第二十三話 ー凱旋ー
「おやおや……これでは計画が台無しだ」
白髪に灰色の肌を持つ男……シンは、手についた血液を振り払う。黒スーツに返り血を浴びており、遥か彼方の山頂付近の雲の真下で遠方の討伐劇を見ていた。
……その背後には血反吐を吐き、横たわる──グリフォンがいた。
『貴様は……なに、者だ……⁉︎』
「おや、まだ息がありましたか……。存外しぶといですネっ」
ニコッと笑いながら、シンは振り返る。表情だけ笑顔を浮かべていても、その薄く開かれた紅い瞳は、笑ってなどいない。
シンはくるりと振り返り、お辞儀をする。
「冥土の土産というやつです、教えて差し上げましょう。私はブランハイム皇国教皇聖下の懐刀? 手下? 部下? うーん、どれもしっくり来ませんね?」
ヘラヘラと笑いながら、悩むような仕草を見せるシン。そして「あっ!」と一言──手のひらを拳で叩いて見せた。
「そうですね、私は聖下の汚れ役です。それがピッタリな表現ですね」
お労しい私……。などと、悲しむ仕草をするが、ただの泣き真似であった。
グリフォンは、力無く項垂れる。
『心残りは……我が眷属達…………。逞シ、ク……生キ、ロ……』
「ああ、そう言えば──」
くるりと振り返ったシンは、手元を鋭い犬歯に引っ掛けて手のひらの皮を破き、グリフォンの首元に手を突っ込んだ。羽、皮膚を突き破った先……グリフォンの肉体は、力強く脈打つ。
「あなたにはまだ利用価値があるんですよ。灰になって消えてもらっても困ります。斯くなる上は多少強引な手を打たせて貰いますから、ね」
フフフフフフフフ……と、不気味な笑みを浮かべて。シンは真っ赤に染まった手を引き抜くと、瀕死のグリフォンと共に雲の影の中へと沈んで、消えた。
***
「へっ……三人揃って仲良く病室とは……」
意識を取り戻したキャロルは、ビルとレナードに並んでベッドで横たわっていた。峠を越えたのか、規則正しい寝息を立てる仲間たちに、キャロルは涙混じりにそう呟いたのだった。
***
「英雄と聖獣様の帰還だ‼︎」
所変わって、城壁の上。湧き立つ人々の中心へと降り立った白衣を纏うルエインと、巨獣と化したテレシアの体からは、光の粒子が剥がれ落ちるようにして大気に溶け込んでいき、元の姿へと戻った。
……ルエインのみが、である。ルエインは平常時と同じ黒衣であるコートに。テレシアは胸部と股付近のみを長毛で覆った際どい格好の女性となっていた。
「テレ、シア……⁉︎」
「ウチやでっ!」
ピースサインを決めるテレシアに、スティリアはハッとして近くにあったぼろ切れを持ち、女体化したテレシアに纏わせた。
「なんやなんや?」
「ダメです!」
スティリアは赤面しながら周囲に睨みを利かせる。英雄と聖獣の帰還を祝おうとしていた人々の中でも、男衆はハッとしたように視線を逸らした。
「何を気にしてん。言うなればウチなんて今まで真っ裸みたいなもんやで? 今更やろ」
悪びれる様子もなく言ってのけるテレシアに、スティリアはズイッと顔を寄せた。
「ダメなものは、ダメなんですッ‼︎」
「おおう……。さ、さよか?」
スティリアの迫力に気圧されてか、冷や汗を掻きながらテレシアは頰をポリポリと掻く。救いを求めるかのように視線を向けた先のルエインは、呆れたようにため息をついた。
その言動が、「それはそうだろう」という心情を物語っていた。
「オイラのテレシアちゃんが人間になってる……」
「なんやねんお前。動物に欲情する変態はガチやったんか。キモすぎるやろ……」
滝のように涙を流して歯を食いしばるマルクに、テレシアは引きつった表情を浮かべる。
「まあ──」
と声を上げたテレシアは、バサリと布の中からその姿を消した。……否、消えてはいなかった。動揺が広がる中、布がモゾモゾと動き「ぷはっ!」と声を上げたかと思うと、リス顔の小動物が現れる、
『こんな事もできるんやけどな。一番力使わへんで楽やわ』
「て、テレシアちゃ──ぶへっ‼︎」
『いやキショいねん‼︎ いつかにウチのこと助けたんも下心あるんかな? とか思えてきたわ!』
そ、そんな事は……と涙目になりながら這い蹲って手を伸ばしてくるマルクに、テレシアは全身の毛を逆立てながら威嚇した。
「その辺にしておいてやれ。本当は感謝しているんだろう?」
『ルエイン……』
テレシアはルエインを見上げて、一考して見せた。
『いや、ないな!』
そして、バッサリと。テレシアは切り捨てた。
『あん時は感謝してたで! でも今はちょっとないな! あんなん言われたらちょっと冷めるやろ!』
「そ、そんな……」
マルクは項垂れた。地に伏したその姿は、まさにノックアウトを食らって気絶寸前のボクサーのようだった。テレシアは憤りを隠す事なく、小さな口を開く。
『なんや! どうせおっぱいやろ! ちっぱいが悪いんやろ!』
あー……。とでも言うように、周囲の人々は顔を逸らした。先ほど女人化していたテレシアの胸部は……貧しかった。
チラリと視線だけを送っていた人々をテレシアが睨み付けると、視線を交わしてしまった人々は、ハッとしたように一様に目も逸らす。
そんな中……マルクが満面の笑みで親指を突き立てた。
「それはそれでいいっス……」
『ウチが嫌じゃボケぇーッ‼︎』
飛び蹴りを額にもらったマルクは、今度こそ伸びてしまった。それを遠巻きに見ていたマルコがため息をつき、首を横に振る。そこへ……
「良い孫だな!」
「お恥ずかしい限りです、大統領閣下……」
ため息混じりに返したマルコの表情は、どこか疲れ切っていた。突如として現れた少年──レオニールに、マルコは「少し休みます」とだけ告げると、城壁からジャンプしてウォーレライの魔法で、フラフラとした軌道のままギルドへと向かった。
「人間というのは大変じゃな」
背後から歩み寄ってきたヴァレリが、飛行する小さな背中を見つめてそう言う。するとレオニールは「うむ!」と相槌を打つ。
「銀騎士も人間だぞ!」
「オヌシは畜生じゃがの」
「何っ⁉︎ では銀騎士はなんだ!」
「わっちは人間じゃ。今し方、其方が言ったであろう?」
「ムムム……一本取られたな」
レオニールは大して悔しげな素振りを見せる事もなく、そう言った。
「しかし……」
ヴァレリは自身の持つ槍に視線を落とした。
「ロタ殿は亡くなった、か……」
「なんと……そうなのか?」
レオニールが残念そうな声でヴァレリに尋ねかけると、ヴァレリは首を振る。
「なんとなく……この槍からそう感じただけじゃ。確証はない」
「フム。意外とロマンチストなのだな、銀騎士は!」
レオニールがそう言うと、ヴァレリはクフッと笑う。
「誰ぞの隠し財産を探すという意味合いではロマンを追うのは好きじゃぞ?」
「そういう事ではなかったのだが……」
レオニールはヴァレリとの会話のズレに冷や汗を掻いて、ため息をつく。
皆が皆、喜びを噛み締めてひと時の平和に浸っている中、スティリアの頰を風が撫でる。スティリアの後頭部に、ワタのような羽毛が付いた。
(なんだろう? 嫌な風……。そういえば……グリフォン。来てくれなかったな)
スティリアが答えの出ない事柄に思考を巡らせていると、再度人型になったテレシアがぼろ切れを纏いながらガバリと抱き付いた。
「なぁスティア! 服買うてや!」
「──! ええ、一緒に行きましょ。でもこの国の最先端はダメだからね!」
「なんでや? 流行りに乗ってブイブイ言わせ──」
「ダメです」
ニッコリと満面の笑みで額に青筋を浮かべるスティリアに、テレシアは「おーう……」と返事をすると、ルエインの近くに寄る。
「なんや、スティアが怖いんやけど……」
「……何か、あったんじゃないか?」
チラリと。しゃがみ込んで黒髪の少女の頰を撫でていたスティリアに視線を移す二人。
「お疲れさま、レイチェル。いつもありがとね」
『……イエス。ご心、配……ありがとう、ござい、ます、マス、ター』
絶え絶えになりつつも、しっかりと答えたレイチェルの頭を撫でて「ちょっと休んでてね」と微笑んだ少女は、こちらへ視線を向けていた二人に気付くと、歩み寄る。
「そういえば、まだ二人に言えてなかった事があったの」
「……なんだ?」
「……なんや?」
二人の声が綺麗に重なる。微笑む少女は、二人の男女をグイッと抱き寄せると、涙を目尻から溢れさせながら囁いた。
「おかえり、いつも守ってくれてありがとう」
「……気にするな」
「……なんや、照れるなぁ」
ルエインはそっとスティリアの頭を撫で、テレシアは顔を背けた。
「おいおい、内輪で盛り上がんなよー!」
「アタシらが助けてもらったんだよ。祝わせておくれよ」
「この国を守ってくれてありがとうっ!」
一様に、ルエインやスティリア達を囲い込む人々。レイチェルも抱え上げられ、驚いた表情を浮かべている。マルクもいつの間にか立ち直り、帽子を深くかぶってクスリと笑っていた。
テレシアも「悪くない」と言わんばかりに小さくほくそ笑む。
そして……再度吹き付けた風が、スティリアの髪に付いていた羽毛を攫っていった。その羽毛を乗せた風はどこまでも吹いていき、世界を駆け巡って行くのだった。
これにて第二章完結となります。沢山の方々に見て頂き、嬉しい限りです。固められていた構想の中で書き上げていたつもりでしたが、気がついたらその構想からは少し外れてしまい、登場キャラクターに振り回されている気がしてきました。それでも大まかな所は合っているのでこれはこれで良いのかな、と思いましたが。
ルエインが戦力的に、スティリアが精神的に、レイチェルが人間的に成長した為でしょうか。ヴァレリも少し変わったのかな、と感じます。テレシアとマルク、レオニールもですね。彼ら彼女らは相変わらずな気がします。
一方でスティリアと同様、キャロルも大きく変わりました。レナードやビルの事もあってか、固い友情が生まれた感じですね。
これからの展開は、構想を固めている僕にも分かりません。引き続き楽しんで頂ければ幸いです。




