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第二十八話 ー表と裏②ー

 くして、一同は洞窟の出口へ辿り着く。時刻は夕暮れであり、ヴァレリとルエインに引き摺られたゲオルとゲンナーは、陽の光の元にさらされる事になる。


「ウギャァアアアアッ⁉︎」


 二人は火炙りの刑でも受けたが如く、悶え、苦しむ。その声に一瞬目と耳を塞ごうとしたスティリアだったが、寸秒の後に目を開き、最後まで見届けた。


 男達は……グズグズと灰になり、それが全身に広がるとドサリと崩れ去り、やがて塵の山となって風に攫われた。


「……世話をかけたの、皆の者」

「お姉様が誰かにお礼を言うなんて……明日は槍でも降るのかしら……」


 パチリ、と目を覚ましたヴァニラがフラフラとした足取りのまま、レイチェルの背から降りて、立った。


「ヴァニラ、上官に失礼じゃと思わんのか……?」

「ヴァニラ少佐!」


 そんなヴァニラに、ヴァレリとトゥーラが反応をして見せる。


「大丈夫なのですか? お体の具合は──」

「そんな事を言ってる場合では、ありません……。時は一刻を争うのです」

「……そんなにひどいの?」


 何を、とは言わないがスティリアと心は通じ合っていたようだ。ヴァニラはコクリと頷いた。


「突如として現れた竜達の王……。その本体をほふる事もできず、帝国の被害は増すばかりです。一般市民からも多額の褒賞で参入を煽って募兵ぼへい任せにしている有様です。当然オリジンですらない、訓練もまともに受けていない人々の力など、焼け石に水を掛けるようなものでした」


 ヴァニラの言葉に、トゥーラの表情が曇る。


「本体を見つけたものの、なかなか狡猾こうかつで頭が回るらしく、本体は攻撃の届きづらい上空……更には堅牢な外殻に守られている為、ブリューナク程度の戦力では仕留める事はできませんでした」

『ルエインの剣もちょこっと傷付けた程度で折られてもたもんなあ』


 テレシアが思い返すかのようにそう言うと、ヴァニラはその小動物を掴み上げた。


「あの魔獣に傷をつけた⁉︎ どなたがですか⁉︎」

『く、苦しゅうない。……やなくて、苦しい‼︎ ルエイン、こいつやこいつ!』


 目を回しながらも前脚で金髪の青年を指差し、訴えるテレシア。ヴァニラはハッとして小動物をそのまま手放すと、ルエインの元へ歩み寄り、その手を握る。その時、「ふぎゅっ!」と声が響いたが、ヴァニラは気付かない。


「あなたのお力を……帝国に貸して頂けませんか⁉︎」

「構わないが──」


 チラリ、とルエインは目を細めて下部へと視線を向ける。ヴァニラはその視線を辿りながら頰を赤らめ、


「そ、その……わたしの体でしたら……竜王討伐の暁には好きにしていただいて……」


 モジモジとしながら、自身の体を抱いた。しかし、ルエインは動じる事なく口を開く。


「いや……お前が踏みつけているそれは俺の相棒なんだ、気をつけてくれ」

「えっ?」


 ヴァニラは、再度視線を辿った。その視線の先では、軍靴に踏まれたテレシアが目を回して靴底の形そのままの泥を付着させている。

 ヴァレリは「クックック……」と引きつった笑いを浮かべて。スティリアはやや不満げに頰を膨らませて。トゥーラは「そげな……」と言葉を口にして、顎を大きく開きながら分かりやすくショックを受けていた。


「も、申し訳ありません!」

「いや、構わない」


 バッと飛び退いたヴァニラの足元から、テレシアの体についた泥を払い、撫でるルエイン。


「大丈夫か?」

『キュゥ〜……』


 慈しむような顔で撫でられているテレシアを見ていたスティリアは、羨ましそうに口元に指を添えていた。


「いいなぁ……」

「なんぞ言うたかえ?」


 ボソリ、と呟かれて外に漏れ出たスティリアの心の声に、ヴァレリが反応を見せる。するとスティリアはキョトンとした顔をしながら、


「えっ、わたし? どうしたの?」


 自覚がないようで、何の気なしにそう答える。


「……なんでもないわい」

「……?」


 サラリと長い髪を流しながら、ヴァレリは洞窟の外へと歩いた。そんなヴァレリの背を見送るスティリアは、不思議そうに小首を傾げ、頭に疑問符を浮かべるばかりだった。


「……どの道、日暮れじゃ。報告では夜は動かんのじゃろう? 雪や風も凌げる洞窟の奥で休むとしよう。薪木になりそうなダーシュの枝も拾ってきたわい」


 世界が藍色に染まりつつある中、戻ってきたヴァレリがそう提案する。一同は同意の相槌を打ち、やや不満げなヴァニラも、膨れっ面になりながら頷く。


「なんじゃまだ怒っておるのか」

「キューお姉様は、いつも自分勝手です」

「その呼び名はやめんか……?」


 キューお姉様。それを言い切るよりも早く、意識を取り戻して吹き出したテレシアの声に、ヴァレリは恥ずかしげに目を伏せながらそう言った。


「起きたか」

『い、いま……声かけたらあか……プフッ。キューちゃん……』

「よーしそこに直れ小動物ッ!」


 ヴァレリは矛先をテレシアへ向けた。それと同時にルエインの腕の中で……ゲラゲラと笑いながら悶えるテレシアに、一部を除いた全員が苦笑を浮かべた。


『あかん……キューちゃん! かわいすぎるやろ‼︎』

「じゃからやめろと……」


 ヴァレリは観念したかのようにため息をつき、頭を抱える。


「キューお姉様はキューお姉様です。それよりも……中将に昇進するべくして、自分の隊を他の者に任せてまで他国でのスパイ活動と軍資金調達に行っていたキューお姉様が、どうして今更帝国へいらしたのですか?」


 キューお姉様と言えば言うほど笑うテレシアに、ヴァレリが一瞬睨みを利かせたが、無意味と悟ると不服そうに頰を膨らませながらヴァニラへと向き直った。


「わっちとて自分の故郷に思い入れがない訳ではないし……オヌシの事も心配でない訳ではなかった。その証として、オヌシが大佐に昇進する為の資金も送っておったろうに」

「私は……わたくしはそんな事を頼んでなどいません‼︎」


 声を荒げて、顔を背けたヴァニラ。ヴァレリは「ふむ……」と頭を抱えた。するとスティリアがヴァニラの元へと歩み寄り、その肩に手を置いてヴァニラへ、


「ヴァニラさん。ヴァレリさんもあなたを想ってした事だと思うの。すぐには受け入れられないかもしれないけれど……いつかでいいから、分かってあげて欲しいな」

「スティアさん……」


 見つめ合う二人を見ていたトゥーラが、「いつの間に名前を……」と冷や汗を掻いていた。


「スティア、火を頼む」

「えっと、はい!」


 焚き火の種火となる枝葉を纏めておいたルエインの元へ、スティリアが駆け寄る。


「叡智の起源である火よ……今ここに」


 スティリアがそう言い終えると火が灯る。その種火は遠くでぼんやりと洞窟を照らしていた松明の光とぶつかり、穴蔵の中を明るく照らした。


「なんだか、懐かしいね。この感じも」

「……そういえばそうだな」


 ふふふ、と笑いかけてそう述べたスティリアに、ルエインは少しの前記憶を辿るように動きを止めると、単調に返事を返して薪組みを再開する。

 ムッと口を尖らせたスティリアに気付かずに、ルエインは薪木を組み終えた。


***


 そして──夕飯が終わる。一同が食べたのは豆や木の実、ドライフルーツを混ぜて焼いたパンと……ハムや魚の一夜干し等を、焚き火で炙って焼いたもの。

 食べる終えるなり、ヴァレリは「眠い」と言い残して眠り、ハロルドに薬を飲ませたトゥーラも、元々衰弱していたヴァニラも眠りについた。

 テレシアはヴァレリを起こして次の見張りの役を買って出た。


 必然的に最初の見張り役となったのは、スティリアとルエインだった。内側で掻いた汗を少しでも乾かす為か、二人とも毛皮のマントを脱いでいる。


「思えば雪とかみぞれって見るのは初めてだわ……」


 粉雪ではなく、みぞれが降り出した為、外の様子が気になったスティリアは、ベシャベシャと積もった粉雪の層を叩いて穴を穿つ様を少しの間見たかと思うと、すぐに戻ってきた。


「先に寝ても構わないぞ」

「……ううん、あなたと一緒に寝るわ」


そんな藍色の髪の少女に、ルエインがそう言う。するとスティリアはどこか嬉しそうに微笑みながら、そう返したのだった。座りやすさを意識してか……臀部でんぶ近辺のスカートを持ち上げ、胸元に垂れていた髪を耳の上に掛け直した。


「今日の昼に怒っていたのは……自分の国の事を思い出していたのか?」

「──! そう、ね……」


 唐突に、ルエインがそう尋ねる。スティリアは目を見開き、顔を伏せ、焚き火を越えて地面へと落ちると、ゆっくりと地面に座った。

 ルエインも同様に腰を落ち着かせる。


「わたしの国……アレキサンドロス王国は、忌み子も処罰を受けるけれど──騎士達もみんな、誇り高くあったわ。決して民を傷付けるなんてしなかったし、聞かなかった。勿論、オルメラルド領の時みたいに、わたしが知らないだけなのかもしれないけれど……」


 スティリアはここではない遠くを見るようにして、焚き火を見つめていた。ルエインは静かに頷く。


「だからこそ、あの時はショックだったな。マルクったらあっさり認めちゃうんだもの。……わたしのお父様は厳しかったから、知っていればオルメラルド領主の事、許さなかったはずだわ。何か……何処どこかが、おかしい感じがするの」

「……おかしい、とは?」


 ルエインが尋ねると、スティリアは首を横に振る。


「どうとは言わないんだけど……わたしの国にも、ああいう人達がいるのかなって思ったら余計に許せなくなって……」


 スティリアが重ねた手をギュッと握りしめ、烱々けいけいとしたまなこで焚き火を睨みつけていた。

 しばらく沈黙が続き、ルエインは少しの間目を伏せたかと思うと、その目を細く開いた。


「得てして、組織とは一枚岩ではないものだ。人伝てに語れば噂に尾ひれが付くように……人は誰しもが同じ想いを持っている訳ではない。俺や、テレシア……スティアや、マルク。レナード、ビル、キャロル……レオニール達も。言ってしまえば、姉妹であるヴァレリや、ヴァニラ。気持ちは似ていても、それぞれ違う心を持っている。そこには心が似通っていないやつもいるものだ。だからこそ──」


 言いながらにして、ルエインはスティリアの手を取り、その身を引き寄せた。スティリアは目を丸くしたまま、ルエインの胸元へと無抵抗に飛び込んでいった。


「裏を返すならば……俺は、混じり気のない悪意からもお前を救い出せた。光があれば、闇もあるように……闇があれば、また光もある。コインのように、裏と表と……中間という奴もいるかもしれない。それが──ヒトというものだろう」

「…………! そうね……その通りだわ」


 顔を真っ赤にしていたスティリアは、ルエインの言葉に、腑に落ちたようにして静かに、穏やかな笑みを浮かべる。焚き火の炎と相まって、まだ紅色を残して幸せそうに微笑んでいたスティリアの顔色を伺ったルエインは、不思議そうに小首を傾げた。


「……?」

「え? ちょ、ルエイン⁉︎ 何、どうしたの⁉︎」


 ルエインは不思議そうな顔をしながら、スティリアのブラウスの襟元に指を滑らせた。這わせた指がもぞもぞと動けば動くほどに、スティリアは耳まで真っ赤にし、「んっ……」と艶かしい吐息を漏らす。困ったような、恥ずかしいような……複雑に感情が入り混じったような表情となっていた。

 スティリアは息を荒げながらも薄めを開き、金髪の青年へ視線を送る。


「あ、あの……あ、あなたとなら、わたしも、いいなって、思うけれど……あの、時と、場所が……む、ムードだって──」


 スティリアが早口で慌てながら、ゴニョゴニョと小声で言っていると、ルエインは──


「少し冷えている、か? 俺はあまり汗を掻いていなかったから、俺のマントを使うといい」


 するりと指を抜いた。近くに置いていた自分の荷物を漁り出す。ポカンと虚空を見つめたまま瞬きをパチクリと繰り返したスティリアは、途端に顔を真っ赤にする。


「えっ……? あ、ああ……うん! そそ、そ、そうだね?」


 くして、ルエインは取り出したマントを、スティリアの体にかぶせた。先刻あれ程の色気を見せていた少女は、途端に着ぐるみをきたかの如く。なまめかしさとは無縁になったスティリアの表情に、ルエインは眉をひそめる。


「顔が赤い……熱が出たのか?」

「ち、ちち、違うの! これは、あの──」


 スティリアが身振り手振りで否定しようとした時、


「交代の時間じゃぞ」

『お楽しみ中、悪かったなぁ』


 ニヤニヤと不気味に笑うヴァレリとテレシア。肩を叩かれたスティリアは、直後にしばらく一人と一匹を見て硬直したかと思うと、再び耳まで顔を真っ赤にして、煙を吹くのではと思う程に染まった顔を、マントで覆い隠した。

 ルエインは特に気にする素振りもなく、ちらりと外を一瞥いちべつして見せた。


「もうそんな時間か……」

『ごめんやでぇ』

「……? 何がだ?」


 ルエインは釈然しゃくぜんとしないと言わんばかりに尋ね返したが、テレシアは「ふーん」と鼻息を深く吐くばかりで、その答えが明かされる事はなかった。


「おかしなヤツらだ。スティリア、寝よう」

「わたしは後でいいから!」


 マント越しのくぐもった声で返事をしたスティリアに、ルエインはどこか不思議そうに「そうか……おやすみ」とこぼしながら、離れた寝床へと向かう。洞窟奥の壁奥……直した扉の先がそうである。


「むぅ……」


 ルエインが去ると、スティリアはブスッと拗ねたような……しかめっ面をしながら、顔を持ち上げた。


彼奴あやつのアレは今に始まった事ではあるまいて」

「いつから起きてたの?」


 慰めの言葉など度外視して。スティリアは、やや尖りのある声で尋ねる。するとテレシアが嬉しそうに口角を上げた。


『スティアがルエインにどうしたのって聞いてた辺りからやなあ……。あんな騒がしかったら起きるで、うん』

「〜〜ッ!」


 スティリアは恥ずかしさからか、再び顔をマントにうずめた。


『はよ寝いや』

「うむ、オヌシも疲れておるじゃろう」

「わかってるわよ!」


 珍しく声を荒げたスティリアは、マントに顔を隠しながら寝床へ向かっていく。


「あのサイズ……あれはルエインの物じゃったか」

『残り香を堪能たんのうしとるんやろなあ……』


 二人が聞こえるようによく通る声でそう話していると、スティリアはとてっと爪先を引っ掛けてつまずき、盛大にずっけた。マントがクッションになった為に怪我はなかったが、


「もうやだ! ふたりともきらいッ!」


 スティリアは起き上がると同時に、そう叫ぶ。大事そうにルエインのマントを抱えたまま扉を開き、この場を後にした。

 一方で残されたヴァレリとテレシアは、沈黙の後に顔を見合わせると、ニタァっとすけべオヤジのように、どこか品のない笑みを浮かべる。


「いやー、若人わこうどの色恋ほど面白いもんはないのう?」

『ほんまやで! 傍目はためで見ててニヤニヤしてくるわ』


 クフフと笑う一人と、キシシと笑う一匹。元々気質がどこか似通っていた彼女らが、その後も話題に花を咲かせたのは、言うまでもないだろう。

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