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第二十七話 ー光来せし竜王②ー

「あれは豪雪の暴帝の異名も持つスィニーク・ベヒーモス……帝国にいては災害級の魔獣じゃ!」

「次から次へと……退屈しない国だ」


 ルエインの言葉に、ヴァレリは冷や汗をきながらも「クフフッ」と笑うと、ルエインをチラリと見た。


「そうじゃろうそうじゃろう? お気に召したならばこの国に住んでは見ぬかえ?」


 ヴァレリの言葉に、ルエインは苦笑を浮かべると、


「ただの皮肉だ、まともに取り合うな。……神装真器しんそうしんきッ」


 自身の身体を光で覆い、その姿を変えた。雪原よりもなお気高く白いコートは、無風のドーム内でその存在感を示す。いつかに災害を打ち払った姿に、藍色の髪の少女はその表情を輝かせた。


「ふむ……オヌシらならば行けるか」

「行くぞ、テレシア」

『ぬーん、人使い──やのうて獣使いが荒いねん!』


 テレシアは、再び巨獣化した。そこへ──


「レイチェル⁉︎」

『脅威と判断します。マスターは退がっていてください』


 少女は目と髪を緑色りょくしょくに変化させ、その怪物を見据える。地震と地響きが徐々に大きくなる中、ヴァレリは「ふむ」と小さく呟く。


「防衛はわっちに任せよ。思う存分暴れてくるが良いわい」

『イエス。感謝します、ヴァレリ』


 果たして……ヴァレリの「行けい!」という掛け声と共に、ドームはパキパキと音を立てて動いた。本当のかまくらのように外側へ開いた穴から、ルエインとテレシア、そしてレイチェルは吹き荒ぶ豪雪の中へと身を放り出す。

 駆ける最中さなかから頭や顔、肩や体に雪が張り付いていていった。


『クッソさぶい! ポーションの効果切れとるんちゃうんか⁉︎』

「いや、それはない。でなければ今頃俺たちは──」


 言いかけて、ルエインは周囲の木へと視線を向ける。ルエインに釣られてガチガチに凍った木を見たテレシアは、げんなりした表情になる。


『あー! またあの大浴場に入りたーい!』

「この騒動がひと段落したら、な……」


 ルエインは言いながらにして、災禍の元凶の前へと辿り着いた。


陸式ろくしき──ッ!」

『ンァアッ!』


 敵と認識したのか、その怪物は無言のまま背から伸びた管の口をルエインやテレシアへ向けて、空飛ぶ雪崩を浴びせかける。瞬く間に雪に覆われていくルエイン達だったが──


『フラマ・インプルスッ!』


 髪や目、手脚を真っ赤に染め上げたレイチェルがその腹部へと滑り込み、ビヒーマスの腹を殴り上げた。小さな体から想像もつかない勢いで殴られ、宙へ打ち上げられた怪物は……雪を噴き出す事をやめた。

 レイチェルは容赦なく重力のままに落ちてきた怪物の腹部を殴り、再び打ち上げると共に、その尾を掴み、振り回す。


「何の遠慮もないぶん、やる事がわっちよりえげつないのう……」

「うちの子も、やる時はやるのよ」


 どこか誇らしげなスティリアに、ヴァレリは苦笑を浮かべながら機兵族マキナの少女を見つめた。


「して、彼奴あやつらは……」


 ヴァレリは視線を移す。吹き飛ばされていたテレシアは雪の中からガバリと起き上がると、ブルブルと体についた雪を振り払う。


『んー! めんどくさいやっちゃなぁ⁉︎』

「……同感だ」


 雪を振り払い、ルエインが姿を現わす。


『ロタに教えてもろた防御技様々やね』

覇ノ型はのかたのみならず、導ノ型どうのかたに重きを置くのが本来の戦神族ワルキューレの戦い方、だったか……」


 そして……ルエインとレイチェルの目が合った。赤髪の少女は──


「──!」

『んはー⁉︎ 無茶苦茶やないかッ!』


 ハンマー投げの如く、怪物の体を投げた。放たれた巨大な肉体は、ルエイン達へ向かって飛んでいく。テレシアはケタケタと笑い、ルエインは足の爪先に剣を向け、落ち着いて剣を構えてみせた。


陸式ろくしき神波みなみ──」


 そして、一薙ひとなぎ……したかに見える程に、素早く。


送葬流転そうそうのるてん


 次の瞬間には、神速の太刀筋が怪物を細切れにしていた。どちゃどちゃと緑色の血と共に肉片を飛び散らせながら。怪物は赤い瞳と……骨だけを残して灰となった。

 その様子に、スティリアが怪訝な表情を浮かべた。


「灰にならないの……?」

「魔獣は完全体に近い程、灰にならぬ……。あの虫ケラも闇膜王えんまくおうめも、その体の一部は回収されておるぞ」


 明かされた事実に、スティリアは目を丸くする。しかし、それだけの相手を一瞬でほふったルエインと、そこへ合流したレイチェルを見て、スティリアはクスリと笑った。


『あなたならばできると判断しました』

「間違ってはいないが……」

『まあまあ、ええやんええやん!』


 頼もしさ故か、スティリアは微笑む。そんな時──


「──⁉︎ 何ッ⁉︎」

「これは──⁉︎」

「た、隊長殿! コイツが全ての元凶です!」


 突如として。天より降り注いだ碧色へきしょくの結晶片。淡い緑と青の入り混じった大、中、小の結晶片群は、地面に突き刺さると同時に光を放ち、その姿を変えていく。

 そして──巨翼をはためかせながら、それは現れた。


 銀よりもなお白く、白銀色に輝く岩山のようなトゲトゲしい甲殻。入り混じって生える碧色の結晶の塊が身体中に生えており、その胸元には一際大きな結晶の塊が、肋骨のような白銀の外殻に囲われて存在していた。

 その結晶の塊が存在する腹部も甲殻に覆われており、金色のふちを境界として──白銀色の甲殻と、腹部の紫色の甲殻とがパッキリと分かれていた。その金色が身体中の白銀の甲殻にも存在し、美しい紋様を作っていた。


『なかなかいかめしいやっちゃなぁ……』

「あれが、例のやつか……」

 

 直角した悪魔の如き金色の角が顎部がくぶ近辺から前方へと伸び、そこから縫うようにその琥珀色の瞳を以って、ヴァレリのドームを睨みつけている。

 紫色の口内から碧色混じりの光が見え、同じく毒々しい色の紫色の舌が伸びていた。

 そして、その体長は巨木さながらの大きさ広がる翼は紫色の翼膜に、金の翼爪よくそうを伸ばして、風を煽り続ける。それと同時に……無数の結晶片を撒き散らしていた。


 ブルブルと震えながら、トゥーラの手の内でハロルドは起き上がる。


「あれが……。銀翼の竜王、ドラキュナム……で、あります……」

「言わんでも分かる……あんな輩は見た事がない」


 薄らと目を開けながら、語るハロルドの言葉に、ヴァレリは浅い反応を返す。

 まさに竜王の名を冠するに値する程に煌びやかなその姿は、絶対的支配者のように眼下の獲物達を見据えて──


『グォオオオオッ‼︎』


 高らかに、咆哮する。生まれたのは無数の小さな結晶片から、数多あまたのワイバーン。そして、大型の結晶片からはスィニーク・ビヒーマスが三匹ほど。そして、中型の結晶片からは青色の飛竜が、五体ほど生まれた。


「も、もうおしまいだ……」

「おーい、諦めが早──って、もう気絶しとるのか……」


 トゥーラは、言うなり気絶した。ヴァレリはため息をつき、姿を整えて生まれてきた結晶片の魔獣達を見据える。


「ワイバーンに、アイスドラゴンに、スィニーク・ベヒーモス……なかなか置き土産にしては面倒臭い奴らじゃのう。あれを相手取るのか……」

「でも、やらなきゃならないわ……」


 スティリアが気合十分と言った具合に目を鋭くしてそう言うと、ヴァレリ


 果たして──姿を変えた魔獣群は、近場の獲物を視線で捉えると、


『ヴォオオオオオッ‼︎』


 けたたましい程の咆哮で、威嚇をしてみせた。


『有象無象が増えた所でぜぇーんぶ蹴散けちらしたるわ! って、ルエインが言ってた!』

「言っていない、だが──先程のように油断をするつもりもない」


 人任せな発言をルエインが訂正して、ルエインはレイチェルを見た。


『どうしました? ルエイン』

「少しばかり本気を出す、退がっていろ」


 レイチェルを退がらせたルエインは──視線だけで全ての敵を追った。既に吹雪を生み出しているスィニーク・ベヒーモスが鼻を鳴らしている。

 ルエイン達の上空で旋回を始めるワイバーン達は「ギィギィッ』と声を上げて隙を伺っている。

 そして……羽ばたき、巨大なひょうを交えた吹雪の吐息を吐いて真っ先に襲いかかってきたアイスドラゴン。

 それを視認したルエインは鞘に納刀するが如く……身を屈め、剣身を腰に据え、その刃の腹に二本の指を添える、独特な構えをルエインは取っていた。


導ノ型どうのかた神走かんばしり……韋駄天いだてん──」


 ルエインが足元に光を集めた時、眼前の凍てつく息吹が差し迫ると同時に、ワイバーン達は獲物を見つけた鳥の如く、急降下を始めた。


「連なり……捌式はちしき神座かみざ──」


 金髪の青年は岩盤の上に靴の形そのままの足跡と、


紫電一閃しでんいっせん


 その声を残して──姿を消した。ルエインが残した足跡を、雪とひょうが覆い隠していく。

 ヴァレリは目を丸くして視線を忙しなく動かす。


彼奴あやつは──⁉︎」

「見て! 敵がッ!」

「──なんと、無茶苦茶な……」


 全ての竜種の体が切断された林檎の如く。ずるりと切断面を境に、ズレていた。しかし、驚いていたのはスティリアとヴァレリだけじゃない。


『……!』


 レイチェルが、初めて瞳孔を大きく見開いて驚愕の表情を浮かべていた。視界に捉えていたはずのルエインを、レイチェルは完全に見失っていた。その証に、レイチェルは周囲を見回している。……しかし、遥か彼方の空。竜達の王の近辺に飛んでいたルエインの姿を捉えると同時に、小首を傾げる。


『時間が、止まった……?』


 疑問を口にするも、答えはルエインしか知らないのだ。有象無象といたはずの生物達は、視界で点となっていた金髪の青年に、恐らく切り裂かれたのだと。そう判断したようだ。

 くして青年は、


「一匹、逃したか……」


 稲妻が敵という点を繋いで走るが如く──空間に残った白光の剣閃は、敵を一刀両断にしながら、その全てを断ち切った。……言葉通り、一体だけを残して。

 ルエインの剣は亀裂を走らせて、鱗の如くヒビを走らせると、そのまま粉々に砕けた。それと同時に、竜王を除く全ての眷属けんぞくは灰となり、吹雪に混じって消え去った。


『グガァアアアアアッ‼︎』


 竜王は、叫ぶ。装甲の表層にできた浅い傷にか、はたまた配下をやられた事にか。怒りを露わにするかの如く吠えた白銀の竜は、その長い尾でルエインへと襲いかかった。


「──!」


 迫る尾は靭やかながらも、木の幹の如く太い。更に岩山の如き鋭さに加えて、ルエインの一撃すら凌ぎきる硬度こうどを持った尾など、楔状くさびじょうの巨大なハンマーを揃えた凶器そのものでしかない。

 ルエインが腕を交差させて身を固めた時……白い影が横切り、ルエインをさらっていく。

 竜王の尾は虚空を薙ぎ、腹立たしげに「クルカカカカカカ……」と、喉を鳴らした。

 そして……テレシアにくわえられた状態から、肩から伸びた長い毛を掴んで勢い任せに、ルエインはその背に飛び移った。


『無茶しすぎやで!』

「お前を失いたくないからだ」


 テレシアがそう言うと、金髪の青年は恥ずかしげもなくそう返す。テレシアは、


『──! なんや、照れるやんけっ!」


 顔をプイッと背けて、どこか恥ずかしさと不満げな様子で明後日の方向を見た、そんな矢先──


『クァッ‼︎』

「ッ! テレシア!」

『あいな!』


 ドラキュナムの咆哮。ルエインに肩を叩かれたテレシアは、超高速で動き出した。

 だった一秒足らず。しかし、テレシアがいた近辺の樹氷は、雪すらも閉じ込めて氷漬けにされた。更に──


「クッ……」

『なんや、こい……つ……⁉︎』


 まるで、魔法の如く。ただの羽ばたきが、自然の摂理を無視して風の軌道を狂わせる。暴風と呼ぶに値する風力が、凍てつく冷気を運んでテレシアとルエインの体を凍りつかせていく。

 螺旋を描いて落下していく最中さなか、ルエインはその身から淡い光を溢れさせると、テレシアと自身を包み、体表を覆った氷を割った。樹氷を目前とした所でテレシアはその凍った木を蹴り飛ばし、地上に舞い降りて体勢を整えた。


『ふう……助かったで』

「油断し過ぎだ」


 ルエインの言葉にテレシアは、「お互い様やろ?」と笑う。ルエインは呆れたようにため息をついた。そして──天を舞う竜王を見据える。


『グルォオオオオオッ‼︎』


 遥か空の彼方へと咆哮した竜の王は、喉を鳴らして眼下で崩れ去る配下達を見送ったかと思うと……


「逃げてくわ! どうして……?」

「脅威と感じた……訳ではなさそうじゃな」


 その身を翻し、白銀に覆われた黒い山脈へと去る。その姿は、少しの恐れも見せずに悠然としたものを感じられる。王者の如き余力を見せつけるようにして、ゆるりと去って行く白銀の巨竜は、斯くして去った。吹雪も晴れた中、空を舞っていた雪が全て地面へと落ちると、やがて周囲には光が戻ったのだった。

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