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第十八話 ー強くなる為に②ー

 一方で……ギルドの一階に戻ってきていたルエイン達は、レナードと話をしていた。


「ワシはこれからビルとキャロルに会いに行くが……貴殿達は如何なさるかね?」

「わたしも会いたいなあ、キャロル」


 羨ましそうにスティリアが言うと、レナードはニカッと歯を見せて笑った。


「人間ながらになかなか見所のある奴らですが……姫君に好いてもらえてるとは光栄の極みですな」


 はっはっはっ! と、嬉しそうに笑うレナード。ルエインは次いでレイチェルとマルクに顔を向けた。


「オイラはレイチェルと魔道具マジックアイテム製作を続けるっス。まだまだ全然赤字を取り戻せてないっスから……‼︎」


 そう息巻くマルクの目からは血涙が流れている。握られた拳は様々な感情が複雑に入り混じっているのか、震えて止まらない。


「それじゃあ……レイチェルはマルクさんとお願い」

『イエス、マスター』


 苦笑してそう告げたスティリアの言葉に、レイチェルは頷いて答える。


「それなら俺は──」


 ──ルエインが言いかけた時。その襟元は病的なまでに白い手に引っ張られた。


「オヌシはワシと来い」

『うわぁ……』


 ルエインは表情で、テレシアは口と顔でそれぞれ嫌悪感を露わにする。


「なんの真似だ、ヴァレリ」

「ええから来い来い、稽古じゃ稽古」


 あっという間に、ルエインは絶世の美女に羽交い締めにされていた。


「ルエイ──」

「ああ。そうそう、老いぼレナードや」


 スティリアの呼びかけを遮るように。ヴァレリが蔑称で呼びかけると、レナードはやりづらそうに「何かね?」と尋ね返す。


「半月後まで小娘の魔法の腕を見てやれ。ただの荷物持ちにしかなっとらん小娘を使えるようにしてやれ」

「……ッ!」


 スティリアが言われたくない事を、明け透けと言い放ったヴァレリにレナードは、


「……あい分かった」


 少しの間を空けて、答えた。その顔付きはやや鋭い。スティリアは唇を噛み締めた。


「あなた、ルエインの何なの?」


 ズイっと歩み寄り、スティリアがそうヴァレリに尋ねると、ヴァレリは深いため息を吐いて……この世のものとは思えないほどに冷めた目でスティリアを見下ろした。


「お前こそ、何なのじゃ? ほれ言うてみぃ、聞いてやる。足手まといかえ? 荷物持ちかえ? それとも荷物そのものか……。荷物が荷物を持っておるとはこれは傑作。とんだお笑いぐさじゃの、クッカッカッカッ」

「…………」


 そういうヴァレリの視線は、微塵も笑ってなどいなかった。スティリアは表情を暗くした。


「さすがに言い過ぎだ──」

「言い過ぎなもんかッ! オヌシもオヌシじゃ、自分の力がどういうものかも深く理解できておらん! 自覚しとるんじゃろッ!」

「……ッ!」


 自身の言葉を遮ったヴァレリの言葉に、ルエインは瞳孔を大きく開いて目を逸らす。


「オヌシの力はそんなものじゃないはずじゃ。小娘がおるとは言え、あまりに弱過ぎる」

「…………」


 喧騒の中、ルエインは黙り込む。スティリアも同様だった。ヴァレリはルエインの腕を引いて連れて行こうとすると、ルエインはその手を払った。


「いい、自分で行く」

「そりゃ楽でええわい」


 フンッと鼻を鳴らしたヴァレリとルエインは、その肩の上で無言のまま物思いに耽るテレシアを連れたまま、どこか鬱屈とした雰囲気を漂わせるスティリア達を残してギルドを後にした。


「…………それじゃ、オイラもこれで」

『お気をつけて、一号』


 いやアンタも来るんスよ! と言われたマルクに、目を丸くしてキョトンとした表情を浮かべながら引きずられていくレイチェル。

 マルクはルエイン達とは別の出口へ向かったのか……入り口から左右に伸びる通路へと足を運んで、そのまま消えた。


「おっ、レナードさん帰ってたんだな」

「レナードさん!」

「ビルと、キャロルか。今会いに行こうと思っていたんだが……」


 そこへ現れたのは筋骨隆々な巨漢、ビル。片手にはチーズの塊が握られており、もう片方の手には果実を散らしたチーズのタルトを持っている。

 もう一人は緑衣を纏う女、キャロル。腰に派手な装飾をした銃を差し込み、その背には大弓を担いでいる。

 そんな二人に言葉を交わしたレナードは、途中で言い淀みながらスティリアを見た。


「と、スティア──って、何? レナードさんなんかあったり?」


 顔を真っ赤にして、涙目で。下唇を噛みながら血が滴るほどに手をギュッと握りしめていたスティリアを心配してか、キャロルはレナードに問いかけた。


「〝銀騎士〟関連だ」

「ああ、ヴァレリさんの……」


 言いながらにして、ビルはチーズにかじりつく。誰が見ても食いしん坊という印象を受けるビルは、納得と言わんばかりに冷や汗を掻いて目を逸らした。


「あの人、長生きしてるのに空気読まないからなあ……。酒癖も悪い上に基本ダル絡みばっかだし、気にしなくていいよ、スティア」


 キャロルがスティリアの肩に手を置いて気まずそうに笑いかける。するとスティリアは、


「レナードさん」


 小さく。やや上擦った涙声ながらも力強い声で、レナードを見据えた。


「……如何いかがなされた?」


 レナードは、その気迫にやや気圧されながらも、確かに答える。


「わたし、強くなりたいの。……お願いします! わたしに、師事してくださいッ!」


 スティリアは、公衆の面前で頭を下げた。いよいよってレナード達は、ギルド一階の酒場にいた全員から注目を浴びる事になる。


「構わない、が……」


 レナードが言いかけた時。


「なんだァ? じーさんまたなんかおっ始める気かぁ? 歳なんだしやめとけって」


 酒に酔っているのか、顔を真っ赤にした一人の若者が、そう声をかけた。


「おー! かわいい子いるじゃーん! 銀騎士みたいなのより好みだわぁ。じーさんもやるぅー!」

「女の子に頭下げさせて何してんだァ? 金でも貸すのか?」

「ちげぇよ、抱くんだろ?」


 ガッハッハッハッ! と品のない笑い声を上げた一同に睨みを利かせたレナードは、スティリアへと視線を戻して小さなため息をついた。


「場所を変えましょう。何をするにしても真面目な話ができる場所ではないですからな」

「分かりました」


 指先ではなく、握り拳で。さながら喧嘩に負けた少年のように目をこすったスティリアの眼光は、涙とは関係なく、いつになく鋭く光っていた。


 


***


 ……その夜の事。場所は都市の中でも砂漠の中でもなく荒野。高低差の激しい岩場の中でルエインとヴァレリは、周りを取り囲んでいる魔獣を倒していた。

 緑色の肌に、樽のようにぷっくら膨らんだ腹をした豚のような顔の巨人。似たような特徴を持ちつつ、見窄みすぼらしい姿の子鬼もいる。

 どちらも毛皮の身につけた毛皮の腰巻きが、仲間の散らした血液でべっとりと汚れたかと思うと、即座に首をねられたり、蹴りで折られたり……頭蓋を割られる事もしばしばあり、およそ情けなど微塵も掛けられる事のない有様だった。


「ほっほ、こりゃ楽でええわい」


 鮮血を散らしながら、ヴァレリはペロリと舌舐めずりをする。


「口より手を動かせ」


 刀を振るうルエインは、眉間にしわを寄せながらヴァレリにそう言うが、


「わっちは手など動かさんで良いからのう。それにゴブリンやトロール程度で騒ぐ事もあるまいて」


 宙に浮かぶ結晶体を自在に操り、ヴァレリは楽しげに笑ってみせる。


「ではあれはどうだ?」

「んー? どれどれ。あー……」


 二人の視線の先にいたのは、一つ目の巨人。その手には棍棒を握っている。


「違いがわからん」

「お前にとってトロールもサイクロプスも──」


 ルエインが言い切るよりも早く。こちらを凝視していた目玉は潰され……否、骨ごと削り取られて、ドシャリと派手に血潮と脳漿を撒き散らした。巨人は力無く倒れこむ。


「……同じ、か」

「名前も見た目も知らん。基本案内役に言われた通りに狩るだけじゃ。つるぎに意思がないのと同じさね」


 ヴァレリがそう言うと、ルエインの刀から下がった毛が不自然に揺れた。


『武器にも意思はあるやろ!』

「オヌシらは例外じゃろ」


 ツーンとした態度で醜悪しゅうあくな豚の顔面を厚底なブーツで蹴り上げるヴァレリ。


「埒があかない。離れていろ」

「別に構わん。どうせオヌシの攻撃など効かぬしな」

「……ならば協力しろ。俺の周りに刃を散らしておけ」

「ほ? なんか分からんが面白そうじゃのう」


 ヴァレリは言いながらにして結晶体を細かく剥離させると分散、分裂させた。

 細氷さいひょうの如く煌めく刃がルエインの周囲を覆った時。


『ブォオオオオオッ!』

「柒式──」


 ルエインは迫り来る鬼の軍団の攻撃をかわす為か、身を屈めた。横薙ぎにされたサイクロプスの棍棒がルエインの髪先をかすめて、ヴァレリの体を蜃気楼のように歪めて、霧散させた。

 そして恐れ知らずな子鬼達は空高く舞い飛ぶと、それぞれの粗末な獲物を構え、


神飆こうひょうッ」


 無残にもズタズタに切り裂かれた。ルエインを中心とした竜巻が発生し、それに巻き取られるようにしてヴァレリの撒いた極小の刃が、吸い寄せられた鬼達の体を肉はもちろん骨ごと。粉すら残さずその全てを砕くと、辺りに血の霧を撒き散らす。

 地上に降り注いでいた優しい月明かりは、一転して霧に包まれ、ルエイン達の周囲だけをそしるようにして猟奇的に照らし上げた。


「これで全部か?」

『もうおらへんな』


 尋ねるルエインに、姿を見せないヴァレリの代わりにテレシアが答えた。

 数秒の後、ゆっくりと赤い霧が動いて集まったかと思うと、ヴァレリの体が構成された。


「さすがのわっちも体を寄せ集めるのに苦労するわい」

「……本当に無傷とはな、恐れ入る」


 ムフッ、当然じゃろ? と怪しく唇を動かしたヴァレリ。


『アンタ、ギルドでえらい啖呵たんか切っとったけど……これまさか利用しただけちゃうやろな?』


 いぶかしむような声色でそう問いかけたテレシアに、ヴァレリは「何を言っとるんじゃ」と小首を傾げて返す。


「わっちとオヌシらは南西へ向かっておる。進行通路上にたまたま魔獣がおったから退治しただけじゃろう」

『物は言いようやんな?』

「……別にどちらでも構わないが、そろそろ目的を話してくれると助かる」


 突っかかるテレシアの言葉を無視したルエインの言葉に、「クフフッ」と笑ったヴァレリはその鈍い金色の瞳を、怪しく輝かせた。


「オヌシにはある者に会ってもらう」

「ある者……?」


 ヴァレリの言葉にルエインが眉をひそめる。そんなルエインをヴァレリは一転して、真剣な眼差しでルエインを見つめ返した。


「わっちの恩師じゃて。この武具を授けてくれた者でもある」

「その槍の、か……?」


 ルエインが尋ねると、ヴァレリは「そうじゃ」と言う。


「その者は初代ギルドマスターと共に戦場を駆け、ギルドの設立……いや。この国を建国した者の一人にして、とある種族の最古の一人とされておる」


 ヴァレリの言葉に、ルエインは「それで?」と大して興味も無さそうに返す。


「随分大層な知り合いだ。しかし生憎だが……そいつと俺が出会ってなんになる?」

「……最後まで聞かんとは。やっぱオヌシは友達が少なそうじゃ」


 お前に言われたくないと言わんばかりに冷めた視線を送るルエインを度外視したヴァレリは踵を返すと、ゆっくりと歩み出し、


「その者の名は、ロタ。オヌシと同じ……戦神族ワルキューレじゃよ」


 告げた。ルエインの瞳は大きく揺れ動き、それを視界の端で確認したヴァレリは意地の悪い顔で、ニヤリと笑ってみせた。

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