第二十六話 ー銀世界の覇者②ー
「馬鹿者めが」
ヴァレリは、不敵に笑う。襲いかかる翼竜が顎を開いた時──
「舞え、山散花」
矛先をバキバキと蕾が花開くように肥大化させながら。ヴァレリの持つ槍は、翼竜の口よりも大きくなり、ワイバーンは降下を羽ばたき制止させようとした。
しかし、既に遅かった。開いた花先からは結晶片が風向きを無視して散り散りに舞い飛び、翼竜の肉体を骨など無視してズタズタに引き裂いていく。
そうして事切れたワイバーンは白一面の絨毯のような地面へと落ちていき、粉雪に埋まって消えた。
「此奴だけ、か?」
「さすがは銀騎士殿であります……!」
周囲を見回していたヴァレリに、ハロルドは感心したようにそう呟く。しかし、ヴァレリがいくら耳を澄ませようが、、霞む銀世界に響くのは激しい風音だけだった。ヴァレリは馬車へと首だけで振り返る。
「すまぬが引き上げてくれ!」
「えと、うん!」
スティリアはウォーレライの魔術で、ヴァレリを掬い上げて馬車まで運ぶ。寝起き故か、やや目の据わったルエインが、その様子をボーッと見ていた。
「やれやれ、本体じゃなくて助かったわい」
「足場、悪いんですね」
スティリアの言葉に、ヴァレリは「うむ」と声だけで返事をしながら、体についた雪を払い、馬車の外へと蹴飛ばす。そして扉は閉じられる。
「浮いておるからすっかり忘れておったわ。しかし──」
言いかけて、ヴァレリは外の様子を伺う。吹雪の勢いは増すばかりで、この馬車を引く馬──セラフは首しか体を出せていない。それでも蒸気を吹いて進んでいるのだから、スティリアのお陰と言わざるを得ないだろう。
「これほど激しく吹雪き続けておる事など我が国でもあまりない事じゃ。それも空が白みつつも、雪も降っておるとはあまりにも奇っ怪。……現れたという竜のせいか?」
「ハロルドさんの報告だと〝凍てつく波動〟と言っていらしたけど……吹雪の事かしら?」
スティリアも同様に考え込む。その答えは御者台で雪まみれになりながらも馬車を進めているのだから、聞くに聞けない状況となる。
ヴァレリは「ふむ」と一息つくと、麻袋から耐寒ポーションを取り出し、ルエインに投げる。
「なんだこれは?」
「飲んでおけ。寒さに強くなる」
「……」
ヴァレリの言葉に、スティリアが無言のまま頷く。そして、ルエインは蓋を取るとそのまま口の中へと流し込んだ。一瞬眉を顰めたが、そのまま飲み干す。
『ウチも寒いんやけどもらえんやろか……』
「……どうやって飲むんじゃ?」
言われて、テレシアは自身の体を光で包む。やがて、人型に形成されたテレシアは、「さぶさぶ……」と鼻水を垂らしながら小瓶を受け取ると、蓋を開けて勢い任せに口の中へと放り込む。そして──
「これめっちゃ美味いやん!」
「そうじゃろ?」
「…………」
盛り上がる二人を、ルエインとスティリアは怪訝な表情をして見つめていた。その表情は「味覚は大丈夫なのか」と問いかけていた。
そんな事を知る由も無い二人は、耐寒ポーションの良さを語り合う。そんな中──
「皆さん、報告であります!」
「どうし──!」
「──ッ!」
ルエインが尋ね返そうとした時。風音に混じって銃声が車内に響いてきた。
「お聞きの通り、近くで交戦中のようであります! 先行しますか? 馬車で向かいますか?」
「わっちは行く」
誰よりも早く、ヴァレリはそう返して扉へ向かう。するとルエインが手で制して止める。
「なんじゃ?」
「また雪に沈むだけだ。テレシアと俺とで先行しよう。ヴァレリはレイチェルと共に馬車とスティリアを護衛してくれ」
「むぅ……!」
ルエインの言葉に、ヴァレリはふてくされたかのように口を尖らせた。そしてとてとてと歩き出したテレシアにヴァレリは、
「気をつけよ。帝国の銃は光の槍ともなる……別名ブリューナクと呼ばれておる高度な追尾性能を持つ弾丸を放つ。間違えて撃たれんようにな」
「…………アンタがウチのこと心配するようになるとか、ここが来世か?」
テレシアがそんな憎まれ口を叩くと、ヴァレリは「ほざけっ」と一蹴する。
キシシと笑ったテレシアは、扉を開いて雪上へと飛び込む。それと同時に白い毛がザワザワと伸びていき、巨大な聖獣が如き姿へと変わる。
『ルエイン、行くで』
「ああ」
斯くして、一人と一匹は天へと駆り出した。足場を伝って高所へ登る猫が如き動きで、テレシアは空高く飛び上がっていく。
『めっちゃ視界悪いな! 霧の中におるみたいや!』
「これではどこにいるかも──」
言いかけた時に、再び銃声。光の柱が逆さに伸びていった。
「……見えたか?」
『これで見えへんかったらクッソまずいブドウでも食べなあかんな‼︎』
そんな軽口を叩きながら、テレシアは眼下に広がる樹氷の上を突っ切っていく。物の数秒足らずで到着したその場には、先ほど同様に翼竜が複数いた。
「導ノ型・神装真器」
ルエインは、小さくそう呟いた。すると、バチバチと頭の先から雷の輪が包み込んでいき、その姿を変えさせた。それは、かつて闇膜王ヴォルトプスを倒して見せた英雄の姿そのままであった。
『ほんまに力必要になったら言いや』
「必要ない、諄いぞテレシア」
ルエインは次いで「顕現せよ」と口にして、左手に白い光球を作った。その中から白色に金の装飾のある剣を抜き取ると、それを横薙ぎに構えた。
「肆式・神鳥谷──」
『初っ端かーらまとめてどーんっ!』
妙な合いの手を入れるテレシアなど意にも介さずに、ルエインは振るう。
「神立之舞」
振り払われるとほぼ同時に。巨鳥が三羽飛び立ち、複数に分裂して翼竜へと襲いかかる。気付いた何匹かが巧みに躱そうと不規則な軌道で飛ぶも、舞い降りる鳥達もまたそれを追いかけ、食らいついていく。
ワイバーン達は力無く落ちていき、雪上に触れる前に灰となって消えた。
『撃たれたらよろしくやで』
「…………導ノ型──」
テレシアの言葉に、無言のままルエインはその背に手をついた。
「神身気衛」
ポワリ、とテレシアとルエインの体を青みがかった優しい光が包む。
『気ぃ利くやん!』
「お前がやらせたんだろう」
ルエインがそう返すと、「そこまで言うてへんもーん!」と悪びれる様子なくテレシアは言う。
そのまま地上へ近付いていくと……金髪の兵士が雪上に倒れているのが見つかる。紺色のコートを着ている男は、ルエイン達が仕掛ける直前で襲われたらしく、腕に怪我を負って気絶していた。
「ヴァニラ……少佐……」
「──!」
気絶しながらも、うわ言のように……小さくそう呟いた男の言葉に、ルエインとテレシアは大きく目を見開いた。
「確かヴァレリの妹の名は……」
『偶然か、聞き間違いかは分からへんけど情報になるんは確かやで。連れて帰ろ』
淡い光で覆う事をやめたルエインは、雪に埋もれつつあった男の腕を取ると、そのまま引っ張り上げてテレシアの背中に乗せた。それと同時に、ルエインの体から光が離れていき、その姿は黒いコートへと戻った。
──そして、馬車へ戻ったテレシアとルエインが連れてきた男に、ヴァレリは瞳孔を大きく開いた。
「間違いない、帝国の軍服じゃ。しかし見たところ此奴の肌の色は人間じゃぞ? 何故帝国兵などに……」
言われて、ルエインはヴァレリと男とを見比べる。確かに肌の色がヴァレリの方がかなり白かった。ルエインが眉を顰めていると、スティリアが男の腕に手を添えた。
「治療します」
「できるのか?」
ヴァレリの問いかけに、スティリアは「誰かさんが怪我ばっかりするから」とクスリと笑って、ルエインを見た。そして申し訳なさげに顔を背けたルエインを見たスティリアは、視線を男に戻して、
「彼の者に安らぎの兆しを──レフェクト!」
スティリアの手から淡い光が溢れる。光に照らされた男の腕は、ギチギチと音を立てながら翼竜の歯型を肉厚で塞いでいった。
「……本来はこんなに簡単なのにルエインってやっぱり本当に効きづらかったんだね」
「…………あの時は、すまない」
スティリアの言葉に、ルエインは顔を背けたまま謝罪の言葉を送る。スティリアはふふふ、と笑うと「いいよ」と優しく微笑んだ。
そして──男は呻き声を上げる。
それと同時に、ルエインが「そういえば──」とヴァレリに切り出した。
「お前や妹……ヴァニラ少佐だったか?」
「──! はて、わっちは妹の階級までは言っておらなんだ気がするがもしや……」
チラリ、と苦しげに顔を歪める男を見たヴァレリ。
『ほな、ビンゴやな?』
「じゃな」
果たして、男は目覚めた。
「ヴァニラ少佐ッ‼︎」
覚醒と同時に上体を起こした男は、ヴァレリを見つけると、マント越しに抜群のスタイルを堪能……している訳でも無いが、思いっきり抱き寄せ、涙ながらに頬ずりを始めた。
「良かった、ご無事で……」
「残念ながら人違いじゃ」
「──え?」
男は怪訝な表情を浮かべながら、よくよくヴァレリの顔を見つめると、小さくため息をついた。
「本当だ……よく見たらちょっと品がない」
「失礼にも程があるな? オヌシは」
プフッと吹き出したテレシアだったが、額に青筋を浮かべたヴァレリに睨みを利かされると、サッと目を逸らした。そして男は寝ぼけ眼だったのが目に生気が戻り、ハッとしたように顔を青ざめさせた。
「そうだ、ヴァニラ少佐が──!」
「落ち着け! ヴァニラはわっちの妹じゃ。彼奴がどうしたと言うのだ? 今どこにおるのだ?」
慌てて走る馬車の扉を開こうとした男の腕を掴み、ヴァレリは止めた。男が「離せ!」と暴れると、ヴァレリはため息をついた。
「あんまり使いたくはないが──誘惑」
「──!」
グイッと男の顔を掴み、自身の目とを見合わせさせたヴァレリ。男は暴れていたのがウソのように腰を落ち着かせた。
「緊急事態故に許されよ。まず貴殿の名と階級は?」
「トゥーラ……二等兵です」
虚ろな目、生気のない声で答える、トゥーラと名乗った男。ヴァレリは「ふむ」と唸った。
「トゥーラと言ったな。ヴァニラはどこじゃ?」
「分かりません……。しかし、飛竜討伐作戦の直前に、攫われました」
「──!」
トゥーラの語った言葉に、ヴァレリは驚いたように目を丸くした。そして直後、ギリっと歯を鳴らして固く拳を握りしめ、額の青筋は更に濃さを増して浮かび上がった。
「誰に、じゃ?」
「全員二等兵でした……。皆、正気を失っていた様子だったので……伝え聞くところの、帝国兵の方々の使う誘惑かもしれません……」
「それって──」
スティリアが言い終えるよりも早く、ヴァレリが「そうじゃ」と返事をした。
「今しておるこれじゃが……純血種のソレと比べたらわっちのは暗示程度なものじゃ。魅了までは、いかぬ。そもそもわっちはこれをあまり好いてはおらぬし、基本は使わぬからな」
しかし、ふむ。と続けたヴァレリは、ため息をつく。そして──
「最後に。オヌシはヴァニラの何じゃ? 敵か味方か?」
「私は……ヴァニラ様をお慕いしております。命を救われた時の戦神が如き凛々しさと女神が如き美しさに──」
「あー、もう良い良い。解呪」
呆れたように、ヴァレリは指を鳴らした。瞬間──トゥーラは、正気を取り戻したかのように周囲を見回した。
「なっ──⁉︎ あれ? オレ、お前、あれ?」
「もう良い。帝国兵の者が犯人ならば……。この近辺で利用される場所といえば──グリブィ雪原じゃな」
「あ⁉︎ え⁉︎ オレ、なんか言ったのか⁉︎」
分かりやすく取り乱すトゥーラは、口元を押さえつつ、周囲を見渡し、自身の体を抱くようにして警戒の色を濃くした。
「誘惑を使った……と言えば、分かるじゃろう?」
「──! アンタ、帝国兵なのか⁉︎」
トゥーラは動揺の色を分かりやすく見せた。ガバリと身を起こすと、ヴァレリのコートの襟元を掴み、引き寄せる。
「アンタがヴァニラ少佐を──ッヴェ⁉︎」
「品がないのはどちらかッ!」
ヴァレリは、トゥーラの頰を打った。男は軽々と吹き飛び、ソファに頭を沈ませた。そして、その頰をさすりながら、睨みを利かせた。だが──
「ヴァニラはわっちの妹……。彼奴の身を案じておるのはわっちも同じじゃて」
「お、おお、お義姉さまですか⁉︎」
トゥーラは人間味の強い人間らしく、喜怒哀楽が分かりやすく移り変わっていく。今度は驚きと憧れの色が強くなった。
「忙しないヤツじゃ……。ハロルド、馬車を東へ向かわせてくれ。開けた場所にある一本の木の近辺には近寄らぬように気をつけて、のう」
「はい、了解したであります!」
ヴァレリの言葉に、ハロルドは爽やかな返事をする。トゥーラは不思議そうに小首を傾げて見せた。
「なんで東なんだ?」
「それは──」
ヴァレリが言葉を紡ごうとした時、
「むぅッ⁉︎」
「きゃあ⁉︎」
「クッ……⁉︎」
「ウォオオオっ⁉︎」
馬車が大きく揺れ、持ち上がる。ハロルドは馬車の紐を掴み、宙吊りになる。
「な、なんだァ⁉︎」
「むぅ……グリブィーシュカの縄張りに入ってしもたか」
ヴァレリは立ち上がり、横転した馬車の上側の扉を槍の石突部で突き上げて開く。
外の広い雪原の中、菌糸のような白い触手が……雪を掻き分け、馬車を掴み上げていた。




