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第二十六話 ー銀世界の覇者①ー

そうして無言のまま、一同は北門へと辿り着いた。


「や、やぁ……」

「マルクか……?」


 ルエインは思わず確認する。別人のように痩せこけたマルクは、喉をヒューヒューと鳴らしながら、腰元から液体の入った小瓶を煽り、飲み込んだ。


「ぷはっ……! クッソ苦いっス……」

「大丈夫……?」


 九死に一生を得たが如く、ゼエハアと肩で呼吸をするマルクに、思わずスティリアが尋ねる。


「んぁー……問題ないっスよ。あそこの馬車に荷物とレイチェルを待機させてるっス」


 石造りの立派な門の先には、草原広がる街道を背に立派な馬車が停まっていた。

 世界を駆ける風フレース・ヴェルグの獅子の頭に翼、風と言った精巧な紋章を象った豪華な馬車に、一同は思わず息を呑む。


「今回は外国に行く事もあってかギルドマスターも気合い入れたみたいっスね。そいじゃ、えーと……アンタがハロルドさんっスね? 御者台のスイッチを入れたら車輪からスパイクが出るようになってるっス。雪道になったらそれで移動するっスよ」

「これはどうもご丁寧に……感謝するであります、マルク殿」


 交わされる言葉に、スティリアは小首を傾げる。


「マルクさん、今回は来てくれないんですか?」

「馬が死ぬとこをまだ見せたいんスかッ⁉︎ 鬼もいいとこっスねぇ⁉︎」


 血涙を流すマルクに、スティリアは気圧された。言いながらも、マルクは「さておき」と続ける。


「同道したいのは山々っスけど、オイラもいよいよ昇進して色んなスキルを磨いた結果、仕事が山のように舞い込んだんスよ。特に復興作業も残ってるっスからねぇ……。ギルドマスターにき使われてるんス、察してくだせぇ」


 ああ……。と誰よりも早く、ハロルドがうんうんと頷き、一同も納得した。


「代わりと言ってはなんスけど……ドレヴァンの遺した資料を頼りに通信機をレイチェルに取り付けたっス。その他にも沢山機能を追加しておいたっスよ。今はアップデート中なんで眠ってるっスけど」

「そうなんだ……。ありがとう、マルクさん」


 お安い御用っスよ、と言いながら──マルクは、腰のポーチから小瓶を取り出し、ハロルドに握らせた。


「帰ったらギルドマスターの愚痴で飲むっスよ」

「マルク殿……!」


 浮かんだ涙を腕で拭い、ハロルドはマルクへ向けて敬礼をする。マルクは夜風にコートを煽られながら「アディオス」と手振りをして──転けた。しかし、何事もなかったかのようにすぐに起き上がると、夜の街中へと姿を消した。


「行こう」

『アイツほんまなんやねん』


 ずっと黙っていたルエインとテレシアが語り出す。しかし周囲を見回せば、ヴァレリの姿がない。北門へと視線を向けると、ヴァレリは既に馬車の前で地団駄をしていた。


「早よう早ようゥー‼︎」

「い、行きましょ……」


 苦笑を浮かべた一同に、スティリアが声をかける。くして一同は遥か先にそびえる白銀と青い山脈の並ぶ北の大地へと旅立った。


 西に荒野と枯れた森。東に砂漠と山。背後に小さくなった都を背に。一行はハロルドの操る馬車に乗り、草原を駆け抜けていく。馬車を引くのは、白い鱗に覆われた青毛の、馬に似た生物。進めば進むほどに天より舞い散る薄い白が、背の低い草に触れては消えていく。

 ……やがて、関所を越えて周囲が白銀の世界に染まるより早く、ハロルドはフード付きの厚手の毛皮の外套を二重に纏う。マフラーを巻いた男の痩せ身の体は完全に着膨れして、本来の体格の二倍になった。吐く息は白く煙のように大気に溶けていき、手袋越しに動かしづらそうにしながらハロルドは手綱を握っていた。


「寒い……」

「早よう慣れた方が良い。本国はここの何倍も寒いぞ」


 馬車の中まで染み入る大気に思わず言葉をこぼしたスティリア。既に皆々が毛皮の外套を纏う中、ヴァレリが冷静にそう述べた。


「人が住みづらそうな土地だが……帝国は何故ここに国を築いたのだ?」


 ルエインが外よりも薄くも白い息を吐きながらヴァレリにそう尋ねかけると、果たして銀髪の美女は「クフッ」と小さく笑った。


「おかしな事を言う、だからこそ帝国は他国を侵略して領土を広げているのではないか。いずれは共和国すら呑み込まんとする為に、わっちをギルドへと遣わせた。……もっとも──」


 言いかけて、背後で小さくなった共和国へ視線を送りながら、ヴァレリは目を細めた。


「アレは分かっていてわっちを受け入れたようじゃがな」

「アレ……ギルドマスターの事か」


 ヴァレリの言葉に、ルエインは獣人の少年の名を口にする。レオニールならやりかねないと言わんばかりに、ルエインは小さく鼻を鳴らして白い霧を吐く。


「お前ほどの力なら、内部から反乱を起こせばいつでも国を落とす事はできたのではないか?」

「クフッ、買いかぶり過ぎじゃて」


 ルエインの問いかけに、ヴァレリは手のひらに結晶体を集めて玉を作ると、コロリと転がした。


「わっちも当時は幼かった。人間としても血鬼族カーミラとしても半人前なわっちを育ててくれたのは他でもない、ロタの婆さんじゃ。そこへ恩義を感じぬ程に落ちぶれてもおらぬわい」

「……そういうものか」


 そういうものじゃ。とヴァレリが返すと、しばらく沈黙が続く。そんな中──


『──システム解放。シャットダウン時に中断されていたプログラムのインストールを開始します』

「──!」


 レイチェルが、不意にそう言葉を並べる。スティリアが微笑みながら、そっとその胸元に手を添える。

 髪と瞳を赤、黄、緑、水、青、紫、白と様変わりさせ、最後に瞬きをして黒色に落ち着いた少女は、ゆっくりと上体を起こした。


『マスター!』

「レイチェル、おはよう」


 抱き着いてきたレイチェルを受け止め、その頭を撫でたスティリア。すると、その胸元から──


『バッチリ上手くいったみたいっスね。こっちはどうっスか? 聞こえてるっスか?』

「マルク⁉︎」


 電子音混じりの商人の声に、スティリアはレイチェルの胸元を凝視した。よくよく見れば、以前はなかった小型で金色の機会が付いている。


『問題なく機能してそうっスね。そいじゃ、オイラは仮眠をとるっス。何かあればその装置の中心の赤い宝石にスティアさんが触れてください』


 ふぁあ〜……。とあくびをしながら、小さな切断音がプツリと響き、商人の声は途絶えた。


『処分しますか?』

「えぇ⁉︎ ううん、大丈夫よ」


 困惑した表情だったスティリアに、レイチェルが胸元の装置を鷲掴みにしながらそう問いかけると、藍色の髪の少女は焦ったようにそう返す。レイチェルは、小首を傾げながらも手を退けた。


『ルエインも大変やな。聞き耳立てられるで』

「まったくじゃ、クフフッ」

「…………」


 馬車に乗り込んでからは、どことなく落ち着いた様子のヴァレリ。テレシアとそう言葉を交わすと、話題の中心であるルエインは何も語らずに外を見ていた。


が……明ける」

「──!」


 ルエインの言葉に、ヴァレリは東の空を見る。砂漠の遥か彼方にそびえる山脈は、スティリアの髪の如き藍色から、赤みを帯びて明るくなっている。

 雪と砂塵で霞んではいたが、陽光は変わらずに世界の始まりを告げる。ヴァレリの表情は再び固くなった。


「……大丈夫よ、きっと」

「…………うむ」


 スティリアの言葉に、ヴァレリはその表情にかげりを残したままだったが、カツカツと指で肘掛けを叩く事をやめた。


 やがて──ブカブカと沈み込み、馬車への振動が落ち着いてきた頃、ウトウトとしていた一同にヴァレリは、


「眠っても構わぬ。わっちはどの道眠れなさそうじゃしな……。何かあれば起こさせてもらう」

「ごめん、ヴァレリ……」


 スティリアは、時期に寝息を立て始めた。ルエインは何かを言いかけて、レイチェルを見た。レイチェルも起きた直後ながらも不思議そうにルエインと視線を交わすと、小首を傾げる。


『眠っとき。アンタも力を手に入れたからって慢心したらあかんで』

「……ああ」


 丸まって目を閉じながらそう告げたテレシアに、ルエインは小さく返事を返すと、赤いソファに深々と腰を落ち着け、スッと目を閉じる。

 レイチェルはスティリアを見つめ、ヴァレリはルエインを見つめてしばらく時が流れる。


「…………変わったのぅ、此奴こやつも」

『…………?』


 ヴァレリの呟きに、レイチェルが不思議そうに顔を持ち上げて、ヴァレリを見つめた。


「なんでもないわい」

『……なんとお呼びすれば?』


 ガクリ、と体の力を抜いてしまったヴァレリだったが、やれやれと小さく一息つくと、


「ヴァレリウス……いや、ヴァレリじゃ」

『ヴァレリウス・イヤ・ヴァレリジャさんですね?』

「……ヴァレリ」


 ヴァレリは訂正の為に手を振り、一言。そう返した。レイチェルは目を閉じ、「登録しました」と返す。澄みきった瞳で見つめ続けるレイチェルに、ヴァレリはフッと笑った。


「これは変わらずにはいられぬか……」


 言いながらにして、ヴァレリは面々を見流していく。最後に目に止まった青年に、その美女はクスリと笑う。


「……借りを作ってしもうたな」


 ヴァレリはそう呟くと、馬車の先を見据える。陽光がヴァレリの目を刺激し、その目をすぼませる。


「待っておれ、ヴァニラ……」


 ヴァレリは妹の名を呟き、吹き付ける吹雪の先を見据え続けた。馬車の動きが徐々にゆっくりとなってきた時──


「すみません、そろそろスパイクを出すであります。私は既に飲みましたが──見張り番の方は耐寒ポーションを飲んでおいた方が良いかと……進言するであります」

「そうか、すまぬの」


 ヴァレリは、ポストの口ほどの小さな蓋を開けて語りかけてきたハロルドに返事をすると、荷物を漁り出す。


「これか……」


 その中の一つ、麻袋から取り出されたのは小瓶。朝だというのにやや暗がりに包まれた車内で、小瓶の中の赤い液体が怪しく光る。ヴァレリは瓶のコルクの蓋を手でキュポンと抜くと、中の液体を喉の奥へと流し込む。


「ふむ、悪くない味じゃ」


 ペロリと舌舐めずりをしながら、ヴァレリは小さく笑う。静かにキャップを閉めて、麻袋の中へと投げ込む。そんな時──


「ぬぉ⁉︎ って、スパイクか」


 再び。ガタゴトと音を鳴らしながら、馬車は速度を上げて進み出した。ヴァレリはフッと一息つくと、再び椅子へ座り直す。


 ──それから、時間が経つにつれて吹雪の激しさは増す一方だった。ハロルドのくしゃみが何度か響いたかと思うと、馬車は動きを止めた。カタンと音を鳴らして開いた蓋から、ハロルドの声が、


「申し訳ないですが……これ以上馬車での進行は難しいであります。降雪量も増えて積雪の深さも増すばかり……ここからは徒歩になるであります」

「む……」


 馬車での進行不能を告げた。そんな御者からの通達に、ヴァレリは言葉を詰まらせる。チラリと面々を見たヴァレリは一考すると、頷いた。


「わっちは先行して降りる。皆々は吹雪が落ち着くまで待機して──」

「その必要は、ないわ……」

「──!」


 ヴァレリが言い切る前に。少女の澄んだ声が響く。眠気で痛む頭を持ち上げるように、藍色の髪の少女は目を閉じて頭を振ると、ヴァレリを見据えた。


「小娘……」

「スティア。そろそろ覚えて欲しいな……」


 スティリアだった。ヴァレリの呼び方に、呆れるように苦笑を浮かべたスティリアは、馬車の床に手を突いた。


「空駆ける力を──ウォーレライ」


 言い終えると同時に、スティリアは馬のような生物へも手を向ける。


「叡智の起源である火よ……その熱き魂を彼の者の内に宿せ! ヒーティング!」


 すると、その生物の脚部の鱗が蒸気を吹く。雪は溶けていた。


「驚いたであります……。天宝族ジェンマーだったのでありますね? これならセラフ も馬車を運べるであります!」


 スティリアはあくびを一つくと、目を丸くしていたヴァレリにピースサインを作る。


「わたしだっていつまでもお荷物じゃないわ」

「ふーむ……スティアもなかなかやりおるわい」


 名を呼んだ事に。スティリアは驚いたかのように数回瞬きすると、満足げに微笑んだ。


 やがて、馬車は動き出す。ふわふわと浮かび、スパイクが雪上を撫でるようにして進んでいく為か。平地の時より馬車を引く速度も上がったセラフと呼ばれた生き物は、軽快にスピードを早める。

 やがて──ヴァレリが麻袋から小瓶を一つ取り出し、スティリアへと放り投げる。


「わっ──」

「スティアも飲んでおけ、寒さに効く」

「……!」


 スティリアはふふふ、と小さく笑うと小瓶の蓋を取り、中の液体を口へと運んだ。そして──


「ケホッ、エホッ……なに、これ……」

「耐寒ポーションじゃ」

「からい……舌がピリピリする…………」


 猫舌の人が舌を火傷したかの如く、スティリアは歯の間から舌を伸ばした。そして意を決するかの如く固唾を飲み込むと、一気に残りの液体を喉の奥に流し込み、飲み込んだ。


「わっちは意外とイケると思ったのだが……」

「ほんなほほ、ないへふ……」


 最早もはや言葉にならない言葉で返事をするスティリアに、ヴァレリは「ふむ?」と不思議そうに小首をかしげた。……そんな時──


「──!」

「これは……!」


 巨大な何かが羽ばたく音が聞こえてきた。驚くスティリアに、ヴァレリが扉を蹴破るようにして外に出る。


「ヴァレリ!」

「構うな! ルエインめを叩き起こせ!」


 言いながらにして何処からともなく槍を顕現けんげんさせ、着地をしようとしたヴァレリだったが──


「むぉっ⁉︎」


 雪にはまり、豊満な胸につっかえて止まる。もがけどもがけど、崩れてきた粉雪が流砂の如く穴を埋めていき、胸すらも埋まりかけた。


「むぅ……! 敵は──」


 不利な状況だったが、ヴァレリは敵影の確認を優先させた。空にいたのは……いつかに奇術師が置き土産として用意した翼を持つ蛇のような竜──ワイバーンだった。


 光も射さぬほどに暗くなった銀世界を自由に羽ばたく翼竜は、眼下に見えた獲物へ目掛けて、一直線に急降下を始めた。

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