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第三十話 ー舞い降りた影①ー

 テレシアが落下していく金髪の青年を追う最中さなか

 消し炭の如く真っ黒な塊の……外殻と結晶が灰となってボロボロと崩れて消え去っていく中に。竜王の胸部にあった一番巨大な結晶体が、パキリと音を立てて割れた。


「──! なんじゃあれは⁉︎」

『あれは……見た事あるで。グリフォンや』


 落ちていく物体。……それは、鷲の頭と巨翼、獅子の体躯と尾を持つ生物、グリフォンだった。その体は前回アイオライト山脈で見た時よりもやや小さい。


『そんな事より今は──』

彼奴あやつの回収せねば、熟れたトマトが地に落ちるが如く弾けるのう」


 分かっとる! と、テレシアはその速度を高める。落下する金髪の青年を捉えて、その背にいたヴァレリに抱えさせた。


「ふむ……やる時はやるではないか」

「やらねばならないのなら、やるまでだ」


 そうか……。と笑うヴァレリ。ルエインはその美女から視線を移し、テレシアの顔へと向け、その腕から離れてその背に跨がる。ヴァレリはどこか不愉快そうに、ムッと口を尖らせた。


「テレシア」

『分かっとる、追うで』


 ルエインもテレシアも、表情を固くして落下する翼獣を追う。血液も消えた地上、炎だけが燃え盛る中、グリフォン は土煙を上げて落ちた。衝撃波で炎が煽られ、轟々と音を立てる。舞い上がった土煙に包まれると、火は小さくなった。


「むぅ……やはり熱いのう」

「ヴァレリ」


 む? と呟いたヴァレリの手を、ルエインは握る。途端に、ヴァレリの強張った表情が和らぐ。


「これは……」

「暑さも寒さも、和らぐはずだ」


 そう言って前へ向き直る青年に、ヴァレリはその頰を緩めた。


「ったく……変な気を回しおる」


 ヴァレリは、誰の耳にも届かない程に小さくぼやく。その頰が僅かに赤みを帯びていたのは火の明かり故か。その答えは、どこか不服そうな表情か彼女自身も分かっていないだろう。

 そんな中、テレシアはクンクンと鼻を動かし、においを嗅ぐ。


『おるで……血と肉の焼けるにおいや』

「…………警戒を怠らずにいこう」


 ルエインとテレシアの言葉に、再び表情を引き締めるヴァレリ。その手に握られた槍を握る力も、グッと強まる。


「……いた」

『どこに──! おる、な』


 尋ね終えるより早く。テレシアの桜色の瞳にも、それは映った。


『グ……オォ…………』


 首元からは触手が伸び、再びグリフォンの体を包み込もうとしている。それらは地面にも伸びており、石を抱えると同時に同化していき、碧色へと変わっていた。


『む、グゥ……ころ、せッ。早くしろ、ニンゲン共ッ!」

「──!」


 グリフォンは触手を嘴で啄むと、それを食いちぎり、投げ捨ててルエイン達へそう告げた。


『ええんか……?』

『どの道、助からぬ……我の遺言を聞くと言うのならば──我が眷属に伝えよ。風のように自由に生きよ、と……」


 ルエインは首だけを振り返らせ、ヴァレリを見た。


「……頼めるか?」

「オヌシは……動けんのじゃろう? それに見たところ、知人のようじゃ。わっちがほふろう」


 ふう。と一息つくと、ヴァレリは矛先をグリフォンへと差し向けた。


「すまぬな。わっちらの国の為に、オヌシを討たねばならぬのだ」

『フッ……。我らが住処を追われたとうの昔から…………貴様ら人間共が身勝手な事など、知っておる。今更謝った所で、それはオヌシらが救われたいだけだ』


 勝手に救われていろ。と、苦しげに表情を歪めながらも、不敵な笑みを浮かべていたグリフォンの言葉に、ヴァレリはその目を閉じた。


「ふむ。わっちは……オヌシがまともなら、オヌシの事を好いたじゃろうなぁ。その考え方は、好きじゃ。しかし──」


 ヴァレリは槍を一瞬退けたものの、再びその首元の触手に結晶片を散らして引き裂いた。


「最後に一つ答えてもらおう。オヌシをそんな風にしたヤツは、誰じゃ?」

『…………ブランハイム皇国』

「──! ブランハイム皇国じゃと……⁉︎』


 グリフォンの言葉に、ヴァレリはその目を見開き驚愕の感情を露わにする。


「ヴァレリ、すまないが……」

『せやな……早よ、楽にしたってや』

「む、すまぬ……」


 ピタリ、と。その額に一つの結晶片を操って当てがうと、ヴァレリは小さく呟いた。


「瞬け、刀膨大星とうぼうたいせい


 グシャリ。と、血液と脳漿のうしょうが飛び散る。触手が飛び散ると、テレシアはその身から光を発し、消し飛ばす。


『……何にしても、けたくそ悪いな』

「後味は、最悪じゃのう」

「……戻ろう。スティア達が心配だ」


 ルエインの言葉に、テレシアとヴァレリはそれぞれ相槌を打つと、グズグズと崩れていく獅子の肉体を、名残惜しそうに見てから立ち去った。


「……ふむ、女帝は無事に結界を解いたようじゃ」

「そうでなければ困る」


 黒いドームは、剥がれるようにして頂点から大気へと消え去り、徐々に薄れていった。


『見てみ! みんな無事やで!』


 テレシアの言葉通り、体についた雪を払って余裕を見せながら、ふわりと舞い戻ってきた一行へ駆け寄る。


「ルエイン……!」

「お姉様!」


 スティリアとヴァニラが迎え、レイチェルがぐったりとテレシアの背にもたれ掛かっているルエインに、レイチェルがポンっと手を添えた。


『お疲れ様です、ルエイン』

「……! ああ」


 珍しく、労いの言葉を掛けた黒髪の少女に、ルエインは目を丸くして後、穏やかな表情で相槌を打った。


「おかえり、ルエイン、テレシア。そしてヴァレリ」

「ああ、ただいま」

『どやっ! やったったぞ!』

「わっちはほとんど何もしとらんがな」


 頰を綻ばせるルエインと、胸を張るテレシアに対して、退屈だった……と言わんばかりに、ヴァレリはあくびを一つ。スティリアはそんな事を気にも留めずに、目尻を小さく光らせながら、微笑んだ。


「本当に、お疲れさま。わたし達、信じてたよ」

「ええ…………」


 チラリ、とヴァニラはトゥーラを見る。若き軍人は……目線を明後日の方向へと向けながら、後頭部を掻く。


「お、オレも信じてたぞ……!」

「嘘であります……うずくまってもうダメだー! としか言ってなかったであります……」


 ハロルドが薄らと目を開けながら、その背後からトゥーラの黒歴史を語る。

 トゥーラは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、「いやいやいや⁉︎」と何言ってんだと言わんばかりに食いかかる。


「そそ、そ、そんな事ないからな⁉︎」

「あいあい分かった分かった、このたわもんが」


 テレシアの背から降りたヴァレリは、耳の穴をほじりながらルエインの体に触れる。……スティリアと共に。自然と伸びた手の主を、二人は見つめる。


「ヴァレリ? ルエインはわたしが支えるわ」

「小娘、華奢なオヌシには荷が重かろう。わっちに任せると良い」


 バチバチと視線が火花を散らして満面の笑みを浮かべた二人。その額には、大きな青筋が浮かんでいる。


「心配いらないわ、魔法を使えば負担にならないから」

「魔法なんぞ使わんでもわっちなら運べる。心配せずとも良いぞ」

「そういう問題じゃなくて──」


 不毛な応酬が続く中、静かに歩み寄ったレイチェルがルエインの体を引っ張り、肩を貸して立たせた。


「あっ……」

「むっ……」


 二人の声は綺麗に重なり、レイチェルは不思議そうに小首を傾げる。


『……? ルエインを運ぶのではなかったのですか?』

「助かる、レイチェル」


 スティリアとヴァレリは……何かを言おうとして、レイチェルへ向けられたルエインの謝意を聞いて、やめた。


「あ、あ、ありがとうレイチェル」

「ふんっ、手隙てすきになって助かるのう」


 言葉とは裏腹に、二人の少女と美女は不服そうに眉をひそめて半笑いで声を震わせている。当然、その目は笑っていなかった。

 苦笑を浮かべていたヴァニラはコホンと咳払いをすると、その表情を改めた。


「では……帝都へ参りましょう」

「そうですね。オレも、もう腰が……」


 弱音を吐くトゥーラに、ヴァニラは「だらしない! しっかりなさい!」と叱責する。縮こまるトゥーラの背後では、申し訳なさそうにハロルドが顔を伏せる。


「私のせいでありますね、申し訳ありません」

「いいえ。帝国の軍人たるもの、この程度でへこたれていては務まりませんので」


 キッパリと言い伏せる。その言葉の圧に、ハロルドは言葉をグッと飲み込んだ。


「雪ほど積もった話など、立ってするものではない。早く帝都に入ろうぞ」

「ええ、そうね」


 ヴァレリの言葉に、スティリアが同意の相槌を打つ。


「あれが……帝都、か」


 レイチェルに身を預けながら歩くルエインが、小さくそう呟く。

 石材を使った壁は雪に埋もれている為か、背が低い。それに対して不自然な程に高い、鉄材を使った鈍色にびいろの家と、背の低い中世の街並み。鉄塔から噴き上げられる煙は、狼煙のように街中から立ち昇っている。


「あれが我らが帝国の首都……帝都フォルキマナルじゃ」

「……どうしてあんなに高く建物を建てているの?」


 スティリアの疑問に、ヴァレリが「ふむ」と唸る。


「国外から来た者にとってはもっともな質問じゃな」

「あれらは全て建築途中なのです」


 ヴァレリの言葉を、妹であるヴァニラが引き継ぐ。ヴァレリは「ぐむっ……」と口をつぐんだ。


「えと……全部?」

「そうです、全てが建造途中で、終わる事はないでしょう。理由は──」


 そう、ヴァニラが言いかけた時。


「ッ⁉︎」


 帝都に大爆発が発生する。激しい爆風の後に残ったのはメラメラと燃え盛る炎に包まれる家屋かおくと、そこから舞い上がる黒い煙。その隣では元々帝都から立ち昇っていた白い煙が、弱々しく風に揺られている。


「何事かッ⁉︎」

「マズい、帝都が!」


 一同は爆心地へと駆け寄る。荒々しく吹き飛んだ瓦礫すらもないすり鉢状に抉れた場所に、一つの影が忍び寄る。

 その天より舞い降りたるは、青き衣を纏った白髪はくはつの男。血の如き紅い瞳をギラギラと輝かせ、眼下に一同を見据えると……口角を釣り上げ、その灰色の肌よりも冷たい笑みを浮かべた。


「フンッ。全てがあの男の掌の上とは気に入らないが──ようやく以ってして会えたな」

「ガディウス……!」


 現れたのは王国の断頭台に立っていた騎士、グリクトフルク洞窟の出口の断崖で戦った男……ガディウスだった。

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