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第三話 ―王国の騎士ガディウス①―

  明くる日の事。湿った空気の漂う森の中、薄いボロきれをかぶっていただけのルエインは、寒さに震えだした。時刻はちょうど朝日が昇りだす頃だ。


 (しば)しの間、小さく身動(みじろ)ぎしていたルエインはその身を起こして、辺りを見渡す。昨晩美しく森を照らしていた緋色と黄金色の炎は、(くす)ぶりを残す事なく燃え尽きて灰の山となっていた。


『起きたんか?』

「……テレシアか」


 おはよう、と続けて挨拶をしたテレシアに、ルエインも同様の挨拶を交わす。テレシアは寒さとはまた違う震えでブルブルとその身を震わせると、腰を思いっきり伸ばしてから、ルエインに言う。


『よう眠れたか? ちなみにウチの毛並みはガッサガサやで。夜更かしは美容の大敵や』


 愚痴と同時に嫌味ったらしくそう言うテレシア。ルエインは視線をチラリと送って一瞥(いちべつ)すると、言葉を返す事もなく川へ向かう。


 川に着いたルエインは腰を落として屈むと、その水を(すく)って顔を洗う。そして、しばらく川底にある苔の生えた小石を眺めていたが、怪訝(けげん)な表情を浮かべたかと思った次の瞬間。ガサリと(しげ)みの中で物音がする。


「……シッ!」


 火中(かちゅう)の栗を拾うかの(ごと)く、一瞬の内にして川へ手を突っ込んで小石を一つ拾い上げると、その小石を対岸の茂みへと投げ捨てた。

 ガサリと音を立てて(やぶ)の中を進んでいった小石は、程なくしてコォンと固い物に接触した音を立てた。


「──敵、か……?」


 より一層険しい表情となったルエインが(しげ)みを(にら)みつけていると、近くの木をリスが慌てて登っていく。岩に当たったのか。気のせいなのか。そう言わんばかりに固くなった表情から一転、眉間の(しわ)を緩めるルエイン。


その後、物音一つ立てなかった為、やや後ろ髪を引かれるような面持ちのままルエインはテレシアの元へと戻った。


 無言のまま近づいてきたルエインに、テレシアはジッと見つめてから、やがて尋ねる。


『えらい殺気立った顔しとるやん』

「……油断はできない。敵がいるかもしれない」


 なるほどなあ、とどこか他人事かのように立ち上がったテレシアは、グッとその脚を伸ばす。その後、背中も伸ばしたテレシアは、とてとてとルエインへと歩み寄ってきた。


『朝ごはん!』

「……分かった」


 ルエインはテレシアの頭へ手を置き、神力を注ぐ。「ん……くぅー!」と美味しい飲み物を飲んだかのような反応を見せたテレシアから置いた手を放すと、布袋へと歩み寄って中から瓶を取りだした。


「このままだと味が濃いか……? パンでもあれば助かるが」


 油脂分が冷えて半固形となっているスープ。頭を悩ませているルエインを見かねたのか、テレシアはビッと川を指差して告げる。


『どら、ほなウチが魚でも取ってきて──』

「よせ。木の実でも探している方がまだ生産的だ」


 ばっさり切り捨てられたテレシアは、「なんやとー!?」と声を荒げてギャーギャーと(わめ)き立てている。

 そんな賑わう野営地に触発されてか、テントからのそりとスティリアが現れた。


「おふぁようございます……」


 眠そうに目を(こす)りながら、欠伸(あくび)混じりに朝の挨拶を告げるスティリア。


『おっはようさーん!』

「……おはよう、スティア」


 日の出よりも明るい声でいの一番にテレシアが、次いで間を開けてルエインが挨拶を返した。


「顔を洗ってくるといい、川はあっちだ」

「ふぁい……」


 未だ寝ぼけ(まなこ)を擦っているスティリアは、ルエインの指先に導かれるまま、川へと向かって足を運ぶ。


 フラフラとした足取りのスティリアをジッと見つめていたルエインの傍らにいたテレシア。テレシアはルエインを見上げてジッと楽しげな笑みでルエインを凝視している。


「……なんだ」


 テレシアはヌフフ、と奇妙な笑い声を上げる。


『えらい(ねつ)っこい目で女の子のこと見てるやん。どこ見てたん? うなじ? 背中? お尻? 太もも?」


 口角を釣りあげながらそう言うテレシア。ルエインは「馬鹿も休み休み言え」と声色一つ変える事なく、続ける。


「心配だから付いて行ってやれ。怪しい気配もした」

「怪しい視線もあったりして」


 ルエインがキッと睨みつけると、ニヤニヤと笑っていたテレシアは、「おーこっわ」と一言(ひとこと)言い残して足早に後を追った。


 それを途中まで見送ったルエインは、眼下に並べられた三脚や鍋、そしてテントをゆっくりと交互に見比べた。


「持ち運ぶとなると大きな荷物になる、か……」


 どれもあると便利だが全て持って行くとなると嵩張(かさば)る。取捨選択の板挟みな思考を口にした直後。


「きゃあっ!?」

「──! 何か、あったのか……?」


 小さな悲鳴。ルエインが足早に川へ向かうと、川をジーッと見つめるテレシアと、川の中でぺたりと座り込んでいるスティリアが見えた。


「あれは……」


 スティリアの視線の先をルエインが追うと、先ほど投石した茂みの中から鈍色(にびいろ)機兵族(マキナ)が川の中に頭を浸けて倒れ込んでいる。這いずりながらここまで来たのかその脚は損壊しており、後頭部には親指ほどの穴が開いていた。


『もう死んどるで。あ、いや……動かんのを死んでるって言うんか知らへんけど、とにかく川にドボンしてからは動かへんな』


 気配を察してか、振り向く事なくそう言うテレシア。ルエインは「そうか」と短い返事を済ませると、テレシアを両の手で抱え上げて、そのまま自分の肩に乗せた。そして、そのまま川へと歩み寄ると、スティリアへと声をかける。


「スティア」

「る、ルエイン……」


 体勢を変える事なくゆっくりと振り返るスティリア。普段でさえ重そうなドレスは、ブラウス共々水を吸い上げて余計に重そうに見える。


「風邪を引く。早く上がった方がいい」

「……こ、腰が抜けちゃって」


 申し訳なさげにそう言うスティリア。ルエインは「そうか」と一言返して(のち)、川へと入ると、スティリアの両脇に手を入れた。


「ひゃっ!?」

「……変な声を出すな」


 ──胸に、手が──そんな事を考えているスティリア。しかし、その心の中の動揺は、幸か不幸かルエインには伝わっていない。


「怪我はないか?」

「う、うん……」


 そう返すスティリアは、どこか気恥ずかしげだ。しかし、ルエインは気にする事なく、ダバダバと重力に引っ張られて水が流れ落ちていく衣服を注視する。


『濡れ透けブラウス見つめるなんてえっちやん』

「なっ……!?」


 テレシアがボソッとそう呟くと、スティリアは顔を真っ赤に染め上げる。それに対してルエインは「馬鹿を言え」と一言一蹴(いっしゅう)する。


「服は乾かした方がいいだろう。火はまた起こせばいいが……」

「えっ……!?」


 問題は食料か。そう続けるルエインを他所にスティリアが顔を俯け硬直しだした。そして、テレシアは溜め息混じりに呟く。


『やっぱ、大胆にえっちやんなあ……』

「……何を言いたい?」


 やや苛立(いらだ)ちを(つの)らせてか、不機嫌そうに尋ねるルエイン。その正解を持っていたテレシアは、「あのな?」と続ける。


『乾かしてる間、服はどうすんねん』

「…………なるほど」


 何かを察したように、気まずそうに明後日の方向を見つめだすルエイン。


『まったく……。お(ちち)にも触るし、とんだむっつりさんやで』

「それは不可抗力だろう」


 あーだこーだと言い合う二人を前に、一人顔から煙を吹きだすスティリアだったが、不意に「あっ!」と声を上げると、そのまま続ける。


「水は……魔法で取り除けると思います!」

「……そうか」


 安心したようにやや微笑を浮かべながらそう返すルエインと、そうじゃないんだと言いたげに残念そうなテレシア。そんな一人と一匹を他所に、スティリアは両の手を前に突き出すと、目を閉じて呟く。


生命(いのち)(つかさど)る水よ……。その力を、わたしに少しだけ貸して……!」


 スティリアがそう言葉を並べると、衣服に付いていた土埃と一緒に、水だけが腕を伝ってその手に集まっていき、球状に纏まる。


「んっ……!」


 集中しているのか小さく声を漏らすスティリア。テレシアが「えっちや……!」と呟いた為か、ルエインは見向きする事もなくその頭を叩いた。


 スティリアはその一連の出来事に気付く素振(そぶ)りすら見せずに、ゆっくりと下流へと向き直ると、そのまま水を弾けさせた。


「で、できました!」

『魔法って便利やんなあ……』


 テレシアがそう呟くと、珍しく意見が合ったのか、ルエインはスティリアに脈絡なく尋ねる。


「他にどんな魔法が使える? 今後の為に聞いておきたい」

「えっと……。風を起こしたり、火を灯したり、土を柔らかくしたり、静電気を起こしたり……あ、あとは部屋を薄暗くしたり、明るくしたり。教えられたのが生活魔法だけだったので、それぐらいです。すみません……」


 申し訳なさげにそう語るスティリア。ルエインは「いいや」と言いながら続ける。


「気にしなくていいさ。どれも旅をする上では役立ちそうなものばかりだ、どんなものも使い方次第だろう。それを考えておいてくれれば……きっといつか役に立つさ」

「はい……」


 スティリアはそう言いながら、思考を巡らせるようにぶつぶつと何かを呟きだす。ルエインはその様子を見てフッと小さな笑みをこぼした。


『狩りとかならなんやかや使えそうやけどなあ……』

「そうだな、食料も心配だ。それは助かる」


 しかし、その会話に耳を傾ける事なくスティリアは思考を巡らせている。ルエインが声を掛けようとした──その時だった。


「──ッ! テレシア!」

『ほいほいなっと』

「えっ!?」


 真っ先にルエインが。次いでテレシアが落ち着いて、スティリアが驚きの声を上げる。ビシパキと軋みながら木が倒れていくような音が響いたかと思うと、次の瞬間には地を揺らす地響きが衝撃と共に森全体に広がる。


 ルエインの手元へするりと降りてきたテレシアはその手中へ収まると、即座に刀身のない刀へと変化(へんげ)した。


 倒木の音と西に逃げ去る鳥達。脅威(きょうい)の位置を瞬時に理解したルエインはそのまま駆け出そうとした。しかし、思い留まるようにしてすぐに立ち止まると、スティリアへ向き直って語りかける。


「スティア。家屋かテントの中にいるといい」


 ルエインがそう言うと一瞬顔を固まらせたスティリアだったが、ゆっくりと首を横に振ると、落ち着いた表情で意思を示す。


「いいえ、わたしも行きます」


 確かな眼差し。その表情に強い遺志を感じたルエインは、「わかった」と一言。そして、言葉を続ける。


「危ないと判断したらすぐに退け。無茶はするな」

「……はいっ!」


 そう言いながら一直線に未だ謎の地響きと倒木音の鳴り続ける震源地へと向かった。ルエインが藪を切り裂きながら進み、そこへスティリアが続く。


 程なくして、悲惨なまでに木々が薙ぎ倒された拓けた土地に出る。切り株と言うにはあまりにも荒々しい断面の数々。その中心には、最初に薙ぎ倒されたであろう一際(ひときわ)大きな木が、鋸刃(のこば)のように虚しく空を仰いでいた。


「ひどい……」


 スティリアがその惨状に、悲しげに顔を歪めた時。ルエインが「見ろ」と指を差した。


その先では人の形を模した岩の塊が、巨木を振り回して木々を薙ぎ倒していた。三〇尺(※ おおよそ九メートルほど)はありそうな巨体であり、鈍い動きながらも戸惑いなく活き活きと木々をへし折り、周囲に鈍い音を立て続ける。


『あれは……ゴーレムやな。魔法生物や』


テレシアがふっとそう溢す。ルエインは「ほう、あれが」と感心を示し、続ける。


「そうなると追っ手がいる……という事か」


 魔法生物が普通に現れる事などない。ルエインの表情はそう言いたげなほどに自信に満ちている。


 ルエインが冷静にそう分析していた時。ゴーレムの振り回した木が倒れた木の一本を引っ掛け、丸太の上を転がり、一同に回転しながら差し迫った。


「──ルエイン!」


 スティリアはルエインの背後に隠れ、外套をギュッと握りしめた。


「……やれやれ、だな」


 そんなスティリアをチラリと目だけで追うと、ルエインは溜め息混じりにそう呟く。そして、ぐるぐると行き場なく回り続けていた木がルエインの眼前に来た刹那──


弐式(にしき)・神楽」


ひらりと、舞うような動作。しかし次の瞬間にはその手から放たれた神速の太刀筋が、襲い掛かってきた木を粉々に切り裂いていた。


 大鋸屑(おがくず)のように柔らかく刻まれたその木は、風の抵抗を一身に受けると、枯れ葉の如くその場でヒラヒラと舞い落ちていく。


「怪我はないか?」

「あっ……えっと、うん。ありがとう」


 ルエインが安否を確認すると、スティリアは恥ずかしげに顔を背ける。ルエインは「そうか」と小さく呟くと、再びゴーレムへと向き直る。


『戦うには転がってる木が邪魔やんなあ』

「……分かっているくせによく言う。スティリア、少し退()がっていろ」


 ルエインはスティリアにそう言うと、スティリアは邪魔にならないよう、後ろにあった木の裏に隠れる。

 それを確認したルエインは背に刀を構え、その柄に左手を添える。グググっと筋肉が震えるほど圧縮されきった時。


『一発かましたれーい! ふっふぅ!』

肆式(ししき)神鳥谷(ひととのや)


 一瞬。ルエインの手元が消えたかと思うと次の瞬間、ルエインは刀を逆手で持っていた。それぐらいの速度で振るわれたのだ。

 ルエインの眼前にはその空間に薄青い亀裂が生まれ、獲物を待つ獣が(うな)るようにして、バチバチと音を立てている。切り傷のようだったその傷痕も徐々に膨らみ始め、決壊したダムのように小さな光の奔流を放った。

 光の塊は巣立った鳥の如く。地を這うように拡散して飛ぶその小さな鳥は、周囲にある木々を(ついば)み、貫き、粉々に粉砕しながら進んでいく。やがて、暴れまわるゴーレムの元へと結集すると、その全身を削るようにして抉り取り、虚空(こくう)へとその姿を消していった。


「すごい……」


 木の(かげ)からこっそりと顔を覗かせていたスティリアが、思わずそう呟く。荒れ狂っていた暴帝(ぼうてい)は、その体を繋ぎとめる糸が切れたかのように、その場で崩れて瓦礫(がれき)の山となった。

 しかし、その時。上空に影が現れる。


『ルエイン、上や!』

「──! 新手か……」


 地響きと土煙と衝撃。この三つが現場を支配した数秒の後。天空を舞う機竜兵(フェルムマキナ)が現れる。その鈍く青い色合いをした飛竜は、広場の上空を数回旋回すると、凄まじい早さで急降下してきた。


「フンッ。無様に亡命したかと思えば……よもやこんなところにいるとはな」

「お前は……」


 舞い降りてきた飛竜の背に一人の影が見えた。その男は長い金髪を結わえており、目は青色。眩い銀色で輝く鎧の胸元では、竜頭(りゅうとう)を丸い宝石で叩き潰しているような金の紋章が輝いている。それは、まさしく王国で見た男だった。

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