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第三十八話 ー思わぬ再会①ー

 ルエインが洞窟内へ向かってから一同がしていた事。それは──


「オヌシ、絶対に炎熱場えんねつばを使うな」

『今されたら二人の苦労も水の泡やもんな。まあ水っていうか糞尿やけど』


 テレシアは首を掻きながらそう言う。ヴルムは後頭部を掻きながら「しねェよ」と鬱陶しそうに返事をした。


「オレ様もくせェのは御免だからなァ」


 レイチェルとヴァレリは、隙間から染み出してきた下水を全て凍らせていた。理由は簡単、臭いのと、ルエインが戻るより早くこの場が下水に満たされれば、先遣したルエインが戻れなくなるからだ。


「これだけ手間がかかるならばやはり抜け道などいらぬか……?」


 ヴァレリがそう言いかけた時。カツ、カツと靴音が響いてきた。一同が視線を集めると、そこには金髪の青年がいた。


「おお! 戻ってきおったか!」

『ルエイン! どやった?』


 ヴァレリの言葉に無言で頷き、テレシアの言葉に「ああ」と返事をしたその金髪の青年は、一息置いて、


「この洞窟の先は……スティアがいなければ通れない」

『──! なんや? 例の宝石装置か?』


 テレシアが尋ねると、ルエインは「そうだ」と言葉を返す。


「壊しゃあいいんじゃあねェか?」

「簡単に言ってくれるな。魔法による障壁がある、不可能だ」


 あーそうかい。とどうでも良さげに言葉を返すヴルム。ヴァレリは「ふむ」と小さく唸った。


「その顔色、見知った場所じゃったのか?」

『──! ルエイン、そこもしかして……』


 テレシアがハッとしたように尋ねると、ルエインは静かに頷く。


「グリクトフルク洞窟の最奥部さいおうぶ、ドレヴァンの研究室だ」

『やっぱりか……』

「む? グリクトフルク洞窟とな? それはまことか?」


 ヴァレリは興味深そうに尋ね、言葉を紡ぐ。


「もしそれが事実であれば、地理で言えば王国の近辺であるオルメラルド領に出る事になる。そうなれば我がこちらの同盟軍はかなり有利に攻め入る事ができるんじゃないかえ?」

「そうだ。その認識で合っている」


 ヴァレリとルエインがそう言葉を交わしていると、ヴルムが「おいおい」とその間に割って入る。


「今は先の事より目先の事だぜェ? どの道マクニールを潰さねえと、手薄になった帝国は即座に攻め入られてしめぇよォ」

「む、それもそうじゃな。しかし、情報としてはなかなか大きい選択肢となる。上に報告して下水を止めてもらうとするかの」


 ヴァレリとヴルムがそう語る中、ルエインはレイチェルへと視線を向けた。


『どうしましたか? ルエイン』

「……いや、なんでもない」

『いや、なんでもあるやろ! レイチェルと初めて出会でおうた場所やん?』


 テレシアがそう言うと、レイチェルは少しばかり目を閉じ、「認識、位置情報をインプットしました」と言いながら目を開いた。


『ここからの距離、三,五フェクト』

「三,五フェクトじゃと⁉︎ うーむ……ルエインめが時間を掛けずに往って戻ってきただけあって現実味がないのう。そこは情報伝達機の性能次第か……まあ、良い。一先ず本来の道を確認してから戻るとしようて。マクニールへの抜け道は半刻足らずで着くようじゃしのう」


 レイチェルの呟きに驚き、ブツブツと独り言を言ったヴァレリは、果たして一同にそう告げた。

 全員が頷く中、ヴルムが不服そうにそっぽを向いた。


「なんじゃ?」

「なんでテメェが仕切ってんだ?」


 今更にそんな質問をしたヴルムに、ヴァレリは「たわけ」と一蹴いっしゅうすると、


「オヌシは傭兵、わっちは少将。立場の違いが分からぬか?」

「なーるほど。ベソ掻いてた嬢ちゃんがご立派になられたもんで」

「んなッ……⁉︎」


 ヴァレリは噛み付くようにヴルムを睨みつけて後、ハッとしたように周囲の者を見回す。


「わっちゃあベソなんぞ掻いとらん!」

『なんも言うてへんやん』

「ああ」

『イエス。ヴァレリはベソを掻きません』


 一様に、肯定の反応を見せた。……ただし、視線だけはヴァレリから逸れていた。


「ぬぅうう……掻いとらん、掻いとらんからなぁッ⁉︎」

「いいじゃねえか、ベソ掻きでも」


 息巻くヴァレリにヴルムがそう言うと、ヴァレリは鼻息荒く食い気味に、男に踏み入った。


「オヌシが余計な事を言わんかったらじゃなァ⁉︎」

「フンッ……女が泣くくらい別におかしかねえだろうが」


 背中で腕を組み、めんどくさいと言わんばかりに捨て置いて先へ進み出したヴルムは、一息に上の段まで飛び上がった。


「置いてくぜェ?」

「待て! 貴様、逃げる気か⁉︎」


 珍しく口調を荒げたヴァレリもまた、一息に高く跳躍すると、その後を追った。


『ウチらも行くでー』

「ああ。レイチェル、大丈夫か?」

『イエス、問題ありません』


 レイチェルが頷くと、ルエインは「よし」と相槌を打って同じようにテレシアを連れ、黒髪の少女と共に段上へと登った。再び狭い足場に戻ってきたところで──


「ぐっ……ぬぅ……」

「…………何をしているんだ?」


 ヴァレリがズルズルと滑りながら、溶解した階段から滑り落ちてきていた。その表情は、全てが悔しさで溢れている。


「うるさいわい! さっさと連れて行け‼︎」

『めっちゃ偉そうやん……』

「偉いもん!」


 フンッと鼻息荒く言う美女は、久方ぶりに子どもらしい姿を見せた。

 呆れたようにため息をついた一同は、再びヴァレリが滑り落ちてきた坂を見る。


「ヤツはどう登ったんだ?」

「普通に張り付いて登っていきおった」

『つまりはあれやな? ……あれ? これ思ったより急ちゃうんちゃうん? よっしゃ、ワイも行けるやろ! って真似したら落ちた訳やな?』

「その通りじゃが、その言い方じゃとまるでわっちが大層間抜けに聞こえぬか? 悪意を感じるぞ」


 恥ずかしそうにそっぽを向いたヴァレリに苦笑を浮かべるテレシア。対してレイチェルは冷静な顔をして、


『上から何か来ます』

「あれは……」


 降りてきたのはヴルムだった。ロープを伝い、曲がり角に鉄棒を突き立てると、そこにロープを一周させて中継しつつ、残りを乱雑に下に放り投げる。

 坂を転がるロープは下までずり落ち、ルエイン達の目の前で止まった。


「テメェらが遅いから迎えに来てやったぜェ。大方登れねェって泣き言でも言ってんだろうってなァ」

「…………オヌシら、何故こっちを見る」


 ヴルムの言葉に、一同の視線が一斉にヴァレリへと向かった。ヴァレリがキッと降りてきた男を睨みつけたものの、男は既にそこにいなかった。


「では──」

「先に行くぞッ!」

「……ああ」


 ルエインが言い切るよりも早く、ヴァレリはロープを掴み取り、傾斜を登っていく。ルエインが呆れたようにその後に続くと、テレシアが前方を登るヴァレリの臀部でんぶを凝視する。


「ええケツや」

「……お前はもう喋るな」


 ルエインは視線を逸らしながら登っていった。テレシアは構わず視線を送っていたが、一同なんとか上まで登り終えた。


「えらく遅かったじゃねえか」

「フーッ、フーッ……オヌシ、殺す」


 待ち草臥くたびれたぜ。とどうでも良さそうにこぼしたヴルムは、短くなった煙草たばこを指で弾くと、口から吹いた火で消し炭にした。


「さて、んじゃあ行くぜェ。そこのダレてる奴ァ、テメェが肩でも貸してやりなァ」

「ま、待て……」


 槍を顕現させ、杖代わりにもたれ掛かっていた。肩で息をするヴァレリにチラリと視線を遣ったルエインは、見かねたように手を差し伸べた。


「い、いら、ぬ……」

「……そうか」


 ルエインは手を下ろして先を歩く。レイチェルもまた、ヴァレリを一瞥いちべつして先を行った。

 そんな中、テレシアが飛び降りてヴァレリの近くに寄ると、人の形へとその姿を変えた。


「ほら、手ぇ貸しや」

「ぬぅ……すまぬ」


 ええもん見してもろたからな。そう言うテレシアに、ヴァレリは不思議そうに小首をかしげたものの、その獣人の肩に担がれる。


「むふっ……ええ感触」

「……なんぞ言うたかえ?」

「なんでもあらへーん」


 顔をニヤけさせたままそういうテレシアに、ヴァレリは不審そうにしていたものの、考える事をやめたのか首を振ると、そのまま先を見据えた。

 しかし、歩きながらにしてヴァレリはとある事に気付いたようで、


「なあ、テレシアよ。あまり腕を押し付けるでない。少し息苦しいぞ」

「えっ! ほ、ほらすまん事な!」


 テレシアは焦ってすかさず肘を退ける。そのあまりの慌てように、ヴァレリは再び不信感を募らせたのか、立ち止まって息を整える。


「もう良い、これでも軍人でな。世話になった、助かったぞ」

「あぁ……ウチのオアシス……」


 テレシアは悲しげに先行くヴァレリに手を伸ばして涙した。


 ……それからしばらく。元いた場所を超えて、石畳もなくなった岩窟を歩き進めていた一同は、やがて突き当たりに辿り着いた。

 

「よーう。遅かったじゃあねえかァ」

「毎度先に行って待っとるんやからそら早いやろな」


 最後尾を歩いていたテレシアがそう言うと、ヴルムは手にしていた煙草たばこをポロリと落とし、目を丸くした。


「……誰だ、そこの別嬪べっぴんさんは?」

「はあ? さっきまで一緒におったやろ」

「知らねえな。こんな美人がいて見逃すはずがねェ」


 ヴルムは地面に落ちた煙草たばこを拾い上げると、火を吹いて燃やした。


「何を言っとるんじゃ、オヌシは。テレシアじゃぞ」

「なんだと⁉︎ あのチンチクリンがァ⁉︎」

「誰がちんちくりんやねん! 失礼やろが‼︎」


 驚くヴルムにテレシアは啖呵たんか切って出る。ヴルムは首を数回振ると、


「失礼したな、お嬢さん。改めてヴルムだ、どうにも信じられねえが」

「どんだけ失礼やねん……目ぇかっぽじってよう見とけ!」


 言い終えるや否や、その身をいつもの小動物に変えたテレシアは、そのままルエインの肩へと飛び上がり、定位置に戻った。


「ヌウ……もう少し、早く知りたい事実だったぜ」

『もうええわ! ……ほんで、ここで行き止まりなんか?』


 テレシアが尋ねると、ヴルムは「あー」と後頭部を掻きながら、上を指差した。打ち付けたコの字の金属、かすがいで作られた梯子はしごの先には、木の蓋があった。


「これが抜け道かいな……」

「うーむ。ところでオヌシは夜目が利かぬと言っておったがどうしてここまで来れたのじゃ?」

「あァん? んなもん火を吹いて来たに決まってんじゃねえか」


 ヴルムがそう言うと、テレシアは「うっわ」と声を上げる。


『ほんまや、梯子はしごすすけてもとるやん⁉︎』

「変形はしていないな」

『イエス。強度上の問題もありません』


 冷静に分析していた三人に、ヴルムは当たり前だろうと言わんばかりに鼻で笑った。


「そういえば道中、ネズミの焼け焦げた死体を見たな」

「ああ。食うか悩んだがまあ、それはいい」


 ヴァレリが微妙な反応を見せたが、ヴルムはそんな事とはお構いなしに「んで、どうすんだ?」と続ける。


「覗いていくのか? 外出てすぐに敵に見つかる可能性もあるぜェ」

「うむ、当然じゃて。いや、なにせこの上は問題ない。小さな洞穴になっておるからあの巨大な個体の目は届かぬはずじゃ。しかし──」


 ヴァレリは言いながらにして、顎元に手を添えて考え込む。


「んだァ? なんかあんのか?」

「いや……なんでもない。小型機がれば危ういじゃろうが、その場合ここも調べられておるはずじゃから問題なかろう」


 ヴァレリが首を振りながらそう言うと、テレシアは「よっしゃ」と意気込む。


『ほなウチが見てきたろ! もしかすると見つかっても敵ってバレへんかもやし──』

「いいや、俺が行くぜェ。お嬢に怪我があっちゃあ、いけねェ」


 ヴルムは言いながらにして、ルエインを押し退けると、梯子はしごを登り出した。


『な、な、なんやねん……』

「テレシア、尾が立っているぞ」


 ルエインがそう指摘すると、ハッとしたように尾を振り、ルエインの背を叩いた。


『い、いらん事言わんでええねん! デリカシーのないやっちゃで……』

「……?」


 ルエインは不思議そうな顔をしたままヴルムへと視線を戻した。するとその男は、木の蓋を退けて戻ってきた。


「問題なさそうだ、早く来なァ」

「ああ」

「うむ」

『イエス』

『おお、お、おん』


 やや声の上擦るテレシア。その尾は再び真っ直ぐに立っていた。

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