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第三十九話 ー開戦の狼煙①ー

「なぜ、ここに……」

「オイラが連れてきたっスよ」

「──!」


 小ざっぱりとした石切された部屋に、一人の男が入り込んできた。痩せ細った三十路程の中年男……マルクだ。いつになく張り付けたような笑みを浮かべているマルクに、ルエインは、


「何故、ここにいる? スティアもだ」


 そう尋ねた。マルクは茶化すように「またまたぁ」とおどけてみせる。


「美少女に添い寝されて嬉しいんスよねえ? そんな照れ隠しまでして、オイラも羨ましい限りっス」

「……茶化すな。どうなっている」


 ルエインがそう言うと、マルクはフッと笑った。


「そんな噛みつかないで欲しいっスよ。理由はちゃんとあるっス」

「……なんだ?」


 スティアさんには口止めされてたんスけどねー、と気楽に語り出すマルク。


「ルエインさんの神力でスティアさんの変異の進行を抑えられたんスよね? ギルドマスターと話して、そばに置いた方が合理的って結論を出したんスよ。これは皇帝陛下も承諾済みの事っス。皇帝陛下も身辺に、危険となりる人物を身辺に置いておくのも、また危険であるという事で納得してくれたっスからね」

「では、最初からそうしておけば──」


 ルエインが言いかけると、マルクは手でそれを制した。いつになく大胆で余裕を感じさせるマルクに、ルエインは眉をひそめる。


「お国の事情もあるんスよ。納得させないといけない訳っスから。……彼女、自分の血をヴァニラさんに飲ませて貧血なままこっちに向かおうとしてたっスよ? 血が薄まれば──なんて、無茶苦茶な発想っス。下手すりゃ……いや、単身ここへ向かってたら間違いなく死んでた訳っスからね。そうまでして想われてるルエインさんが羨ましいっスけど……もしそれで彼女が亡くなっていたなら、ルエインさんもオイラ達のこと許さないっスよね? オイラ達としても災害級の魔獣を討伐するヒトを相手にするなんて御免っスからね。なんで、それをお話しして認可を頂いた次第っス」


 マルクが言い終えるや否や、ルエインは小さく唸った。


「……理由は、理解した。だが、今回の作戦は陽動だ。どの道、俺はそんな危険な場所にスティアを連れていけない」

「それはそれでいいっスよ。オイラもここまで運ぶのがお役目っスから。ただ──」


 マルクはきびすを返してドアへと向かいながら、


「オイラは彼女の心意気を買ってここへ連れて来たんスよ。その気持ち……少しは汲み取ってあげて欲しいっスね」


 その言葉を言い残すと、その扉の向こうへと姿を消した。


「気持ち、か……」


 ルエインは、スティリアの眠るベッドへと戻ると、自身が起きたことでめくれていた布団を掛け直した。血色の良くない少女は、無防備に眠りこけていた。


「何故、ここに来た……?」


 ルエインが問いかけども、言葉は返ってこない。弱々しい寝息だけが響いていた。


「そういえば……マルクが来たと言う事は──作戦はいよいよ今夜決行、という事か」


 ルエインが立ち去ろうと踵を返した時──


「んっ……うぅ……」

「──!」


 少女は、目を覚ました。しかし、上体を起こそうとするものの、体に力が入らなかったのか、弱々しくベッドに肩を打ち付けた。


「スティアッ」

「うっ……ルエ、イン……」

「……あまり話すな」


 足早に駆け寄った青年は、弱々しい少女の細肩を抱いてベッドの中央へズラすと、そのまま布団をかけ直した。


「……痛むか?」

「平気。……あなたといられない時間の方が、もっと辛かったから」


 活力のない笑顔を向けるスティリアに、青年は申し訳なさげに顔を伏せた。


「……すまない」

「ううん、わたしの我儘わがままだもの。謝る事はないわ……」


 ルエインは、言うべきか言わざるべきかと視線をはじに寄せていたが、意を決するかのように口を開いた。


「どうして、ここへ来た。帝国にいれば、ここよりかはいくらかは安全だろう」


 ルエインがそう言うと、少女は「ふふふ」と笑う。


「わたしにとって……あなたのそばほど安全で、落ち着けて、安らぐ場所なんてないわ。だから……今からちょっと無理なお願いしちゃうけど、いいかな?」

「……なんだ?」


 ルエインが尋ね返すと、スティリアは弱々しくも再び上体を起こした。先ほどよりも身を起こす事はできたが、やはりフラついて体勢を崩した。


「あまり無理はするなと──」


 ルエインが華奢な身を支えたその時、


「勝ってね、絶対に……」

「……!」


 スティリアは、震える声色でそう言った。


「もし負けちゃったりしたら、わたしは生きていけないから……。それを、あなたにどうしても伝えたくて、ここまで来たの」

「……そうか…………」


 青年の胸元にうずまっていた少女が顔を上げる。泣いてはいなかった。声は震えていたものの、力強い眼光でそう言ったのだ。

 ルエインは再びスティリアを所定の位置に戻すと、その腰を上げた。


「待って。…………これを」

「……これは…………?」


 スティリアは自分の後ろ髪を結わえていた金色の指輪を手渡した。精巧な作りをしており、宝石が輝いている。ルエインが視線で尋ねれば、乱した髪を気にする素振りも見せずに、少女は「ふふっ」と小さく笑う。


「お守り、みたいなものかな。お母様の……形見なの。絶対にそれを持って、ここに……帰ってきてね?」

「……これで、負ける訳にはいかなくなったな」

「ふふ、負けるつもりだったの?」


 少女が尋ねると、ルエインは「まさか」と鼻で笑う。


「全身全霊を掛けて陥落かんらくせしめてやろうと思っていたさ。後のことなど、考えてすらいなかったが」

「ルエインは……いつも無理し過ぎだよ」


 スティリアが憂いを帯びた顔でそう言うと、ルエインは「ふむ」と小さく唸った。


「俺は……いつだって、俺にできる事をしているだけだ。お前を救うと決めた事も。守り抜くと決めた事も。立ち塞がる障害を打ち払うと決めた事も。それがいばらの道であったとしても、俺は道を切りひらく」

「……そっ、か。わたしは、違うなあ」


 ルエインがそう言うと、スティリアはゆっくりと碧眼を見据える。


「わたしはね。処刑される時……死んでも良かったと思ってた。ううん──あの時、死んだと思ってる。だから、かな……? 本当は、国の未来の為に身を捧げるはずだったわたしは、こうして今、祖国に対して牙を剥く共和国と帝国とに与してる。……でも──わたしは、あなたに守られるだけじゃなくて、本当は……ううん。これも我儘わがままだね」

「……話してみてくれ」


 ルエインがそう言うと、スティリアは遠慮がちに目を伏せた。


「わたしは……あなたの隣に立ちたかったの。堂々といられるように。それが──例え祖国に背く事になったとしても。わたしは……あなたの、足枷になりたかった訳じゃない……」

「スティア……」


 寂しげな表情を見せてハッとしたように、顔を背けてしばらく沈黙が続く。


「……スティア?」

「ごめん……なんでもないの。疲れちゃったから、少し……寝させ、て…………」


 ……やがて、少女は小さく寝息を立てていた。ルエインは一息つくと、掛け布団を被せてベッドへ背を向ける。


「……すまない。おやすみ、スティア」


 扉を開き、青年は部屋を後にした。バタンと閉じた扉の先には、


「もう良いのか?」

「……立ち聞きか?」

『ほんな趣味悪い事する訳ないやろ』


 一同、首を揃えて待ち構えていた。


「待っててやってんだよォ、野暮な野郎だ」

『マスターはご無事でしたか?』


 レイチェルにのみ「ああ、今眠ったところだ」と返事を返したルエイン。


「じゃあ、そろそろ行くぜェ。今日は晴天、雲一つねェ。今から行ってちょうど日が沈む頃に着くだろうさ」

「そうだな」


 ルエインは手にした指輪をしばらく見つめたかと思うと、それを強く握りしめて、胸元のポケットにしまった。


「では──」

「待て待て、まずは作戦からじゃろう。先立ってまず、ルエインとヴルムよ。オヌシらはまず二人であの大型機相手に攻勢を仕掛けて抜け道からの警戒を逸らしてもらおう」

「……ああ」

「……おう


 ヴァレリの言葉に、ルエインとヴルムはそれぞれしばらくの間を置いてから相槌を打つ。


「レイチェルよ。其方そなたはテレシアと共にわっちとあの要塞に潜入する。潜入後、テレシアは陽動へ、レイチェルはわっちと共に深部にて敵兵器の無力化を最優先に行動する」

『イエス』

『あいあいなっと。ウチは内部から外部に陽動してけばええんやな?』


 テレシアが尋ねると、ヴァレリは「うむ」と頷く。


「くれぐれも敵を討とうなどとは考えぬようにの。あそこの機兵族マキナは最先端の装備を有しておるとの事だ」

『ウチそんなチャレンジャーに見える?』


 尾を振り、首をかしげて尋ねる小動物に、ヴァレリは「うむ」と再び相槌を打つ。


「見えねば言わぬじゃろ?」

『ウチの事どう見てんの⁉︎ さすがに自分の命賭けてまで危険な事に首は突っ込まへんよ‼︎」


 そんなんはアホのする事や! と、息巻くテレシアの言葉に、ヴルムはピクリと耳を動かしたが、何も言う事はなかった。


「そうカッカするでない。念を押しただけじゃよ。さて──以上が作戦の内容じゃ。各々おのおの、自分の役割を忘れるでないぞ?」

「ああ」

「うぃー」

『イエス』

『おん』


 それぞれがそれぞれの返事をすると、妖艶な美女はニコリと笑う。


「うむ。では、出立じゃ。必ずや勝利を掴みとろうぞ」

「……ああ」


 背を向け歩き出したヴァレリの言葉に、言葉を返したのはルエインだけだった。


「必ず……帰るさ」


 ギュッと胸元の指輪を、ポケット越しに握りしめたルエインは、そのまま背を追う。


 ──そして、去り行く一同を見送っていた男……マルクはため息をついた。


「やっぱり。あれが空中城塞モルバダイトの羅針盤……ルエインさんが持って行ったんスね。発現の条件も分からないっスから、しばらくは様子見でいいとは思うっスけど」


 葉が紅葉したかの如く。緑色りょくしょくだった瞳は紅く染まっていた。マルクは「たはぁ……」と後頭部を掻き乱す。


「損な役回りっス、ねえ。商人は、損は嫌いなんっスよ……」


 慣れたもんスけどね。と、冷たい笑みでそう呟いたマルク。その背後に、規則正しく一定のリズムで、ブーツが石床を叩く音が響き、それはその中年男の手前で止まった。


「マルク様。レベディオス様がお呼びです」

「……今、行くっスよ」


 振り返ったマルクの目の色は、生命力溢れる草葉の如く鮮やかな緑色に戻っていた。


「レイラさんだったっスね? ご苦労様っス」

「……いえ、仕事ですので」


 眼鏡の位置を整えた美人秘書……レイラは、その冷静な表情を崩す事はなかった。


「前任のギルドマスター……会うの緊張しちゃうっスねー」

「……ただのケダモノですがね」

「ああ、やっぱり……」


 何の変哲も無い、日常的な世間話を広げだす商人と秘書。その穏やかな空気の中には、苦い笑みがこぼれる程度で、先ほどのような冷酷な笑みはなかった。

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