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第二十五話 ー月下の舞踏会①ー

 スティリアは柱の立ち並ぶ、風通しの良い優美な装飾の施されたテラスにいた。既に着替えており、着ている服はいつかにオルメラルド領でキャロルと購入した厚手のネグリジェ。気品と色気とが入り混じるその姿は、過ぎ去る男達が一度は振り向くほどだった。


「まだ気怠いなあ……」


 スティリアは、研磨された石の柵にもたれ掛かる。ボーッとしながら、スティリアは遠くを見た。金髪の男が見えたスティリアはハッとするが、服装が全く違った為に肩を落としてため息をついた。


「話して……くれないのかな…………」


 思い起こしているのはあの青年の背中の特徴的な紋様のある火傷。そして、それを潰すかのようにできた、一際大きな切り傷。

 出口のない迷路のように、幾ら考えても出ない答えに、スティリアは思わずため息をつく。


「思い切って、聞いちゃおうかな……」


 遥か遠くの橋を歩く人々を見つめながらそう呟いたスティリアは、吹き抜けた風に肩を震わせた。


「何やってんだろ……戻ろ」


 そう言いながら、スティリアが上体を起こした時──


「──!」

「………」


 いつの間にか背後にいたルエインが、背後からコートをかぶせた。ルエインが普段着ているようなものではなく、女性もののブラウン色のコート。スティリアは、目を丸くした。


「近くを通りかけたら、見つけた。先の非礼を詫びるつもりで買ったものだが……まだ寒いか?」

「えっと……まだ、大丈夫?」

「…………?」


 スティリアの理解し難い回答に、ルエインは小首を傾げた。


「どうした? 何かあったのか?」

「うぇえ⁉︎ ううん! なんでもないよ⁉︎」

「……?」


 取り乱すスティリアに、ルエインは眉をひそめると、申し訳なさそうに顔を背けた。


「やはりまだ怒っているのか……? 不可抗力とは言え、お前の体を見てしまった事……」

「いやそれは全然! むしろもっと見──」


 言いかけて、スティリアはハッとする。ルエインがいつになく瞳孔を大きく開いていた。

 何を言っているんだろう、わたしは……⁉︎ と、少女の頭の中は真っ白になっていた。

 果たして……藍色の髪の少女は、耳まで赤く染めると、ルエインから視線を逸らす。


「ち、違うの! えっと、その……何が言いたいんだっけ……? あの、その、なんだろ……。気に、なってて……」

「…………そうか」


 ようやく求める言葉を出せたスティリアに、ルエインはしばしの沈黙の後に、たった三文字の返事を返す。スティリアはそれを聞くと「あの!」と取り繕うように言葉を紡ぐ。


「へ、変な意味でじゃ、なくて……! ルエインの背中の──」

「分かっている」


 スティリアが言い切るよりも早く。ルエインは自身が把握している旨を伝えるも、言葉を探すかの如く……口元に緩く握られた拳を添えて、寂しげな瞳で虚空を見つめた。

 そんなルエインの表情を見たスティリアは、胸元で拳をギュッと握りしめると、焦燥感に満ちた表情で、


「あ、あの──」


 手を差し伸べた。


「わたしと踊ってくださいませんか⁉︎」

「…………⁇」


 ルエインは目を丸くする。スティリアはと言えば、何を言ってるんだわたしはと言わんばかりにあたふたと手を振る。


「……生憎だが踊りという類のものをした事はない」

「そう、ですよね……」


 赤面して涙目になっていたスティリアの表情は、いっそ殺してくれと語りながら視線をそらしていた。


「だが──」


 と、ルエインは続ける。


「スティアがそういうなら踊ろう」

「──え?」


 スティリアは、キョトンとした顔でパチクリと瞬きを繰り返しながら……その碧眼を見つめ続けた。しかし、それでも金髪の青年の真剣な眼差しは揺らがない。


「スティアは踊った事があるのか?」

「えと……うん」


 思いもよらない展開に、スティリア自身が一番驚いていた。握り返された手にドキリと肩を跳ねさせながらも、スティリアはルエインに連れられるまま……回廊を歩いて行った。


「確かこっちにあったはずだ」

「…………」


 力強くも優しい手に、スティリアは思わず細い笑みを浮かべる。頰にはまだほのかな赤みが残っていた。


 ……やがて、ルエイン達は舞踏会の会場へとやってきた。反射された月明かりで幻想的に照らし出されているダンスホールに、スティリアは思わず息を呑んだ。


「まだ一般開放されていないようだが……少し使うくらいならば問題あるまい」

「そ、そう……だね」


 スティリアはいいのだろうかと思いつつも、ルエインに連れられて部屋の中心に立つ。そして──


「踊りをする場所だとは先ほど聞いていたが……具体的に踊りとはなんだ?」

「えっと……音楽に合わせて体を動かしていくの」

「音楽……?」

「えっと……」


 スティリアは言い淀む。なんと説明したものかと思いながら周囲を見回す。しかし、目的のものは見つからなかったらしく、スティリアは不思議そうに見つめ続けていた青年へと視線を戻す。


「こんな感じの──」


 言いかけて、一息。スティリアは鼻歌を歌いながら、ルエインの腕を引いた。ゆっくりと……浜辺で小々波が寄せては引くように。時計の振り子がゆっくりと振れていくように。前へ、後ろへ、左右に。部屋に入る時に履き替えた靴が、一定のリズムで木床を叩く音が響く。


 ルエインは最初こそぎこちなかったが、徐々にスティリアの動きに合わせて踊れるようになる。難しい動きがなかった為とも言えるが、ルエインはスティリアと遜色ないほどの動きとなる。

 途中でハッとしたようにスティリアは我に返り、慌てて固い笑顔を作る。


「こ、こんな感じなんだけど……まだ楽器がないから踊りはできなさそうかも」


 スティリアが気まずそうにそういうと、ルエインは、


「続けてくれ」

「──えっ……?」


 そう言った。スティリアが驚いたような顔で疑問の一文字を口にすると、ルエインは目を逸らさずに藍色の瞳を見つめた。


「音楽……というものは分からないが──スティアの声は心地良い」

「──!」


 言われて、スティリアは顔を真っ赤にする。目を、顔を背け、体もと行こうとしたところで、両の手がルエインと固く結ばれている事に気付く。それに余計混乱したスティリアは、下へ向けた首を大きく横に振る。


「嫌……だったか?」

「そんな事ッ‼︎」


 オーバーリアクションで大きな声を出してしまったのだと自覚したスティリアは、少しの沈黙の後に「……ない」と、続けた。


「では、頼む」

「……うん」


 再び、鼻歌に合わせて踊り出す二人。鏡の先に照らされた影が動きに合わせて踊る様は、まるで逢い引きした二人が駆け落ちするように柱から柱へと止まっては移ろっていく。やがて──


「あら……もうそんな時間?」

「そういえば……こっちの国では日暮れが日付の変わり目ではなかったのだったな」


 日付が変わった事を告げる鐘が、建物中央の時計塔から大浴場中に響き渡る。


「……戻ろうか」

「うん……」


 くして、二人は手を取り合ったまま、出番を終えた選手のようにダンスホールを後にする。


「背中の傷だが……」

「えっ?」


 ルエインは唐突に、出口で立ち止まりながら語り出した。スティリアも思わず立ち止まり、意外そうに目を丸くした。ルエインは構わずに続ける。


「これは……忌み子の烙印らくいんだ。この焼印やきいんいましめの為に、物心付いてから押される。そして──俺の一族では忌み子は戦士として死ぬ為に、鍛えられる」

「──!」


 スティリアは、目を伏せた。そして、手を強く握りしめると、続く言葉を待った。ルエインはチラリとその手を見つめ、スティリアの暗い顔へと視線を移した。


「成人と同時に、儀式は執り行われる。俺は、その前に父に連れ出された。そして──その上の傷はロタという老人に付けられたものだ」

「例の……戦神族ワルキューレの人ね」

「そうだ」


 スティリアの表情が強張った事を確認したルエインは、出口の両開きの扉へと向き直る。そして寸秒の後──


「俺が……この力を振るうに当たって、もう過去に囚われないようにと……。俺も、強くなる為に、それを受け入れた」

「…………」


 スティリアは黙り込んでしまうが、ルエインは構わず振り返ると、


「俺は……お前を守る為に強くなると、決めたんだ」

「──!」


 その言葉に、スティリアは瞳孔を大きく見開かせて、目尻から涙を浮かばせていたその顔を上げた。虚を衝かれたように驚いた表情の少女の頰を、ルエインはそっと撫でる。


「俺は……お前をどんな脅威からも守ってみせる。だから──」

「あっ……」


 ルエインは言いながらにしてスティリアの華奢な体を抱き寄せる。ふわりと藍色の長い髪が舞い、暗がりで黒くなりながらも踊った。


「もう、そんな顔をしないでくれ……。これは俺の覚悟と──そして、何があっても守り抜くという……そういういましめとなったんだ。スティア……約束させてくれ。君を、俺に守らせてくれ」

「ルエイン──」


 月の光を、雲が覆う。過ぎ去った後、二人の唇は重なっていた。今度はルエインが驚いたように瞳孔を大きく見開いている。

 ゆっくりと、顔を離したスティリアは……頰を赤く染めながらも、幸福そうに。目を細めて、口角を上げて、微笑む。目尻にはまだ涙が溜まっていた。


「二回目だけど……あなたにとっては、一回目よね。あの後は、わたしも恥ずかしかったけど──今のわたしは、ちゃんと言えるわ。わたしは……あなたが、好きなんだって」

「……スティ、ア…………?」


 でも──と、スティリアは続ける。


「わたしは、あなたに守ってもらうだけじゃなくて……わたしも、あなたを支えられる人になりたい。だから──もう少しだけ、待っててほしいの」

「…………そうか」


 スティリアの言葉に、ルエインはしばらくの沈黙の後に、普段通りの返事をする。相変わらずな青年に、スティリアは思わずクスリと笑った。


「待っていてね。あなたに、追いつくまで」

「……俺も、弱いままではいられない。お前を守る為に強くなる」


 そういう事じゃない。そう言いたげに、スティリアは「もうっ!」と膨れっ面を見せた。


「……? そろそろ、戻ろう。心配をかけてしまう」

「そう……ね」


 誰に、とは言わなかったがスティリアには伝わったようだ。冷静になったのか、再び頰に赤みを取り戻したスティリアは、ルエインと共に扉を開いた。

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