第二十二話 ー決戦②ー
走り出してすぐ……キャロルは目元を腕で擦った。
「悪ぃ、世話かけさせた」
「わたしも日頃お世話になってるからお互い様でしょ?」
「んっはっはっは! そうだな!」
そこに落ち込んでいたキャロルの姿はなかった。スティリアは思わずクスリと微笑んでしまう。
「スティアさ……変わったよな」
「えっ……?」
キャロルの言葉に、スティリアはキョトンとした表情を浮かべた。
「前までは守ってやんなきゃって感じだったのに、いつの間にかあんたのがお姉さんらしいや!」
「そんな事……!」
スティリアは頰を赤らめ、俯く。だが、悪い気はしないらしく、細く笑みを浮かべた。
「レナードさんから魔法学んだとかじゃなくてさ。なんかこう……うん、強くなった!」
「ふふっ、なぁに? それ」
キャロルの抽象的な発言に、スティリアは思わず朗らかに笑ってしまった。
「その……ありがとな。正直、さっきは助かったよ。アタシ、焦ってたと思う。仇を取りたいんなら確実な方法を取るべきだ。残された人間が辛いんだってのは……一瞬でも味わったアタシがよく分かってたはずなのにさ。笑っちゃうぜ」
「……キャロル…………」
思わず、スティリアは小さな笑みを浮かべた。思いが伝わった事への喜びか……藍色の髪の少女は、その頰を緩めた。
──そんな時、
「んだよこれ⁉︎」
「──!」
機械の部品がバラバラと頭上から落下してくる。スティリアがハッとして上を見上げると──
「うそ……⁉︎」
そこにあったのはレイチェルの四肢。腕と脚……それらを舌で巻き取りながら、蛙の魔獣はキャロル達の前方へと降り立った。
馬が反射的に止まる中、ハッとしてスティリアが周囲を見渡す最中……遥か後方で四肢を捥がれた機械の少女が見つかる。
「レイチェルッ‼︎」
叫ぶが、反応などある訳がなかった。ぐったりと横たわった少女を心配するスティリアを他所に、キャロルは腰元から銃を抜いた。
「んなろォッ!」
ドォンッと派手な音を立てて、銃から弾丸は発射された。……しかし、その弾丸は怪物の腹に当たると、体の柔軟性を利用して、弾力任せに遥か彼方へと飛び散らせた。その音にビクリと肩を震わせたスティリアは、即座に目を閉じて詠唱に入った。
「じゃあ目だッ!」
キャロルが続けて魔獣の目に向けて銃を発砲すると、その蛙型の怪物は舌を凄まじい速度で伸ばし、弾丸を掴み取った。熱故か煙を上げた弾丸を、蛙はすぐに手放した。
「チッ……キモいんだよ!」
連続して撃っていると、蛙達は慌ただしく飛び跳ねて躱し、その中の一匹の魔獣が馬に近寄り、張り手をした。……馬は悲鳴を上げる事もなく首が飛び、そのまま力無く倒れていく。
「きゃっ⁉︎」
「クッソ……⁉︎」
倒れた馬に脚を挟まれ、身動きできなくなった二人。スティリアも詠唱が止まった。
「来んなよ、気持ち悪ぃッ!」
キャロルは引き金を引くが、ガチッと音を鳴らすばかりで弾の出なくなった銃に怪訝な表情を浮かべて、怪物へ投げ捨てた。
銃は蛙の腹に当たると、ボヨンと跳ね返って地面に落ち、虚しくカラカラと音を立てて回る。
「彼方より此方へ……一つは力の証、一つは知恵の輪、一つは勇気の試練、一つは天翔ける龍、一つは裁きの鉄槌、一つは闇を照らす光、一つは覇者の象徴、最後に栄光の架け橋……八人の賢者達よ、天翔ける鎖となりて──」
スティリアが新たに詠唱を終えようとした時、蛙達は舌を伸ばして、少女達の体へ巻きつけた。
「グッ──アアァァアアアッ⁉︎」
二人の悲痛な悲鳴が響き渡る。ずるりと無理矢理馬の体から巻き上げられた二人の体は宙へと吊り上げられた。
『グァッグァッ』
『ギィーックルルルル……』
悶え苦しむ二人を嘲笑うかのように、魔獣達は声を上げる。
「クッ……アァァアアッ⁉︎」
「きゃ……ロル……」
スティリアは声を上げて苦しむキャロルへと手を伸ばした。
(お願い……誰か、助けて……わたしの、友達を……)
スティリアの脳裏に浮かぶのは、キャロルと笑い合った日々。喧嘩をしてる事もあったが、それ以上に笑い合った日々が多い。
悔しげに下唇を噛み、目尻から涙を溢れさせたスティリアは、ハッと頭を過ぎった青年の名を、
「ルエインーーーーッ‼︎」
目を瞑って、力の限りスティリアは叫んだ。
その刹那──
「肆式・神鳥谷……」
小さく。呟くような声が頭上から響き……瞳孔を大きく開いて、動揺を露わにしたスティリアは、ハッとしたように上を見上げる。
「神立之舞」
そこには白き巨獣に跨り……金の紋様が目立つ白色の鎧を身につけた金髪碧眼の青年がいた。
襟元から金の刺繍の入った赤い外套のような帯を複数、腰元から白に金の紋様のついた長いコートをたなびかせた青年は、金の装飾の入った白金の剣と……その先の青水晶の刃を、消えて見えるほどの速さで振るう。
剣閃は縦横無尽に虚空へ傷を残し、巨大なエネルギー体を白い鳥の形に型取ると、それを三体ほど生み落とし、天を翔けさせた。
巨鳥はその体を更に分裂させて複数の白い鳥を生み出して……地上にいた魔獣達に食らいつくと、一瞬にして啄ばんだ。怪物達が「ギャッギャッ‼︎」と苦悶の声を上げるが、それが最期の断末魔となり、その姿は塵となって跡形もなく消えていく。
……それらは、全て一瞬の出来事だった。
「いやっ‼︎」
「──!」
舌すらも塵となって消えた為に、落下する二人の少女に気付いた青年──ルエインは、白き獣の背中を撫でる。
神々しさまであるその巨大な獣は、ルエインに桜色と碧色の混ざった瞳を瞑り、小さく頷くと、不規則な軌道を描きながら駆けていき、神速に近い速さでスティリアを背に跨るルエインの手元へ、口元でキャロルを咥え上げて、危機を回避した。
『マス……ター……』
「レイチェル……⁉︎」
ルエインの左手には、四肢を捥がれたレイチェルが抱えられていた。スティリアはじわりと涙を浮かべる。
「済まない、遅くなったようだ」
ルエインが相変わらずな調子で答えると、スティリアの瞳は滲み、大粒の涙をこぼした。
「ほんとだよ……。どこ、行ってたのよ……」
「…………すまない」
胸元に顔を疼くめて、顔も見せない少女は肩を震わせ、涙声で過呼吸気味になりながらも、そう言った。対してルエインは、暫しの沈黙の後、たった四文字の謝罪をする。
その後、城壁まで舞い戻った白い獣とルエインは、城壁の上で皆々の動揺の声を受けながらも、城壁にスティリアとキャロルを下ろし、四肢のもげたレイチェルをマルクへ手渡す。
「ルエインさん⁉︎ なんスか、その格好……⁉︎」
マルクは変わり果てたルエインの格好に、驚愕の声を上げた。ルエインは首を横に振り、
「話は後だ。その三人を頼む」
そう言い残して、マルクから顔を背ける。すると、白い巨獣はチラリとマルクを見た。
『変なことしたらあかんで』
「その声、テレシアさんっスか⁉︎」
マルクの動揺の声に、「他にこんな美人おらんやろ」とあっけからんと答えるテレシア。マルクはポカンとした。
「行くぞ、テレシア」
『誰に言うとんねん!』
雷が走るが如く軌跡を残しながら、テレシアは空を自在に駆け出した。
置き去りにされたマルクは「一体何事っスか……?」と腰を抜かして力無く笑うばかりだった。
「ロタの話ではヤツの弱点は神力を纏った攻撃だったな」
『せやね、ウチでもええんかな?』
テレシアが朗らかな声で尋ねると、ルエインはフッと小さく笑う。
「やってみるか?」
『アンタばっかええ格好させられんからな!』
どこか楽しげに語り合う、一人と一匹。テレシアは、体を膨張させた事によって結晶の檻を砕いて自由を得た、空を舞う闇の王の直上へと飛来した。
『獣爪術──聖影天灰ッ!』
バリバリと大音量で、障子を破くような音を響かせたテレシアの巨体からは、真っ白な落雷が落とされた。
「ブゥルルルルルドゥブゥルルルッ‼︎』
既に纏われていた黒霧の結界は瞬く間に払い飛ばされ、露わになった肉体は、黒焦げになる。体の上部から伸びていた半透明な職種も、まるで蒸発するかの如くドロドロに溶けて消え去っていった。
「んぉー! 彼奴め、帰ってきおった!」
『おお! ヒーローは遅れて登場するというやつか!』
その真下では、結晶の根を伸ばして蛙の魔獣を貫くヴァレリと、牙で貫いていた同様の魔獣を投げ捨てたレオニールが感心した声を上げていた。しかし、ヴァレリは「はて?」と不思議そうに小首を傾げる。
「ここでヤツが墜落したらどうなる?」
『おおっ、それはマズい! このままでは小麦粉のように粉々に挽かれてしまうな!」
ハッハッハッハッハッ! と高らかに笑うレオニールの頭を、ヴァレリは拳で小突いた。
「笑い事じゃないわい! 早う去ねッ!」
『おおっ、そうだな!』
どこまでが本気なのかも分からないレオニールは、ヴァレリを背に乗せたまま退却を始めた。
樹氷の如く聳える結晶の塔が、最早なんの役にも立っていないと悟ったのか、ヴァレリは「戻れ」と手を差し伸べる事で、中に埋まっていた槍を舞い戻し、その手中へと納める。
その直上ではまさに、闇の膜すら奪い去られた巨大軟体生物が落下を始めていた。結晶の塔に引っかかり、触手で捕まった。
下へ下へと追いかけていたテレシアは減速を始めたが、
「いい。真下へ行ってくれ」
『……? しゃあなしやで』
テレシアは訳のわからない上から目線でそう返すと、地上へと降り立った。そして……ルエインはテレシアの背から降りる。
『なんや? 女の子の背中に股間押し付けるごっこはもうお終いか?』
「言ってろ」
ルエインは剣を軽く振るい、肩を慣らすように回して、左手の親指に刀身の峰を添える。刺突の構えだ。
「伍式・神無突──」
ルエインの腕ごと、真っ白なエネルギー体が渦を描くようにして回った。そのまま、ルエインは一息ついているヴォルトプスを見据え、
「螺衝紋」
刺突を解き放った。凄まじいエネルギーの流動が螺旋を描き、結晶すらも砕きながら闇の王へと向かった。
『ブォオオオオオオッ‼︎』
それに気付いたヴォルトプスはけたたましい雄叫びを上げると、身を守るようにして体中から黒霧を……まるで煙幕を張るタコやイカのように凄まじい勢い、凄まじい密度でその巨体を覆い隠していく。漆黒の球体と化した黒霧は、もはやそこだけ世界から切り取られたかのように違和感を残す程の密度まで固まり、木に実った果実の如く固定化された。
そこへ……白き槍が突き立つ。バチバチと白い雷を放ち、黒い球体を白い稲妻が覆っていった。
「どれ、お主の力とやら……見せてみろ」
『フム、国庫が心配だ』
ヴァレリは「吐かせっ!」とレオニールの頭を小突いた。
「行ってくれー!」
「お願いします……!」
「頼むっスよォー!」
一同から、声援が飛ぶ。その中には……
「お願い、ルエイン! 勝ってッ‼︎」
スティリアも、いた。彼方の城壁から届いてくる大声援に、隣にいたテレシアはクスリと笑う。
『えらい人気者になってもて、おねーちゃん寂しいわ』
「言っていろ」
パリパリッと音が鳴り、漆黒の球体に亀裂が入る。しかし、白き螺旋を描く槍の柄も、もう長くはなかった。
『どや? 行けそうか?』
「……これで斃せないならもう一度放つまでだ」
ルエインが冷静にそう言った時……卵の殻が割れるが如く、球体は砕け散った。指先が優しく触れるが如く稲妻がヴォルトプスを包み込み、矛先は見事にその肉体を貫いて見せた。
『グッヴ……ブ……オオォォォオオオッ‼︎』
闇の王を射抜いた矢先のような白い光は、そのまま螺旋を描きながら空を覆っていた黒雲を貫き、世界を覆っていた闇すらも巻き込み、光に塗り替えていく。
さながら空へと飛び立った箒星の如く、世界に光を取り戻した槍は、遥か彼方で霞んで見えなくなるまで昇っていった。
『心配いらんかったみたいやな』
「……そのようだ」
ボソボソと灰になっていく大気へと消えていく闇の王。結晶の樹もガラガラと音を立てながら崩れ去り、地面に突き刺さると、そのまま蜃気楼のように塵へと還って消えた。
『凱旋や! これはお祭りの予感やで!』
「なぜお前が嬉しそうなんだ」
そら、ウチやからな! と謎めいた豪語をして見せるテレシアに、ルエインはため息をついて跨る。
「お前は、変わらないな」
『変わったやろ、色々と』
そういう事じゃない。そう言い残したルエインは、テレシアと共に、城門へと向かった。




