第四十二話 ー血縁①ー
『スティア……父さまの、仇……』
「そう。あなたが討つべきはわたしよ。彼じゃないわ」
「スティア、何を言っている? 実際に手を下したのは俺だろう。彼女が討つべきはこの俺だ」
交互に二人を見比べる機兵族の少女。その顔は焦りに満ちている。動かせているのが首から上のみだったからだ。
レイチェルがスティリアの後ろに立つ男の手を注視すれば、そこには小さなリモコンのような物があった。
『それは……父さまの……』
「ご明察。セーフティロックを掛けさせてもらったっスよ。万が一の為に持ってきて正解だったっス。それよりも……」
マルクはルエイン、テレシア、ヴァレリ、スティリアと見比べていくと、ため息をつく。
「この有様でどうするつもりっスか。ただでさえ少ない戦力を減らすなんて愚の骨頂っス」
『アンタも、そんな割り切ったこと言うんやな……。お利口さんのつもりか?』
テレシアがトゲのある口調で言うと、マルクは一息ついて首を振る。
「それが戦争ってモンだからっスよ。アンタらの命は、もうアンタらだけのモンじゃないんス。勝手な事されちゃ困るっスよ、ルエインさん。それに……」
マルクはチラリと。ルエインからスティリア、レイチェルと視線を移していった。
「自己犠牲の精神なんてただの自己満足でしかないっスよ。二人とも、そんな独りよがりな考え方でレイチェルが納得できるとでも思ってるんスか? ……だとしたら、そんなのは大きな間違いっス。そんなもん、その場しのぎでしかないんスからね」
「でもッ! それでも、わたしは……」
スティリアが言い切るより早く。マルクは動けなくなった少女の近くへと歩み寄ると、
「……この子の感情はオイラが封じておくっス」
『やめて! やだよ、父さ──あっ……うっ……』
その耳裏へと、取り出した小さな黒いチップをはめ込んだ。レイチェルはカクンと力無く俯くと、そのまま止まる。
「レイチェル⁉︎」
「心配ないっスよ。一部データを取り出したっスから。もう一枚のチップを反対側に差し込めば直るっスけど……二人に今渡したところで余計な事しそうっスからこれはオイラが預かっとくっスね」
マルクは言いながらにして取り戻したチップをケースに入れてポーチへとしまう。そして「さて」と小さく呟くと、そのまま琥珀色の少女の頭に手を乗せた。
「問題ないっスね? レイチェル」
『……イエス、一号』
「…………」
これで良かったのだろうか。満足気に微笑むマルクに対して、そう言いたげな程に一同の表情を思わしくないものだった。
「あっちも終わったみたいっスね」
マルクの言葉に、一同は要塞のあった場所を見る。要塞が根付いていた場所は溶け出した溶鋼が溜まって溶岩湖のようになっていた。端が黒ずみつつあったものの、中心部は未だにボコボコと泡を噴き出している。
「ケッ、他愛のねェ……。端っからオレ様が燃やしときゃあ、済んだ話じゃあねェか。スカーレットのやつ、下らねェ仕事を押し付けやがって」
変身を解いたヴルムが煙草を取り出してその口に咥えた。しかし、ジッとその先を見つめるや否や、それを手に取り、溶鋼の中へと弾き飛ばす。
「……クソつまらねェ、不快だな」
ヴルムが溶鋼の上で一瞬で燃え尽きた煙草を見届けた時──
『それはお互い様だ』
「──ッ‼︎ ガッ……フッ……⁉︎」
声が響き、溶鋼が蛇のように蠢き、ヴルムの腹部を貫いた。
「こい、つァ……⁉︎」
『今宵は客人が多いな? 私の城も、作品も、兵士も……全てを台無しにしてくれた。全く以って、不愉快なのは私の方だよ』
溶鋼の中心部に穴が空き、中から白銀色に輝く宝玉の塊が浮いてくる。それらを周りの溶鋼が支え上げ、包み、ゴーレムのような姿となり、ヴルムをその手で包み込んだ。
その様子を……一同は息を呑み、唖然として見ていた。
「……レイチェル。行くっスよ」
『イエス』
『んなっ……⁉︎ ちょ、待てや‼︎』
レイチェルは二つ返事で駆け出していった。テレシアはマルクを睨み付けると体格差を利用して、いとも容易く押し倒した。
『アンタ……何やねん。ほんまに、マルクか……?』
「…………面白い事を言うっスね? オイラが誰か違う人にでも見えてるっスか? ……退いて欲しいっス」
マルクがそう言うと、テレシアは舌打ちをして突き飛ばした。マルクはうめき声一つ上げずにムクッと起き上がると、体についた土埃を払う。
「オイラに構ってる暇なんかないっスよ。恐らくアレこそが本当の兵器っス。……魔法の力を増幅させて、魔素を纏う事で溶けた鉄すらも纏って動かせる力を持っている、ってところっスかね。ただ──」
マルクは不敵に笑ってみせる。その視線の先で……レイチェルは、襲いかかってきた溶鋼の触手を躱して見せると、その手のひらで軽く表面を撫でる。
すると、溶鋼は制御を失ったが如く重力に引っ張られると、形を崩してドロリと地上へと流れ出した。
それだけに留まらず、レイチェルが触れるや否や、触手はその内部へと閉じ込められる形で見る見るうちに氷漬けにされていき、すぐさま黒ずんでいく。
『魔法が分解されている、だと……⁉︎ そんな能力、劣等種族である機兵族に存在するはずが……‼︎」
『ノー。これこそが機兵族に元来備わるべき能力である、と訂正します』
レイチェルが凍りついた触手の上に乗り駆け上ろうとすれば、マクベスは舌打ちをして触手を切り落とした。
落下していくレイチェルは、眼下にあった溶鋼溜まりを凍らせ、水蒸気を周囲にバラまいてその姿を消した。
「…………どうやっても解除できなかったレイチェルの能力……何があったかは知らないっスけど、好都合っス。魔力を魔素に分解・変換して操るあの能力さえあれば、なるほどドレヴァンの言い残した通り、最強の能力足り得るっスねェ」
「レイチェルに、そんな力が……?」
『どうなっとんねん……アンタ、今まで隠しとったんか?』
テレシアが尋ねると、マルクは肩をすくめて見せた。
「隠すつもりもなかったっス。出来ないもんをあるなんて詐欺紛いな事してたら信用を失うっスからね。商人にとって信用は一番大事っスよ?」
『……今のところ、ウチはアンタにちょっとばかし不信感あるけどな』
テレシアがズバリと言えば、商人は貼り付けたような営業スマイルで、「それはなんだか申し訳ないっスね」と軽い語調で返す。
「……レイチェルは勝てるのかえ?」
「……たぶん、問題ないっス。魔法そのものを喰らうわけでないにしろ、根本にある魔力を分解している限り、レイチェルには魔法を使った攻撃は効かないっスよ」
魔装術で対処できる範囲の攻撃もね。と付け加えたマルクの言葉に、ヴァレリは「ふむ」と少し唸る。
「信じよう。どのみち今ここにおる者は皆、戦えはせぬのだから」
『……ウチは余力あるけど、あんなんと戦ったら丸焼き一直線やわ』
「……想像に難くないな」
ルエインがそう言うと、テレシアは「想像すんなや!」とその頭を叩いた。その時──
『しゃらくせェなァ、オイッ⁉︎』
灼熱の手で握られていたヴルムが、高らかに声を上げて巨竜化した。拳は容量を遥かに超える大きさに耐えきれず、ゴーレムの手はちぎれ飛ぶようにして周囲へ飛び散った。腹部の傷跡は未だ生々しく残り、ぼたぼたと血を垂れ流させた。
『クソがッ! 腹立たしい……土手っ腹に穴ァ、空いちまったじゃねェか、えェ? オイッ!』
『お前とはとことん気が合うな。私も、これまでにないぐらい腹が立っている。機械の身になって……永き時を生きて久しい感情だッ‼︎』
クソほど嬉しくねェよ、テメェと共感するなんざ! と怒鳴り返したヴルムだったが、溶鋼から飛び出してきた巨大な火の鳥に、その身を咥えられる。
『とことんめんどくせえなァ、オイ……。だが掴めたぜ、お前の属性。土系統だなァ?』
『分かった所でなんだ? 隠したつもりもない。土系統の魔装術を使い補助的に火の魔術を扱う。これらの独立した能力は二種の肉体を共存させている私にのみ許された力だ。……ただし、魔力の供給元が断たれたのはやはり手痛いな』
だが……と、鼻で笑い飛ばしながら、マクベスは続けた。
『あの娘がいないのならば……お前など、私の敵では、ない』
『ウグッ……⁉︎ 効かねェ、なあ……オイ』
その身を構成する溶鋼が黒ずみ、男の体はミシミシと軋む。目に宿る闘志とは裏腹に、その声色が単なるやせ我慢である事を教えていた。
『フンッ、強がりを……そのまま真っ二つに避けろッ!』
『グッ……ガァアアッ⁉︎』
ヴルムの体が悲鳴を上げる。バキバキと骨の折れる音が響き渡った。そこへ……三日月状の刃が火の鳥の首元を過ぎ去り、その頭を切り落とした。
『魔力を切った……? ……イレギュラーばかりだ。興味深い、が今この場に於いては不快以外の何者でもないッ』
マクベスは怒気を含んだ声を上げると、周囲の触手を……攻撃をしてきたルエインの元へと伸ばした。しかし、
『癪に障る奴らばかりだ。魔法を消し去る、魔力を切る、魔素を分解する……武が悪い、か。……ッ⁉︎』
その攻撃は、スティリアによって防がれた。マクベスは言いかけて、黙り込む。直後、少しばかりの唸り声を上げたかと思うと、
『認めぬ……。私が……一代でここまでの地位を築き上げてきた私が、敵に背を向けるなど──』
『終わりだよ、テメェは』
『──ッ⁉︎』
マクベスの眼前に迫っていたヴルムは、その巨腕を大きく振りかぶっていた。
『地位だァ? だから、つまらねえんだよ! テメェはッ!』
『クソがァアアアッ‼︎』
マクベスは自身の操る触手でヴルムの体を覆っていった。しかし、そんな事をお構いなしに、ヴルムはその剛腕を振るった。
『弱ェ奴ほどよく囀る、ってなァ?』
暴威を隠そうともせずに、ヴルムの鉄槌は下された。溶鋼に包まれていた白銀色の宝石は、緋色の体から弾き出されると、地面へ叩きつけられ、転がっていく。巨大な宝玉は何層にも重なってできたものだった。その衝撃故に亀裂を走らせ、結晶片を撒き散らし、見るも無残なほどに小さくなると、やがて止まった。
そこへ……無慈悲にも更に追い討ちをかけるヴルムは、火球を吐き出し宝玉を包み込んで、大爆発を発生させると、満足げにニヤリと笑った。
『ケッ。クソッ……タレが……』
そんなセリフを吐き捨てたヴルムだったが、体には限界が来ていた。羽ばたく速度は遅くなり、その巨体は下へと落ちていく。
変身の解けた巨竜は、真っ逆さまに落ちていき、冷え固まった黒い鉄の海へと落ちていく。
接触寸前の所で、影が過ぎ去る。白い毛を靡かせる巨躯を持つ獣……テレシアだった。
『どうもないか?』
「へっ……血で汚れるぜェ?」
言うとる場合か。とテレシアが言うと、ヴルムは唸り声を一つ上げて黙り込む。
『重傷やな』
「別に、死ぬ訳じゃねェ。|ツバでもつけときゃ治るんだよ、ンなもん……」
『……そんだけ強がれるならどうもなさそうやな』
テレシアがそう言うと、ヴルムは荒い息のままに「だから言ったろ?」とその減らず口を叩く。




