第二十話 ー闇の王②ー
「お前は……後方にいなさい。戦意がないなら戦場からの離脱も許可する」
「…………」
ジワリと目を潤ませながら……殴られた頰に手を添えていたキャロルは、大粒の涙を溢れさせると、そのまま後方の馬車へと駆け出していった。
「レナードさん……」
「ビル、バリスタの鉄杭補充を急ぎなさい。お前はまだ戦えるな?」
「うっす……」
淡々と命令を下すレナードに、ビルは静かに頷いた。
「わたしは、何をすればいいですか?」
「ワシと姫君はサイクロンを。いけるね?」
「……やります」
「いい返事だ」
余裕がないのか、笑う事なくレナードはチラリと……巨大な白色の機械に体を組み込んでいた黒髪の少女に視線を向けた。
「マルクくん、行けるかね?」
「ドレヴァンの遺跡から回収した資料から作り上げた今回の戦場に於ける最大戦力っス。試作段階なんで一発が限界っスけど……スティアさんに魔力もフルで貯めて貰ったんで威力は折り紙つきっスよ!」
マルクはビッと親指を突き立てながら、ニッカリと笑った。
「どう? レイチェル」
『イエス、問題ありません。マスターの期待に応えられるよう、尽力致します』
レイチェルは微笑んだ。それに感化されてか、スティリアもフッと微笑を浮かべる。
「よろしくね、レイチェル」
『イエス。お任せください、マスター』
レイチェルは表情を引き締め、スティリアも詠唱を始める。
「それよりいいんスか? レナードさん」
マルクは、唐突に問いかける。レナードは、そんなマルクを一瞥して、
「キャロルは……戦士である前に女だ。そして、ワシの娘でもある。戦意を失くしたあの子をこれ以上置いておけば命に関わる。……可能性があるならば、生きていてほしい」
「……そういうもんっスか」
その思いの内を明かした。マルクは納得、と言わんばかりにレイチェルを見る。
「問題なさそうっスね」
『イエス、一号』
レイチェルが頷くと、マルクも静かに頷いた。
「にしても……突然の襲来に待ち構えてたみたいな感じっスね。これだけの装備を用意できたなんて、ギルドマスターの用意周到さはちょっと見習いたいものがあるっス」
マルクのこぼした言葉に、レナードは遥か彼方を悠々自適に飛び交い周囲の有機物、無機物問わずに全てを侵食していく。天と地を侵食する異形なるケダモノを見据えながら、レナードは口を開いた。
「封印しただけだったから警戒していたのだろう。ただ……今回は封印の力を持ったギルドマスターが戦力としては動けない。当時を生き抜いたのは前任のギルドマスターであるレベディオス殿と……行方知れずとなっておるロタ殿だけだ。我々の力、我々の知恵だけで戦うしかあるまい」
レナードは言いもって、白色装甲の少女を見る。エネルギーを雷として走らせながら、少女は髪と鋭い瞳を七色に輝かせて、歯ぎしりしていた。
『エネルギー充填八〇パーセント突破。残り二〇秒で臨界点に突破します』
「いい感じっスね、スティアさん!」
小さく何かを呟き続けていたスティリアは何かを言い切ったように目を開くと、マルクへ目を向け、
「行け、ます……!」
頷いた。マルクは「レナードさん、号令を!」と続ける。
「バリスタ部隊、霧が払われた直後を狙って一斉射撃用意!」
大型弩砲を構えていた男たちは、半ばヤケクソ気味に歯ぎしりをしながら、力強い眼光でその標準を観測手の指示に従って、ヴォルトプスにその矢先を当てがった。
「行きますッ……! サイクロンッ!」
スティリアがそう叫ぶと、黒い宝石は緑色の光を発した。途端──空飛ぶ山脈を凄まじい嵐が襲う。
「ムッ……⁉︎ ワシ以上の、力か……‼︎」
「全力投球っスねぇ⁉︎」
雨と霧を巻き込んで黒く染まった竜巻は、全てを巻き上げて無色となる。
「んぐっ……レイチェル、行けるっスか⁉︎」
『イエス、一号。充填済みです』
マルクの言葉に、淡い光に包まれたレイチェルがそう返す。エネルギー音か、重低音を響かせるレイチェルからマルクは、スティリアへと視線を移した。
「姫よ、解除を!」
「は……いッ‼︎」
苦しげな表情でスティリアが開いていた手を掌握すると同時に、暴風は止んだ。
それを合図としてから、一斉に大型弩砲から鉄の槍が放たれた。それは多方面から同時に襲いかかり、先ほど同様に触手を殻にしまい込もうとしていたヴォルトプスの手足に、深々と突き刺さり、緑色の血を流させた。
『ブォオオオオオッ⁉︎』
けたたましい鳴き声を周囲に響かせたヴォルトプスを見据えていたレイチェルは、グッと身構えた。
「今っス、レイチェル!」
『オーケー、一号。発射しますッ!』
レイチェルの声と共に。少女の組み込まれた機械はモーター音を響かせ、彼女の髪や目と同様に虹色の光を放ちながら、砲身の先に七色の電流を……七つのアンテナから集めて、黒色の球体を生み出す。漆黒の球体は黒い稲妻を放ち、獲物が待ちきれないと言わんばかりに放電をする。
「レイチェル、お願い!」
『イエス、マスターッ! マルク作、魔素式高圧電磁砲発射しますッ!』
宣言通り。レイチェルがそう高らかに声を上げたと同時に、黒色の球体は七色の電流を従えて発射された。
「い、いや……名前はちょっと黒歴史感あるんで言わないでもらう方針で──」
「レイチェルの気が散るから黙ってて!」
珍しく強気なスティリアの発言に、マルクは涙目になって顔を俯けた。
黒霧を発生させようとしていた怪物は、回避行動を取れるほど素早い訳でもなかったが、せめてもの抵抗か……背中の白銀の山脈を向けて、受け止めた。
銀に接触を果たした黒は、バチバチと凄まじい黒雷を放ちながら、岩山に川が流れるが如く背中の甲羅を巡った。
「どうっスか⁉︎ これで決まれば……‼︎」
「お願い、届いてッ‼︎」
マルクとスティリアが叫ぶ。以前七色の魔素を送り続けてるレイチェルの顔色は、やや苦しげだ。
それを確認したレナードは右腕を上げて声高らかに、
「魔道士部隊! 詠唱を始めよ!」
レナードの号令に魔道士達は、見惚れる事をやめてハッとしたように詠唱に入る。
「れ、レナードさん……気が早くないっスか?」
マルクはレナードに抗議する。その顔は冷や汗を掻いており、まだ結果も分からないのにと言いだけだった。
しかし……レナードの表情は強張るばかりだった。
「ヤツは一度も攻撃に転じていないのだ……。それがこちらの猛攻故なら構わないが──慢心は身を滅ぼすだろう、倒しきるぐらいの勢いで臨まねば」
「……言っちゃあなんだけど、試作品とは言え自信作っスよ? もうちょい安心してくれても──」
マルクが言いかけた時だった。
「おお! 甲羅にヒビが入ってる気がするぞ!」
ビルが叫ぶ。パキッと冬の枝がポッキリ折れるような……大きくそんな音を立てながら、ヴォルトプスの甲羅は亀裂を走らせ──甲羅を砕いた。
『ブゥルルルルフフッ……!』
怪物は電流を浴びてか、奇妙な声を上げながら地に墜ちていった。柔らかな触手がクッションの役割を果たし、タコの頭のような額まで、衝撃を逃す。巨体にも関わらず、奇妙な程に地が濡れる事はなかった。
一同しばらく唖然とする。そんな中、マルクが墜落したヴォルトプスに指を指して、半笑いを浮かべた。
「ほーれ見たことっスか! オイラだってやるときゃやるっスよ!」
手でVサインを作りながら、マルクがレナードに笑いかける。
レナードはふう、と小さく一息ついて虚空を見つめた。
「ワシの考えすぎ、か……。なにぶん、隊を任されると皆の命を預かってるのだとピリピリしていかん」
「レナードさんらしいと言えばらしいっスけどね」
なっはっはっはっは! と笑いながらマルクがレナードの背中を叩く。
「倒せた……みんなの、力で。わたしも役に立てた。初めて、誰かを守ったんだ……!」
『マスター!』
装置から抜け出したレイチェルが、フラフラとした足取りでスティリアの元へと向かってきた。
スティリアはハッとしてレイチェルへと駆け寄ると、小さな体を抱き寄せた。
「お疲れさま、レイチェル! あなたって本当に凄いわ! わたしの自慢の友達ね!」
『とも……だち⁇』
レイチェルは訳が分からないと言わんばかりに不思議そうな顔をした。そんな中、ビルが騒ぐ一同に手を叩く。
「喜ぶのは後だぞー! 後始末が山ほどあるんだからな!」
ビルのその言葉に、隣にいた坊主の男が駆け寄り、ビルと肩を組んでその背中を笑いながら叩いた。
「何もしてねえお前が言うのかよ!」
「お、俺のバリスタもアイツの触手貫いたからな⁉︎」
「そういやそうだったぜ、ガッハッハッハッ!」
戦場は一転してお祭りムードになっていた。そんな中……キャロルがバリスタの弾をありったけ詰めた馬車を走らせてきた。
「キャロル! 帰ったのではなかったのか?」
「レナードさん。アタシこれでもチーム〝年老いた嵐〟のメンバーだから……いつまでも子ども扱いしないでよ!」
驚いた表情を見せるレナードに、膨れっ面になりながらキャロルはそっぽを向いた。レナードは気まずそうに後頭部を掻く。
「すまん、どうにも隊を預かるとピリピリしてしまってだな……。キツい言い方をしてしまった」
目を逸らすレナードに、キャロルは歯を見せてニッカリと笑った。
「レナードさんの頑固は今に始まった事じゃないしさ! アタシは気にしてないし……アタシこそ弱気なこと言ってごめんよ」
「いいんだ、気にするな。命を大事にするのは一番大事な事だ」
言いながらにして、レナードは自身へ視線を送る皆々を打見していく。
「他の隊は現在死者数不明だが……この隊は現状誰一人欠ける事のない勝利だった! みんな、こんな老いぼれを信じて付いてきてくれてありがとう……!」
「ウォオオオォォオオッ!」
大盛況……まさにその一言だった。
「最高だぜ! ジジイとか言ってごめんな!」
「やるじゃねえか、じーさん! 完璧な指揮だったぜ!」
「師匠ッ! 素敵、抱いて!」
一様に見せられた反応に、レナードは苦笑を浮かべる。
「誰だ抱いてって言ったやつはッ!」
当然、キャロルが反応を見せる。そんな光景を見て、スティリアはレイチェルを抱きながらにして口元に手を当て、クスリと笑った。
……そんな時。
「レナード隊長! 沈黙していたヴォルトプスに動きが‼︎」
「──! なんだとッ⁉︎」
一人の大盾を持った男の言葉に、レナードは叫びながらにして振り返った。
……その視線の先には、心臓が鼓動を繰り返すが如く、しなやかな肉体で脈動するヴォルトプスがいた。
「……ッ! 大盾部隊、警戒しつつ前へ!」
レナードが号令を掛けた時、早馬を走らせてきたであろう若い男が、レナードの前で馬を嘶かせながら立ち止まった。
「報告! ギルドマスターより伝令! 闇膜王の封印は叶わず! 魔法耐性は未だ顕在! 封印を施す為の魔道具を失った為、一時撤退せよとの事! これはギルドマスター命令である!」
「なんだと……⁉︎」
一同の表情が凍り付いた。浮き足立っていたはずの現場は、唐突にお通夜のように静まり返る。
「では、御免!」
言伝を終えた若者は、馬を走らせた。やがて……
「う……うわぁぁああぁあああッ‼︎」
混乱が広がるまでに時間はかからなかった。皆一様に馬に乗ったり、荷馬車の荷台に飛び乗る。誰もが我先にと足早にその場を去ろうとして押し合い、揉み合い……現場は大混乱に陥った。
「落ち着け! ワシが殿を務める! この命を賭しても守り抜く!」
「レナードさん⁉︎」
「キャロル、お前も早く──」
レナードがそう言いかけた時。 ブシューッと水が噴き出すような音が聞こえた。
ハッとしたレナードがヴォルトプスへと視線を送ると、ヴォルトプスの割れた甲羅はずるりと地に落ち、ブヨブヨとした……ニキビ跡が山になったような突起から、半透明な浅黒い緑色の触手が伸びた。
大樹が木の根を張る速度を数万倍に早めたかのような速度で、大地を這いずり伸びていくカエルの卵を包むゼリー質のような触手は、凄まじい速度でレナード達へ迫り……あっという間に逃げ遅れた人々を包み込んだ。
「クッ……サイクロンッ!」
詠唱は間に合わなかった。視界の隅で触手の中に飲み込まれた人々は、一瞬にしてじゅわりと溶かされ、レナードは不甲斐なさ故か瞼をキツく閉じ、大竜巻を放つ。
触手は……糸のような細さにまでなりながら竜巻に巻き取られる。しかし、切れる事はなかった。
「レナードさん、みんなが……‼︎」
「……ビルッ! 頼んだぞ!」
「……ッ!」
やりきれない、と言わんばかりに目を閉じたビルは、
「ごめんッ!」
「ぐふっ……!」
キャロルの鳩尾を思いっきり殴り上げた。
「てめぇ、なんのつも、り……」
「ごめんな、キャロル」
気絶したキャロルを、ビルは抱え上げた。
「行くね……レナードさん」
「振り返るな、行け。教える事は全て教えた。お前達を……愛している」
「……ッ!」
ビルは駆け出し、人混みに押されていたスティリアを見つけると、そのまま手を引いた。
「行くよ!」
「ビルと……キャロル⁉︎ 何かあったの⁉︎ それに……レナードさんは?」
スティリアの言葉に、ビルは唇を噛みしめると、近くでこれから出発すると言わんばかりの馬車にキャロルを投げ入れ、スティリアを抱えると、更にそのまま投げ入れた。
「きゃっ⁉︎」
それを遠方で視認したレイチェルも、その荷台に跳躍一つで飛び乗った。それと同時に、馬車は駆け出した。
「待って‼︎ ビルが──」
スティリアが言いかけた時、
「キャロルに伝えてくれ! 後で行くよ!」
ビルはよく響く声で、スティリア達にそう告げた。不安げな表情だったが、距離が離れたが故に小豆粒ほどの大きさになったビルを見て、張り上げようとした声を、喉の奥へと引っ込めた。
ビルは……震える拳を握りしめ、泣いた。
「ごめんな、キャロル……‼︎」
ビルは涙を指先で拭って、戻る。自身の親の元へと。
「レナードさん!」
「──⁉︎ 何故戻ってきたビル! ばかものが‼︎」
「俺は悪い子だ! 馬鹿だから! ごめんよ!」
ビルはレナードの前に出ると、大盾をドッシリと構えた。
「魔法強化! 早く!」
「あ、あぁッ‼︎」
レナードは考える時間が惜しいと言わんばかりに、|詠唱を始めた。
「へへ、やっぱすげぇやレナードさんは。一つの魔法を残したまま二重魔法できる人を死なせるなんて……ギルドの損失だぜ」
ビルがそう言った時。
「──ッ‼︎ ビルッ!」
「レナードさ──ッ!」
黒雲を透過した触手が、獲物を見つけた蛇のように二人の前に現れ……降りかかった。




