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第二十一話 ー帰還①ー

「毒霧や酸性雨による死者、百名余り。行方不明者、三百名余り。甲殻を割って出てきた新たな触手が骨も残さず溶かしたという話から行方不明者も死亡者として扱うものとする」


 泣きじゃくるスティリア、それを見て辛そうな顔をするレイチェルと、苦虫を噛み潰したような表情のマルク。そして……鋭いナイフのような視線をしているキャロル。

 一同は国営ギルドである〝世界を駆ける風フレース・ヴェルグ〟の地下一階にある、大広間へ帰還していた。

 すし詰めにされるが如く人々がごった返している中で、レオニールはそう呟くと、手にしていた巻物を綺麗に巻き戻す。


「今回は対応を遅らせてしまってすまない。銀騎士を手元に置いておかなかった事、封印の掛ける時期の見極めも含め、私の判断ミスだ。それによる我がギルドへの打撃は極めて大きい被害を生んでしまった。その事を、謹んでお詫びする。申し訳ない」


 言い終えると同時に、獅子顔の少年は壇上から深々と頭を下げた。

 そしてその顔を持ち上げると……鋭い視線で、


「再度物資の補充をして迎撃の準備に当たる。皆も次の出立の時まで、英気を養っておいて欲しい。追って作戦を指示する。それまでしばしの間、ここで待機しておいてほしい」


 レオニールがそう言い終え、一礼をして場を去ろうと一歩踏み出した時。


「無理だろ、あんなん……」


 ポツリ、と……一人の男が呟いた。レオニールは一同に背を向けたまま、その足を止める。


「どうやって勝つつもりだよ⁉︎ 物理は効かねえ、魔法もほとんど効果がない……加えてあんたのミスでしたごめんなさいだァ⁉︎ 俺の仲間やダチが死んだ事に対しての言葉はそれだけかッ! ふざけんじゃねぇ!」


 乾いた空気に、一人の男の声が木霊こだまする。その残響を聞きながらにして……レオニールが更に一歩踏み出そうとした時──


「待てよ! 俺は女房を失ったぞ! 何か……何かあるだろ、もっとよォ⁉︎」


 レオニールは再び足を止める。不満や怒り……それらはいとも容易く伝染した。一同が騒ぎ立てる中、一際大きな声が響いた。その内容は──


「レナードのジイさんも……大口叩いて誰も守れちゃいねえじゃねえか!」

「──ッ‼︎」


 その言葉に、キャロルは歩き出し……その男の胸倉を掴み上げた。


「テメェ今なんつった……」

「うっ……グッ……」


 喧囂けんごうで騒がしい中、キャロルの消え入るような声は周囲の声に飲み込まれた。屈強な男は、女の細腕によって掴み上げられ、苦しそうにうめき声を上げる。キャロルは……


「今なんつったって聞いてんだろがッ‼︎」


 誰よりも大きな叫び声で、周囲の声を搔き消すかのように。キャロルはそう声を上げると同時に、掴み上げた男を床へと突き飛ばした。

 そのキャロルの言動に動揺は一気に広がり、続いていた怒号は止まる。

 キャロルは再びその男の胸倉を、両の手で掴み上げると人すら殺しそうな眼光で男を見据える。


「テメェ……殺すぞ?」

「な……なんだテメェ…………」


 ギリギリと男の襟元えりもとを引き締め、キャロルは本当に殺しそうな勢いで拳を振り上げた。


「やめないかッ‼︎」


 ──しかし、それは再び一同へ振り返ったレオニールの一喝で、ピタリと止まった。


「私の事はうらんでくれて構わない。ギルドマスターを辞任しろというなら甘んじて受け入れよう。……しかし」


 レオニールは冷静に、述べていく。


「今はこの国の存亡を賭けた一大事だ。私には国民を守る義務がある。そして……今回の作戦だが参加は強制しない。この国が安全だという保証もできない為、国外へ亡命しても構わない。これが今の私にできる最大の譲歩じょうほだ。頼むから今何よりも大切な結束を崩さないでほしい」


 場は静まり返った。誰一人話さなくなった事を確認したレオニールは、そのまま壇上の奥にある石造りの階段をコツコツと靴音を鳴らしながら、去った。


「いつまで掴みかかってんだ、離しやがれッ!」


 男は振り払うように、キャロルの手を弾いた。ダラリと力無く、キャロルは目を伏せる。


「やってられねぇ……俺は降りる。アレクサンドル王国に帰る」


 男の声だけが響く。その後、ざわざわと小さな話し声だけが響き渡る。その内容は「お前はどうする?」や、「俺も亡命しよう」など、後ろ向きなものばかりだった。


 最終的に……残った人数は全体でいた人数から六割ほど。残りは全員が暗い顔、そのいきどおりを隠そうともしない表情で、この部屋を去って行ったのだ。


「ギルドマスターも、本当は悔しいはずっス。レナードさんとは結構個人的な話し合いもしてたくらいには仲が良かったみたいっスから……」


 不意に、マルクがそう呟く。隣にいたスティリアは、頰から涙をポロポロと流した。


「わたしのせい……なのかな? あの時、ビルだけでも連れられたはずなのに……。キャロルになんて言えばいいんだろうって、ずっと考えてるけど……答えが浮かばないのッ……‼︎」


 スティリアはしゃがみこみ、嗚咽おえつする。横隔膜による断続的な呼吸音が数回響いた時、マルクは重苦しそうに口を開いた。


「過ぎた事を言っても仕方ないっス……。失われた命も戻っては来ない。他ならぬレナードさんが口を酸っぱくして言ってた事っス。だからこそ命を大事にしろって……そんな事を言ってた人が死ぬなんて、冗談キツいっスけどッ……‼︎」


マルクは一筋頰を流れた涙に気付くと、それを即座に拭い去る。そして、続ける。


「キャロルに掛ける言葉が見つからないのは、オイラも同じっス……。オイラが自分で作ったよく知りもしないドレヴァンの発明品に過信したから……みんなの油断を生んだっス。レナードさんらが犠牲になったのはオイラのせいでもあるっス」

「マルク、さんッ……」


 スティリアは、涙で濡れた顔を上げた。潤んだ藍色の瞳は、光を多分に受けてかややブルーな色になっていた。


「たぶん、キャロルはオイラ達を恨んだりはしてないって……それは分かってるんスけど、ね」

「それは……そうかもしれないけど……」


 スティリアは天井を見上げるキャロルを見る。


(一番つらいはずのキャロルが気丈に振る舞ってるんだ……。わたしが泣いてちゃいけない)


 スティリアは記憶を辿る。キャロルは目覚めてから一度も、レナードとビルが帰還していないという話を聞いても、涙を流していなかったのだ。スティリアは……思わず目をこすって、自分の涙を拭う。


「スティアさん?」

「大丈夫……なんでも、ない」


 グイッと力強く、袖元が過ぎ去った先──


(わたしがしっかりしてなきゃいけないじゃないッ)


 端正な顔とその目は、気丈な力強さを見せていた。


「ルエイン達は?」


 唐突に、スティリアは尋ねる。マルクは渋った表情を浮かべた。


「今のところ何の情報もないっスね……。この大事な時に何をしてるのやら」


 マルクがため息混じりにぼやくと、スティリアは「そう……」とたった二文字の言葉を返す。


(ルエインに頼ってばかりじゃいられない。わたしも、強くならなきゃ)


 顔色はやや暗いが……目の鋭さは変わらない。スティリアはギュッと左腕を右手で握って、キャロルへと向き直った。


「行きましょう、マルク。レイチェルもおいで」

「ちょ──」

『イエス、マスター』


 マルクの静止の行動も一瞥いちべつすらせずにスティリアは一歩、一歩とキャロルへと近付いた。


「キャロル」

「……なんだ、スティアか。どうしたんだ?」


 その声は……ひどく乾いていた。生気を感じさせない、それでいて鋭さのみを残した──そんな印象を受ける声だった。

 マルクがおどおどとしている中、スティリアは一歩踏みしめて、キャロルの手を取った。


「勝ちましょう、必ず」

「……! へっ、そうだなぁ。レナードさんが生きてたら、そう言ったかもしれねえ」


 話す口調がどことなく……レナードやビルに似ていた。男勝りな口調の少女は、遠い目をしていたが、スティリアを見る。


「……手伝ってくれるか?」

「ええ、もちろん」


 ゆらりと力無く問いかけたキャロルに、スティリアは手を差し伸べた。


「……へっ、アタシよりいいツラするようになったなんて生意気だぜ」


 鼻で笑ったキャロルは、その手を奪い取るように掴み上げると、お互いの目の位置まで持ち上げる。


「勝つなんて生ぬるい事は言わねえ。アイツを、ぶったおすぞ」

「……ええ、必ず」


 出会った頃のようにぶっきら棒な言い方をする少女と、あの頃と変わってやや大人びた顔付きになった藍色の髪の少女。二人の少女の……藍色の瞳と黄金色の瞳が交差する。

 そしてキャロルは、鬱陶しいと言わんばかりにフードを脱いだ。赤毛混じりの金の髪が露わになり、耳元でリングのピアスが揺れる。


「さて、その前にまず……マルク。この銃を見てくれねえか?」

「呼び捨てっスか……」


 キャロルは銃を腰のホルダーから抜き取ると、そのままマルクへと差し出した。


「小さい事気にしてんじゃねえよ。鍛冶屋が直したっつーんだが使えやしねえ。最近機械いじりにご執心なアンタなら分かるだろ」

「……まあ、いいっスけど。ちょっと貸して貰ってもいいっスか?」

「取らねえでどう見るってんだ」


 至極当然な言葉に、マルクは「ぐぬっ……」と言葉を詰まらせながら、差し出された銃を手にして眺める。


「……ああ、最近魔力型が主流になってるからっスねー。戦線に出る事が珍しい人間じゃないっス。依頼として出したのはレナードさんだったんじゃないっスか?」

「あー……そう、だな」


 やや瞳は曇ったが、キャロルは答えた。


「たぶん手心のつもりだったんだとは思うっスけどキャロルさんじゃ使えないっスね」

「あんのクソハゲジジイ……。次会ったら髪の代わりに瘡蓋かさぶた貼り付けてやる」


 キャロルが忌々しげに物騒な事を呟くと、マルクが苦笑を浮かべた。


「スティアさんが魔力を充填じゅうてんすれば使えるはずっス。威力も初期の火薬式より格段に上がるはずっスよ」

「へえ、そうかい。んじゃ、悪いんだけどスティア」


 あっ、と声を上げた時には既にマルクの手元から銃は引ったくられていた。キャロルはスティリアへと銃を差し出す。


「頼む、アタシを助けてくれ」

「……もちろん」


 曇りのないまっすぐな瞳で、キャロルはスティリアを見つめ、スティリアもまた同様にキャロルを見つめて頷いた。


 スティリアはキャロルから銃を預かると、胸元で優しく握りしめた。銃の装飾かに見えていた宝石は、瞬く間に輝きを取り戻す。キャロルの髪のように赤くなった。


「これで大丈夫」

「そ、あんがと」


 細い笑みを浮かべたスティリアに、キャロルは照れ臭そうに視線を逸らしながら銃を受け取った。

 そんな時──


「報告します! 第一部隊指揮官レナード殿と、ビルが帰還しました!」


 広間に、そんな女性の声が響いた。

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