第三話 ー王国の騎士ガディウス②ー
「ガディウスっ……!!」
「……知り合いか?」
ルエインと同じぐらい顔の整ったその男を視認したスティリアが、不意にそう言う。警戒を解く事なくルエインが尋ねると、スティリアは静かに首を縦に振った。
「わたしの……身辺警護をしてた、騎士」
ルエインと会話するスティリアの存在に気付いたのか、ガディウスと呼ばれた男は「ほう」と言いながら、姿を現したスティリアへと視線を向けて語りかける。
「これはこれは姫様。そろそろ外の世界にも満足したでしょう? 民も不安を抱えております故、そろそろ王国に戻ってそのお命を国の未来の為に捧げてください」
「わたし達を見逃しては……くれないのね」
スティリアがそう言うと、ガディウスは鼻で笑い飛ばしてみせた。
「そんな事をすれば私の首が飛ぶだけだ。それとも……そこの男が死ねば納得してくださいますか?」
腰から抜き放った剣を、ルエインへと差し向けるガディウス。
『……ええ仲やった。そういうワケやなさそうやね。性格わっる』
そんなガディウスに対し、珍しく不機嫌そうなテレシアが小さくそう呟いた。ルエインは俯いて震えていたスティリアの頭にぽんっと手を置くと、「大丈夫だ、退がっていろ」と優しく語りかけ、その刀身をガディウスへと差し向ける。
「お前に見逃してもらえないのなら、力尽くで見逃してもらうとしよう」
向けられた敵意に対し、ガディウスは一瞬呆気にとられたかと思うと、高らかに笑い声をあげる。
「ふっ……ふっはっはっはっは! 愚かな男だ……。この私に勝てるとでも? たかだかゴーレム一体倒したところで慢心されては敵わぬわ!」
そう言うガディウスは、警戒を解く事なく地面に手を突き出した。
「壱式・神薙」
ルエインはその隙を好機と見て、青き三日月の刃を放つ。
「フンッ、馬鹿めが!」
しかし、その斬撃は鋼鉄の飛竜に阻まれた。
「──! 見掛け倒しではない、ということか」
その鋼鉄の皮膚は、以前と違って断ち切る事ができなかったのだ。ルエインは一瞬目を見開き、少しばかりの驚きを見せた。そこにテレシアが刀の中から語りかけてくる。
『あれ防御魔法かかっとるで! 神薙じゃあかん!』
「今更気付いたところで遅いぞ! セルウス! 我が声に従え‼︎」
ガディウスがそう叫ぶと、木屑の散りばめられた大地が隆起し、複数の巨大な岩が地面を突き破って現れる。
それらは複合し合うと、先ほどよりも小さなゴーレムを生み出した。
「チッ、質の悪い大地だ……。まあいい。魔工竜もいる。布石は万端……あとは挟撃といこうじゃないか!」
忌々しげに吐き捨てたガディウスだったが、魔工竜と呼んだ飛竜を頼もしげに一瞥すると、いよいよ以ってして、殺意の含んだ笑みとその剣先をルエインへと向ける。
「ゴーレムは一度使用した石材を再利用する事はできないが……」
そしてガディウスは、残骸となった岩の山に手を向けながらルエインへと語りかけた。そして、その巨岩の複数を手の動きに合わせて、宙へと浮かせてみせる。自身への注意が逸れたその好機を見逃すまいと、ルエインは駆け出した。
「このような扱い方はできる! セルウピラス! 我が敵を穿てぇッ!!」
そう宣言した刹那、物量にモノを言わせた岩の雨がルエインへ向かって放たれる。そして、それに追従するように、ゴーレムがその歩を進め、青き飛竜は口元にある六つの銃口をゆっくりと回転させる。
「弐式・神楽ッ!」
まずルエインは眼前に迫り来たる岩の弾丸を刀の峰で断ち切っていく。
『あーんっ! めっちゃ痛い……』
「我慢しろ!」
そんな応酬をしながら突き進んでいると、不意に目の前に影が落ちる。ゴーレムだ。
『こらあかんでルエイン!』
「誰のせいだと──」
振り上げられた拳は巨大な鎚となって轟音と衝撃波を生み、大地を揺らした。天災級の一撃を放ったゴーレムは、ゆっくりとその上体を起こした。
「ふっはははははは! 大陸最強と言われる天宝族の力を見たか! 我らを虚仮にしてくれた報いだ! 肉片すら残さぬよう粉々にしてやれ、魔工竜ッ!」
その号令に応じるように。周波数の高いモーター音を鳴らしながら飛竜の口から弾丸の嵐が舞い上がる土埃へ向けて放たれた。
怒りと憎しみの目。そして目的を達成できた事への笑み。ガディウスは舞い上がる砂塵に歪んだ笑みを浮かべていた。
──しかし。ルエインはまったく見当違いなところから土煙を突き破って現れる。
「馬鹿な!? マギア──」
「遅い」
大きく跳躍して一気に距離を詰めたルエインは、自身を顔で追い掛けようとしている青き竜の下に辿り付いた。
「|参式・神威」
スパッと切り裂かれた魔工竜は、その体の動きと共に口腔内から伸びた銃の回転も止め、ズシャリと地に平伏すと、やがて動かなくなった。
「クッ! この──」
「お前の負けだ」
手にした剣を振るおうとしたガディウスだったが、剣は根元からスッパリと断ち切られ、近くの木に突き刺さった。そして、間もなく喉元にルエインの持つ冷たく鈍い輝きを放つ刃が突き立てられた。
「うっ……グッ…………ゴーレ──!?」
動けば貫く。ルエインのその意思を感じたガディウスは、構わずゴーレムを呼ぼうとする。しかし、肝心のゴーレムが見当たらない。
なぜだ。あんな巨体を見失うわけがない。どこにいる。そう言いたげに忙しなく動くガディウスの視線は、程なくして探していたであろうもののところで留まる。先ほど土煙が立ち込めていた場所で、その巨人の腕が沈んでいくのを確認した。
「馬鹿な……なぜ!?」
「答えは簡単だ」
その言葉に応じるように、スティリアが木陰から姿を現した。しばらく思考を巡らせるようにスティリアを睨みつけていたガディウスだったが、サッとその顔を青ざめさせた。
「……まさか──」
「わたしの魔法で……ゴーレムの足元を軟化させました」
「──クッ……!」
胸元で拳をギュッと握りしめているスティリア。ガディウスは信じられないと言わんばかりによろよろと後ろへ引き、尻餅を付いた。しかし、ルエインは躊躇いなく距離を詰め、その眼前に刃を添える。
「別れの言葉は必要か?」
「……」
そうルエインに尋ねられ、スティリアは暗い表情で俯く。
別に、憎いわけじゃない。死んでほしいとも思わない……酷いことは言われたけど。スティリアはそう思考を巡らせた。やがて、決心がついたのか、その面を上げると重たい口を開いた。
「ルエイン、見逃してあげられない……かな?」
『はあ!? 姫さんそれマジで言うてる!?』
スティリアの言葉に、ルエインよりも早く。呆れ半分憤り半分に、テレシアがそう反発する。対して視線だけでスティリアを見ていたルエインは、静かにその口を開く。
「今こいつを見逃せばおおよその位置を敵に知られる事になる。それに……善意に善意が帰ってくるとは限らない。無理な相談だな」
「そんな……」
スティリアは腕を伸ばしたまま両の手を握りしめ、悔しげに俯いた。それを見ながら、気付かれないほど小さく口を動かしているガディウスは、その背に置いた手を気取られないように体を少しだけ動かしていた。
「そういう訳だ。お前から彼女に詫びる事はあるか?」
ルエインに尋ねられ、ガディウスは口を噤む。やがて顔を逸らしながら、ガディウスは細く薄気味悪い笑みを浮かべると、その口を開いた。
「まったく……あなたの甘さに助かりましたよ」
「──えっ?」
ガディウスがそう言ったかと思った時。ルエインの背後に巨大な岩が襲い掛かってきていた。
『ルエイン! 後ろや!』
「──!」
テレシアの声にルエインが振り返るが、既に遅い。その脇腹には岩の先端がめり込んでいた。
「クッ……アッ……!」
ルエインは近くの木まで吹き飛ばされ、そのままズルズルと地面までずり落ちた。
『ルエイン!』
「ルエイ──」
言いかけた時。スティリアの前──否。スティリアとガディウスを包みこむようにして、岩が回転していた。スティリアはその場に留まる事を余儀なく選択させられる形となった。
「ラピステンペスト……発動までに時間がかかるが岩を自在に操れる。少しコツがいるが……わたしほどの土属性の使い手になれば大岩すら自在だ」
得意げにそう語るガディウス。スティリアは目をギュッと瞑り、その目尻から涙を溢れさせた。
「どうして……? どうしてそこまでするの!?」
感情のままに問いかけるスティリア。そんなスティリアを、ガディウスは鼻で笑い飛ばした。
「知れたことよ。騎士とは……目的を達する事こそ至上の存在。この身の誇りなど二の次だ。王に捧げた剣は、王の遺志を一番に尊重する。その為なら……私は何だってやる! たとえ、一度でもあなたに仕えた事があったとしてもだ!」
そう答えるガディウスの目には曇りなどない。それが、本心からそう言っているのだとスティリアに教えた。
スティリアは力無く座り込んだ。ガディウスの心の内を知ってしまったからだった。自分の甘さがこのような事態を招き、ルエインまでも傷つけてしまった。死なせてしまった。そう考えるスティリアは、目を閉じて感情のままに咽ぶ。
「さて……そろそろあの男を──!?」
ガディウスがルエインのいた場所へ視線を向けると、その姿は影も形もなく消え失せていた。
「どこへいった!? ヤツは重症のは──」
ガディウスがそう言いかけた時。
「伍式・神無突」
「──ルエイン……!?」
「──ば、ばかな!?」
ルエインの声が響いたかと思うと、藪の中から青き槍が渦を巻き、捻じれ、触れた岩の嵐を砕いてガディウスへと突き進んできた。スティリアはもちろん、ガディウスも声のする方へ視線を向けた。
「グッ……ガアァァァアアアッ!? う、腕が……ッ!!」
間一髪で直撃を免れたガディウスだったが、少し触れただけでその腕は巻きとられ、肉片一つ残さずに消失した。
行き場を無くしたガディウスの血液は、当然の如く血を吹き出し、ボタボタと黒ずんだ赤色の血を流し続ける。槍は、留まる事なく木々にすら穴を穿ちながら、霞みゆく遥か先まで進んでいった。
「うっ……グウゥ……ッ!」
そして集中力を欠いたのか、ガディウスとスティリアの二人を覆っていた回転する岩の壁は、力無く地面へと墜落した。
更にガディウスは腕を抑えて地面へと座り込み、その頭を地面へと押し当てる。その表情は苦悶に満ちている。
『ほんま……神力での防御が間に合ってて良かったで』
そんな中、相変わらず朗らかな声が響いた。
「ハァ……ハァ……間一髪、だったが、な」
次いで、ルエインが荒れた呼吸のまま刀を携え、スッパリと穴を穿たれた藪から現れる。
「ルエイン!!」
その姿を確認するなり、スティリアはわき目もふらずに駆け寄る。ルエインは拒む事なくスティリアを抱き寄せた。
「ルエイン無事だったのね……!? わたし、わたし……!!」
不安を振りきるようにして言葉を並べていくスティリア。しかし、ルエインは脂汗を流し、苦い表情のままスティリアに離れているよう手で指示する。
『……ルエイン。一応言うとくけど神力の限界点は近いでな』
「分かっている」
淡々と受け答えるルエイン。
「ルエイン……あの……」
不安げにその場に留まり、そう言うスティリア。そんなスティリアに、ルエインは告げる。
「……見ていられないなら、目を逸らしてくれていていい。俺も余力がない、退がっていてくれ」
そして悶え苦しむガディウスの前に立つと、その手に握る刃を振りかざした。
「今度こそ、終わりだ……!」
「グッ……この馬の骨がァァアアアッ!!」
ガディウスはルエインが刀を振り下ろすよりも早く、岩を再度操ってルエインへと差し向けた。
「だめぇええぇぇえええッ!!」
──その時。スティリアが咄嗟に手を伸ばし、叫んだ。叫び声に気付いたルエインは、咄嗟に右手に飛び退き、岩の軌道から外れた。
「……なっ!?」
──それと同時に。岩はガディウスの頭上で留まると、無遠慮に。そのままガディウスの元へと落ちた。断末魔すら上げる事すらできず、一瞬で。呆気なく。
「……え?」
スティリアは動揺し、ぺたりと座り込む。血肉をまき散らし、血の海を作り上げたそれは、もはや誰の目が見ても明らかに、動く事はない。彼女にその命の終わりを教えたのだ。
ふう。と、呼吸を整えたルエイン。スティリアの傍まで歩み寄ると、その肩に手を置き、静かに告げる。
「…………行こう」
ルエインの言葉が届いていないのか、スティリアは「どうして……?」と小さく繰り返すばかり。
──やがて、スティリアはその場で気を失ったのだった。