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第三十一話 ー強さの代償①ー

『……終わらせたろや』

「ありがとう、テレシア」


 息を飲んで見ていた一同。テレシアが口火を切ると、スティリアが様々な思いを乗せた礼を述べる。


(あなたは……わたしが幼かった頃からずっと支えてくれた。それは義務からだったのかもしれないけれど……少なくともわたしは、あなたに感謝をしていたわ)


 その心中など察せるはずもなく、ガディウスは一同へ向けて、その巨人の如き青紫色の巨腕を振るう。その腕には烈火と烈風が混ざるようにして拳の先へと集まる。


「──! ヴァレリッ!」

「分かっておる!」


 スティリアが叫ぶと同時に、ヴァレリは障壁を展開させた。結晶のドームに拳が接触──同時に、拳の先に集まっていた明るい光が閃光を放って炸裂する。


「ムゥッ⁉︎」

「大丈夫……割れないわ」


 大爆発を起こしたものの、結晶の壁は耐えきった。そして、ドシャリと骨片混じりの肉塊が吹き飛ぶ。


「ウゲッ……」

「動揺する事じゃ、ありません……」


 トゥーラが気色悪いと言わんばかりに嘔吐えずくと、ヴァニラが声色を震わせながらもそう言う。冷や汗を流しながらも、その端正な顔立ちは歪みなかった。しかし──


「これは……魔獣⁉︎」

『あれはサイクロプスです』


 肉片は膨張して、ガディウスの体と同色の皮膚を持つ巨人を生み出した。一つ目でギロッと睨みつけるサイクロプス。

 その背後では、吹き飛んだ腕腕から触手を複数本伸ばし、それらが捻れて固まると、骨へと変質した。その上を更に触手が這い回り、繊維質に固まっていく。


此奴こやつも再生能力と魔獣を生み出す能力を有しておるか……。あの竜王めが帝都に入り込んだのと何ら変わりがない最悪の状況じゃな」

「やるしかあるまい……」


 ルエインは、レイチェルの肩を離れて雪上へ立つ。


「……ルエイン、あなたはレイチェルといて」

「スティア、まだ俺は──」

『イエス、マスター』


 ルエインが言い切るよりも早く、ルエインはレイチェルに腹部を拘束された。


「あなたは何度もわたしを守ってくれたわ。今度は、わたしの番。それに──」


 スティリアはゆっくりと瞬きをした。


「これは、わたしの因縁だと思うの」

「む……」


 言いながら、スティリアはヴァレリへと視線を送った。


「サポートを、お願いしていいかしら?」

「……ええじゃろう」


 ヴァニラは頷くと、ヴァニラとトゥーラへ向き直る。その視線を受けた二人は、固唾を飲む。


「二人は帝都に生まれた魔獣の処理に当たれい。此奴こやつはわっちと小娘で仕留める。トゥーラはその男を機兵族マキナの娘に預けよ。足手纏いになるじゃろ」

「──! 分かりました」

「い、イエス・サー!」


 トゥーラはレイチェルへハロルドの身を委ね、ヴァニラと共に障壁に空いた穴から抜け出る。そして、腰元から銃を取り出して魔獣の掃討へと当たった。


「レイチェル、二人をお願い」

『……イエス、マスター』


 レイチェルは深い相槌を打つと、ルエインとハロルドを小さな腕で抱きかかえ、周囲を警戒する。

 そんな中、ふわりと大きな尾を振るったテレシアが、スティリアの傍らに歩み寄ってきた。


『ウチの事、忘れとるわけやないやんな?』

「……ええ。あなたの力も、頼りにしているわ」


 そらおおきに! と笑いかけるテレシアに対して、スティリアは若干戸惑いのある顔をしていた。


(わたしが国を出なければ……あなたも死なずに済んだのよね。でも、わたしはもう……彼と生きる道を選んでしまったから──)


 目を閉じ、スティリアはその手を差し向けた。拒絶の意思を示すが如く、両の手で。


(あなたのごうも、その命も……全て、わたしが背負うわ。それが──わたしにできる、あなたに対してのせめてもの贖罪しょくざいだと思う)


 スティリアは、鋭い眼光で障壁越しにガディウスの姿を見据えると、


「ラディウスッ!」


 手のひらから光線を放った。それをガディウスは反射的に手をかざして防ごうとするが、光線は複数に枝分かれし、首筋や肩、脇腹を掠めて抉り、貫いていく。


『ヴァアアアアアッ‼︎ シィィイイインッ‼︎』


 巨人は、苦痛に対する苛立ちからか。両の手を振り回してのちに、手首まで再生させていた触手へと食らいつくと……そのまま引きちぎってみせた。


『何やっとんねん、アイツ⁉︎』

「……最早もはや、正気にあらず、か」


 クチャクチャと音を鳴らし、唾液と共に肉片をボタボタと口元から垂らす様は、自我や理性を失っている証明に他ならなかった。言葉を発しているのは執念ゆえか。

 魔獣と成り果てたガディウスは──目前にいたサイクロプスを左手で掴み上げると、そのまま食らいついた。


「──ッ‼︎」

「スティアよ、やるぞぃ」

『せやな、アイツはもう……ただの魔獣やで」


 生み出した仲間すら食らいつき、骨まで砕いてむさぼるガディウス。それと同時に、右手は即座に復活を遂げた。


「……ヴァレリ、お願い」

「心得た」


 スティリアに声をかけられたヴァレリは、その障壁へと伸ばしてきたガディウスの血塗れの手を、氷柱のように伸ばした結晶の槍にて突き刺し、応えた。


 ガディウスは刺さった部分を反射的に引き抜き、その左手と右手とを使い、結晶のドームを掴む。ミシミシと音を立てながら軋む障壁の中、ヴァレリは両の手を巨人の手へと向けた。


壊門棘路かいもんきょくろ


 ドームから荊棘線ばらせんの如く伸ばしていくヴァレリ。細い結晶をその巨腕へと這わせ、棘を生み出してはガディウスの皮膚へと突き立てていく。


『グァアアアアッ⁉︎』


 有刺鉄線の如く巻かれたそれを、ガディウスは反射的に手を引いて、両の手で握りしめ、血が出る事もいとわずに、毟り取るようにして砕いて捨て去った。


「この槍は攻めも守りも完璧じゃよ」

『やるやんけ!』


 テレシアの言葉に、「じゃろぉー?」と。余裕綽々よゆうしゃくしゃくな対応をして見せるヴァレリは、小動物へ一顧いっこすれば「クフフ」と笑いかけた。そこへ──


「油断しないで!」


 今度は裏拳を仕掛けてきたその巨腕に、スティリアが両の手で風と火を操り、小規模の爆発を発生させる。周囲の建物が爆風に煽られる中、ガディウスの腕はれて、虚空を薙いだ。

 焼けてただれた皮膚の下から現れた肉から血液がフツフツと溢れ出す。ガディウスは、それらを長い舌を使ってベロベロと舐め始めた。その姿はさながら人の姿を形取った野生の獣のようである。


「ヤツに知性の類いのものは完全になくなってきておるみたいじゃな……。なれば、なんの恐れもあるまいて!」


 ヴァレリが障壁越しに槍を投げ放つと、ガディウスは反射的にそれを掴もうと手を伸ばす。その手に収まったかと思えたその槍は──


鬼槍術きそうじゅつ月景貫げっけいかん


 するりとその手をすり抜けたかと思うと、見えていた槍は蜃気楼の如く消え去っていた。投げられていた槍の本来の位置はその先へ、僅かにズレていた。


「目に映るものが全てとは限らぬぞ」


 幻の槍という虚空を握りしめたガディウスの額に、その槍は容赦なく突き刺さり、血を流させる。ヴァレリはニヤリと笑って、握って向けていた手を開いた。


陽陰鬘ひかげのかずら


 ザワザワと蔦がように伸びる結晶片は、ガディウスの青紫色の体を覆い尽くしていく。ギザギザと返しがついたような結晶のトゲに突き刺さる事による苦痛故にか、


『グフュッ……ルォオオオオオッ‼︎』


 ガディウスは唾液を散らしながら吠えた。ヴァレリは「クフフ……」と妖艶に笑って見せた。


「その歯朶しだは、もがけばもがく程にオヌシの身を突き刺すぞ、クフフッ」


 言うたところで届かぬじゃろが。とヴァレリは続けて笑った。

 ガディウスの体はどんどん結晶に覆われていき、身動みじろぎしては血を噴き出していく。しかし、その抵抗も虚しく……ガディウスは次第に動きを弱めた。

 その下で……散った血液は粘度が高いだけでなく、ヒルのように這いずりながら動きだしていた。


「このまま本体を足止めする。下の者共々いけるかえ? スティアよ」

「ええ」


 スティリアは胸部の宝石に宛てがっていた指から何かの文字を抜き出し、祈るようにして両の手を重ねると、静かに口を開いた。


「サンルクトゥクス」

『オォ……グォオオオオオッ‼︎』


 ガディウスの体をすっぽり包むほどに巨大な光の柱が、天より降り注ぐ。それに触れると同時に、巨人の青紫色の体はボソボソと崩れ去り、灰となっていく。崩れた体から触手が伸びて再生を果たそうとするが、全てが後手へと回り、灰へ灰へと変わっていく。

 ヒルのような生物も同じだった。蒸気を噴き上げて、じゅわりと溶けるように雪へと染み込んだかと思うと、その姿形は一瞬で消え去っていく。


(力が溢れてく……る……。あ、れ……わた、し──)


 スティリアの意識は……閃光が強い光を放てば放つ程に、遠ざかっていた。


「戻れ、インフィニティ」


 ヴァレリはそんな事など露知らずに。一つの結晶片を、閃光の中からその手に戻した。手中に収まると同時に、それは槍へと姿を戻していく。ガディウスの体を包んでいた結晶体も、同時に消え去った。

 巨人のいた場所に灰の山が出来上がっていく最中さなか、吐き出されるようにして胸部から目玉が一つ、吹き飛んだ。ボテっと数回雪上を転がったその巨大な目玉は、血管部近辺にある筋繊維でその身を上から上へと包み込み、蠍のような形を模して少し肥大化した。硬質化しているのか、脚先から雪を引っ掻いて、カリカリと音を立てながらその目玉は体に甲殻を生み出した。


『あれが本体かッ!』

「悪趣味じゃの……」


 ヴァレリは嫌悪感を露わにしてその表情を歪めるが、過去に似たような生物に相対していたヴァレリとハロルド以外の面々は、その表情を崩さなかった。


「グランディウス・キリオ」


 響く淡々としたか細い声。そう呟いたスティリアの声に応じるようにして……その怪物の周囲には光の剣が数え切れないほどに浮かび上がり、スティリアが手を下ろすと同時に対象へ向かい、突き刺さった。

 蒸気を噴き上げて、ビクビクと筋組織を痙攣させるその生物を、スティリアは人が変わったかの如く冷徹な表情で見ていた。

 敵が身動きしなくなってもなお攻撃の手を緩めないその少女に、隣にいたテレシアはゴクリと固唾を呑む。


『スティ、ア……?』

「…………」


 テレシアの声に反応して、ゆっくりと視線だけを動かしたスティリア。しかし、


『──! アンタ、その目……‼︎』


 片方だけ……それも、半分のみ。軽く一瞥いちべつしたスティリアの瞳は、血のような赤に藍色が侵食されていた。


 そんな中、テレシアの様子を見たルエインがグッとレイチェルの腕を掴み、その手に力を入れる。


「もう、いい……動ける」

『マスターからの指示です、待機を──』


 レイチェルが小さな声でそう告げようとした時。ルエインはその手を払いのけて、黒髪の少女へと向き直った。


「スティアの様子がおかしい事、お前が分からない筈がないだろう‼︎」

『──! イエス、ルエイン……』


 悔しそうに下唇を噛んだレイチェル。力なく答えた少女を置き去りに、ルエインは歩み寄った。


「スティアッ‼︎」

「む……。オヌシ、何故ここに──」


 ルエインがゆっくりと歩み寄り、声をかけた事にヴァレリは疑問を覚えて振り向く。そして、


「スティア、その手はなんじゃッ⁉︎」


 ヴァレリの言葉に……テレシアもルエインもハッとしたようにスティアの手先を見る。その手は徐々に灰色に染まり──ヒビが入っていた。巨人化する直前の、ガディウスの体と同様に。

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