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第十九話 ーアルマの正体①ー

「戻れ、インフィニティ」


 ヴァレリは散らしていた刃を手元に集める。月明かりに煌めく刃は、瞬く間に三叉槍さんさそうに姿を変える。

 そうしてしばらく……。一陣の風が二人の頬を撫で、その髪を揺らしていく。そして、


「……俺は、帰る」


 ルエインはそっと踵を返して月の昇っている方向へ向かう。ヴァレリは「ふむ」と小さく呟いた。


「良いのか? オヌシが成長せねば小娘もろとも死ぬぞ? オヌシの剣はもうオヌシの命を守るだけのものではなくなっておるのじゃ」

「…………」


 ルエインはピタリと立ち止まった。そしてそのまま振り返ると、


「会うのは戦乙女とも呼ばれる一族だ。俺は男だぞ」

「ふむ?」


 ヴァレリはそれがどうしたと言わんばかりに肩をすくめる。


「それが何か大きな理由なのか? わっちは血鬼族カーミラの中でも混血児こんけつじじゃ。血を吸わず、日の下を歩ける代わりに散々なほどに働かされた」

「……初耳だが」


 まあ聞け、とヴァレリはルエインに手振りする。


「じゃが……そんな中でも。力というのは、持つだけでそれらの軋轢あつれきすら跳ね除ける盾となる。道を切り開く。可能性を広げてくれる。過去に囚われてばかりのオヌシは冷静に未来を見れておらん」


 ヴァレリの言葉に、ルエインは目を逸らした。ヴァレリはそれを確認してもなお、構わずに続ける。


「王国では騎士団が魔獣鎮圧ちんあつになっておったからヌルい環境で生き延びられただろうが……この国や北の帝国では才能だけではどうにもならんぞ。……オヌシは自分の力をモノにせねばならん。わっちなりにオヌシを心配しておるわけじゃ」

「…………」


 ルエインが黙り込んでいると、刀から下がる毛が無風の月下でふわりと揺れる。


『ええんちゃう? 行こや。隠れ里の方角とはちゃうし、袋叩きにされる心配もあらへんで』

「そういう問題では……」

「決まりじゃの? それでは、行くぞいッ」


 ──言い切るまでに。ヴァレリは槍を投げ放った。


『グォオオオォォオオッ⁉︎』

「──! オーガかッ⁉︎」


 ヴァレリの投げた槍は、崖上にいた筋骨隆々な……青い肌の巨鬼の顔面に痛々しく突き刺さっていた。

 その巨鬼──オーガが槍を引き抜こうと鼻先に手を伸ばした時、


「開け、花蝶月蝕かちょうげっしょく


 矛先は花開くように……ビキビキと音を立てながら、巨鬼の頭を吹き飛ばした。青い鮮血が周囲に散り、青き巨鬼は頭部と背中を失って、崖上から地に落ちた。


「その槍を作った者、か……」

「わっちの力は借り物じゃ。オヌシならば……完全に我が物にできるじゃろう」


 振り返ったヴァレリは、クフフッと笑って見せる。その瞳を見つめたルエインは、少しの沈黙の後、一息ついた。


「俺も……興味がない訳じゃない」

『ほな、決まりやな?』

「……ああ」


 テレシアの確認の言葉に、ルエインは静かに頷く。


「ならばこう。異なる大陸より来訪せし種族の力を調べに」

「調べに、と言ったのは……敢えて、か?」


 ルエインが尋ねると、ヴァレリは首を振る。


「オヌシが邪推じゃすいするほど悪い御仁ごじんでもないぞ。戦う力もほとんど残しておらんらしいからの」

「ふむ……。ならば、行こう」


 ルエインは、ヴァレリの元へと歩き出す。それを確認したヴァレリは跳躍ちょうやくと同時に駆け出して、ルエインも同じく続いた。


 月下を駆ける最中さなか、荒野を抜けたヴァレリは、目前に迫った密林に槍を散らして木々を薙ぎ倒す。


「おるぞおるぞー? ケモノとは違う魔獣共の匂いがぷんぷんするわい。わっちのお金が大量じゃッ、クッフフフフフ……」


 口元をいびつゆがめて笑うヴァレリに、ルエインは冷や汗をく。


「この力……モノにして見せる」


 何かを成す術もなく。楽しげに二つの頭を持つ狼の体を結晶体で貫き、殺戮さつりくを楽しむ魔性の女に視線を釘付けにさせているルエイン。


『ルエインがこんなんなるんか……あんま見たないなあ』

「……俺はならない」

『ほんまかぁー?』


 テレシアが疑わしいと言わんばかりの声色でそう尋ねると、ルエインは押し黙った。


『冗談や。あんたはそんな子やないもんな』

「……いつまでも子ども扱いはやめろ」

『またまたぁ、照れてもてかーわいっ』


 ルエインは再び沈黙を貫く。その顔は鬱陶しいと言わんばかりに不機嫌な顔をしている。


「ほーれ! はよせんと置いてくぞー!」

「チッ……どいつも、こいつも」


 自然を破壊しながら突き進むヴァレリは藪の向こう側から響く。ルエインは走る速度を上げて追った。


 ……そうしてしばらく。夜が明けた頃、密林抜けたかと思えば、再び荒野が姿を現わす。今度は断崖などのある渓谷のような場所でもなく、本当にだだっ広い荒野。

 そんな中、一つの家が煙を吹いてルエイン達を待ち構えていた。


「……あれ、か?」

「まだご存命なようじゃ。何より何より」


 立ち止まっていたヴァレリは、ゆっくりと歩き出す。ルエインも多少切らしていた呼吸を整え、汗を拭ってから後を追う。


『ヴァレリはえらい元気やん。健康の秘訣ひけつは?』

かねを見ること、じゃな」


 テレシアの言葉に、ヴァレリはご機嫌な笑みを見せて答えた。


『聞いたウチがアホやったわ』

「何か言ったか?」

『なんもない』


 小さな呟きにルエインが反応するも、不機嫌そうなテレシアの声が返ってくるだけだった。……ルエインが不思議そうに眉をひそめた時──


「──いかん! 武器を構えろッ!」

「──! これ、は……」

『感心しとる場合やないで!』


 家から飛んできたのは十匹の……鳥の形を模した青白い光。それぞれが半数ずつ、ヴァレリとルエインへ鋭いくちばしを開かせていた。


山散花さざんかッ!」


 ルエインは神速の剣閃で、ヴァレリは散らした槍を花のように開かせて散らす。目前の青き小鳥による攻撃を阻み、凄まじい衝撃波を生み出した。


「グッ……ぬぅッ⁉︎」」

「クッ……!」


 吹き荒れる突風が止んだ時、ヴァレリとルエインは風にあらがうようにしていた腕を退けた。


「第ニ波は! ──来ぬ、な……。よし」

「…………今のは……」

『ちっさいけど肆式よんしきの……神鳥谷ひととのや、やな』


 テレシアの言葉に、ルエインが静かに頷く。ヴァレリも冷や汗を流していた。


「物理攻撃は効かないのではなかったか?」

「クフッ、それを言われては立つ瀬がない。もしあれを我が身で受けていれば今頃消し飛んでおるわい」


 言われて、ルエインはどこか納得したように額から冷や汗を流した。


「……追撃が来る前に行こう。次は無傷では済まないかもしれない」


 ルエインがそう言うと、ヴァレリは「ほっほっほっ」と小馬鹿にしたように笑う。


「その心配には及ばぬ。我が恩師は槍の能力を使えば察するでの」

「…………ますます分からんな。その槍はなんだ?」


 さて、の。とヴァレリは歩き出す。ルエインも一瞥いちべつすら寄越さないヴァレリに腹を立ててか、眉間にしわを寄せながら後を追った。


 そして……石壁と白い壁。赤いレンガで作られた屋根とすすけた煙突の立つ家の目前まで辿り着く。


『コッコッコッコッコッコッ』

「……家畜、か」


 家は柵に囲われており、中には鶏がいた。テラスまで作られた、辺境の地にしてはしっかりとしている家で、まるでここに一軒いっけんだけ村から取り残されたような……そんな印象を受ける建物だった。


「もう見えとるはずじゃぞ」

「──! あれが……」


 ルエインは注視した。よく見ればテラスでわずかに揺れ動くものがある。脚元が弧を描くような形をしている──ロッキングチェアだ。そこに腰掛けた白髪の老婆は、見窄みすぼらしい服を着ており、盲目なのか……目を閉じたまま椅子だけを揺らしていた。


「久しいな、ヴァレリや。お付きの御仁は……ああ、そうかい。アンタは忌み子だね。よく生きてたもんだ……」


 あらぬ方向を見ながらにして、老婆はそう声をかける。やや愉快そうに、その口元を歪めながら。


「久しいな……じゃないわい! ロタの婆さんや。の方我らを殺す気であっただろう!」


 ヴァレリが訴えるようにして言うとロタと呼ばれた老婆は楽しげに口元に手を添えて、コロコロと笑う。


「ほっほっほっ、それは油断大敵というやつだよ。それにあそこで死ぬようなら我が半身とも言えるその槍を持つ資格などないさね」

「…………ッ⁉︎」


 途端、身を刺すような語気で老婆はそう告げた。ロタから溢れる気迫に押されてか、ルエインは一歩退いた。……すると老婆は再び笑い、椅子を漕ぐ。


「若い者をいじめ過ぎたようじゃ。どれヴァレリや、はようお茶を沸かしなさい。わたしゃ久しぶりに紅茶を飲みたいよ」

「わっちはお手伝いでもないと言うのに……」


 ぶつくさと言いながら、ヴァレリは木の扉を開いて家の中へと入っていく。バタン、と閉じられた扉へルエインも歩み寄ると、


「なんじゃ? か弱い女子おなごを一人にするとは……。最近の若者は随分と冷たいじゃないか」

「……か弱い女子、か」


 ルエインが含みのある物言いをすると、老婆は濁った青い瞳でルエインを睨みつけた。


「失礼な奴じゃ。そうは思わんかね? 若きアルマの少女や」

『──! ウチの事も気付いとったんやな』


 到着してから一度も声を発さなかったテレシアに気付いたロタに、テレシアは驚きの声を上げた。その警戒も多分に含んだ声色に、老婆は優しげに微笑む。


「捕って食いやせん。少し、わたしに触らせておくれ」

『……コイツに何もすんなや』

「約束しよう」


 言いながらにして、テレシアは変身を解いた。するりとルエインの手元から地に舞い降りた白毛の小動物は、とてとてと老婆の近くまで寄ると、その膝下へ飛び乗る。

 ロタはテレシアの体を撫でて、悲しげに顔を歪ませた。


「大事にされとるが……そろそろ次の段階に行く頃合いだねえ。なんとなく自覚もしとるんじゃろ?」

『──! なんや……。伊達に歳食うとるわけや、なさそうやね』

「どういう……事だ?」


 寂しげに耳を垂らしたテレシアに、ルエインが怪訝けげんな表情を浮かべて尋ねると、ロタは青き眼光でルエインを見据えた。


「アルマはただ武具になれるだけの存在ではない。進化をすれば……究極の武具となるのじゃ」

「テレシア、この老婆の言っている事は──」


 ルエインがテレシアに尋ねようとした時、


『このお婆ちゃんが言うてる事はたぶん、間違まちごうてへんで。ウチのおとんもおかんも……ウチを置いてどっか行ってもたから、たぶんそうなんやろ』

「何を……言っている?」


 ルエインは理解できないとでも言いたげにテレシアへと一歩、歩み寄った。


『ウチも……ッ! ウチも、なんとなく予想はしとった。ヴァレリから、戦神族ワルキューレの話が出た時点で。確信が無かったからここまで来たけど──やっぱりな、てな感じやわ、にゃっはははは……』


 諦めたかのように覇気のない笑い声を上げるテレシアに、ルエインは拳を強く握りしめた。


「どういう、事だ。答えに……なっていない」


 目を伏せたルエインの拳は、小さく震えている。老婆は風、と一息ついてまた椅子を漕ぐ。


「あんたも分からん人だねえ……。悪い事は言わない。わたしのように戦友を失いたくなければ、今すぐ普通の武具を使った方が良い。そういう事じゃて」

『つまり、や』


 テレシアは老婆の膝下で尾を揺らした。


『アンタがウチを使えば使うほど……ウチは進化して、最強の武具になる。それで、意思はなくなっていく。……そういう事やろ? お婆ちゃん』

「……そうさ、な」


 ロタは椅子ごとゆらゆらと揺れながら、寂しげな表情で、視線を霞む密林へと向けた。


「そんな事……」


 ルエインが小さく呟いた時、木製のドアがガチャリと開く。


「おーい、茶が入っ──」

「そんな事、認められるはずがないだろうッ‼︎」

「──ぬおっ⁉︎ あっ」


 ヴァレリが持ってきていた、トレイの上に乗せられていた茶器は、その上が斜めになった事でするりと滑り落ち、虚しくもその中身をぶち撒けながら、バリンッと虚しく音を立てて割れた。


「いきなり大声出す奴があるかッ‼︎」


 ヴァレリが叱責しっせきするも、ルエインは見向きもしない。


「……今は、それどころじゃない」

「ふむ?」


 横顔からその眼差しを見てか、ヴァレリは冷静に場を見回す。ルエイン、ロタ、膝下のテレシアと見た時、顎元に手を添えた。


「……なるほど、のう。おおよその検討はつくが誰ぞ説明してくれんかや?」

「…………」


 誰も口を開かなかった。そんな中、ロッキングチェアを揺らしながら老婆が木の幹のようにしわを深くして、口を開いた。


「……わたしがしようじゃないか」


 続く沈黙を破るようにして、ロタがそう言うや否や、やりきれないと言わんばかりにルエインは柵の外へと向かう。


「どこへ行く?」

「……どこで何をしていようが、俺の勝手だ」


 ヴァレリの言葉に、ルエインが吐き捨てるようにして答えると、テレシアがロタの膝下から飛び降りる。


『ウチも行──』

「今はッ‼︎」

『──ッ!』


 珍しく声を荒げるルエインに、テレシアは全身を跳ねさせた。ルエインはハッとしたように耳をピンと張らせたテレシアを見たが、すぐに地面へと視線を落とすと、


「今は、一人にしておいてくれ……」


 それだけ言い残して立ち去った。テレシアの顔と耳は、悲しく垂れ下がっていた。

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