第二十七話 ー光来せし竜王①ー
『ブゥルル──フヒィィイインッ!』
セラフの足を包んだ菌糸が、侵食を開始する。菌の胞子に包まれたセラフの脚は脆くなって崩れ去り、ドシャリとその体を倒れさせ、更に侵食を早める。
「いかん! スティア、皆々を浮かせよ!」
「──! 空駆ける力を……ウォーレライ!」
ヴァレリの焦燥感に触発され、スティリアは血相を変えて呪文を唱えた。詠唱は即座に終わり、荷物共々馬車から浮かび上がる一行は、途端に吹雪に曝される事になる。
「何、あれ……⁉︎」
『うっわ……ゾッとするわ』
スティリアに続き、テレシアが珍しく表情を青ざめさせる。
菌糸に持ち上げられた馬車は、ボコボコと膨れ上がる菌に侵されていた。粉を噴き、紫と白色の菌糸の触手は太く大きく成長していく。
「あの粉に触れてはならぬッ‼︎」
「──!」
ヴァレリの荒立った声色に、スティリアは高度を上げさせる。
「グリブィーシュカは獲物を待ち受ける狡猾な魔獣じゃ。広い縄張りで敵を待ち、近付いた者を触手で絡め、侵食して栄養分とする。倒すには……」
「倒すには……?」
ヴァレリが言い淀むと、スティリアが追求すると、ヴァレリは口を開いた。
「この豪雪の中で……高熱の炎を使って菌糸と本体を焼き尽くす必要がある。それ以外の攻撃だと、すぐに再生する」
「……このままやり過ごすのは──」
「うわわわわわわッ⁉︎」
ハロルドの手が、ブクブクと膨れ上がる。菌糸の付着した部分が粉を噴き出した。
「これで、皆感染してしもうたわい……。本体の一部をポーションとして精製して、血清を作らねばならぬ。じゃから開けた場所を通るなと……」
「申し訳ないですあります……。少しばかりなら問題ないかと……」
申し訳なさそうに顔を伏せたハロルドに、ヴァレリは「言うとる場合じゃなかろう」と宥める。
「オヌシは早く感染部の接触部分を離して切り落とし──」
「待って‼︎ 血清を作れば治癒魔法で治せるんでしょ⁉︎」
ヴァレリの言葉に、スティリアは慌ててそう声を上げる。ヴァレリは……ふう、と一息つく。
「確かに可能性はある。しかし、早急にこの広い雪原の中にいる小さな本体を見つけ、倒し、血清を生み出さねば侵食は早まるばかり。切り落とした方が生き残る可能性があるぞ」
「それは、そうかもしれないけど……」
冷静につらつらと状況を並べていくヴァレリに、スティリアは顔を伏せた。そんな時──
『お任せください、マスター。炎なら扱えます』
「レイチェル⁉︎」
黒髪の少女が、髪色と目の色を赤く染め上げて肩甲部を開いていた。
「……お願い!」
『イエス、マスター!』
赤いエネルギー体を迸らせ、レイチェルは眉を顰めさせた。
『リプカーナ・ウィムビィ!』
途端、双肩の砲身から放たれた赤く黄色く……二つの小さな恒星が螺旋を描くようにして小さく輪を狭め──接触と同時に、薄い溶岩のように粘りのある炎の波を巻き起こす。それは雪原に触れるや否や、凄まじい蒸気を巻き起こし、中心の木や、菌糸の塊となった馬車とセラフの骸にも纏わりつくと、触れると同時に灼熱の炎を燃え盛らせた。
「むッ……うぅんッ……!」
『あっちちちちち! 熱いねんけど⁉︎』
「高度を上げよう」
「う、うん……」
レイチェルの攻撃は、水蒸気となって一同へ襲いかかった。深く降り積もっていた雪を全て溶かしていき……高度を上げた一同の目の前には──
『うっげげ、めっちゃキモい……』
「あれがグリブィーシュカってヤツなのか……」
テレシアの声に応じるようにして……トゥーラが言葉を紡ぐ。
茶色い地面一面にビッシリと。白く複雑に入り混じった網目状の繊維の束が、姿を現した。グリブィーシュカの体は、燃え盛る炎に包まれた木を中心として、何層にも張り巡らせた蜘蛛の巣の如く広がっていたのだ。
その中……一際大きく膨れ上がった塊が、菌糸の中を移動していた。
「あれは……」
「あれが本体じゃ!」
ルエインの言葉に、ヴァレリが声を荒げる。しかし──
「ただ……あそこに飛び込むとなると、その身は著しく菌に侵される事になろう。下手をすれば、死ぬ事も──」
「私が行くでありますッ!」
ヴァレリが言い切るよりも早く、ハロルドは空を蹴った。
「ハロルドさんッ!」
「チッ……」
菌糸に左肩まで侵された男の行動に、ルエイン以外が驚き、スティリアは声を荒げた。ルエインは、舌打ちをしながら手を振り上げ、
「導ノ型・神薙──雨燕」
指先から、青白い三日月状の刃を放った。それはハロルドよりも早く菌糸の中を蠢く何かの進行上の菌糸を切断し、粉を噴かせる。
『ブビッ、ブビッ‼︎』
一同は目を丸くした。ゾワリと一瞬のうちに、ハロルドの体への侵食は進み、ハロルドは外套の下からナイフを取り出して、
「食らえっ!」
『ブビッ!』
──菌糸でできたモグラのような生物を刺して、スティリア達の元へと投げた。
「ハロルドさん!」
「──! スティリア、弱火で焼け! 瀕死にさせるのじゃ!」
ヴァレリの言葉に、スティリアは目尻に浮かんだ涙を指で拭うと、目付きを鋭くさせた。
「出でよ、焔の子……フレマ・スフィア!」
スティリアの手のひらから、火の玉が放たれる。
『ブギュッ! ……ギュ…………』
そのモグラは、炎に包まれながらこんがり表面を焼かれ、ピクピクと痙攣した。煙を吹き上げたグリブィーシュカを、そのままルエインが掴み取った。
「ポーションの材料は其奴の体と適当なポーションじゃが──作るにはどの道錬金術の知識がないといかんぞッ!」
「それならば、問題ない!」
ルエインはナイフを引き抜くと、即座にレイチェルへと菌糸のモグラを投げ渡す。レイチェルはパシリと受け取ると、スティリアを見た。
「レイチェル、お願い! 精錬して!」
『イエス、マスター』
スティリアは麻袋から耐寒ポーションを投げ渡すと、レイチェルは口からモグラを口に含み、ポーションで流し込んだ。
そして、即座に小瓶を脇腹に構える。すると脇腹から管が伸び、コポコポと音を立てながら小瓶に茶色く濁った液体が注がれていく。
「おお……! やるではないか、機兵族の小娘!」
「レイチェルよ! ってそれよりもハロルドさんを──」
「下の菌床が消えていくぞ!」
スティリアの言葉を遮り、トゥーラが声を上げる。
本体が消えた事により、菌糸の網は灰となって消えていった。しかし、残されたハロルドはそうではなかった。侵された菌糸に、頬まで蝕まれていた。
「わっちらは三滴程で効果があるはずじゃが……あれほど重症となると半分は必要になるぞ。すぐに口元へ運べ!」
「待ってて、ハロルドさん!」
スティリアは小瓶に蓋をすると、急いでハロルドの元へと空を蹴って駆け出す。ふわりと舞い降りたスティリアは、急いでその口元へと小瓶を運ぶ。ダバダバと流し込まれた小瓶をゴクリと飲んだハロルドは、手で制する。
「ふむ……これで一時的には問題あるまい。わっちらも感染しておる。キッカリ三滴ずつ、回して飲むぞ」
降り立ったヴァレリの言葉に、同じく地上へと降りた一同も頷く。結晶の槍でドームを作ったヴァレリは、スティリアの手元から瓶を手に取ると、そのまま口元へ三滴垂らした。
「絶対に余らせるのじゃぞ」
このようにしてするのだ、と言わんばかりに瓶で半開きの蓋をして、垂らすようにして飲んだヴァレリに習って、一同は回して飲み始める。小瓶に三分の一程の液体を余らせて、ポーションは全員分あった。
「ふう……余った分はそこの重症の者に定期的に飲ませるのじゃ。朝と夜、キッカリ三滴ずつ、のう。この大役を──」
一息ついたヴァレリは、そう言いながら……トゥーラを見た。
「オヌシに一任する。これは帝国軍シュヴァリエ隊隊長であるヴァレリウス=キュー・ル・ヴァムプール・ド・ラ・シューヴァリエからの命令である。心得よ!」
「──!」
「…………は、はいッ!」
ヴァレリの言葉にサッと顔を青ざめさせ、ビシッと敬礼をしたトゥーラ。驚愕の表情を浮かべて自身へ視線を集める一同に、ヴァレリは、
「今は何も聞かんでくれ。その内、説明はする」
「…………ああ」
ルエインが相槌を打った事を皮切りにして、
「ええ、また教えてね?」
『マスターが言うなら……』
『まあ、アンタ器用ちゃうしな』
一様に、ヴァレリという存在を受け入れた。
「すまぬ、な……」
ヴァレリはフッと浅い笑みを浮かべると、「さて……」と結晶のドームを覆う雪を見た。降り注ぐ雪が、宛らかまくらのように、ドームを包み込んでいた。
「吹雪の勢いは増す一方じゃ……。中におる限りは問題あるまいが、元凶となる者が近くにおるのやも──」
ヴァレリが言いかけた時、微細な振動が伝わる。ドームを覆っていた雪が流れるようにしてサラサラと落ちていき、青い結晶の彼方──その魔獣の姿を視認させた。
深海の如く深い黒と、蒼色の像のような太い前脚。そして前脚よりもなお太い後脚。どちらもビッシリと鋭い鱗に覆われている。
胴体部は牛のように筋肉が盛り上がった体。それを鎧のような甲殻が覆っており、竜の尾を持つその四つ脚の怪物は、豚のような鼻を震わせ、象牙のように立派で鋭い牙を輝かせる。
そして……その背より伸びた管が、降雪機の如く白い粉雪を周囲へ振りまいていた。




