も仕掛けもありません。その証拠に……一部は燃えて穴が開いてしまいました。もう使い物になりません」
床に落ちた布を注視するルエイン達へ向けて、「残念です」と続けたシンは口角は上げたままに、ふるふると首を横に振る。
「迂闊に手が出せねェ……腹立たしい奴だぜ」
「冷静に頼むぞ。オヌシの攻撃は確かに強力じゃが、奴相手では我々にとっても諸刃の剣じゃ」
「分ァってる」
シンの挑発にも似た言動を見ながらも、ヴルムとヴァレリは冷静に言葉を交わす。
「あなたは……何者なの? マルクと、どういう関係なの?」
「そうですねえ……冥土の土産とも言います! ここはひとつ、お話をしましょう!」
スティリアが尋ねれば、シンは指を鳴らして笑いかける。貼り付けたような笑顔のまま、男は口を開く。
「昔々……この世界が生まれる前、一柱の神がいました。神は、その力を以って世界を創世しましたが……力をほとんど使い果たした神は、そこに住まう者たちを生み出す程の余力を残していなかったのです。これは実に嘆かわしいですね?」
フフフ……。と笑ったシンだったが、その話を笑う者は他にいなかった。シンは劇場の上で語るようにして動きながら、
「しかし、神は思ったのです。自分が作れないのならば、残る力の全てで、他の生命を生み出せる者を作ればいい、と……。神の望んだ通り、最後の力を振り絞って作られた者は、仲間を生み出し、その仲間達もまた、数多の生命を生み出しました。それこそが、貴方達の始祖にして、私を救った者──それこそが、魔人族なのですよ」
「何を……言ってるの?」
シンの言葉に、スティリアが震えた声でそう返す。言葉こそ出さなかったが、他の面々も信じがたいと言った表情になる。
「随分、突拍子のない話が好きじゃな?」
「私、語り部として嘘はつかない主義ですよ? それにこれはアルカディア教の者なら誰でも知っている話です」
クスリと笑うシンは、「ああ……そうだ」と呟くと、その身をクルリと翻す。
「こういうお話の方が信憑性がありますか? 今……共和国と帝国は、王国へと奇襲をかけ、侵略の真っ最中である! だとか……」
「──ッ! なんだと……⁉︎」
見た者を、蛇に睨まれた蛙の如く縮み上がらせそうな程、邪悪なシンの笑みにルエイン達の表情は凍り付く。
「おやぁ? お気に召しましたか?」
『ウソは言っていません。脈拍、呼吸、一定です』
『コイツならウソくらい呼吸と同義でしてもおかしないけど……』
「…………」
レイチェルの言葉に反応を示したテレシアが、ふと視線を向ければ、スティリアの顔は血の気が引いて蒼白になっていた。その瞳はシンの言葉を受け止めきれなかったからか、瞳孔は無防備に開き、息は浅く荒く……指先は震えて、膝から崩れ落ちていく。
「おやあ……? ああ、これは失礼。郷里の方がいらっしゃったのでした! 私とした事がウッカリしていて──」
「捌式・神座」
シンが言い切るより早く。ルエインの剣が、シンの体の脳天から股下にかけて……真っ二つに切り分けていた。
「お前の話は……どれも不愉快だ。結局、マルクとの関係も喋らないなら、ここで死ね」
「ああ……手癖の悪いお人だ」
ニヤリと笑うシンは……やはり、と言うべきか、ヴァレリ同様陽炎の如く揺らめき、その体は無傷のままにくっ付いた。
「……元は血鬼族だった、か」
「昔の話です。いえ、今もその力は生きておりますが……さて──」
シンはルエインに切り刻まれながらも、頭だけを剣先から避けて喋り続けると、
「──ッ⁉︎」
「そんなに切り刻まれると、体が傷つかなくても心が傷つきますよ。私、ナイーブなんです」
ルエインの剣の鍔元を握りしめると、そのまま体を復元して、回し蹴りを放つ。
「グッ……⁉︎」
「……おや?」
綺麗に弧を描きながら、脇腹を正確に捉えたシンの蹴りは、ルエインの体をくの字に曲げて吹き飛ばす。
「ゴフッ……!」
「ルエインッ! ……レイチェル、行って!」
『イエス』
およそ人の放った威力とは思えない力で、ルエインの体は岩窟の壁面にめり込み、ルエインに血反吐を吐かせた。
スティリアは我を取り戻すと同時に周囲を見渡し、機兵族の少女と目を合わせると同時に、そう指示を下す。
「結構本気だったんですが……肋がたったの三本、ですか。いやはや、頑丈ですねえ。健康の秘訣はミルク、ですか?」
クスクスと笑うシンに向かって、レイチェルは駆け出した。その手は熱した鉄宛らに赤く染まっている。
『排除します。フラマインパルス』
「おっと、それは避けたいです」
シンは服の中から筒状のものを取り出すと、自身の背後へと向けて投げ捨てる。余裕の笑みを貼り付けた優男へ向けて、レイチェルがその拳を振りかぶった時……筒が地面へ接触すると同時に、激しい閃光が窟内を走らせた。
「魔道具かッ⁉︎」
「ウフフフフ……」
閃光が収まると同時に、ルエイン達はシンへと視線を向ける。しかし、その眼前に迫っていたはずのレイチェルの姿は、そこにはない。
「レイ……チェル……?」
『消え、た……?』
スティリアに続き、テレシアも動揺する。……否、言葉こそ出さなかったものの、その場に居合わせた、シンを除く全ての者が目を見開いていた。
「ジャジャーン! どうでしょう! 目を開けば、なんとぉ……彼女は、消えていたのです! 驚きました? 驚きましたよねえ?」
「また、瞬間移動……? 加えて今度は視界外……ヤツは、何をしている? あの魔道具はなんだ……?」
ルエインは、シンの投げ捨てた物を注視する。多少の煙を立ち昇らせてはいるものの、役目を終えたその道具は、窟内に吹く僅かな風の煽りを受けて、カラカラと音を立てて転がる。
「いや……待て、もしや……! 皆の者、気を引き締めよ!」
「ヴァレリ……?」
「行け、花脣優麗ッ!」
ひらりと、ヴァレリの矛先から花びらのよう薄い結晶がが一枚、シンの元へと飛んでいく。
「フフフ……どういうつもりかは知りませんが、何をしたところで結果は同じ事ですよ」
ゆっくりと近寄る花片を前に、シンは余裕の笑みで手を差し出す。その肌よりもなお冷たい色をした真紅の瞳が怪しく輝いた時……花片は、シンの手に収まると同時に、長い槍となる。
「おや、これは……?」
「やはり、な。分かったぞ、此奴の手品の正体がな」
『ヴァレリ、それほんまか⁉︎』
集まる視線を前に、ヴァレリは、自身の服の皺からゆっくりと結晶片を引っ張る。
「フッフッフ……なるほど、まんまと騙された、という事でしょうか」
「合点がいったわい。確証がなかったが……これで確信に変わった」
ヴァレリが手にした花弁のような結晶の先には、物理法則を無視して棒のようなものが伸びている。それは、引っ張れば引っ張るほどに、シンの手にした棒を短くしていく。
「ヤツの能力は、空間の接続じゃ! 恐らく、ヤツが触れた物も……一定の期間は、能力の影響を受けるまで接続する媒体とする事ができるのじゃろう! ……その昔、帝国でそのような研究に没頭しておった者がおった。ヒトの身には余る力だとされて研究は打ち切りとなっておったが、此奴ならば可能としていてもなんら不思議はない!」
「空間の、接続……なるほど、合点がいった」
ルエインは脇腹を抱えながらも、よろりと立ち上がる。呼吸は吸うよりも吐く方が荒く。五体満足ではないが、その目には闘志が漲っている。
「おや? 随分やる気になられたようですが……結果は変わりませんよ?」
「……スティア、火を貸してくれ」
「──!」
その言葉に、スティリア、テレシア、ヴァレリがルエインへと視線を集めた。
「なるほど、そういう事か。先の応酬を見れば……確かに」
『せやな、いけるで!』
ヴァレリとテレシアは、余裕の笑みを見せるシンを、嘲笑うようにして口角を釣り上げた。
「…………叡智の、起源である……」
対して、スティリアの様子は思わしくなかった。顔は蒼白で、詠唱もポツリポツリと、単語を並べていくように……そして、
「ケホッケホッ……ゴホッ……⁉︎」
「スティア……⁉︎」
血を、吐く。体は蒼白と言うよりは灰に近い色となり、その目は茜色に染まりつつある。スティリアの肉体の限界を知らせていた。
「チッ……ガキぃ、テメェもここにいろ!」
「おっちゃんは⁉︎」
「誰がおっちゃんだゴルァ‼︎ 火、か。火なあ……」
一番近くにいたヴルムは、ヴァレリにスティリアとラシルを預けると、ルエインの近くまで駆け寄った。
「おい相棒ォ。テメェ、何企んでやがった?」
「スティアは、無事か?」
「問題ねェ、早く言え」
急かすようにヴルムがそう言うと、ルエインはチラリと剣先を見つめる。
「剣を熱する。血鬼族の弱点であるとされる、火を以って、奴を断ち切る」
「……ったぁー、そんな事かよ。……いいぜ、オレ様の血をくれてやる。テメェの剣が保ってくれる保証はしねェがな」
「何を──⁉︎」
ヴルムは自身の指を噛むと、指先から血を流す。
「これは……⁉︎」
「へえ、意外と丈夫じゃねェか」
そのままにルエインの持つ剣身へと手を擦り付ければ、血の筋は木の根が土を掻き分けて侵食するかの如く、白い刃の全体へと広がり、そこからじわじわと橙色へと染め上げていく。
「竜人族の血は空気に触れると熱くなる。知らなかったかァ?」
「……いや、以前竜を倒した時に、見た」
「へェ、そうかい」
次第に、自然に発光して蒸気を噴き上げるまでに熱せられた剣は、黄金色に輝く。
「何をしても無駄だと言うのに……光が強くなればなる程に、影もまた強くなる、と言う事をまさか存じ上げませんか?」
「お前こそ……忘れていないか? 先程、容易くその体を斬られた事を」
「──! まさか……⁉︎」
「お前がその瞬間を意識できなければ……影で躱す事は不可能だ! 捌式・神座──須臾導閃ッ」
「ッ消え──⁉︎」
緋色の線が、ルエインのいた場所から、シンの背後へ向けて……一直線に。ルエインの軌跡が真一文字に結ばれる。
「ガッ……⁉︎」
「お前が全てを影で凌ぐと言うのならば……お前が反応するよりも早く、お前を斬ればいいだけの話だ」
シンの体は、胸骨の中心から真横に、左右の腕ごと切り分けられていた。
「グッ……ハァアッ⁉︎」
シンの体の切断面は、切り分けられたと同時に、一瞬で燃え上がる。焼け目が瘡蓋のように役割を果たし、血を流す事すらなくその全てが地に伏せると、泣き別れた部位が、冷たい色をした岩肌の上で虚しく転がった。




