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第二十九話 ー竜王と蒼龍①ー

 一夜明けた頃、一同は洞窟の表に出ていた。みぞれの水分と夜の冷え込みとがアイスバーンを引き起こして、雪上をガチガチに凍らせていた。木を除いて……どこまでも続いている白銀の小丘は、人が一人乗るとバリッと音を鳴らすものの、沈む事はなかった。


『こんなん耐寒ポーションなかったら洞窟でも凍死必須やろな……』

「もう予備もあるだけで一本だけだ。ポーションそのものにしろ、材料を買うにしろ……俺達はどの道帝都へと向かわねばならない」


 テレシアの言葉にルエインがそう返す。ヴァニラは前日と打って変わり、キリリと引き締まった表情をして、ルエイン達の元へと歩み寄った。


「私達も一度帝国へ帰還します。物資もゲオル大佐……いえ、ゲオル元大佐とゲンナー少佐に食い荒らされてしまいましたし……」

「部隊長とは思えないヤツらですね、俺失望しました」


 ヴァニラの言葉に乗っかるようにしてトゥーラが同意を示すと、ヴァニラはトゥーラへキッと睨みを利かせる。


「あなたもあなたです! 今ここで聞きますが……どうして命令を無視して私を助けに来たのですか⁉︎」

「それは──あなたをお慕いしているからです!」


 あなたを……までを小さく言いながらも、一世一代の告白をして見せたトゥーラに、「おおー!」と一部から声が上がる。すると──


血鬼族カーミラは死体が蘇ったなどと言う噂を立てられる事もありますが面と向かって〝お死体〟なんて初めて言われました! 〝お〟を付ければ良いってものじゃないですよ! 失礼な人な人ですね、全く!」

「えっ……? えええぇぇええっ⁉︎」


 トゥーラは胴体部を抉られたが如く。力無くどさりと膝をつくと、そのまま虚空を見つめて四つん這いになり、シクシクと泣いた。


『アンタの妹も大概たいがいアレやな……』

「軍人一本じゃったからの、仕様しようもあるまいて」


 ヒソヒソと話すヴァレリとテレシアは、すっかり仲良しである。当然ルエインの肩に乗っているのだからルエインにも筒抜けなのだが、理解できないと高を括っているのか、そんな事は御構い無しだ。

 現に金髪の青年は、気にする事をやめている。どうせろくでもない事だ。と、その顔が言葉を代弁していた。


「とにかく……帝都までの案内人を務めさせていただきます。付いてきてください」

昂然こうぜんと言うておるがさすがのわっちもそこまで耄碌もうろくしておらんから知っておるぞー」


 ヴァニラが得意げに胸を張っていた所へヴァレリが水を差すと、ヴァニラの優等生のように自信満々な笑顔は仮面の如く消え去り、鋭い視線でヴァレリを睨みつけた。


「お姉様は黙っていてください! では近年のグリブィーシュカの生息区域の変化はご存知なのですか⁉︎」


 ムキになった子どものようにそう言うヴァニラに、ヴァレリは耳の穴をほじりながら返す。


昨日さくじつ一体は駆除をしたが……なんじゃ。また間伐かんばつじゃなくて皆伐かいばつをしたのか」


 まともに聞く気などない。と言わんばかりにほじった指を息で吹くという反応に、ヴァニラはその手をわなわなと震わせた。


「しょうがないでしょう⁉︎ この寒さでポーションを買う事も出来ない民間人の方が大多数で、薪木を提供するには量が必要なのですから‼︎」

「あーあー、そうじゃな。わざわざ木の選定をしてるよりかは全部切ってた方が効率はいいじゃろうて。ただ将来性はない」


 言いって、ヴァレリはぽっかりと切り抜かれた森を指差す。


「見よ、あの不細工な絵面を。ツルッパゲに一本の毛が頼りなく生えているようではないか。アレがグリブィーシュカというものじゃ。こんな丸裸な極寒の地では新たに木を植えたところで埋もれるばかり。皆伐すればヤツが種を持って現れて、いずれ木を植える者などいなくなる。その時こそ国は終わりじゃ。故に、戦争を繰り返して領土を広げている。それがこの国、フォルキマノフの実態じゃて」


 ヴァレリがフンッと鼻を鳴らすと、ヴァニラは顔を真っ赤にした。


「そんなに言うなら、お姉様が残れば良かったじゃない! わたくしだって手一杯だったもん……あーんっ‼︎」

「泣くなヴァニラよ、何故泣く……?」


 掛ける言葉が見つからず、ヴァレリは狼狽ろうばいするばかり。どうしたものかとヴァレリが顎元に手を当て、足をパタパタと動かしながら思考を巡らせていると、


「お姉様のが強いもん、賢いもん……。背も高いし、お胸も大きいですし、カッコいいですし、顔立ちも整ってますし、わたくしなんか……スティアさーんッ‼︎」


 苦笑を浮かべながら、スティリアは抱きついてきたヴァニラの頭をよしよしと撫でた。すると、


「失礼、取り乱しました。さて、行きましょうか」

「…………オヌシ、それは直っとらんのか……」


 スタスタと先行くヴァニラ。スティリアとテレシア、トゥーラは、少しの間理解が追いつかなかったようで、瞬きを繰り返したかと思うと、まず最初にテレシアが口を震わせながら動かした。


『え、今のなんなん⁉︎ コントか⁉︎』

「オレも驚いたんだけど⁉︎」

「わたしもびっくりしてる……」


 一斉に詰め寄られたヴァレリは帽子を深く被ると、ため息をついた。


彼奴あやつは気持ちがたかぶると大泣きするが、親しい者、落ち着く者の香りを嗅ぐとすぐに落ち着く癖があるんじゃ。昔はわっちによく泣きついておったが……」


 ヴァレリはポリポリと頰を掻いた。


「帰って来てから見せぬと思ったおったら、全てを怒りに変えて気を紛らわせておっただけのようじゃ。自身の許容量を超えたらああなるのは直っとらんのじゃなぁ……」

「えっと……それじゃあ、わたしの事を?」


 藍色の髪の少女が自身を指差すと、ヴァレリは申し訳なさそうに頷いた。


「まあ、わっちは最近噛み付かれてばかりじゃし、国も離れとったからのう。妹は任せたぞ、スティア」


 肩にポンっと手を置き、さながら「娘は任せたぞ」とでも言う父親のように、自身の妹の背を追ったヴァレリ。

 スティリアはと言えば、嬉しさ半分、戸惑い半分と言った複雑な表情で後を追い、トゥーラは合点がてんがいかないと言わんばかりに唸りながら続く。テレシアはと言えば最早ひたすら笑っているだけで、ルエインは呆れたように、レイチェルは普段通り無表情で追従した。


 やがて……近道なのか。あまり大きく迂回する事もなく、広い雪原の間の木々を縫うようにして一行は進んだ。

 雪原の中心には例外なく一本の木が立っており、そこに菌糸の魔獣が息巻いている事は、火を見るより明らかであった。

 当然、冗談でも近付く者などいるはずはない。藪を突いて蛇を出すどころか、噛まれるまでがセットになっているような魔獣に、わざわざ温存したい戦力を割く訳もない。


 倒せたと言っていたヴァレリの言葉を聞きながらも、ヴァニラが国の為にと近寄らないのはその為だろう。

 途中でスティリアが滑りそうになり、ルエインが支えるなどの小さなハプニングはあったが、ヴァニラの後に続いてきた為か……一同は迷いなく歩を進めていく。

 そんな、日が直上に近づいて間もなく昼となる頃。発達した雲が風に運ばれ、天に暗雲立ち込める雷雲が立ち込めると、あられが降り出す。ゴロゴロとまるで竜の喉のようにうなる雲に、悪天候と相まって一同の表情は強張った。


「間も無く、帝都に着きます。皆様、到着しましたら私の行きつけの酒場があるので、そちらで旅の疲れを癒してください」


 ニコリと少女の見た目相応に微笑むヴァニラの言葉に、ヴァレリは「む……」と小さく声を上げた。


「アルペチーカの酒場か。あそこの店主の親父は元気にしとるか?」


 ヴァレリが尋ねかけると、ヴァニラは「ふふん」と鼻を鳴らして得意げな顔で振り返った。


「……元気です。そして……実はあそこの息子さんとお付き合いさせていただいています」

「えええええええー⁉︎」


 その話に、他の誰でもない。トゥーラが悲しみの声を上げた。その声量に不快そうな顔をして、ヴァニラが睨みつける。


「うるさいですね……どうしてあなたがそんなに驚くんですか?」

「いや、だって……」


 悲しみと驚愕の入り混じった複雑な表情を浮かべて言葉を探すトゥーラの肩を、ヴァレリがポンっと叩いた。


「二兎を追う者は一兎をも得ず、じゃな……男なら潔く身を退けぃ」

「ぐっ……ふぅ…………」


 背負われたハロルドにも当然その言葉は届いており、なんとも言えない苦笑を浮かべていた。そんな折──

 

「──これは……粉雪⁉︎」


 一同の頭上から、突如として風に乗った粉雪が舞い降りてくる。はらりと舞ってきた雪を手のひらで受け止めたヴァニラが、そう叫んだのだ。

 ヴァニラは……血相を変えて駆け出す。その様子に只ならぬものを感じた一同も後を追った。──やがて、ヴァニラは立ち止まる。その先にいたのは、


「リヨート・タイラント……」


 家ほどの大きさを持つ人型の怪物。体中から伸びた無数のつのにも似た金色の管から吹雪を巻き起こし、鎧の如く纏われた黄色おうしょく混じりの毛で身を包み、嘲笑うかの如く、黒ずんだ歯茎を見せた。

 その怪物、リヨート・タイラントは、歩み寄る。剥き出しになった手足は黒色混じりの金。甲殻覆われたその手足で四足歩行を開始し、細長い尾を揺らした。その姿はさながら動物の如く。しかし、筋肉質な見た目はまさに暴君。

 果たして、その暴君は……駆け出した。闘牛の如く猪突猛進で駆けてくる怪物に、「やれやれ……」とこぼしながら、ヴァレリが立ち向かった。


「久々に帰った故郷でいつまでもデカいツラしおってからに……。腹立たしさもここまでくると最早もはやお笑いぐさじゃて」

「お姉様⁉︎」


 ヴァレリはいつの間にか槍を手に持っていた。矛先はパキパキと音を鳴らしながら膨らんでいき、やがて花の蕾の如き結晶の塊となった。それを軽々と横薙ぎに構えると、舞うように振るい……


「吹き荒べ、百花繚乱ひゃっかりょうらん


 矛の刃先程の結晶片を空中へ撒き散らした。ふわりと浮かぶその刃は吹雪にも負けずに。数を増し、まるで放たれた矢が止まったかの如く。ピタリと獲物を待ち構えて見定めているその青い結晶片は、


け」


 ヴァレリと号令を聞くと……止まっていた時間が動き出したかのように動き出した煌めく刃は、ヴァレリの手の動きに合わせて流水の如き流れを作りながら、暴君の周囲で渦巻きだした。


ねい」


 グッと握られた拳。同時に輪は縮まり、おびただしい数の刃が毛の中へと入り込み、突き立てられる。


『ルオオォォォオオオッ⁉︎』


触れると同時に刃が分裂、増加していくと、やがてその生物の体をほぼ全方位から切り開き、血を噴き出させた。

 その痛みに堪えかねたように咆哮するリヨート・タイラントは、仰け反っていた体を再び前屈させて、地を蹴った。


「お姉様ッ‼︎ 逃げて!」

「ヴァレリッ‼︎」


 ヴァニラとスティリアが叫ぶ。血が噴き出す事も構わず。暴君はトゲだらけになった自身の拳を振り上げると同時に、奇妙な表現ではあるが、拳に吹雪を纏った。そんな中──


またたけ、刀膨大星とうぼうたいせい


 グイッと上げた手先に呼応して、刃が星が瞬くようにして膨張した。金平糖こんぺいとうのような形になったそれは、怪物の肉体をグチャグチャに引き裂き、肉塊の爆散を引き起こす。

 しかし放たれた猛吹雪を抑える効果はなかった。死の間際に暴君の拳に付いていた吹雪は、振り降ろすと同時にヴァレリへと向かっていた。


「ムゥッ⁉︎」

「お姉様ッ‼︎」


 ヴァレリは吹雪へ飲まれる。血の霧と白雪とが混ざり、赤い雪が降る。血を吸った雪はみぞれとなり、ベシャベシャと床に散らばる。


「そんな……お姉様⁉︎」

「ヴァニラ、待って‼︎」


 やがて、血は灰となった。塵と化し、周囲が白さを取り戻す中、アイスダストの中からはルエインとヴァレリが現れた。


「ったく、無茶しおる」

「お前もだ。今は生身の人間だろう」


 クフフ、と笑ったヴァレリに、ヴァニラもスティリアも胸を撫で下ろした。それと同時に、スティリアはハッとしたように苦い表情を浮かべる。


「心配して損をしました」

「そう言うな、ヴァニラよ」


 ふはは、と笑うヴァレリにヴァニラはそっぽを向く。しかし──


「この先が帝都なのだろう? コイツが現れたと言うことは──」

「──! こうしてはおれんな……」


 ルエインの言葉に、一同は再びその顔に緊張を走らせた。吹雪く中、一同は歩く。猛風と雪とが入り混じった中、視界は悪くなるばかりで、体に付着する雪も鎧の如く、動く度に剥がれてはまた着く。そして──辿り着いた帝都は、


「何、これ……?」

「これは──女帝の結界じゃ!」


 スティリアの疑問に、ヴァレリが叫んだ。帝都の全てを闇膜王ヴォルプスが見せたような黒い膜が覆っていた。

 違うところと言えばあちらは円形であるのに対して、こちらはドーム状な事。更に付け加えるのであれば──あちらは霧であり、風を使えば追い払う事ができただろうが、こちらは何で覆っているかも分からない程の漆黒。光すら通さず、弾かずに、その空間だけが世界から切り抜かれたかのようにその巨大なドームは……上空で飛翔して触れるワイバーン達を飲み込んでは、吐き出していた。


「どういう原理かは分からんが……一度だけ見た事がある」

「ええ……これを張られたと言う事は、帝都は無事でしょう。ただ──」


 ヴァレリの言葉を、その妹が引き継ぎ……苦々しそうな表情を浮かべながら、言葉を紡ぐ。


「これを張られたという事は……内外の干渉がみかどであるスカーレット様以外できないという事。つまり、私達は月が直上に昇るまでに、ワイバーンや竜王を倒さねば……ポーションの効果も失せて、凍死するという事です」

「そんな……」


 ヴァニラの言葉に、スティリアは動揺を露わにする。ヴァレリも鼻を鳴らすばかりで、否定も肯定もしない。トゥーラに至っては「終わった……」と空を仰いでいた。

 しかしそんな事などお構いなく、ワイバーンは一同を見つけるなり、襲いかかってきた。いち早く反応したのはヴァニラ。条件反射の如く腰から銃を引き抜くと、必中の散弾を発射し、射落す。


「雑魚は私が仕留めます! 竜王もいない今、奴らを始末すればみかども結界を解いてくれるかもしれません!」


「竜王を始末すればいいだけの話だろう。奴は何処にいる?」

『ウチは覚えとるで、最後に飛んでったのが山脈の頂上や! ウチやったら今すぐ追いかけられるで!』


 ルエインの言葉に、テレシアが元気に答えるが、ヴァレリがため息をついた。


「地理に多少詳しいものも必要じゃろう。わっちも行く。して──」


 ヴァレリは、ルエインを見た。


「オヌシ……剣を折られたが、彼奴あやつと戦えるのか?

「俺の剣の刃は……仮初めの物だ。神力そのものを圧縮し、物質と化したものだ。ゆえに、問題はない」


 ルエインの言葉に、ヴァレリは「そうではない」と首を横に振る。


「単刀直入に言おう……彼奴あやつの装甲、見事断ち切れるか?」

「……立ちはだかるものがなんであろうと切り捨てる。それだけだ」


 ルエインの言葉に、ヴァレリはフッと微笑を浮かべて笑う。


「嫌いではない答えだ。では参ろう」

「ああ」


 巨獣化したテレシアに、ルエインとヴァレリが乗る。


『ほな、行くで』

「…………気をつけて」


 色々と。言葉を探すように俯いていたスティリアだったが、それだけを言うと、再び目を伏せた。


「ああ、必ず戻ってくる。だから──そんな顔はするな」

「……うん」


 どこか表情にかげりを見せながらも、少女は微笑んだ。ルエインは再び何かを言おうとしたが、その言葉を飲み込むようにして、


神装真器しんそうしんき


 一言。呟くと、白装束を身に纏った。


「行こう、テレシア」

『あいな!』


 テレシアに出立の言葉を掛けた。テレシアがふわりと浮かび上がると同時に



 槍を振り回し、周囲の翼竜をヴァレリが狩ると、二人はテレシアに連れられたまま、黒いドームを後にした。

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