第四十三話 ー疑惑と確信①ー
所はアルバトログ砦内。長机の並ぶ狭い食堂の中で、ヴァレリを除く一同は食事を取っていた。
「だはーっ! んまいッ! おばちゃん、お代わりくれよ!」
「だっはっはっは! いい食いっぷりだね! ほら、たんとお食べ!」
「あんがとー!」
ガツガツと食事を進める少年の前には、肉を綺麗にしゃぶり尽くした骨の残骸が山のように皿の上に並び、既に食事を終えたルエイン達は、その様子を呆れるようにして見ていた。
『どんだけ食うねん、コイツ……』
「巨人族は大食いだ。父もそうだった」
『ほーいえばほーやったな……』
無限を思わせるその食いっぷりは、未だ食事を進める手に衰えを感じさせない。あればあるだけ全てを食う。そう言わんばかりの速さで両の手に持つ肉を交互に食らっていく。
「えっと……この子、名前はなんて言うの?」
「ラシル、だそうだ」
「えっと……ラシルくん?」
「ほへ?」
食べる手を止めずに、口いっぱいに肉を頬張りながら、間の抜けた声で返事をする少年……ラシルに、スティリアは思わず苦笑を浮かべた。
「食べてからでいいわ……。ごめんね?」
「ひーほー」
とは言え、その速度は一向に止まる気配を知らない。この状況でも無表情でいられたのは、レイチェルくらいなものだった。
ルエインですら匙を投げるようにして仮眠を取り出し、ヴルムに至っては舌打ちをして部屋を出て行った。
スティリアも笑顔を貼り付けたままでいる事に疲れてしまい、紅茶をお代わりして待つ事にしたようだ。レイチェルがじっとラシルを見つめていると、ラシルはその視線に気付き、肉を一つ差し出す。
「んぐっ……食いたいなら食え!」
『ノー。必要ありません』
「ほーはっ!」
ノー。と言った直後には、既に差し出した肉へ食らいついていた。わんぱくを通り越したその少年は……暴食の限りを尽くした数十分後に、腹を膨らませて天井を見上げていた。
「もう食べらんないよ……」
『これ以上食うたらここの兵士みんな餓死するっちゅうねん……』
「毎度これだけ食べられていたらどこの国も破産まっしぐらだろうな」
ルエインの言葉に、「あはは……」と乾いた笑いを上げたスティリアは、改めてラシルへと向き直る。
「えっと……ラシルくんだったよね?」
「おーん! お姉ちゃん誰?」
「わたしはスティリア。スティアって呼んで? ラシルくんは今までどうやって生きてきたの?」
「んー……なんかずっと水の中にいたよー! たまーに外に出してもらえたけど、今みたいにいっぱい食べてたらなんか怒られた!」
「そ、そう……なんだね」
あっはっはっは! と軽快に腹をさすりながら笑う少年に、一同は苦い笑みをこぼす。
「外に出るとお腹減るんだよねー、不思議。特に大っきくなるともっとお腹減る!」
「いつでも大きくなれるの?」
「おう! あっ、お腹空いてると難しいけど!」
元気に返事をするラシルに、スティリアは微笑を浮かべた。
「父と同じだな。……俺は巨大化する能力を受け継がなかったようだが、空腹に悩まされる心配がないようで良かった」
「お兄ちゃん誰? お兄ちゃんも大っきくなれるの?」
「……ルエインだ。俺はその能力を持たない」
青年の言葉に、少年は「ふーん」と。さもどうでも良さそうに適当に相槌を打つ。
「あっ、そういえばさ! なんでオレここに連れてこられたの?」
「……その話はさっきもしただろう。お前が暴れ回った結果、生存している兵士はいなかった。現状、敵地の内情を知る者がお前しかいない。それを聞きたくてずっと待っていたわけだが……」
「へー、にーちゃんも大変だなぁ!」
「……完全に他人事だな」
食後に運ばれてきたリンゴを頬張る少年に、ルエインは呆れたように首を振る。
「えっと……ラシルくん?」
「ラシルでいーよー! ほんへ、ほーひはほ?」
モゴモゴとリスのように頰を膨らませる少年が、リンゴを噛み砕いて飲み込むまで、スティリアはじっと待ち続けていた。
「えっとね。今の王国について、教えてほしいの。あなたのいた国の事を」
「あー……それなら大丈夫! ただなあ……オレ物忘れ激しいから実際に見ないと思い出せないと思うぜー?」
「子守は願い下げだが……最悪、自分の身を自分で守れるのが巨人族、だったな。……連れて行こう」
『ええんか? ルエイン』
テレシアが不安そうに尋ねれば、ルエインは少しの間を置いてから、
「俺は……それが、最適だと判断する。それに……これは、贖罪だ」
「……贖罪?」
スティリアが不思議そうに尋ねるも、ルエインは答えない。テレシアは何かを言おうとして口を開いたものの、小さくため息をついて終わる。
『ほーか。アンタの好きなようにしたらええわ。ウチは何もよう言わへんわ』
「……俺の性分だ」
『分かっとるわいな』
ルエインとテレシアは、互いに納得しているようだったが、スティリアはと言えば浮かない表情を浮かべる。
「……どうした?」
「ううん、なんでもないよ」
「…………そうか」
スティリアが首を振れば、ルエインも納得する。席を立ったルエインは、ラシルの前へと立つ。
「よろしく頼む」
「おう、よろしくなっ!」
ニカッと気持ちの良い笑みを見せる少年だったが、一同の面持ちは暗いままだった。しかし、少年は気にする素振りを見せずに席を立った。膨らんでいたお腹は、もう消化をし終えたのか、元の状態に戻っていた。
「そんじゃ、しゅっぱーつ!」
『お前が仕切るんかいッ‼︎』
ラシルの元気な号令に対して、テレシアのツッコミが食道内に響き渡った。
……アルバトログ砦は元々は独立国だった為か、国の辺境の砦としては、規模が大きい。中央の食料庫、武器庫、火薬庫、会議室、司令室の他に、向かって左手には演習場、右手が居住区となっている。食堂は居住区と中央区の境にある。
食堂を抜けた一同は、螺旋階段を登ると食料庫、武器庫、火薬庫と通り過ぎて行き、一行は目的であった会議室前に到着した。
そこで立ち止まっている理由はと言えば……
『こらヴルム! 子どもの前やぞ!』
「……あー、すまねェなあ。って、後から来て何言ってやがる」
喫煙をしていたヴルムがいたからだった。テレシアがそう怒鳴りつけると、ヴルムは気怠げに煙草を燃やし尽くした。
「禁煙すると言っていなかったか?」
「……考えるっつっただけだったよなァ? ……吸ってなきゃやってらんねェよ」
ヴルムは早く本題に移ろうと言わんばかりに後頭部を掻き乱すと、扉を指差す。
「早く入ろうや。司令官は死んでるかもしれねェがな」
「それは、どういう事?」
スティリアが尋ねると、ヴルムは「百聞は一見に如かず、だ」と、一言こぼして扉を開く。
「……生きてはいるようだぜ?」
「これは生かされていると言うものだよ、ヴルムくん」
一行が室内に入れば、レベディオスは結晶片によって壁に縫い付けられていた。トゲ状の結晶がその喉元で、今か今かと肉を貫くのを心待ちにしているような状態だ。
「あっはっはっはっは! おじさん変なのー!」
「む……来おったか」
ラシルがレベディオスを指差して笑うと、円卓で青筋を浮かべて座っていたヴァレリがそう呟く。同時に、レベディオスは視線をゆっくりと動かすと、スティリアの元で止めた。
「おお……美しい! 君が元王国の姫君か! いい胸をしているな! たわわに実った乳房の曲線美もさる事ながら、締まったくびれからの骨盤へ向けての曲線もまた堪らない! 肉付きの良さと起伏のバランスが最高……待て。冗談だよ? ヴァレリくん?」
「わっちも冗談じゃよ? ……レベディオス殿」
結晶のトゲが伸びて首の体毛を押し退ける。レベディオスはヒクヒクと引き攣った笑みを浮かべており、ヴァレリは屈託のない満面の笑みでそう返していた。
「ジジイのセクハラぐれぇ許してやれよ。老い先短ェんだからよ」
「おお! いい事を言うではないか、ヴルムど──痛ァッ⁉︎」
「そうじゃな。その短い老い先が今日にならない事を祈るばかりじゃなぁ。……レベディオス殿?」
結晶を消していくヴァレリだったが、レベディオスの首にはチョーカーの如く、トゲのついた結晶の輪が残っていた。
「ありがとう……ヴァレリくん……」
「良い、話を進めるぞ」
解放されたレベディオスの表情は、笑顔ではあったものの、心中穏やかでない事をその顔で物語っていた。
「コケたら即死とか随分人生ハードモードじゃあねェか」
「は、はははは……」
「うぉおお、これかっけェっ! くれよおっさん!」
「イダダダダダダッ! キミ、揺らさないでくれ‼︎ あげたいのは山や……ゴホンッ。これは、私のお気に入りなんだ」
ヴァレリは刃物のように鋭かった視線から一転、優しげに事の顛末を見守る慈母の如き優しげな微笑みを見せると、レベディオスは涙する。
……ヴァレリが害のない丸みを帯びたチョーカーを渡した事で、ラシルも落ち着き、レベディオスも落ち着いた。
円卓を囲んでいた一同の議題はといえばラシルを連れて行く事から飛んで……
「マルクは……どこへ行ったのだ?」
ルエインが、そんな疑問を口にする。
「私は何も聞いていないぞ」
『知らへんで?』
「何も聞いておらぬな」
「あの胡散臭ェ奴か。そういや、あの日以降見てねェなァ?」
「わたしも……何も聞いてないわ」
一同、不思議そうに小首を傾げていたものの、皆がその所在を知らないとなった所で、テレシアは呆れたようにため息をつく。
『ほんま何も言わんとどっか行きよったな、アイツ。レイチェルはどこ行きよったか分からへんの?』
『イエス。通信も波長が合いません。壊れているか、不調の可能性があります』
レイチェルが胸元に手を押し当てながら、後付けされた装置を触るも、目にも……耳に聞こえる反応すらもない。
『……不調かなーって思っときたいけど、不調やないかもしれへんな。なんや、アイツ。どっかおかしいぞ。馬もえらいボロボロやったし、急いでたにしてもアイツらしないわ』
「馬がいるって事ァ、まだ近くにいるんじゃあねェのか?」
テレシアの言葉に、ヴルムがそう被せてくる。しかし、
「いや……砦内には残り香しかない。近辺にも彼らしい臭いはしないな」
「……本当、どうしたのかしら?」
スティリアが尋ねるも、その答えを出せるものなどいない。無言のまま、少しの時間が過ぎ去る。ルエインは、詰まる息をゆっくりと吐いた。
「次の伝令がないというのも奇妙な話だ。レベディオス、お前は本当に何も知らないのか?」
「むーう……追い出された身とは言え、親子の絆は鋼よりも固く、だな……。何かあればレオニールから報せがあるはずだが……」
尤もらしくレベディオスが唸っていると、ヴァレリが鼻で笑い飛ばす。
「よく言うわい。千度女の尻ばかり追いかけて追放された男とは思えぬ発言じゃな」
「む……待て待て! 私は確かに女の尻を追いかけてはいたが息子の事は大切に思っているし、可愛がっていたぞ!」
「そりゃあ、アンタ……どっちの息子だ?」
『子どももおんのにアホかッ!』
中年同士の会話を、その一言で終了させた時……扉が開かれる。一同が視線を集めれば、レベディオスの秘書である、レイラが紅茶の入ったティーカップを運んできていた。
「おや……? マルクさんはまだ戻っていないのですね?」
「──! 奴の居場所を、知っているのか?」
一同が食いつくようにレイラを見ていると、レイラは不思議そうに首を傾げながらも、冷静にティーカップを配っていく。
「ええ。皆様が戻られた後、グリクトフルク洞窟への抜け道を下見しに行くと仰っていました。数日かかるという話を予めしておいたにも関わらず食料も少量だったのですぐに戻られるかと思っていたのですが……」
『……! ルエイン』
「……嫌な予感がするな」
テレシアとルエインは、お互い顔を見合わせる事もせずに頷く。ラシルとレイラを除く一同の緊張が深まる。
「みんな怖い顔してどーしたんだろうなー、おばちゃん」
「そうですね。……って、誰がおばちゃんですかッ⁉︎ 失礼なお子様ですね、早くお帰りなさい」
「な、なんだよ! おばちゃんはすぐに怒るよなぁ」
「……ッ! 私は! まだ! 二十四歳だッ‼︎」
額に青筋を浮かべたレイラは、突然大声で喚き立て、ラシルの胸倉を掴み上げた。
「二度と……おばちゃんって言えない体にしてやろうか…………?」
「……あ、あの……お、お姉さん? そんなつもりじゃ……なかったんだ、よ……?」
「…………いいでしょう」
解き放たれた少年は数回咳き込むと、スティリアの後ろに隠れた。
「えっと……ラシルくん? 女の人に、無闇に、その……お、おばさん……とか、そういうこと言ってはいけませんよ?」
おばさん、という単語を小さく言ったスティリアの忠告に、無言のまま激しく頷いたラシルは、「こえぇ……!」と小さく呟く。
「とりあえずグリクトフルク洞窟へ向かうぞ。……何やら、キナ臭い」
「同感だなァ。あのババァ……オレ様に隠し立てして裏で何かコソコソやらかしてるのかと思うと、微塵でもその可能性があるだけで気に食わねェし、アイツならやりかねねェ」
ルエインの言葉に、珍しくヴルムが賛同する。チラリと視線を交えた二人だったが、何も言う事もなく、静かに頷いた。
「この子も連れて行く……のよね?」
「……そうだな。もし、仮に……俺達の考えている事が杞憂であって、マルクも……何かのアクシデントに見舞われていたならば、救出……最悪、遺体を回収して、進軍の報せがあれば済む話だ。その際はラシルも連れていれば、そのまま突き進む事もできる。どの道、次の目的地はアレキサンドロス王国になるはずだ」
ルエインの言葉に、ヴァレリは「ふーむ……」と唸り声を上げる。
「勝手な行動はよせ! と、言いたいところじゃが、わっちも胸騒ぎがする。……兎にも角にも、あの胡散臭い商人が野垂れているにしても、何か企んでいるにしても、生きているのならば、一度話を聞かせてもらわんと……じゃな?」
「そうと決まりゃア、行くぜェー?」
結局、立ち上がったヴルムに続き、一同は出された紅茶に手を出す事もなく、席を立つ。
「もう行くのかね?」
珍しく真剣な眼差しで。獅子顔の老人は、嗄れた声でそう尋ねる。ルエインは足を止め、振り返る。
「ああ。……もし、マルクが死んでいたならばすぐに戻ろう。ただ……もしも、生きて、何かを企んでいるのであれば……俺達は戻らない。そのまま突き進むとしよう」
「うーむ……。念の為、七日経っても君達が戻らなかった場合、抜け道へ数名の派遣部隊を出そう。この砦が襲われぬという保証がない故に、大隊を同道させる事はできないが、もしも合流したならば、如何様に指揮を下してもらって構わない」
「……すまない、助かる」
気にしないでくれ給え、とレベディオスは鬣を優しく撫でて微笑む。ラシルは「おお……」と言いながら、自分のツルツルとした顎元を手で撫で始め、スティリアがクスリと笑う。
「合流は……オルメラルド領近辺の、空き家としよう。あそこは私が昔に作り上げた家でな。君達も是非に利用してくれ給えよ!」
『……それって、マルクが利用しとったっちゅう小屋やないか? あん時の……』
「アレキサンドロス王国とオルメラルド領の中間地の森の中にあった場所だな」
ルエイン、テレシア、スティリアが感慨深げに顔を見合わせる。三名が無言のままに頷いた所で、ルエインはレベディオスへと向き直る。
「覚えておこう。では……失礼する、世話になったな」
ルエインがそう言い残すと、皆一様に続いて部屋を出ていく。
「気をつけて行き給えよ! さて……」
一行が部屋を出て、レベディオスが立ち上がった所で、室内に残された兵士数名はフゥーッと……深く息を吐いて、気を緩める。
「まさか……目の上のたんこぶだったあの要塞をいとも容易く地図から消すような輩とは……オリジン種は、我々人間とは根本から規格外だな……」
「私も、その一人なのだが……何故こうも威厳がないのだァウッ⁉︎」
女性陣が触れていたティーカップのみを集めて、チロチロと舐めているレベディオスの頭に、レイラの手に持っていたお盆がめり込む。
「そういう事ばかりしているからですよ」
「ふ、おお……なる、ほど…………」
茶器が砕け、顔に刺さり、湯気の立つ紅茶を浴びたレベディオスは、そのままズルリと床に寝込んだ。
慣れた日常を見る事ができてホッとしたのか、兵士達はいつも通りにため息をついた。




