第二十四話 ー休日の大浴場①ー
「そうか……ロタ殿は亡くなったか」
「ああ……」
小動物化しているテレシアを肩に乗せたルエインとスティリア、ヴァレリ達一行は、国営ギルド〝世界を駆ける風〟のギルドマスターである……レオニールの部屋に集まっていた。レオニールの隣では気まずそうに部屋の隅へ視線を送り続ける老人、マルコがいた。
レオニールはふう、と一息つくと手を組み肘をついていた上体を起こして、椅子の肘掛けに手を置く。
「まあ、こうして封印の指輪も後世に残せた。ロタ殿も未練なく逝けたのだろう?」
チラリ、と。マルコの手に持つ箱の中でキラリと輝く指輪を一瞥したレオニールは、そうルエインへ尋ねかける。ルエインは「そうだな……」と続ける。
「ロタが言うには技の後継者がいなかった事が心残りだったらしい。忌み子だとか、そんな事は関係なく──」
言いかけて、ルエインは自身の右手へと視線を落とした。
「同族で……あそこまで慈しみを以って接してくれた者はいなかった。ロタの誠意に賭けて誓おう。彼女は、満足してこの世を去ったと……」
「フム、そうか……」
ルエインの真摯な眼差しを受けて、レオニールは前のめりになっていた姿勢から、深く椅子に座り直す。そして、大きく息を吐いた。
「君達に、与える報酬だが──」
「いくらじゃ⁉︎ はようはよう‼︎」
言いながらにして、レオニールは指をパチンと鳴らす。するとマルコは指輪を入れた箱をレオニールの机の上に置き、隣の部屋へと向かった。
ウズウズと体で金を欲するヴァレリに一同が苦笑を浮かべる中、レオニールはニコニコと満面の笑みを浮かべていた。
やがて……しばらくするとマルコは小さな紙束を持ってきた。ヴァレリは同時に怪訝な表情を浮かべると、レオニールへと向き直る。
「なんじゃ、あれ? 金銀財宝は?」
「まあ落ち着き給えよ、銀騎士の」
レオニールが諌めるようにしてそう言うと、ヴァレリは膨れっ面になりながらソワソワと足で床を叩き出す。……所謂、貧乏揺すりだ。
やがて、マルコは紙束をレオニールの机の上に置いた。用はそれで終わりだ、と言わんばかりにマルコが綺麗にお辞儀をする。
「さて──」
「金銀財宝は?」
繰り言のように言い寄るヴァレリを、レオニールは手で制する。
「これは予てより思案していた〝ニア〟と呼ばれるこの国でのみ使える硬貨に代わる新たな国内通貨……紙幣である。此度の闇膜王との戦い、並びにその復興作業で我が国の国庫は恥ずかしながら底が見えてきてしまった。こうするより他がなくてね、すまない」
「なんッ……⁉︎」
ヴァレリは、言いかけてフラリと倒れ込んだ。それをスティリアが支えると、ヴァレリは「わっちの財宝達……」と、うわ言を繰り返すばかり。スティリアは思わず苦い笑みをこぼした。
「そうか、そんなに嬉しいか! ハッハッハッハッハッ!」
「んなわけあるかァーッ‼︎」
立ち直り早く、レオニールの言葉に即座に体勢を整えて起き上がったヴァレリは、強く机を叩き上げる。
「わっちはかわいい金銀財宝の為にやっておったというのにオヌシは……オヌシは……!」
「そんな君にバッドニュースだ。どのみち君達は近日中に準備を整えてからこの国を出立しなければならない」
レオニールの突然の言葉に、一同は不思議そうに小首を傾げた。
「それって、国外追放って事ですか?」
スティリアが尋ねると、レオニールは虚を衝かれたように目を丸くして後、
「ハッハッハッハッハッ! なるほど、そうなるか!」
高らかに笑った。スティリアが顔を伏せていると、テレシアが小さな口を開く。
『言葉足らずやでボン。ちゃんと説明しぃや』
「すまないな! いや確かにそう捉えられても仕方のない言い方だったが……この国の英雄達を追い出したとなれば我輩の首はこうだ」
スイッと親指で首を切るジェスチャーをするレオニールに、マルコは苦笑を浮かべる。
「だとするならば、なんだ?」
ルエインがそう問いかけると、レオニールは緋色と金の入り混じる鬣をファサリと揺らしながら、不敵な笑みをははらささ浮かべた。
「理由は至極簡単。次の任務だよ、諸君!」
「任務……?」
一同困惑の表情を浮かべる。レオニールは笑みを消して再び肘をつき、そのや小さな手を重ねる。
「実は昨日夜間の内に……フォルキマノフ帝国近辺にて国境警備隊から奇妙な魔獣を発見したと伝え聞く。ただし、まだ情報が不確かだ。こちらは引き続き情報を収集しているから……その間に君達には休養を取ってもらおうと思ってだね」
「休養じゃと……?」
レオニールの言葉に、ヴァレリは恨みたっぷりな目で睨みつける。レオニールは「おお、怖い怖い」とでも言わんばかりに両の手のひらを見せながら、肩を竦めた。
「砂漠の近くながらも魔道士達の協力の元……ついにバルマネア大浴場の建築が完成したのだ」
「大浴場……⁉︎」
スティリアは目を輝かせた。パァっと花開くように笑顔を見せた少女に、ルエインの肩に乗るテレシアがヌフフと小さく笑った。
『ええやん、行こや!』
「……俺は遠慮しておく」
テレシアが嬉々とした声でそう言うと、ルエインが小さくそう呟く。
するとレオニールが「フム」と小さく唸る。
「今回作戦に加わったギルドメンバー人数分の手配をしてある上に……英雄殿に断られた、となると新設したばかりの大浴場が名誉を損なう事になってしまう。フォルキマノフ帝国へ向かう装備や物資の準備、レイチェル殿の修復もマルク君に手配させている。オイルだけでなく、高級品である石鹸も今回用意させてもらった。何も気にせず、行ってくれ給えよ」
「…………」
ルエインは何かを言いかけて、やめた。テレシアは「んー……」と何かを一考して後、レオニールへと向き直る。
『男風呂と女風呂は別なんやろ?』
テレシアが尋ねると、レオニールは「勿論だとも!」と通る声で答える。
「我輩としては混浴の予定で作っていた所もあったが……残念ながら施工段階で苦情が相次いでだね。我輩専用の浴場となってしまった。人目に付きたくないのならばそちらを利用してもらっても構わない」
『やってさ。アレ気にしてるんならそっち行ったらええやん』
「……では、そうしよう」
ルエインが色良い返事をした為か、レオニールは満足気に「うむ」と微笑む。
「大浴場は北西にある。北西の橋を渡れば目につくだろう。存分に英気を養ってくれ給えよ」
「ああ」
上機嫌にそう語るレオニールに、ルエインは二文字の短い返事を返す。そこへ、食ってかかるようにしてヴァレリが獣人の少年を睨みつけた。
「金銀財宝は?」
「ふむ、マルコ爺よ。銀騎士は今回の報酬が気に召さないようだ」
レオニールが困ったようにそう言った途端、ヴァレリがニヤリと笑った。だが──
「残念だがしまってくれ。今回は無償で働いてくれたらしい」
「は、はぁ……」
不敵な笑みを浮かべるレオニールに、戸惑いながらも歩み寄ろうとしたマルコ。ヴァレリは打算的な考えから来ていたであろう笑みから、一転して鬼気迫る顔色を浮かべた。
「んなわけあるか! 貰えるもんは貰うぞ!」
我が子を庇うが如く……札束をガバリと抱えて周囲を威嚇するヴァレリに、レオニールを除く一同は苦笑を浮かべた。それと同時に、レオニールは「うむうむ」と満足気に微笑むと、両の手をパンパンと二回叩いた。
「では、これでお開きだ。我輩これでも復興の指示や報告書の確認で忙しい。マルコ爺、昇降機の手配をしてやれ」
「ははっ!」
レオニールの言葉に、マルコは軽いお辞儀をしてから昇降機の手前の装置まで歩み寄り、「こちらへ」と案内をする。
紙束を抱えるヴァレリに、スティリアはポーチを手渡す。ヴァレリは物理法則を無視したポーチの口に、ガバリと腕を突っ込んで紙幣をしまった。
そして一同が乗り込むと、昇降機は動き出す。
そんな中、ボソリと。
「名誉だとか、……色々と面倒な立場になってしまったものだ」
小さく呟いたルエインに、テレシアは「まあまあ」とお気楽に宥めた。
『ええやん、認められてるって事やで。今までなかった事やしウチは嬉しいばっかや』
「そうなの?」
テレシアの言葉に、スティリアが反応を見せる。テレシアは「せやで」と事も無げに答える。
『ウチら今まで出てきた魔獣ってフリーで狩ってたからな。襲われたら倒す、みたいな』
「なんと勿体ない……。金銀貨があるうちにふんだくれば良かったではないか!」
ヴァレリの言葉に、スティリアは苦笑を浮かべた。対してルエインはと言えば、複雑そうな表情をしている。
「俺は……ただ生きていければいいと思っていた。だが、今は違う。スティアと……彼女と共に生きたいんだ」
「──! ルエイン……」
スティリアが瞳孔を大きく開き、ルエインを注視した。テレシアは肩の上から肩甲骨付近を尻尾で叩き、ヴァレリは胸元に手を添えた。
『ほーん、ご馳走さん』
「歳に応える胃もたれじゃわい」
一様に、煙たがるような仕草をする。ルエインは不思議そうに小首を傾げた。
「なんだ? おかしな事を言ったのか?」
『お前がズレとんのなんて今に始まった事やないやろ』
「そうじゃの」
ヴァレリの賛同の言葉に、ルエインは口先を尖らせる。
「お前にだけは言われたくない」
「おーおー、同族嫌悪かの?」
気持ちを逆撫でするが如く、煽るようにルエインへ言ったヴァレリに、肩を落とすテレシア。
『アンタ、それズレとんの認めてもてるぞ』
「む? そうかしまった……これは誘導尋問じゃ!」
『それも違うぞ』
そんな光景を見て、スティリアは屈託のない笑顔を浮かべた。
(辛い事や怖い事もあったけど……わたし、生きてて良かったな)
スティリアはそう考えながらも、ルエインへと視線を移す。
(いつも、あなたが守ってくれたね。ありがとう。……わたしは、あなたに何をしてあげられるだろう)
スティリアはぼうっとする。自然と手が口元で拳を握っていた。
(ルエインって何が好きなんだろう? わたしみたいに絵本を読んだりだとか、食事だとか……服だとか……そういう事で楽しんでるルエインって、あんまり想像できない)
「スティア」
掛けられた声に、スティリアは気付かなかった。目付きはより鋭くなり、端正な顔の眉間には、深く皺が寄る。
(そもそもわたしってルエインの事をほとんど知らないんだわ。……いっそテレシアにでも聞いてみて──)
「スティア」
「ふえ?」
パチクリと。大きく瞬きをしながら、スティリアは我に返った。ルエインが顔を覗き込んでおり、ヴァレリは既に昇降機から降りて退屈そうに欠伸をして待っていた。
『どないしてん、固まってもて』
「…………何か、あったのか?」
ルエインが尋ねかけると、スティリアは寸秒の後、顔を赤面させた。耳まで真っ赤にしながら「な、なんでもない!」と慌てて昇降機を降りていく。不思議そうにルエインが少女を見つめていた中、その肩の上でテレシアは「はっはぁ……」と、悪戯小僧のような笑みを浮かべていた。
……そして、一同は先導するスティリアに付いていき、医務室の隣の部屋にいた。
二台のベッドの上では、朗らかに笑う老人レナードと──赤毛混じりの黒髪の少女、キャロルに頭を小突かれている筋骨隆々な青年、ビル。
「足の傷に響くからやめてくれ、イチィッ!」
「うるせぇ! やっと目覚めたと思ったら第一声が腹減ったとかなんなんだテメェ!」
「お静かに! ここ病室ですよッ!」
そんな光景をはっはっはっはっはっと愉快そうに笑っている老人は、入り口に立つ一同に気付くと、ゴホンッと気まずそうに咳払いをする。
「まずはワシの失態の後、闇膜王ヴォルトプスめを討ち果たしてくれた事、この国を守ってくれた事、感謝の限りでございます。このような形で申し訳ありませぬが……」
言いながらにして、レナードはベッドで起こしていた上体を整えると、そのまま頭を下げた。
「よせ。……頭を上げろ、傷に響く」
『ほんまやで、無茶買える歳でもないんやし』
ルエインの言葉にレナードは頭を上げ、テレシアの言葉に苦笑を浮かべた。
「それは一理ありますな。それよりも……聞きましたぞ、ルエイン殿。そして、テレシア殿。此度は大きく活躍されたようで、ワシも知人が英雄と呼ばれるとは鼻が高い」
「……面倒な肩書きが増えただけだ」
吐き捨てるかのように言うルエインに、レナードは微笑む。
「名誉に溺れぬのは良い事です。あなた方はまだまだ強くなられるでしょう。肉体も、技も、精神も……まさに、英雄の名に恥じないくらいに」
「……そうか」
ルエインは他人事のように頷いた。レナードは微笑む。
「そして──」
次いで、自身を心配そうな顔で見ていたスティリアへと視線を移したレナード。
「そして、我が弟子である黒き宝玉の姫君よ。ワシの娘を救ってくれた事……感謝する」
「いえ……友達、ですから」
言いながらにして、視界の隅で白衣を着た魔道士に怒られているキャロルを見て、クスリと笑ったスティリア。レナードも同様に笑った。
「あのお転婆は昔からこうと決めたら聞かなかったが……よく説得してくださった。ワシの娘は……本当に、良い友を持った」
「わたしも、良い友達ができました」
笑うスティリアに、レナードも微笑む。そこには戦場で見せていた鋭い目付きは微塵もなかった。そんな中──
「怪我は……大事ないのかえ?」
「これは……銀騎士殿」
まさか尋ねられるとは思っていなかったようで、驚いたように目を丸くしたレナードは、フッと笑った。
「当然ながら失った腕を治す事などできませぬ。ビルの足も、同様です。キャロルを除いてワシのパーティーは皆、後遺症を残してしまった。ギルドを抜ける事も視野に入れて……今後の方針を、目下検討中ですな」
「……なんじゃ、そうか」
いつになく寂しげに目を伏せたヴァレリは、くるりと踵を返し、
「オヌシの事は……嫌いじゃなかった。自分の強さも弱さも、知っておったからのう」
「敵いませぬな、銀騎士殿には」
はははっ、と笑うレナードを背にしたまま、ヴァレリは部屋を立ち去った。
「ところで……本日はどういったご用件でいらしたのかな?」
「あっ、そうだわ!」
レナードの言葉に、スティリアが声を上げる。すると、説教を食らって不貞腐れた顔をしていたキャロルが、スティリアに気付いた。
「スティアじゃん!」
「キャロル、元気?」
「うーん、肋が折れてたらしいけどポーション飲んでからすっかり元気だよ!」
二人の少女は笑いながら手を取り合う。
「これから大浴場に行くの。あなたも来ない?」
「あー……なんか聞いたなそんなん。アタシは──」
言いかけて、キャロルはチラリとレナードとビルを見る。
「行ってきなさい。ワシらなら大丈夫だ」
「行ってこいよ。また叩かれるのも嫌だしな」
ビルの付け足した言葉にキッと睨みを飛ばすキャロルだったが、魔道士にジロリと険しい目付きで見られると、「覚えてろよ」と一言残し、スティリア達と病室を後にした。
「……先ほど話していたが──」
「さすがに言わなくても分かるよ」
レナードが語り出すと、それを遮るようにしてビルが語り出した。
「こんな有様で魔獣を狩り続けるのはレナードさんならまだしもオレには無理だ」
「いや。ビルよ、ワシは……」
「レナードさん。オレ、言ったよね。パーティーに入る時、足手纏いにはならないって」
「……そう、だったか」
レナードは顔を俯けた。力強い声、覚悟を決めたような……果たしてビルは、レナードを見た。
「オレさ──」




