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第四十二話 ー血縁②ー

「テレシア、ありがとう。横に寝かせて」

『もう魔法使つこても大丈夫なんやな?』


 テレシアが尋ねれば、マルクが「オイラが保証するっスよ」と笑いかける。テレシアは複雑な顔をしながらも、駆けつけたレイチェルにヴルムを預けた。


「イデデッ、もうちょっと丁寧に扱わねえかッ!」

『申し訳ありません』

「それだけ吠えられれば十分じゃろうて」


 ヴァレリがそう言うと、ヴルムは「うるせェよ!」と怒鳴り返す。その声にスティリアはビクリと肩を跳ね上げさせたが、男の血に塗れた腹部へと手を宛てがうと、そのまま魔法の力をってしてその傷を塞いだ。


「……その、なんだ。済まねェな」

「ううん、力になれて良かった」

「…………ありがとよ」


 微笑を浮かべた少女から気まずそうに顔を逸らし、男は誰の耳にも届かぬ程に小さな声で、謝意を述べた。


「……倒した、のか?」

「……分からねェ。ぶち飛ばしはしたが、あれで中にいるんなら死んだはずだ。そうでねェならなかなかしぶてェ野郎だって事が分かるなァ?」


 ヴルムがそう言うと、テレシアがのそりと歩き出す。


「どこへ行く?」

『みんな疲れとる。ウチが見に行くわ』

「待て。……俺も行く、神力しんりょくもある程度回復した。それに──」


 一飛びしてテレシアの背に乗ったルエインは、剣を構える。


「妙な気配がする」

『ん? 妙な気配?』

「……血が騒ぐ、と言った具合か」


 ほーん。とどうでも良さそうに返事をしたテレシアだったが、どこか嬉々とした声色であった。


『まあ、アンタがええならええけどさ。ほな、行くで』

「ああ」

「……気をつけてね」

「……すぐに戻る」


 ふわりと、スティリアと言葉を交わした後に、ルエインとテレシアは枯れた川なのかと錯覚する程に抉れた溝を辿っていく。奥にある爆心地は未だ煙を噴き上げ、周囲の地面には痛々しく結晶片が突き刺さっていた。

 時刻は夜明けになる。昇った朝日の光を乱反射する結晶が、道しるべのように輝き、ルエインとテレシアを導いていく。


『えらい迫力やな。こらァ、死んどってもおかしないで』

「死体を見るまで油断するな。追い詰められた奴は何をするか分からない」


 ルエインがそう言うと、テレシアは「へーい」と軽い口調で返す。

 爆心地へ到達すると、黒焦げになった球体が姿を現わす。亀裂を走らせながらも、先程の熱量に耐えかねてやや溶解しており、亀裂同士を不恰好に溶接していた。


「死んでいるかもしれないし、生きているかもしれない。……砕くぞ」

『気ぃつけや』


 テレシアが言い終えるや否や、ルエインはその背から飛び降りてゆっくりと歩み寄ると、球体を蹴った。想像以上にもろくなっていたようで、ズボリと足を飲み込んだが、直後にそれはヒビを繋ぎ合わせてタマゴの殻のように砕け散った。


「……生きているのか」

「…………ころ、せ」

『くっさ……離れててもにおうわ』


 割れた殻の中には、その身の肉が焼け焦げて煙を噴きながら、虫の息になっているマクベスがいた。内部は機械でできていたようで、鉄部分は変形し、接触部分の肉は溶解してくっ付いていた。


「生身の人間なら死んでいるはずだが……不老不死、か。いや、完全なる不死ではないな」

「……ご明察、だ。究極の生命とは、老いず、ちず……死なず。この三つが揃って、初めて……人間を超越したと、言える。だが──コレも、失敗だ。伝説上の最強の生物、魔人ケイオスを目指したこの研究も、全てが失敗だ……。私は、結局何にもなれなかったのだ……」

『……無様やな』


 テレシアがそう言うと、マクベスは溶けた頰を引きつらせて笑う。


「クックック……ヒトとはいつでも無様なモノだ。だからこそ、足掻あがくのだ。誰だって沼にまれば、泥にまみれようとももがいて生きて……次に沼にまらないように、と考える……。当たり前の……事だろう?」

「どうだろうな。……遺言は、それだけか?」


 ルエインが尋ねかけると、マクベスは不敵に笑った。


「ここいらが潮時、か……。長く生きたが……さっきも言ったろう? ヒトとは、最後まで足掻くものだとな……!」

「……お前が何を考えていようとも、胸部の宝石さえ取り除けば、お前はその身に溢れた魔力を制御できずに死ぬ。こんな具合にな」


 ルエインはその手の剣先をマクベスの焦げ付いた茶色の宝石に突き立てると、それを跳ねあげた。小さく跳ねた宝玉は、コロコロとマクベスの体の上を転がり、ルエインの足元で止まった。それを拾い上げたルエインを見て、マクベスは笑う。


「……天宝族ジェンマーとは、つくづく弱い生き物だ。だからこそ、私は……」


 マクベスは、言いかけて首を振ると、そのまま力無く虚空を見つめた。その様子にルエインは呆れたように一息つく。


「お前からは……数多あまたの死人の気配がする。その体を作る為だけに数多くの者を殺したのだろう。精々、懺悔ざんげでもしながらく事だ」


 ルエインがそう言って背を向けると、マクベスは鼻で笑い飛ばした。


懺悔ざんげ……? 彼らを提供したのは我が国だ。そして……私は材料を使って実験を繰り返したに、過ぎない……。進歩の為に、犠牲は付き物だろう?」

「生憎だが……俺はお前とは違う。俺はそうは思わない。そこで踏み切れてしまうのが、お前と言う生き物なんだ」

「……フンッ、最後に言葉を交わすのが、お前みたいな唐変木とうへんぼくだとは、な……。今日は、つくづく運がなかったようだ……。王も、お前も……シャルティナ以外、誰も理解しない。できない、のか……?」


 マクベスは「クックック……」と笑うと、天を仰ぎ、濁りつつある瞳を空へと向けた。


「……次期に、私の最高傑作が来る。だが──アレも、不完全だ。もっと、生きられたならば……それも……業の深い話、か。疲れた……シャルティナ……いま…………」


 蚊の鳴くような声を最後に。その目、その鼻、耳、口……至る所から血を流し、しわだらけの男は朽ちた。どこか満足げに笑う男。ルエインがテレシアの元へと歩み寄ると、


『……欲望のままに生きとったんやろけど、最後は呆気あっけないモンやな』

「…………ツケが回ってきたのだろう。遅過ぎたくらいだ」


 ルエインがそう言うと、テレシアは「そんなもんか」と欠伸あくびを掻く。


「それより……まだ何か企んでいるようだったな」

『最高傑作言うてたやんな? 嫌な予感しかせえ……へん、ケド…………』

「……どうした?」


 言いかけて、訥々とつとつとした具合に喋るテレシアの視線の先を、ルエインは追った。


『……あれ、小人か? にしては、距離感おかしいな? ウチの幻か?』

「…………いや、間違い……ない」


 雪のような白い肌を持つ巨大な大男。荒野の果てに、それは何の恐れもなく、ゆっくりと歩み寄ってきていた。


「奴は──巨人族だ……」


 その周囲を歩く小さな馬と、それに跨る人々が見えるようになると、次第に定速的な地鳴りが響く。それは、巨人の歩行と連動していた。


「道理で、血が騒ぐ」

『巨人族って絶滅したんやろ⁉︎ ルエインのおとんが最後やったはずや!』

「……奴は、最高傑作と言っていた。作った、あるいは、復活させたのだろう」

『……趣味悪すぎるやろ』


 そうこうしている間に、巨人はその距離を縮めてくる。その容姿も、すぐに確認できた。


『まだ、子どもやんけ……! なんとかならんか⁉︎』

「……単身であれば手心を加える事は可能だろう。周囲の者、任せられるか?」


 任せとき! と、テレシアはルエインの前で屈んで背に乗るようにうながす。

 ルエインは促されるままにテレシアの背に乗ると、そのまま巨人へと近づいていく。


 巨人はその首に鉄のチョーカーを巻いていた。色気など微塵も感じさせないそのチョーカーは、四方から鎖で繋がれたており、洒落しゃれたアクセサリーというよりは、くびきと言える程に無骨だ。


「……恐らく、鎖を通しての魔法による疼痛とうつうを利用して行動を制御しているのだろう」

『ほなあの鎖を断ち切れば……!』

「可能性はある。だが……残りの神力しんりょくとしては神威かむいが四発分だけだ。外す事は許されないし、接近をしなければならない。……できるか?」


 やらいでか! と元気に返事をしたテレシアに、ルエインはフッと微笑をこぼす。


「よし、ならば……」


 ルエインは目を凝らして遠方にいる騎士達を見据えた。馬は僅かに宙に浮いているようで、巨人の歩行による振動を物ともせずに、駆け迫っていた。その内の四人は、鎖を固く握り締め、完全に宙に浮いている。


「……左は緑と茶。右は赤と青だな」

『風属性と土属性、火属性と水属性やな?』

「ああ。この場合厄介なのは鉄を操る左だな。切って途端に襲われては敵わん。優先して処理するぞ」

『任しとき!』


 テレシアはそう言って勢いよく空を蹴る。速度は次第に上がり、その身の毛や、ルエインのコートが風を切り、バタバタと慌ただしく踊り出す。


『っしゃあ! ウチの力、見さらせ雑兵共ォッ! 獣爪術じゅうそうじゅつ剣牙爪聖けんがそうせいッ!』

壱式いちしき神威かむい


 テレシアはその牙と爪を以ってして、放たれた魔法の数々を漏れなく打ち消し、鎖を所持していた二人の喉元を裂いた。その一方で、ルエインは過ぎ去る最中さなかに重厚な鎖を、紐でも切るかのようにいとも容易く切り落とす。


「よし、続けていくぞ」

『任しとき!』


 幸いにして、巨人の反応はやや遅れていた。ぐるりと振り払われた巨腕に、いち早く気付いたルエインがテレシアの肩を叩くと、テレシアは何も言わずに頷く。

 そして、不規則な軌道を描きながら鎖へ近寄った時──


「させるかァッ! ムクスネブラッ!」


 小さな詠唱を終えた二人の鎖持ちが、同時に息を合わせてそう叫ぶ。それと同時に、ルエイン達の眼前に激しい勢いできりが立ち込める。吹き付けたきりに触れたテレシアは、その速度を落とした。


『ッ……なんや、これ。引っ付いてきよる⁉︎』

「視覚と移動を阻害する炎と水の合成魔法、か。加えてこの熱量……ヴァレリならばひとたまりもひとたまりもないな」


 だが……。と、ルエインは剣を振るう。白い世界の中で、ジャラリと鉄が擦れたような音が響いたかと思うと、


「切るものさえ切れたならば……」

『任務完了、ってなもんやな』


 ルエインの言葉を、テレシアが引き継ぐ。その一人と一匹が不敵に笑って見せたところで、けたたましい咆哮ほうこうが響き、きりは一瞬で薙ぎ払われた。


 くっついていたルエインとテレシアは、スポンジ状に固まりつつあったきりと共に吹き飛ばされる。数回地面をバウンドして飛び跳ねたかと思うと、霧はやがて大気へと溶け出していった。


 後に残ったのは吹き飛ばされて横たわる騎士達。巨人の暴威を一身に受けたであろう兵士の鎧は、無残にひしゃげたまま内部から血を溢れさせており、明らかに死んでいるであろう者すらも見て取れた。


「……これは、戦争だ」

『分かっとる』


 ルエインが言えば、テレシアはやや荒い声色でそう返す。そんな中……力を使い果たしたのか、巨人は膝から崩れ落ちて横たわると、その体から蒸気を発生させながら、縮小させていく。

 死体だらけの悲惨な戦場に、少年でゴロリと仰向けになると、歩み寄ってきたルエインとテレシアへと視線を向ける。


「…………腹、減ったァ……!」

「……やれやれ、だな」

『ほんま……食いしん坊多すぎやろ』


 ルエインとテレシアは、掠れた声でそう告げた少年に、大きくため息をついた。

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