第三十六話 ーアルバトログ砦②ー
『ほんま、追い出されたんが納得できるわ……』
「懲りない奴だ……」
ルエインやテレシア、レイチェルまでもが苦笑する中、ヴルムがドンと円卓に乗せた脚を組む。
「馴れ合いやおべんちゃらなんざいらねェだろ。マクニールの情報さえくれりゃあ、後はこっちでなんとかすらァ」
ヴルムの態度に物怖じする事もなく、レベディオスは顎元を摩りながら、「フム……」と、小さな唸り声を上げる。
「当時はなかなかどうして小さかった女の子がこんなに胸が大きくなったりとかいい尻をしてたり、綺麗な脚線美を得ただとか積もる話は山程あるが──」
『どれもクッソしょうもない話やんけ⁉︎』
レベディオスの女性に対する執着に鋭いツッコミを入れたテレシア。そんな中、
「埒が明かねえなァ」
ヴルムは火を灯した煙草を吸いだし、その火種の先をレベディオスへと差し向けた。
「テメェが何者だとか、何故ここにいるのかだとか、オレ様にとってそんな事ァどうだっていい。問題なのはテメェが使えるかどうかだ。喋らねえなら時間の無駄だ」
「フム、お若いの。私は仮にも一国を背負っていた身であり、今はこの砦を任されている者だ。そんな事をすれば──」
「あァーん?」
ヴルムへ鋭く光る剣先、槍先が向けられた。
「当然こうなる」
「ハッ、面白ェ。命捨ててェ奴からかかってきたらどうだァ?」
ヴルムの余裕な態度にたじろぐ兵士達。武具を持つ手が震えた時、レベディオスは手を挙げて武器を下げるよう指示を出す。
「やあやあ君達、大丈夫だから退がっていなさい。どのみち君達では勝てないだろう」
「……賢明じゃねえか。オレ様に触れた時点で全員ブチ殺してやったぜ?」
不敵に笑うヴルムに、レベディオスは「やれやれ」と苦笑を浮かべる。
「私が軍を指揮するならば君を外しているだろうが……さておき、マクニールに関する情報を話そう」
レベディオスが手を組むと、全員の視線が集まった。
「まず、公国マクニールは知っての通りアレキサンドロス王国の従属国である。居住する市民の殆どが機兵族で構成されており、マクベス・ド・ティラン・マクニールを君主としている国だ」
「そこはいい。他の情報だァ」
水を差すように野次を飛ばすヴルムを兵士達が睨みつけるが、レベディオスが手で制すると、兵士達も不服そうな顔をしながらも退がる。
「マクベスは元は天宝族だがその身を改造して機兵族としての特性も持っている。これは私が彼の国から独立する前の話であり、現在も彼が君主として君臨して活動しているという事は最早ヒトの身ではないだろう」
「二つの特性を合わせた種族か……初めて役に立つ事言えたじゃねえか、爺さんよォ」
タッハッハッハ! と、ご機嫌に笑っているのはヴルムだけだった。
「出来る事なら相手取りたくないのう。強力な魔法、強力な武器、強力な武術、高い生命力……成る程、確かに国境を任される者としてこれほど理想的な者はおるまいて」
ヴァレリの言葉に、レベディオスは「ウム」と相槌を打つ。
「加えると……君達も既に見ただろうがマクニールには機兵族に加えて自立型兵器で複数種存在する機動兵と、空を飛ぶ艦隊には大量の魔工竜が詰められている。君達の役割は潜入工作と陽動と聞いているが、それすらも少しの判断でも誤れば即死に繋がると理解してもらいたい」
「各機の戦力の高さに加えた人海戦術か……」
ルエインがそうこぼす中、テレシアは「まあ大丈夫やろ」と呟く。
『今までもなんとかなっとったしな』
「そうじゃのう。ガディウスの時は、スティアがおらねば危うかったがのう」
「…………そうだな」
ヴァレリの言葉に、ルエインは少し目線を逸らしたが、やがてその視線をレベディオスへと戻す。
「要するにオレ様達がやる事は変わらねえワケだなァ。やっぱり時間の無駄だったぜェ」
「そうでもないぞ、竜人の」
「あァん?」
ヴルムが席を立ち部屋を去ろうとすると、レベディオスはそう呼び止める。不機嫌そうに振り返ったヴルムにレベディオスは、
「実を言うと下水道から時間をかけて洞窟を掘ったのだ。マクニール近辺に移動する際は地上の兵器群に見つからずに近くまで寄れるだろう。これで少なからずのリスクを減らせるはずだ」
「そっから先は一緒だよなァ? やっぱりこの手の話は誰かに纏めてもらうのが一番だぜ。作戦が決まったら呼んでくれや。オレ様は空気のうまい場所で煙草を吸わせてもらうとするぜェ」
斯くして、ヴルムは立ち去った。兵士達の怒りも限界に近付いていたのか、槍を持つその手は震えていた。
『あ、ウチしばくの忘れてた』
「心配せんでもドギツいのをくれてやったわい」
『あ、それほんま? おおきになぁ』
笑い合う一人と一匹に、レベディオスはルエインへそっと身を寄せた。
「君も大変そうだね、女性は敵に回すと怖いな」
「……俺は人を性別では判断しない」
「オゥ……私は何故ハブられてしまうんだ……?」
耳打ちをしたものの、鬱陶しそうに一蹴されてしまったレベディオスは悲しげに兵士に泣きついた。兵士もそれはそれで鬱陶しそうにため息をつく。
『マスター……』
そんな中……レイチェルは不安そうに胸部を握りしめた。意識してか、無意識にか……それはスティリアと同じ癖だった。
***
「うっ……」
所変わってフォルキマノフ帝国の帝都。スティリアは苦痛でその表情を歪めながら、ベットから起き上がった。頭を支え、身を起こしたスティリアは、虚ろな目で周囲を見渡す。
「わたし、確か──」
スティリアは思考を巡らせた。
……ルエイン達と別れた後、スティリアはヴァニラに連れられて酒場に来ていた。店内は広かったが、客足はほとんどない。
そんな閑古鳥も鳴くような静かな店内で、スティリアは……グデングデンに酔っ払っていた。
「す、スティアさん……」
「なーんれふかー?」
カウンターに突っ伏し、顔を真っ赤にしながらスティリアは呂律の回らない口調で反応を見せる。
「マスターさん、あの……」
「いやあ、ヴァニラちゃんが連れてきたから酒客だと思っちゃったよ。この店で水って言ったらよく頼まれる安酒のヴォダだからなあ……参った」
「……ですよね」
「あー! そうやってまた、わたしを仲間はずれにするんだもん……グスッ……」
「す、スティアさん! これは違ってですね? あの、ま、マスター! お水、本物の!」
「あ、あいよ! おーい、アラム!」
申し訳なさげな店主とヴァニラ、厨房にいた青年は、悪酔いした少女の絡み酒を、その後も受け続けた。
……それが、スティリアの記憶の断片である。少女は酔いとは別の意味で顔を青ざめさせた。
「後で、謝ろ……」
スティリアは一先ずと、ベッドから体を乗り出す。ヴァニラが着替えさせてくれたのか、ネグリジェに着替えさせられていた。厚手の寝間着は汗を多分に吸った為か、湿り気を吸って重力に逆らう事なく、鈍く揺れる。
「夢、見たのかな……覚えてないや。それはそれで、良かった……かも」
フラつく足で扉へ向かったスティリアは、そのドアノブを回す。ガチャリと開いた先、ふわりと入り込んだ風にスティリアはその細い肩を震わせる。
「暖かいけど、寒いな……。魔法──は、ダメなんだっけ」
スティリアは少し肩を落として扉を閉めると、ベッドへ戻って近くにあった荷物を手繰り寄せる。
「着替えよ……」
スティリアはポーチからスルリと服を取り出していく。黒と赤のプリンセスドレス、エメラルドグリーンと白のマーメイドドレス、白を基調とした黒のミニドレス、ベッドの上にドレスを並べていったスティリアは「うーん」と首を傾げる。
「どれがいいかな? レイチェ──」
振り返った先には誰もいない。スティリアはハッとなって俯いた。
「そっ、か……。今、わたし一人だったっけ」
少女の表情は翳りを見せる。寂しげに見上げた天井には鈍色の鉄板があるのみ。スティリアはため息をついて一つのドレスを拾い上げた。
「一人だとドレスは着られないなあ。……ブラウスでいっか」
揃えたドレスをポーチへとしまい込み、白いブラウスと膝下までのスカートを取り出すと、スティリアはそのままネグリジェを脱ぎ出した。
この地上で際限なく積み上げられている雪のように気品ある白い肌を露わにした少女は、人がいない事もあってか、誰の目を憚る事もなければ恥ずかしがる素振りも見せずに着替えを続ける。
ブラウスのボタンを留めて、スカートを穿き、そのホックを止めていく。
「買っておいて良かったかな……。一人で着付けしないといけないなんて思ってなかったし」
スティリアは言いながらにして、着替え終えるも、まだ肌寒いのか体を震わせる。そんな時、
「スティアさん、起きましたか?」
ノックが響き、ヴァニラの声が少女を呼びかける。スティアは自分の衣服に乱れがない事を確認すると、
「えっと……はい。どうぞ、ヴァニラさん」
ヴァニラを呼んだ。ガチャリと開かれた先、ヴァニラはその手に衣服を持って現れた。
「あっと……ヴァニラでいいですよ。お着替え、済まされたのですね」
「うん。あっ、えっと……。でも上着がないから貸してもらえると助かる、かも……」
スティリアが申し訳なさそうにそう告げると、ヴァニラは「いえいえ」と優しげに微笑む。
スティリアの傍まで歩み寄ったヴァニラは、椅子に座るように促した。
「えっと……?」
「髪を梳かしましょう。さあ、いらして」
「……! うん、ありがと」
嬉しそうに微笑むスティリアは、案内されるがままに椅子に座る。その後ろからヴァニラが精巧な作りをした両歯の櫛でスティリアの髪を解きほどき、梳いていく。
「旅をされてるのに綺麗ですね」
「うん、魔法で身の回りの清潔を保ってるから……。ただ、浴場とかもまた行きたいなあ」
「浴場……水浴びの場ですか?」
「えっとね……」
スティリアは説明を始める。フルース=レグヴェルでの大浴場での出来事を。
「──左様ですか。温かい湯……と言いますと、我が帝国でも温泉と呼ばれるものが御座います。人里離れた山奥にあるという報告なので利用する者はおりませんが」
「そっかぁ、残念。ヴァニラ達は普段どうしているの?」
スティリアが尋ねかけると、ヴァニラは「そうですね……」と数秒思考を巡らせた。
「私などは軍人であって皇族でもなんでもありませんから湯浴みなどはしません。湯を沸かして、タオルで拭く程度ですね」
「そうなの? でもその髪、綺麗だね」
「……! そう、でしょうか?」
鏡に映るヴァニラを見て、少女は羨ましそうに頰を染める美少女を見つめた。軍服の色気なさを補って余る色気を見せていたヴァニラだったが、今は乙女のように顔を緩ませている。
「アラムさんも褒めてくれてたもんねー」
「そう、ですね……」
ふふふ、と笑った少女は珍しく意地の悪い笑みでヴァニラにそう言うと、顔を赤らめながらも肯定してみせた。
スティリアは一瞬、虚を衝かれたようにパチクリと瞬きをさせると、櫛を梳く手が止まっていたのを見計らい、くるりと振り向くと、そのままヴァニラに抱きついた。
「ちょ……スティアさん⁉︎」
「ふふふ、かーわい」
ギュッと抱きしめられたヴァニラは、先ほどとはまた違った意味合いで狼狽える。
しばらくあたふたと少女の周りで手を漂わせていたヴァニラだったが、まるでようやく羽休めの枝を見つけた小鳥のように素早くスティリアの華奢な肩に手を置くと、その身を引き離す。
「ま、まだ酔っておられますか?」
「うふふ、ごめんごめん。ヴァレリが必死になって守りたがったの、なんか分かるなぁって」
「なぜここでお姉様のお話が……」
スッとその表情が落ち着きを取り戻したのを見ると、スティリアはクスッと笑って再び正面を向いた。
それを見たヴァニラは、細い歯の櫛で再び髪を梳いていく。
「目が細くてもするりと入りますね。本当に、絹のように柔らかくて羨ましい……」
「あら、わたしにとってはヴァニラの髪も素敵よ。みんな違うから自分にないものが羨ましいだけだわ」
そういうものでしょうか? という問いかけに、「そういうものよ」と答えるスティリア、やがて、髪を梳き終えたヴァニラは、自分の持ってきたケープコートをスティリアに羽織らせる。
「温かいわ……。ありがとう、ヴァニラ」
「いえいえ。私は命を救って貰ったのです。スティアさんのような甘美な血……初めてでした」
「それなら……また一口どうかしら?」
袖を捲って手を曝け出し、戯けて見せる少女に、ヴァニラは「ご冗談を」と首を左右に振る。
「私はハーフですからね。生命に異常がない限り血を吸わなくても問題ありません。他の帝国兵の前では冗談でも仰られない方がよろしいですよ」
「わたしもヴァニラ以外の人には言わないわ。あなただから言ったのよ?」
スティリアがそう言って微笑を浮かべながら首を傾けると、ヴァニラはゴクリと固唾を飲む。
「い、いいですか……?」
「ええ、もちろん」
微笑む少女の腕を恐る恐る取り上げたヴァニラは頰を染め、興奮冷めやらぬ表情で口を開き……そして、異常に発達した犬歯で優しく喰らいついた。
「んっ……」
少女の薄い唇から吐息が漏れ出る。わずかばかりに顔を苦痛に歪めたが、スティリアはそのまま、
「続けて、吸って欲しいの」
「……!」
スティリアが腕に力を入れると、ヴァニラは動けなくなる。一瞬顎の力を抜いたが、突き刺さった犬歯が離れず、血が少量溢れる。慌てたヴァニラは再度口で蓋をして吸い続けた。
「……そう。この血が少なくなれば、わたしを縛る者の力も、きっと──」
言い終えるより早く、スティリアはクラリと椅子の背に持たれかかる。力が抜けた事で自由を得たヴァニラは咳込み、口元を拭った。
「どうして、こんな事を……」
「分かるはずだわ。……他ならぬ、あなたなら」
呼吸を荒くして強気に笑って見せる少女に、ヴァニラはハッとする。
(スティアさんはルエインさんの事を……)
スティリアは捲っていた袖を戻した。更にその上をケープコートが覆うも、その表情は血鬼族同様に病的に青ざめている。
「わたし、行かなきゃ……」
フラリと覚束ない足取りで扉へ向かうスティリアに、ヴァニラは我を取り戻した。
「だ、ダメですスティアさん! そんな体調で──」
「はな……してッ!」
その語気とは裏腹に、少女に抗う力はなかった。軍人女性相手に成す術なく羽交い締めにされる。
「行かせて、お願いよ……。良くない事が起きる気がするの。今、行かなきゃ──わたし、きっと後悔する。わたしが魔人族になるなら、殺してくれて構わないから……」
「スティアさん……」
ヴァニラは思わずその手を離した。ふらりふらりとさながら千鳥足になっている少女は、扉に持たれかかると、そのノブを回した。しかし、少女は扉に身を預けていた為、その動きに合わせてズルリと前のめりな体勢になる。
「スティアさ──!」
ヴァニラがそう言いかけた時、
「ったく。……相変わらず無茶苦茶なお転婆っぷりっスねえ、王女様」
「マル……ク…………?」
その身を抱え上げたのは共和国にいるはずの業突く張りな商人、マルクだった。
「戦争に勝った暁には王族特権でたっぷり運送料金いただくっスよォー?」
果たして、その商人はニカッと軽快に笑ってみせた。




