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第三十話 ー舞い降りた影②ー

「……私は今、高揚こうようしている。この私に屈辱を与えた貴様らなど、この力をってすれば塵も残さずに葬り去れる」


 男は──その面影を残してはいるものの、皮膚がやや硬質化しているのか……不気味に頰に走った亀裂は石膏のように冷たい色をしており、その身が人で無くなった証明をしていた。


「なんじゃ、彼奴あやつは?」

「ガディウス。……元、アレキサンドロス王国の、私に仕えてた騎士よ」


 ヴァレリの問いかけに、スティリアが答える。チラリとヴァレリが向き直れば、ヴァニラは既に腰から銃を抜き放ち、ガディウスへと構えていた。


「誰の目に見ても怪しいのは分かります! 帝国に仇なす者は誰であろうと我らが討ち果たすのみ!」


 ダンッと鳴り響く銃声。放たれた数十に及ぶ光の弾丸は、収束して一本の槍となりガディウスへと向かう。


「効く訳なかろう、こんなものッ!」


 手を振るうのみの小さな動作。光の槍はその漆黒の膜へと吸い込まれた。


「ッ‼︎」

「フンッ、カスが……そんなにこの鉄クズみたいな国が大切ならば足りない頭を使え!」


 楕円状から膨張して真球となると、バチリと音を立てながら弾け飛んだ。


「む……いかんッ! 皆の者──」


 ヴァレリが言いかけた時。


「スクラトゥム」


 少女の声が響くと同時に……一同の目の前で見えない壁に阻まれたかの如く、光の弾丸はバチンッと音を立てて弾け飛んだ。しかし、周囲へ散った光の弾丸は、容易に建造物を破壊していく。倒壊音が響く中──その少女、地に手をついていたスティリアは、その華奢な身をゆらりと起き上がらせ、一歩ずつ踏みしめるようにガディウスへと近付いていく。


「スティ──」

「あなたは、昔からそうだったわ……目的の為なら人を平気で傷付けて……」


 ルエイン達が言い切るよりも早く。穏やかに、それでいて砂漠のように乾いた声で……スティリアは語り出す。その少女の言葉に、ガディウスは鼻を鳴らして反応を見せた。


「目的を達する為に回り道をする必要などない」


 スティリアの小さな呟きも、ガディウスは冷ややかな視線を送りながら受け止めてみせ、「そもそも……」と言葉を紡いでいく。


「弱者を歯牙に掛けていては何も成せぬ、何も生まれぬ。弱さとは、罪なのだ。それを拒む者がいると言うのならそいつは強くならなければいけない。私のように、スラムの出自であろうとも……力とその実績で貴族の養子となり、騎士となる事も体現できている。できぬのは怠慢に過ぎん!」


 苛立ちを隠そうともせずに、ガディウスは何かを投げ捨てるかの如くその腕を振るって叫び立てた。

 現状を把握できていない一同は……ガディウスの力を無効にせしめた張本人である、スティリアへチラリと視線を送った。

 スティリアは閉じていたその目をゆっくりと開き、儚げに元自分付きの騎士であるガディウスを見据える。


「誰もが……あなたと同じ力と、その価値観を持っている訳じゃないわ。わたしと、あなたが違うように。わたしと、わたしの仲間達もまた、違うように……。もう、終わらせましょう? あなたをこの世のしがらみから解放してあげる」


 スッと、その頰を涙が流れていく。スティリアは祈るようにして胸元で重ねていた両の手を、ゆっくりと開いていく。

 ガディウスは歯ぎしりをし、額に割れ目を生じさせる。パキッと音を鳴らしながら、その内側から紫色の皮膚が露わになった。


「貴様如き忌み子が……王に捨てられた存在がこの私を解放させる? 終わらせる……?」


 クッハッハッハッハッハッハッ! と、ガディウスは片目を押さえ、腹を抱え……心底可笑おかしいと言わんばかりに口元を大きく歪ませ、高らかに笑い飛ばした。

 一頻ひとしきり笑うと、ガディウスはピタリとその動きを止めて、ゆっくりとそのおもてを上げた。


「笑わせてくれる。出来損ないは頭まで出来損ないのようだな。下らないジョークも笑ってやったんだ。もう手加減はしない……一瞬で葬り去ってやるッ‼︎」


 青い衣を纏ったその男は、熊が巨腕を振るうが如く、その手を振り上げる。すると地面から不純物混じりで不透明な氷のトゲが、大量に生まれて宙へと浮かんだ。

 ガディウスはそのまま鼻で笑い、虚空を引き裂くような行動を取る。すると、その動きに合わせて氷の弾丸は発射された。


「む──いかん! 鎧囚一触がいしゅういっしょくッ!」


 槍の結晶群を球状に展開させ以って、ガディウスの氷の槍を防いだヴァレリ。しかし、大質量……無限に近い勢いで放たれた続けている攻撃に、結晶の壁はヒビを走らせた。


「む……せ、インフィニティッ!」


 傷を覆い隠すかの如く……それより内側に膨らむ事で、防壁の崩壊をやり過ごした。しかし、それは気休めに過ぎない。


「クッハッハッハッ! どうした⁉︎ 解放するのだろう? この私をッ‼︎」


 笑い半分、苛立ち半分。そんな声色で怒号を響かせるその男……ガディウスは、雪の中から氷の槍を絶え間なく生み出しては、飛ばしていた。

 対するスティリアは、無言のままその手を突き刺さる氷柱つららへと向けると──その胸元のブラウスを裂いて、胸部に埋まる黒石を露わにした。

 黒色の宝石は妖しく光り、結晶の障壁に刺さっていた氷柱つららを粒子として分解して、それらを取り込んでいく。


「あなたと対峙たいじして、少しだけ分かったわ。あなたの魔法から──あなたの記憶に干渉できた。黒石が忌み嫌われた理由も……」

「記憶に干渉……だとッ⁉︎」


 スティリアの冷静な言葉に、ガディウスは不気味そうに冷や汗を掻き、魔法を飛ばす手を止めた。


「黒石が嫌われた理由……それは、感情の昂りによって周囲の魔法を喰らってしまう──魔法喰らいマギアイーターだったから、なのね……。魔法を中心としたあの国なら、当然だわ」

『──! ほーか! 魔法を喰らう……つまり知らへんかったら無自覚に魔法を消すっちゅう事! とどのつまり……魔法を中心とした国やと未曾有の大事故に繋がるからかッ‼︎』


 スティリアの言葉に、テレシアが納得したと言わんばかりに大きな声を上げる。ガディウスは「チッ」と舌打ちをし、再び腕を構えた。


「無駄よ」

「──! ぐっ、ぬぅ……」


 ガディウスの手のひらから光の粒子が溢れ出し、スティリアへと吸収されていく。


「あなたが魔法を使う限り、わたしは倒せない。そして──皮肉にも、あなたのお陰で魔法を無詠唱で使う方法も分かった。この石が黒い理由も、ね……」

「……腹立たしい」


 スティリアの言葉に、ガディウスは顔を伏せていた。パキパキと音を鳴らし、顔に張り付いた石膏の仮面が割れて落ちるが如く──その皮膚は、どんどん砕けていく。


「いるんだろう? シン、力を寄越せ」

「──! アイツが……?」


 ガディウスの言葉に、ルエインは周囲を見渡す。しかし、それらしき姿などない。周囲から突出した瓦礫を探すも、その姿はない。しかし──


「やれやれ……あなたにはまだ生きていて欲しかったですよ」

「──!」


 いつの間にか。シンはガディウスの背後に立っていた。その男の顔を見て、ヴァレリは顔色が変わる。


「嘘じゃろ……彼奴あやつはミハイルッ⁉︎ ヤツは確かにこの手で……」

「知り合い、か?」


 ヴァレリは瞳孔を大きく見開き、動揺を露わにする。ルエインが尋ねれば、ヴァレリは「ああ」と小さな返事を返す。


「この帝国で大量虐殺を行った、重犯罪者じゃ……」

「まともじゃないのは昔から、か……」


 ヴァレリの言葉に、ルエインは冷や汗を掻く。

 ──対して、その男は雪の中にスーツという場違いな格好にも関わらず、その涼しげな表情を崩さない。


「今、ここで奴らを殺せぬのなら……私は私を許せん。どの程度情報を知られたかは分からないが──この私が何度も失態をさらすなど、辟易へきえきする」


 ギリっと歯を鳴らし、ガディウスは拳を握りしめていた。それを細めを開いて見ていたシンは、「やれやれ……」と一言言うと、


「そうですか。わたくしと貴方との合作がやられてすぐに、あなたも……となると、わたくしは寂しくてたまりません」

「なっ──⁉︎」


 言いながらにして──シンはズブリとその胸元の黒い宝石を……背中からその手を貫通させて抜き取った。


「ガフッ……貴ッ……さ、ま……ッ⁉︎」

「それじゃあ、もうコレも必要ありませんよね」


 引き抜かれて血に塗れた宝石に、シンはうっとりとした顔をしながら頬ずりをする。


「やっと、一つ……。手間がかかるばかりですね。しかし──貴方はもう一つも見つけてくれました。しかも、天然物ですよ……!」


 悪魔の如くその頰を強烈に歪めて、スティリアへと視線を向けたシン。ガディウスに物怖じしなかったスティリアは──瞳孔を開き、息を乱し、一歩、後退あとずさった。


「おやおや、怖がらなくても大丈夫ですよ。わたくしもあのトカゲくん──失礼。年老いたケダモノが無様にも計画を頓挫させてしまったので、次の予定があるんです」


 ルエインとヴァレリは額に青筋を浮かべ、シンを睨みつけた。それを銀髪の優男は微塵も気にする素振りすらなく、言いながらにして再びガディウスの胸を貫いた。


「グ……オオォォオオオッ⁉︎」

「自分から手駒になってくれるなんて、優しい人ですねえ。いなくなってしまうのが本当に残念です」


 ニコニコと貼り付けたように笑っていたシンは、その手を引き抜く。前腕の途中からダラリと袖が垂れ下がり、貫いた手はそのままガディウスの胸元にか残されていた。


「あなたが無事に、あの邪魔な障壁を突破して……そこのお嬢さんの石を取ってこーい! をできたなら、ちゃんとご褒美をあげますよー! 取れないなら無様にここで死んでください。無能は嫌いですからネッ」

「好きにさせるかッ!」


 笑顔で語るシンへ──ヴァレリは結晶の弾丸を放った。


「おっと、危ない危ない。その力はわたくしでも未知のもの。迂闊うかつに手を出したくないものです。……わたくしめも、そろそろ失礼致しますかね」


 そう言い残してシンは、苦しみ悶えるガディウスの影へと潜り込む。ガディウスは体中の皮膚を割って、ドス黒い紫色の皮膚を露わにする。


『……グッ、ガァァアアアッ⁉︎』

「ッ! 離れるぞッ!」


 青いコートが裂いて際限なく体を膨張させるガディウスに、ルエインは周囲へ注意を促す。ハッとしたヴァレリが障壁を解くと同時に、一同の体は宙へと浮かび上がっていき、すり鉢状の小さな窪地から抜け出した。


「みんな、平気?」

「……助かったよ、スティアさん」


 トゥーラが礼を述べる。スティリアは頷くだけの簡単な相槌を見せると、他の面々と同じようにして、その雪面のクレーターへと目を向ける。爆発しては、それを青紫色の皮膚が抑えるようにして……ガディウスは膨張を繰り返す。

 ──やがて、それは穴から上半身だけを現すと、その膨張を止めた。


『ウォォオオオ……! アツ、イ……シィイイインンッ‼︎』


 ガディウスはもがき、姿の消えた男の名を叫ぶ。その姿は黒色混じりの白い毛に覆われていた。背中から黒い蜘蛛のような脚が伸び、胸部に残っていた腕は溶解し、胸部に抉れた穴を残すのみ。そこからブクッと巨大な腫れ物ができたかと思うと、縦に亀裂が入り、ギョロリと光る目玉を覗かせた。

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