第三十四話 ー離別①ー
「──そう……分かったわ…………」
『すまないな』
「いいえ。ありがとう、話してくれて」
明くる日、皇帝謁見の間にて少女はその身を置いた国の首席直々に、その全てを知らされた。
果たして、アレキサンドロス王国による宣戦布告はされたのだ。闇膜王との戦いで亡命した者も、国籍の違う者は全て捕らえられ、収容された……と、レオニールは語った。
王国内の緊張感は、それだけでスティリアを納得させる題材となる。ただ心とは裏腹なのか、少女は下唇を噛んでいた。
『我々としては敵の前線基地となるであろう公国マクニールを警戒している。あそこは要塞であると同時に、敵の兵器そのものである。潜入工作員として、レイチェル君とヴァレリ君を編成してあわよくば無力化……もしくは戦力の低下を狙いたい。その間の敵の小隊を我がギルド員と帝国兵で、大隊となる陽動はルエイン君とヴルム君に頼みたい。如何かな? 皇帝陛下」
レオニールの言葉に、女帝は「ふむ」と感心したように声を上げる。
「さすがに魔獣との戦いだけで手柄を上げてきた事はある。それぞれの種族の持つ特性を活かした編成を選んだか。しかし……そこの小娘が敵国の元王女であり、今は魔法も使えぬとは妾も知らぬ情報であった」
「…………」
スカーレットの言葉に、スティリアは無言で俯いてしまう。言葉は出ずとも、その暗い表情が言いたい事の全てを顔が物語っていた。
「スティア……」
「ん……どうしたの?」
金髪の青年に語りかけられると、少女は弱々しい笑みを浮かべる。力無いその笑顔は、もはや誰の目にも空元気であると主張しているようなものであった。
「……すまない」
「いいの、平気。逆に……戦えなくて良かったかも、しれないわ。なんて、言うのも違うね」
スティリアは寂しげに笑う。ルエインが再び言葉を紡ごうと口を開いた時、
「やめときなァ。男に弱い言葉も弱い攻撃もいらねェ。ひたすら強烈に決めるもんだ」
「ヴルム……だったか」
煙草を吹きながら、現れた渋い顔立ちの男──ヴルムは「あァ、そうだ」と答えた。
「生身のお嬢ちゃんが戦場へ出しゃばった所で足手纏いになるだけだァ。況してや捕虜扱いの盾にもなりゃしねェ。それが現実ってモンよ。大人しくお家でお留守番してな。お前がもし魔人族になるなら……オレ様達ゃあ、嬢ちゃんの細首を落とさなきゃならねェ」
「…………」
ヴルムの言葉に、スティリアは静かに涙を流した。ルエインが何か言い返そうとして、やめた。しかし、ヴルムを忌々しげに睨みつける視線は変わらない。果たして、中年の魅力たっぷりな男は、紫煙を吐き出しながら、金髪の青年を細い目で見据える。
「そういう事は弱ェ奴がやるこった。今回の陽動は大隊を相手にするんだぜ相棒よォ。イチイチ細けェ事を気にしてたら……死ぬぜェー?」
「やる事はやる。……だが、言い方というものがあるだろう」
ルエインがそう言い詰めると、ヴルムはやれやれと首を振る。
「言葉なんざどれだけ飾ろうが本質が鋭きゃ意味がねェよ。刃物に布切れ被せた程度で腹に刺さらねェと思ってんのなら、お前は大層幸せなヤローだぜ」
「…………お前と言葉を交わすのが無駄だという事だけは理解した」
ルエインがそう言うと、ヴルムは煙草を指で弾き上げ、煙と共に火を吹いて灰に変える。
「ごっこ遊びじゃねェんだぜ? 甘さは即、死に繋がらァ。オレ様達がやんのは戦争、それそのものよォ。手始めにすんのが機兵族とか言うお人形さん遊びとは言え、いずれ本国と搗ち合って人の命を手にかける……それこそ相手も命懸けてこっちの命ァ取りに来るワケだ。下手すりゃこっちが死ぬ、まさに取るか取られるかの大立ち回りってやつよォ。割り切れねェ奴から死んでいく、それが戦争ってモンだぜェ?」
その何たるかを語るヴルムの表情は、活き活きとしたものだった。ルエインはこれ以上の話し合いは無駄だと判断したのか、スティリアへと歩み寄る。
「全部、この人の言う通りだわ……」
「スティア……」
スティリアがポツリ、とこぼした言葉。ルエインの眉間に寄せられていた皺は、力無く薄れた。
「わたしは私情を挟んでるだけ、気にしないで」
『マスター──』
普段の様子と打って変わった自身の主人へ、機械の少女が声をかける。しかし、
「レイチェル。あなたはヴァレリと行動を共にして、ヴァレリの声にしっかり従ってね」
『…………イエス、マスター』
言葉を紡ごうとした矢先、それはスティリアによる声で阻止される。レイチェルは顔を伏せて頷いた。
「ふむ……では、先行するのはルエインとヴルム……じゃったか?」
「あァ、合ってるぜェー」
プカーッと吐き出した煙で輪っかを作るヴルム。ルエインは不服そうに「そうだ」と返す。
「次いでわっちとレイチェルがテレシアの能力で潜入……それに成功次第、各地で武力を上げて公国近辺の基地を叩く、じゃったか?」
『おん』
『合っているぞ、どうしたんだ銀騎士の。君はもう少し猪頭だと思っていたぞ』
電波越しの声に、ヴァレリは眉を顰めた。
「喧しいわい。これでも昔は隊員の命を預かっておったのだ、理解できぬ訳がなかろうに」
「……フム。君はやはり食えない女だ」
イイ女とは得てしてそういうものじゃて。と、ヴァレリは鼻で笑い飛ばして続けた。
「まァ、なんだ。やるなら早い内におっ始めようじゃあ、ねェか。先手必勝、戦事の基本だぜ。最初に牙を突き立てるのがが一番肝心だァ、下手こくんじゃあねェぞ相棒よォ」
「……やる事はやる。お前こそ、やれるんだろうな?」
ルエインが強気に返せば、ヴルムは「言うじゃねェか」とケタケタと笑う。
「オレ様の実力は帝国一だぜェ……? そこのスカーレットさんのお墨付きよォ」
「……不躾な上に身形も悪いが実力は保証しよう。其奴は存在そのものが災禍と言っても過言ではない」
ルエインはその言葉を聞くと、ヴァレリへ視線を送る。しかし、その美女は首を横に振ると、
「わっちは長らく国を離れておった上に、彼の者は傭兵じゃ。戦果を上げた所で噂すら回らぬ」
ルエインの聞きたいであろう情報を語る。しかし、その内容を要約するならば、知らぬという事である。
「眉唾ものだが……その目、偽りはなさそうだ」
「ヘッ、当然だろうよォ。誰にナマ言ってんだ若造がァ。オレ様の実力に震え上がってチビってたら承知しねェぞォー?」
言い終えると同時に、ヴルムは煙草を炎の吐息で燃やし尽くす。
「そんじゃ、まずは地上に出ようじゃあねェか。燃料で暖けェし陽の光も差さねェから血鬼族にとっちゃあ天国だろうが……オレ様はそろそろお天道さんを拝みてェぜ」
ダンディな男、ヴルムはその桃色の髪をボリボリと掻き乱しながら、締まりのない顔でぼやく。
『待ち給え。作戦を細かく整理する。まずヴルム君とルエイン君が公国へと奇襲をかける。時間は日暮れ前が好ましい。呉々も陽動であり、正面突破を掛けてはならぬ。敵兵器を起動させてしまう程の打撃を与えれば作戦は水泡と帰してしまう』
「わァーってるよォ」
「承知している」
レオニールの言葉に、ヴルムとルエインが気怠そうに返事をする。
「むぅ。君達は……まあ、いい。そしてヴァレリ君、レイチェル君は潜入工作員だ。これが最も重要な作戦となる。ルエイン君とヴルム君が敵兵士の気を引いている隙に、テレシア君と共に内部へ潜入するのだ。なるべく交戦を避けての敵の無力化、もしも見つかるようであれば敵戦力を削ぎつつ撤退だ。テレシア君は二人の潜入後、ルエイン君達と行動を共にして陽動に回って欲しい。皆、くれぐれも無茶をしてはならないぞ』
「さすがに相性の悪い機兵族相手に馬鹿はやらぬよ」
『イエス、理解しました』
ヴァレリとレイチェルがそれぞれの相槌を打つと、レオニールはホッとしたように一息つく。
『最後に──スティリア君。申し訳ないが君は帝国内で待機となる。本作戦こそが今回の戦の勝ち筋である。つまり──』
「重要な局面で不穏分子足り得るわたしが現場にいるのは好ましくない……そういう事ですね?」
『──う、む……いや、うむ…………すまない。ヴルム君の言う通り、いくら我輩が言葉を飾ろうともその本質は変わらない。理解してほしい』
「いえ、分かってます」
レオニールの訥々とした語り草に、スティリアはどこか割り切ったような涼しげな顔で頷いた。果たして……これまで旅で苦楽を共にしてきた一行の表情にも、どこか翳りが見えだす。
「そんじゃあ、決まりだァ。善は急げってヤツだァ」
『……せやね、ぼちぼち行こか。おいちゃんの言う通り、ここで手ぇ拱いとっても先にやられたらキツいで』
ヴルムに続いたテレシアの言葉に、異論のある者はいないらしく、一同は頷く。
『相手は魔法を使う。時間を与えれば与えるだけ不利になるからその案には賛成だ。こうしている内にも公国に増援を進軍させている事だろう。ただでさえ強力な機兵族の大隊に柔軟な戦略と魔法が加わるとなれば──』
「我が軍の大多数を占める血鬼族は、ただでさえ相性の悪い機兵族に加えて天宝族まで相手取らねばならぬ。そうなれば我が軍は戦場からの撤退を余儀なくされ、戦うのはほれそこの共和国のみとなる」
『──そうなるのは、避けたい所だ。君達による公国マクニール早期の陥落がこの戦の鍵を握っていると言っても過言ではない。健闘を祈る』
直後、遠方から響くようにして「これはどこを押すのだった?」という声や、「そこは違うっスよ! 馬鹿、壊れるっス‼︎」などと、緊張感を感じさせない遣り取りの後、レイチェルの胸元からブツリと切断音が響く。
「……帝国兵は共和国より新規に開発された試用型通信機器を支援してもらう運びとなっておる。その為、其方達との合流もやや遅れてしまう。我らが軍の伝令使が到着した晩が作戦決行の日となる。それまで公国周囲の地形の調査など、怠るでないぞ」
「御意に、皇帝陛下」
ヴァレリが答えるや否や、謁見の間の大扉はガリガリと歯車が噛み合うような音を立てて開いていく。
「……見送るわ」
「スティア……」
スティリアは、どこか澄ましたような顔でそう告げる。そんな少女の言葉に、ルエインはどこか寂しげな表情を浮かべるのであった。




