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第二十一話 ー帰還②ー

「──なッ⁉︎」


 一同が一斉に振り返る。報告をしてきたのは受付嬢だった。冷や汗で髪が束なり、息も絶え絶えに……急いできたのか、バシッとしていたシックな緑色のジャケットから覗けるブラウスは、汗で透けていた。

 キャロルは、ハッとしたまま無言で走り出した。スティリアも続こうとして、レイチェルへ視線を移すと、


「行くよ、レイチェル」

『イエス、マスター』


  そう声をかけ、レイチェルの手を引き駆け出した。


「オイラはギルドマスターに報告してくるっス!」


 スティリアの背後でマルクが声を上げると、スティリアは少し振り返って、無言のまま頷いて前へ向き直り、そのまま人混みを掻き分けていく。


「あっ……キャロル!」


 キャロルは焦燥感に満ちた顔で昇降機に乗り、ボタンをあ連打していた。


「レイチェル、あそこまでわたしを運んで!」

『イエス、マスター』

「んっ……!」


 レイチェルはスティリアを抱え上げる。吐息を漏らしたスティリアだったが、その判断は正しかったらしく、跳躍したレイチェルはスティリアの走る速度の倍以上の速さで昇降機の手前に到着すると、そのままスティリアを乗せると、昇降機の扉は閉まり、下降を開始した。


「スティア⁉︎」

「置いてかないでよ。レナードさんはわたしのお師匠でもあるんだから」

「……へっ、すまねえ」


 レイチェルの手からそっと降り立ったスティリアは、息を切らしながらキャロルにそう言った。

 キャロルは申し訳なさそうに顔を伏せ、床の赤いカーペットを見つめる。


「死んだんだと思ってたけど……良かった」

「そうね……まずはビルにビンタ。女の子を騙したら怖いんだって教えてあげないと」


 スティリアが口を尖らせてそう言うと、手を目の高さまで上げて虚空を薙ぐ仕草をすると、キャロルは意外そうに目を丸めて、


「だな! アタシもグーで殴るつもりだった。アタシらの事を殴ったり嘘ついたり……生意気なんだよ、アイツ」


 元気はないが、キャロルは笑った。スティリアも同様に笑う。


「とりあえず、文句言ってやろ」

「うん、ほんとだよね」


 そう言ったスティリアとキャロルが目を合わせて笑った時。昇降機は止まり、扉は開かれた。

 足早に閑古鳥が鳴くような静けさを見せる、人っ子一人いない酒場を抜けた二人と一機。


「すみません! 今ここにレナードさんとビル、運ばれて来ませんでしたか⁉︎」

「ああ、それなら医務室に──」

「あんがと、おねーさん!」


受付にいた曇った表情を浮かべる女性に、キャロルは声をかける。女性が言い終えるよりも早く、キャロルは弧を描いているような、右曲がりの廊下を駆けていく。

 スティリアとレイチェルがそれを追いかけて青絨毯の上を走っていると、キャロルは途中で右手へと曲がる。

 同様の場所でスティリアが曲がると、くぼんだ空間に、開けっ放しの両開きの扉が現れる。そこでキャロルは息を切らして立ち尽くしていた。


「キャロルってば……またわたしを置いて──」


 言いかけた時。スティリアは息と共に言葉をも飲み込んだ。


「レナード、さん……ビル……?」


 キャロルが小さく呟いた。その視線の先には……左腕を失ったレナードと、片側の膝から先を失ったビルがベッドの上にいた。脂汗を掻きながら、浅い呼吸を繰り返しているばかりで目も開かない。

 治療に当たっている魔道士が必死な形相で対処に当たっていた。

 その傍ら……青き槍を携えた赤いコートの女──ヴァレリが二人に気付き、口を開く。


「一命は取り留めておるが見ての通り毒にも侵され戦力にはならぬ。戦地へおもむく事は難しいじゃろう」

「……あなたが、助けてくれたの?」


 言葉を失っているキャロルに代わりスティリアが尋ねると、ヴァレリは「如何いかにも」と肯定してみせた。


「そう……ありがとう」

「礼には及ばぬ。出遅れた結果がこれじゃ」


 ヴァレリはチラリとレナードとビルへ視線を落とす。これ、とは失われた腕と足の事なのだろう。ヴァレリは目を細めた。


「ビル! レナードさんッ‼︎」


 キャロルは駆け寄った。それを魔道士の女性が手で静止の合図を送る。


「治療に専念できませんッ、退がって!」


 ビクリと肩を跳ね上げながら、キャロルは後ずさる。そのままどさりと尻餅をつくと、悔しげな表情を浮かべて俯いた。


「……何があったか、話してくれる?」

「ふむ。レナードに聞いたままの言葉で良ければ話そうではないか」


 ヴァレリは槍を散らして消し去ると、スティリアへと向き直った。


「……良い目をするようになった」

「いいから。話して」


 スティリアの鋭い目付きを見たヴァレリはフッと小さく笑いながらそう言ったが、スティリアは毅然きぜんとした態度で言い放つ。


「せっかちな所は相変わらずじゃが。さて……」


 ヴァレリはゆっくりと壁際まで歩き、背中を預けた。


「部隊が去る時間を稼ぐ為、レナード達は残った。そこの小僧……ビルだったか。彼奴きやつもまた、レナードを支援する為、戦場に残った」

「やっぱり……。後で戻るって言うのはウソだったのね」


 静かに語り出すヴァレリに、スティリアは口元に拳を添えてチラリとビルを見る。


「その話は知らんが……レナードとビルはあの怪物の背中から伸びた触手に襲われた。あの触手は強い酸性を持ち、生き物であろうがそうでなかろうが全て溶かす。それをビルがレナードを突き飛ばしてかばい、小僧は片足を失った」

「ビル……」


 キャロルが、小さく反応を見せた。それを知ってか知らずか、ヴァレリは続ける。


「そして……その小僧を抱えて戦場を離脱しようとしたところで、レナードが襲われた。魔法の力を駆使してかわし続けてはおったらしいが──知っての通り、魔法も万能ではない。追い詰められたのは自明の理、というやつじゃろうな」

「そう、ね……」


 スティリアは苦々しげな表情を浮かべてヴァレリの言葉に同意する。ヴァレリは人差し指を指をピッと立てた。


「そこへわっちが駆けつけ、インフィニティの力で触手を追い払ったという訳じゃ。間に合わず、左腕は持っていかれたようじゃがな」

「……そう」


 スティリアはやっぱりと言わんばかりに納得する。ある程度の予想はついていたようだ。考え込むようにして目を細めたかと思うと、


「ありがとう。わたしは今の話をギルドマスターに報告してくるわ。あなたも準備ができ次第二階に来てくれる?」

「いや、わっちも今行こう」

「そう……。キャロル?」


 スティリアはキャロルへ問いかける。キャロルはゆっくりと立ち上がり、目元を腕でこする。


「行くよ……行くさ。心配かけて済まないね」


 再び眼光に鋭さを取り戻したキャロルは、ビルとレナードへ向き直る。


「もう少し、待っててくれ……。アタシ、絶対にアイツをたおしてくるから……」


 キャロルはスティリアの元へと歩み寄った。


「行こう」

「……ええ」

「揃いも揃って、ええ目をするようになったわい。では行こうか」


 ヴァレリは帽子を深くかぶり、槍を顕現させる。


「あなたには……まだ聞きたい事があるから」

「ふむ、それが何かをわっちは理解しとるが……真っ先に聞かなかった事、評価しとるぞ」


 ヴァレリがニヤリと笑うと、スティリアは静かに瞼を閉じ、


「あなたは…………。いえ、なんでもないわ。行きましょう」

「ふむ?」


 薄く、開く。言葉を飲み込むようにして踵を返す。二階へ向かう足に、キャロルとヴァレリも付き従った。


 程なくして二階の大広間に戻った一同だったが、先ほどよりも人数は減っていた。


 そこへ階段を下ってきたレオニールが戻り、壇上に立つ。チラリとヴァレリを見たレオニールは、


「これだけの人数が残ってくれて、私は嬉しく思う。君達こそ、真の戦士達だ。そして……銀騎士はれに」

「フンッ、偉そうに……」


 ヴァレリは不機嫌そうに鼻を鳴らして壇上へと向かった。レオニールを睨みつけながら、ヴァレリは壇上へと上がった。


「知り得る情報の限りを此処ここに、話してくれるね?」

「ふむ、ええじゃろう……。まず先の情報として、レナードとビルは戻ったが使いもんにならん。加えるならヤツはこの街の中心ではないが……近辺を通過する。あの毒霧と黒雲から落ちる雨にさらされるなら一溜まりもないじゃろう」


 ヴァレリが冷静に語る中、一同に動揺が広がる。ヴァレリは気にしない。


「ヤツの背中側の触手は物理攻撃、恐らく魔法攻撃も寄せ付けない。ワシの槍も効かなんだ、他も効果も薄いじゃろう」

「……そうか」


 ヴァレリの言葉に混乱が広がる中、レオニールが相槌を打った時──


「じゃが……」


 ヴァレリは、言葉を紡ぐ。


「初代ギルドマスターと共に、戦場を駆けた戦神族ワルキューレか──ロタの力を継ぎし者がもう時期現れるじゃろう」

「ほう……! それは僥倖ぎょうこうたるしらせだ! 我輩……ンンッ‼︎ 私も心強い」


 思わず口調を崩したレオニールは、咳払い一つで調子を取り戻す。

 それと同時に、スティリアの表情は強張った。


「それは心強い事だ。今すぐ呼べないのかね?」

「……彼奴あやつ次第としか言えぬな。ロタの力をってすれば、あの闇膜王えんまくおうめに一泡吹かせられるじゃろう、蟹口だけにな! クッカッカッカッカッ‼︎」

「………………」


 ヴァレリの冗談に、笑う者などいなかった。それどころか苦笑を浮かべる事もなく、無言のまま……真剣な表情でうつむくばかりだった。


「銀騎士よ。それはさておき……ヤツの現在地は?」

「おっと……そうじゃった」


 ヴァレリは腹を抱えて笑っていたが、目尻に浮かんだ涙を指で擦り取ると、スクッと立ち上がる。


「ヤツの進行速度を考えるならば明日みょうにちの明け方──ヤツはこの国を通過するじゃろうな」

「──! それは……早急に対応する必要があるな」


 レオニールは顎元のたてがみに手を添えて、考え込む。あまり時間を掛ける事もなく、レオニールは「よし」と小さく声を上げた。


「向こうからやってきてくれるのだ、大手を振って歓迎してやろう! 皆の者、西門せいもんより各自物資を運び出す! ここが最終防衛ラインだ! 絶対に阻止するぞ!」

「うぉ……オオォォオオオッ‼︎」


 レオニールの掛け声に、ギルドメンバー一同は声を高らかに上げた。


***


 ──そうして、一同は西門前に集まった。準備は滞りなく進んでおり、後は来るべき敵を待つだけだった。


「そういえばスティアさん」

「どうしたの? マルク」


 唐突に声を掛けてきたマルクに、スティリアは不思議そうに応えた。


「この国の存亡を賭けた戦いっス。使わないっスか? グリフォンの羽根」

「そういえば……」


 スティリアはハッとしたようにポーチから取り出す。泥のような煤けた茶色から伸びた、美しい真白ましろな羽根。


「……使うわ。もう、誰も傷ついて欲しくないから」


 スティリアは羽根を振るう。ヒュッと羽根にあるまじき風切り音を立てた羽根は、白い光となって風に流され、世界へ溶け込んで行った。

 同時に……陽の光が世界に始まりを告げる。そして──世界の終わりを思わせる黒雲も運ばれてきた。


 それは朝日を覆い、藍色と紅の入り混じる空をも──全てを黒い雲で覆う。銀ではなく、緑色のたるんだ山を抱えて。浅黒い緑色の触手は、まるで髪のように風になびき、木の根のように伸びる黒と緑色の触手は、獲物を待ち構えるかのようにうねる。


 浅黒い黒霧を纏ったその生物は、紫色の瞳を光らせる。それに負けじと、スティリアも鋭い視線で見据えた。

 レオニールは手を掲げ、門外から向き直る。


「これが最後決戦だッ! 皆の者、襲撃に備えよ!」

「オオォォオオオッ‼︎」


 朝日が覆い隠されるのと同時に、決戦の火蓋が切られた。

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